アナタの温もり
「ふん♪ふん♪ふふん♪ふんふふ~ん♪」
本日は快晴。
太陽が優しく肌を照らす気温は心地よく、時折吹く風も爽やかだ。
波模様も穏やかでその静かな音に目を瞑ると、風が吹き抜ける草原や森を幻視する。
二階部分の手すりに腰を掛けて陽の光を浴びていた私は体も心もぽかぽかしていて、ついつい鼻歌を歌ってしまう。
歌ってるうちに体が一定のリズムで揺れ、ぷらぷらと足が動くのも無意識……とういうか気づいたらやっていた。
ああ……幸せだなあ……。
あの日、あの事件を起こした私がこんなに幸せな時間を味わっていいのだろうか、なんて暗い考えが浮かんでしまう。
その事に関してはシャンクスや赤髪海賊団の皆、麦わらの一味の皆、……そしてルフィが色々と尽力し、また支えてくれたので今の私は前を向いて生きていける。
もちろん私が引き起こしたことを忘れて、ではない。できうる限りの償いをして、その上で一人のウタとして、歌が大好きな一人の女の子としてやれることをやっていくのだ。
「ん~♪ん-んんー♪……んっ♪」
ちょっと下がってしまった気持ちに釣られるように鼻歌のトーンも落ちていく。
いけないいけない。こんな調子の鼻歌を聞かれたらまた皆に心配させちゃう。
だから半ば無理やりという形で鼻歌を終える。即興で歌ったものだからもうちょっといい感じに終わらせたかったのは心残りだけれど。
「お、その歌はもういいのか?」
「えっ? うひゃっ!?」
その声と共に私の視界に入り込んできたのはルフィの顔だった。
思いもよらない人物の出現に驚き、バランスを崩した私は腰かけていた手すりから転げ……。
「っと……あぶねー! 気を付けろよなー」
落ちることはなく、ルフィが伸ばした腕に掴まれて事なきを得ていた。
「うん、ありがとルフィ。助か……ってそもそもアンタが驚かすからじゃん!」
すぐに助けてくれたのは素直に嬉しいけれど、そもそもルフィが変な登場しなければ驚くことも無かったわけで。
「あり? そうか?」
「そうよ!」
「あー……わりい」
「まあ……怪我はなかったし、ルフィは今回も私を助けてくれたし……もう、いいよ」
ちょっとしたやり取りのあと、しばしながれる沈黙。
……? あれ、ルフィってなんか用事あったから私に声をかけたんじゃないの?
「……ねえ、ルフィ?」
「おう、どしたー?」
「いや、どしたー? じゃなくてさ。何か私に用事があったんじゃないの?」
「……とくには?」
……どうしよう、頭痛くなってきたかも。
いやべつにさ? 何も用がないなら話しかけるなってわけじゃないけど、だからって人を驚かせるようなことは良くないと思うのよ私は。
ルフィとこうして他愛のない話をするのも好きだよ?
でもさ、こう……なんかあるじゃん! いろいろとさー!?
「なあなあ、ウター」
眉間に皺を寄せ、額に手を当てて考え込む私に幼馴染の能天気な声が聞こえる。
ああー、子供の頃もなんか似たようなことあった気がするなあ。
「もー、今度はなぁに?」
まったく、昔からこいつは人を振り回すよね。なんて思いながらそちらを見やると、ルフィが腕を広げて立っていた。
「? どうしたのルフィ?」
んん? 意図が全く読めない。何をしたいんだろうルフィは。とりあえず近づいてみる。
「ニッシッシッシ! ウタ、つーかまえたっ!」
そうして私はあえなく捕獲された。
「んもー。ハグしたかったのならそういえばいいのに。急だとびっくりするじゃん」
文句を言いつつ私もルフィを抱きしめる。
私の力じゃルフィのハグから脱出できないからね。それならせっかくだしルフィを堪能するのもしかたないよね? うん、仕方ない仕方ない。
……はぁ~。やっぱりルフィとのハグは落ち着くなあ……。頭を優しくなでてくれるのも好き……。
「……ん、もう。髪のセットくずれちゃうじゃん~」
なんて口ではついつい文句を言っちゃうけど、もちろん本心ではない。
姿勢の関係上ルフィには見えてないだろうけど、私の顔は満面の笑みだ。自分でも見えないけれど、きっとデレッデレに破顔してると思う。
「そうか……じゃあ、撫でるのやめるか?」
「いいよ。私はおねーさんだからアンタが撫でたいって言うなら許可してあげるっ! だからほら……ね?」
私が本気で拒絶してるわけではないとわかっているのに止めようとしてくるルフィ。
ルフィが本気でやめようと言ってるわけではない、と私もわかっているので続きを促すように頭を動かす。
私が体を預けてもしっかりと支えてくれる両脚。
回した手に感じる大きな背中。
正面から私を受け止めてくれる広い胸板。……密着するようにハグしてるから、私の胸が押し付けられるようになってるのはちょっと恥ずかしいけれど……ルフィならまあいっか。
……それから、顎を乗せるとなぜだか妙なフィット感のある肩。
こちらを優しく包み込んで、時には頭を撫でてくれる腕と手。
そのどれからも感じるルフィの温もりはほんとうに心地よくて……ルフィからはなにか癒しの新粒子が出てるんじゃない? なんてことがついつい頭をよぎってしまう。
「……ねえ、ルフィ?」
「おう、なんだウタ!」
「ルフィはさ……私とのハグ、どう?」
自分だけ貰ってばかりだなあ……なんて気持ちから、ついつい聞いてしまう。
ルフィは人の心の機微に聡いやつだ。特に、寂しいとか助けてほしいとかそういった悲しい気持ちには。
今回いきなり現れたのも、鼻歌にでてしまうくら私の気持ちが沈んだのに気づいたからかもしれない。
……波や風の音に紛れるくらい、小さな鼻歌だったのにね。
「おれ、ウタとのハグは好きだぞ! 落ち着くっつ~か、安心するっつ~か。ニシシシ!」
「そっか。よかった。……じゃあ、このまま続けちゃおっか」
「おう!」
ルフィの答えは気遣いだろうか。それとも本心だろうか。……本心だったら、いいな。
だから、私はルフィを抱きしめるのにぎゅぅっと力を込める。
ルフィも私の言葉と態度に応じるように、きゅっと力を込めてくる。
「……んへへへへ」
その力加減一つとってもルフィの優しさを感じられて、それがたまらなく嬉しくて。
思わず声に出てしまっても、しょうがないよね?