【アスバズ?】bow-wow!
@狂犬ちゃんkawaii脊髄反射でタイトルを決めるとこうなる
狂犬バザードちゃんがアスキンに一目置く話
ほんのりユーゴー→バズなのかもしれない
恋愛感情なのか単なる親愛の情なのか、それ以外の執着なのかは謎
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「バズ!」
背後から呼び止める声。笑顔で振り返ることが出来ていた頃のボーイソプラノが懐かしく、鼓膜を低く震わす重低音は耳障りだった。
常に刻まれている眉間の皺が深くなるのを自覚しつつ、あえて表情を和らげることもないまま。
たっぷりと間を置いて、追いついてきた声の主を振り返った。
「ハッシュヴァルト」
「ユーゴーって呼んでよ、僕たちの仲でしょ」
耳に馴染み過ぎて、悪夢となって現れそうなやり取りが、また始まった。
辟易するバザードに気付いていないのか、それともわかっていて続けているのか。ハッシュヴァルトの笑みからは何も読み取れない。そもそも、読み取るつもりさえなかった。
ハッシュヴァルトが軽やかに口にした「僕たちの仲」という言葉にも、すっかり嫌気が差していた。
衣食住と力を与えていた者と、享受するだけだった者。捨てた者と捨てられた者。騎士団において唯一無二の最高位と、代わりなどいくらでもいる聖文字を得た団員。
あるいは。
「よお、また一緒にいたのか」
軽薄な声だ。バザードはこの声が嫌いだった。星十字騎士団において、どころか生まれてこの方、好ましいと思った声など、彼のボーイソプラノ以外にありはしなかったが。
廊下の向こうから現れた声の主に、ハッシュヴァルトが柔らかく緩んでいた表情を引き締める。氷のように冷たい視線に射貫かれようと、男はヘラヘラと笑ったままだった。
「昔馴染みだ。積もる話もある」
「毎日一緒にいて積もる話、ねェ。いや、悪いとは言わないぜ。けど水を差すことになっちまうな」
「何か異状でもあったのか」
見えざる帝国の君主たるユーハバッハが眠りに就いている間、その代わりを務めていたのは他ならぬハッシュヴァルトだ。問題があれば彼まで報告が上がって来ることも多く、この手の会話には慣れているようだった。
自分は蚊帳の外だろうと決めつけ、今のうちに退散しようとしたバザードだったが、男の発言に足を止めることになる。
「いや、用があるのはアンタじゃないさ。バザード、いいか?」
「………あァ?」
ほとんど唸り声に近い、くぐもった音を喉で鳴らして男を睨み上げる。今にも噛みつきそうな様相に、男は両手を上げて降参のポーズをとった。
「そう睨まないでくれよ。仕事の話だ。アンタの強さはよくわかってる。だからこそ巻き込まれちゃこっちが無事では済まないだろ?」
世辞の上手い男だ。バザードは鼻を鳴らし、滲み出ていた敵意を引っ込めた。この男の能力を以てすれば、自身への被害を最小限に留めることなど造作もないはずだ。しかし、仕事の話にまでいちいち噛みつくほど、理性は死んでいない。狂犬の呼び名も高いバザードだが、こと騎士団の一員として活動するに当たっては、冷静かつ意欲的な態度を見せていた。
活躍して、力を見せつけて。周囲を認めさせてやる。それだけがバザードの生き甲斐だった。
「…陛下の力がお戻りになっていないのをいいことにのさばっている勢力の鎮圧か」
重く冷たい声が廊下に落とされる。胸の内に渦巻く感情は不透明で、しかし良いものでないことだけは確実だ。
見えざる帝国の内紛を憂いていると思う者も多いだろう。だが、きっとそうではないことをバザードは知っていた。
ユーグラム・ハッシュヴァルトは、ユーハバッハの手で生まれ育った城を焼かれ、家族を焼かれ、領地と領民を焼かれた、元は領主の息子である。仇に対する反抗勢力が鎮圧されることを、諸手を挙げて喜ぶとは思えない。むしろ、野望を潰えさせられる者たちを憂いているのだろう。
そうでありながら、憎い仇の後継者として側に置かれている。現状に苦しんでいることは、想像に難くなかった。
「おっしゃる通りだ、次期皇帝陛下。てなわけで、バザード。行くぜ。地図を見ながら作戦の確認だ」
「…チッ」
「舌打ちで返事をするのは止せ。はしたない」
お前は俺の親か。女扱いするな。
文句を言ってやりたい気持ちをぐっと抑え、振り返らず進む。ハッシュヴァルトと会話をすると、どうしようもない苛立ちに包まれて、気が狂いそうだった。
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「以上、確認は終了っと。アンタから質問は?」
「ねェよ」
