アホがキタカミに行く話1
——オレンジアカデミー
アオイ「ブライア先生、準備できました!」
ジニア先生から林間学校の生徒に選ばれたと伝えられ、私は居ても立っても居られずにエントランスルームに駆け込み……そして目の前にいるブライア先生の指示の元、衣服などの用意を整えていた。
ブライア「よし!他の生徒そろったら出発しよう!」
ブライア先生はオレンジアカデミーの姉妹校であるブルーベリー学園の教師で、凛々しくて美しい女性……ママよりも魅力的な人かもしれない。
ブライア「メンバーはくじ引きで決めたらしいが……どうやら、君の知り合いという人がいるみたいだね」
アオイ「し、知り合い……!?」
誰だろう……転入してから結構経つけど、未だに友達と言える人は少ない。けれどその誰もが私にとっての『宝物』だ。
私の初めてのライバルであるネモ? 行き先であるキタカミの里でもきっとバトル好きなところは変わらなそう。ブルーベリー学園の人にもバトルを挑んでそう。
もしかしたらボタンかも? でもインドアの彼女は田舎でまともに出歩こうとしないだろうけど……その時は私が無理矢理連れ出しちゃおう!
……いや、ひょっとしてペパーかな。キタカミ産の食材を探して集めて一緒に料理を……ふふっ、今からたのし——
アホ「ようアオイ! まさかお前も選ばれるとはな……俺の超えるべき壁として立ち塞がるってんなら、ここでぶっ壊してやりまスター!」
アオイ「……………………スゥ————」
思わずアオイは目を覆った。そして肺の空気を押し出して再び目の前の現実を脳に焼き付ける……変わらず両手で星をなぞるスター団ポーズを披露していた。
ブライア「うん。彼が2人目のメンバーであるレギア君だ。君とは知り合いだと言っていたが、なんだか仲が良さそうでなにより!」
クソダサポーズを指摘してもいいんですよブライア先生。
アホ「一年前は色々あって宝探しどころか林間学校もなかったからな……ここで選ばれる俺の強運! 神がかり……いやっ、アルセウスがかってんな!」
彼はスター団は解散した(詳しくは別の組織になった)というのに相変わらずスター団のしたっぱを名乗っている変わり者の先輩だ。室内だというのに星型ゴーグルとスター団マークの入ったヘルメットを被っている。
アオイ「うわぁ…………」
アホ「なんだその顔はよぉーっ!」
イキリンコ「キィーッ!」
あっ、ヘルメットの上に留まってるイキリンコが挨拶してきた。
アオイ「先輩も……林間学校に行くんですね……」
アホ「まあな! 俺はこう見えて優秀だからなぁ……むしろ優先されてんじゃねえかーっ!?」
前に(一方的に)話してもらったが、なんとこの先輩は一年生のうちに単位のほとんどを修めており、既に卒業できるまでに至っているとか……ペパーの正反対だ。
ブライア「優先はされていないだろうが、彼もまた優秀な生徒だという……アカデミーにはまだまだすごい生徒がいそうだ」
踏ん反り返る先輩にニコニコ顔のブライア先生……うう、初っ端から不安しかない……
アホ「……それに、知り合いなのは俺だけじゃねえぜ?」
アオイ「えっ……」
アホ「林間学校に行ける生徒はあと3人……それでもう。わかるだろ?」
アオイ「ま、まさか……!」
???「ブライア先生! 用意できました!」
アホ「そら、ご対面だスター」
驚く私に届くのは元気な女の子の声……したり顔の先輩、私が振り返ったそこには——
メガネ男子「よろしくね」
カーリー女子「はじめまして」
ちびっこ男子「楽しみー」
初めて見る3人の生徒がいた。
アオイ「誰ぇ……?」
アホ「なんだとぉ!? 順番にプペー、ナモ、ポダンじゃねえか!!」
アオイ「ほんとに誰ぇ…………?」
かくして、不安しかない林間学校が幕を開けた。
——キタカミの里行きのバス内
移動時間はそれなりに楽しく、ブライア先生を含めて6人で映画を見たりゲームで遊んだりと——1日も経っていないのに、まるで放課後に集まって遊ぶ親友のように仲良くなっていった……まあ、映画とかゲーム持ってきたのは先輩なんだけど。
