アヤベさんにそっくりな♀アヤトレが太陽と踊りそうになる話

アヤベさんにそっくりな♀アヤトレが太陽と踊りそうになる話


トレーナー室でアフターミーティングを終わらせた後、アヤベさんと一緒に昇降口へと向かうために階段を降りようとして。

私たちは、階下からこちらを見上げている構図だというのに、なんだか高みから見下ろされている様な錯覚すら覚えるくらい、輝く自信を身にまとったウマ娘と出会った。

ピンク地に金縁の王冠を模した髪飾りを付けた、明るい栗毛のショートの跳ねっ毛に、自分の正しさを信じて疑わない強い瞳を持ったウマ娘。

隣のアヤベさんと同じトレセン学園の制服ですら、なにかの舞台衣装なのではないかと錯覚――さすがにそれは言いすぎか。


「ハーッハッハッ! いい所で会ったね、アヤベさん!とそっくりなアヤベさんのトレーナーさん!」

「…なに、オペラオーさん」

「ああ、オペラオーさん、こんにちは」

「ふむ!お二人ともお元気そうで実に結構だね!」


一瞬で雰囲気が固くなった隣のアヤベさんと声を返せば、腰に手を当てて胸を張る、芝居じみた大仰なしぐさと台詞が返ってきた。

先のダービーでアヤベさんと激戦を繰り広げた皐月賞ウマ娘。テイエムオペラオーだ。


このテイエムオペラオーと言うウマ娘、とにかくテンションが高く、圧が強い。しかも控えめに言ってナルシストである。

一見トンチキじみた事ばかり言う子だが、実際に話してみると頭の回転が速く、教養も豊かで(かなり文学方面に偏っているが)、話していてなかなか楽しいのだが。

アヤベさんみたいに受動的だと、対応に困るのだろう。私もまぁまぁ困る。

アヤベさんも、テイエムオペラオーに悪気はないのだと理解しているからこそ、拒否しきれていないのだろうけど。


「キミたちは実に運がいい! このボクの溢れる才能の新たな発露に、世界で初めて触れることが出来るのだから!」

「…要件があるなら早く言って」

「うん、それではちょっと失礼して」


辟易としたアヤベさんの声に応える様にいそいそと、それでも私たちの視線を意識した動きで階段を上ってきた彼女の手には、紙束が握られていることに気づいた。

隣をちらりと見やると、眉根を寄せて困ったような怒ったような表情のアヤベさんがいる。耳は元気が無さそうだったが、絞られてはいないので多分大丈夫だろう。


「トレーナーさん、私、もう嫌な予感がしているのだけれど」

「まぁまぁ…」

「よく気がついたね!そう、これはさきほど出来上がったばかりのボクの最新作さ!」


しゃらんら、みたいなポーズをとって見せつけられる白い紙束は、アヤベさんの予想通り、オペラの脚本なのだろう。

輝けるボクと星、みたいな意味の、イタリア語の題名が、印字されていた。


このテイエムオペラオーと言うウマ娘、名前の所為かは知らないがとにかくオペラが大好きだ。

暇を見つけては観劇し、暇を見つけては自ら筆を執って脚本を書き、暇を見つけては学園内で公演しようとしている。

ドラマトゥルクすら一人でやっているというからその熱意は驚異的というかもはや狂気の域かもしれない。


「そして、このヒロイン役を、アヤベさん、君に頼みたいのさ!ああ、申し訳ないが主役の座は埋まっている。もちろんこのボクだ!」

「いやよ」


何処からか取り出された、情熱の赤い薔薇を添えて差し出された脚本を受け取りもせず、芝居じみた長台詞をアヤベさんはひらがな三文字で切り捨てた。

…いや、まぁ、わかり切っていた答えではあるのだが。


「気にしなくともいい!このオペラのインスピレーションは、アヤベさんがくれたんだからね!」

「いや」


二文字になった。にべもない。


「ふふ、相変わらず恥ずかしがり屋さんだなぁアヤベさんは」

「違うから」


最小限の労力で否定を伝えるアヤベさん。

髪をかき上げてポーズをとりながら食い下がるテイエムオペラオーが流石にちょっと可哀そうになってきた。

小さく手を挙げて、聞いてみる。


「ねえ、ちょっと私も読んでみてもいていいかな?」

「もちろんさ!ぜひこの素晴らしさをアヤベさんに教えてあげて欲しい!」

「トレーナーさん、調子に乗るから駄目よ」

「まぁまぁ…」


あきれてため息をつくアヤベさんを宥めながら、脚本を受け取って、ページをめくる。

本清書前なのだろう、手書きのままの歌詞と動きを読み進めていくと――えぇ?


「えぇ…これ新解釈すぎない?」

「ほう?トレーナーさんには出だしでわかるのかい?」

「え、だってこれ多分、大元は『トスカ』だよね?」

「おお、なんという事だろう!こんなところで同好の志に出会えるとは、人生は驚きと喜びに満ちている!」

「いや、悪いけど私もトレーナー課程の一環で見たくらいだから…」


それは残念、とトーンを下げる彼女をしり目に、ぱらぱらと流し読みしていく。

ふむ、いや、これは…なかなか…?


「これ、カヴァラドッシが実は生きてて、身を投げたトスカを空中でキャッチしてそのまま敵を薙ぎ払って凱旋してハッピーエンドとか凄くない?」

「ボクが扮するとなれば、それくらいドラマティックでなくてはね!」

「そもそもの話、物語の冒頭でカヴァラドッシが自分自身を絵のモデルにしている時点で新解釈すぎる」

「ボクほどの美しきウマ娘をモデルにしないなんてありえないからね!」

「その美しさで浮気疑惑とか全部塗りつぶすの強すぎじゃない?」

「美しさとは時に罪すら正義にかえてしまうのさ!」


なんというか全体的に主人公がスーパーマンばりに活躍してすべての悲劇を解決していく、原作の悲劇が好きな人には助走をつけて殴られそうな内容だったが。

荒唐無稽ではあっても、全体の構成や流れは筋が通っていて。

意外と、面白いぞ…?

アヤベさんをヒロインに迎えたいと言っていたが、もし見た目の話なら私でもチャンスがあったりしないだろうか?


「ねえ、これ、私ちょっとやってみた――」


発言しかけて、ぺしっ、と太腿になにかが軽く打ち付けられる。

ぺしっ、ぺしっ。繰り返し、隣のウマ娘の尻尾が膝裏あたりを刺激する。

ポーズをとって目を閉じて悦に浸っているテイエムオペラオーから目線を隣に向けると、耳を若干絞ってこっちをジト目で睨みつけているアヤベさんが居た。

――あ、ちょっと失敗したかも。


「私、自主トレに、行きたいのだけど」

「そ…そうだね!」

「行っても、いいかしら」

「お供させてください!」

「…勝手にすれば?」


後ろに残していくテイエムオペラオーに謝罪を投げながら、気持ち大股で進むアヤベさんを追いかけて階段を駆け下りていく。

テイエムオペラオーが何か言っていたが、気にする余裕はなかった。

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