アオイ「それにしても、ポケモンカードを1デッキって……そんなに好きだったんですか?」
アホ「もちろん! こっちならネモに勝てるかもと思ったが……ポケモンバトルと含めて957戦0勝957敗でスター!」
アオイ「それでも勝ててないんだ……」
揺られるバスの中でそれらに興じることは出来なかったものの、ブライア先生が準備してくれたパンフレットを読み直しながら話すのは結構楽しかった……どうせなら私が想像してた3人も加えて話し合いたかったけどね。
ポダン「ううっ…………」
ナモ「ちょっと大丈夫? 車酔い……?」
ポダン「う、うん……こういう揺れるのって得意じゃなくて……」
アホ「ポダンが宝探しに行かなかった理由ってそこが大きかったもんなぁ……」
アオイ(ほんとに知り合いなんだ……)
ブライア「長旅で疲れたのもあるだろう。着いたらバス停のベンチでしばらく休んでいこうか」
アホ「ならブライア先生! 俺、あっちで世話になる人に伝えてきまスター!」
存在しない記憶なのかと思いきや、先輩にとっては3人とも大切な友達なのだろう……真っ先に挙手していた。
やがてバスから降りてキタカミの里に到着する……初めて見る田園風景に心が安らいでしまうが、そうは言ってられない状況だ。きっと先輩も——
アホ「うおーっ、すっげえぜアオイ! 見たことねえポケモンばっかだぜっ……んんっ!? あのウパー青いぜーっ!?」
めちゃくちゃ興奮して走って行ってしまった。
ブライア「…………アオイ君。彼に着いて行ってくれないか? 走っている方向は公民館のあるスイリョクタウンで合っているが……少し心配で」
アオイ「はい……」
私自身、草むらで自然に生きているポケモンたちに目を奪われそうになるが……一緒に過ごした友達が苦しんでいるんだ、急がなきゃ。
先輩も一応はそうなのか、既にスイリョクタウンまで辿り着いてるみたいだ……あれ、誰かと話してる?
——スイリョクタウン
アホ「んん? あいつらは……?」
公民館の前まで駆けて行ったアホだったが……その扉の前を藍色の制服の生徒が2人——黒髪と金の瞳から姉弟と見える——こちらに向けて歩いてくる。
アホ「な、なんだ?」
???「あんたがパルデア地方の……アカデミーの生徒ってやつ?」
自分と同年代、背はネモより少し低いくらいだろう……弟と違って緋色のインナーと艶めかしい唇が特徴的な女子生徒。
???「凄いゴーグルだべ……」
???「スグリ、黙って」
もうひとりは女子生徒の後ろに隠れるように顔を出しており、アオイと同年代だろう……紫色のインナーと首にあるホクロが特徴的な男子生徒——名をスグリというらしい。
アホ「おっ、このゴーグルの良さに気づくとは中々やるな! どうだ? 別の学校でもスター団……——はっ! こんなことしてる場合じゃねえぜ! 俺はレギア! 後ろのはスグリだろ? ……アンタは?」
ゼイユ「レギア……バカみたいな見た目と違って名前はカッコイイじゃない。あたしはゼイユ。残念だけどよそ者はスイリョクタウンに入れてあげないの」
アホ「なにぃ!? 何かしらの手続きが必要なのか……」
ゼイユは両手を振って妖しげに微笑む。その姿は大人の魅力のようなものが感じられたが、アホはそれに惹かれているほど落ち着いていなかった。
アホ「でもすまねえな。俺も急がなくちゃならねえ理由があるんでスター!」
ゼイユ「スター……? 手続きとかどうとかは知らないけど……どうしても入りたいならあたしと勝負しなきゃダメ」
アホ「勝負ってんなら後にしてくれ! こっちは体調を崩してるやつがいるんでスター!」
ゼイユ「あっ、ちょっ——! 止まりなさいよっ!!」
アホはゼイユの横を全力疾走して公民館へと急ぐ。ゼイユはそんなアホに怒号を飛ばすものの彼はまったく脚を止めることはなかった。
ゼイユ「何よあいつ……! あたしの魅力が効かないわけ……っ!」
アホ「いやーっ!? 実際かわいいと思うぜーっ!!」
ゼイユ「聞こえてるなら止まりなさいってば!! ……ムカつくわねあの星型ゴーグルっ、次会ったらぶっ壊してやろうかしら……!」
スグリ(上級生でも委縮しちまうねーちゃんに全然怯まんかった……あの人、結構強いんだべな)
アオイ「あ、れ……先輩がいたかと思ったのに……?」
するとそこへ、田園からアオイが2人の元に到着するのだが……腹の虫が収まらないゼイユが勢いよく振り返って彼女の眼光を飛ばす。
ゼイユ「っ————! ……あんたもアカデミーの生徒ね」
アオイ「え、あ、はい……その、星型ゴーグルとヘルメットした人を——」
ゼイユ「なにあんたっ、あいつとグルなの……!? それならちょうどいいわ……あいつにイライラしてたのよ、あんたでこのストレスを解消させてやるわっ!」
アオイ「なにしたの先輩っ!?」
スグリ(わやじゃ……とばっちりで申し訳ねえべ……)
スグリは心の中でアオイに謝って、彼女のバトルを応援することにした。
アホ「——ありがとうございます支配人さん……おおっ、アオイじゃねえか!」
アオイ「ああ先輩! なんだもう公民館に行ってたんですね」
公民館の中でアホが支配人にもろもろを説明してバス停に向かうところだったが、バトルを終えたばかりのアオイに駆け寄るのだった。
ゼイユ「チッ、めんどくさいことになりそ。行くよスグ」
スグリ「あっ……ねーちゃん待ってえ」
ゼイユはアホにガンを飛ばしながらも支配人から逃げるようにどこかに行ってしまう……アホもそんな彼女を横目に見ていた。
アホ「……おう、当たぼうよ! 俺は約束と睡眠時間は守るからな!」
アオイ「健康的ですね」
支配人「そんならあたしはバス停の方にいってますんで、アカデミーの2人は公民館で休んどいてください……あの姉弟に変なことされませんでした?」
アオイ「い、いえ別に……楽しかったですし?」
支配人はアオイの言葉に唸りながらもバス停に駆け足で向かっていった。
アホ「これでひとまずは安心だな。アオイはこの後どうする?」
アオイ「うーん……ちょっと田園近くのポケモンを捕まえたいですかね」
アホ「おおっ、そいつは楽しそうだな! 俺は別で用があるからな……ここらで一旦お疲れ様でスター!」
アホが迫真のスター団ポーズを披露すると、そのままゼイユたちが逃げていった方へと走って行ってしまった。
ゼイユは平地のあたりで足を止めて振り返る。息を切らせながらスグリが追いかけていた。
スグリ「ひー、ひー……ねーちゃん速いってば……!」
ゼイユ「あんたトレーナーでしょ? このくらい走れないでどうすんのよ」
アホ「トレーナーは育てるのにも戦うのにもまずは体力だからな、その辺りはちゃんとしなくちゃダメでスター」
ゼイユ「あんたもいいこと言うじゃない……——オラァ!」
ゼイユは振り向きざまに隣に立っていたアホに向かって『アイアンクロー』を放つ!
アホ「グエー! かくとうタイプの方だーっ!!」
ゼイユ「なんなのよあんたいつからそこに!!」
アホ「いでででで……ちょうどさっきスグリを追い越したところでスター……」
スグリ「わやじゃ……全然気づかんかった……!」
アホは少しばかり顔を抑えて蹲っていたが、すぐさま起き上がって星型ゴーグルを外した。
ゼイユ「……で、あんたはなんでここに来たわけ?」
アホ「決まってんだろ? ゼイユ……あんたと勝負するためでスター!」
ゼイユ「…………へえ」
挑戦状をたたきつけられたゼイユは蛇のように恐ろしくも妖しく笑った。
アホ「さっきは火急的な用事があったからバトルできなかったからな……それにここなら周りに人がいないから本気でやり合えまスター!」
ゼイユ「スターってのがわかんないけど——良いわよ。本気でって言うならあたしもこの辺で捕まえた子じゃなくて本気の子たちで戦ってあげるわ!」
スグリ「ええっ!? ねーちゃんそれは流石に……!」
アホ「それで構わねえぜ。なんたって俺はパルデアのチャンピオンのライバルだからな!」
なお、一度も勝てたことは無い。
ゼイユ「言うじゃない。それなら地べたに這いずらせてあげる!」
話もそこそこ……両者ともにモンスターボールを構える!
アホ「うっひょー! ここで勝てば他校の生徒にも人気間違いなしでスターっ!」
アホは沸き上がる向上心からテンション爆上げでスター団ポーズを披露した!
——以上!