「だろうな。じゃ、あとは好きにしてくれ」
作戦会議とは名ばかりの簡単な確認は、五分と経たずに終わった。こうなると、わざわざ別室に呼び出された意味がわからない。広げた地図も軽く表面を撫でられただけで、大して役には立たなかった。
「この程度…」
ハッシュヴァルトの元からバザードを連れ出すまでもなかった。むしろ、他の団員であれば騎士団最高位の不興を買ってはいけないと避けて通るような道だ。他人の様子を目敏く観察している男が、バザードとの会話を邪魔されたハッシュヴァルトが不機嫌になることに、気付いていないとは思えなかった。
それでも連れ出した、その意味を考える。会話に辟易していたバザードにとっては、連れ出された方が好都合だった。しかし、男にとって好都合な理由など、果たして存在するのだろうか。
「ン?」
とぼけた反応に、追及する気も失せた。元より他人との会話は疎ましいもので、男が何を考えていようと関係のないことだ。
バザードの戦いの邪魔でさえなければ、それでいい。
「…チッ。うるせえ」
「理不尽だな。とにかく当日はよろしく頼む」
そう言い残し、男は去って行く。扉が音を立てて閉まってから、ふと気付いた。
誰も彼も、バザードとハッシュヴァルトが居合わせたタイミングでバザードに用があると、決まって口にする言葉がある。
用があるはずのバザードではなく、ハッシュヴァルトに対して。
「『借りる』とは言わねえんだな」
男がその言葉を口にしていなかったと気付いて、少しだけ、眉間の皺が薄まった。
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「駄目だよ、バズ」
牙も爪も届かなかった。
「いい子にしてね」
子犬がじゃれつくのを見るような目で、全力の反抗に微笑みを返され。
「ほら、捕まえた」
やめろ、触るな、押さえつけるな。
穏やかに捻じ伏せてくる男は恐ろしく、恐怖する自分自身が許せなかった。
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死体の山の上に、獣が立っている。それは人の女に似た姿で、黒い霊圧を纏っていた。半刻前までは確かに身に着けていたはずの隊服は無惨に破かれ、ボロ布のように女の肢体に引っ掛かっているのみである。滑らかな平面だったはずの箇所が押さえつけるものを失い、本来の丸みをさらけ出していたが、この状況で眼福だと暢気なことを口にする者はいなかった。
「あーっと。いいか、バザード?」
理性なき獣に襲われれば、ひとたまりもない。積み上がった性別・年齢を問わない物言わぬ肉塊を前に彼我の実力の差を悟り、萎縮しきった配下を離れた場所に置いて。
ただ一人、無防備に構えもせず獣の前へ進み出た男を、獣が一瞥する。
「ヴー…グルルル…ッ」
「噛み付いてくれるなよ。アンタに噛まれちゃ痛いじゃ済まないんでね」
「ウーッ、バゥ、バウッ」
「人の言葉が話せないってのは致命的だな。俺の言葉も届いちゃいないのか?」
薄皮一枚隔てたようなもので、聞こえてはいるが理解には時間が掛かる。あまり複雑な内容ともなると、時間をかけても理解できないこともあった。
という話は、誰にもしたことがない。そもそもバザードのこの能力を見て無傷でいられた者など、一人しかいなかった。他はみな恐ろしいものを見たと口を閉ざすか、話すことさえ難しい状態になるかだ。
「グルル…ウゥーッ」
「オーケー、落ち着こうぜ。危害を加える気はない。むしろ礼を言いに来た。アンタが単身敵地に潜入して暴れてくれたおかげで、こっちの損害はほぼゼロだ」
前線に出てきた敵を叩き、わざと一人だけ取り逃す。九死に一生を得たと勘違いし、涙を流して喜んだ敵が自陣へ戻ったところで、刻んだ印を辿って瞬間的に追いつき、混乱する敵を殲滅する。
いつも通り、出来ることをしただけだった。礼を言われることでもない。バザードの世界には自分、敵、それ以外が存在し、それ以外の人々のことなど、歯牙にもかけていないのだから。
「…ゥアウッ」
「うおっ!?」
とうとう男に飛び掛かり、石畳の床に押し倒す。咄嗟に受け身を取った男は、頭や背をひどく打ち付けることこそなかった。しかし、その心臓の上には獣の前足が置かれている。その気になれば、肉を裂き、骨を断ち、心臓を破れる。
さあ、反撃してみろ。バザードは唸り、男を睨みつける。反撃したところで殺してやる。自分を犬扱いして御そうなどと、愚かなことを考えたのが間違いだと後悔しながら死ね。
そう思うのに、男はいつまで経っても反撃しなかった。不意に馬鹿らしくなって、胸に置いていた手を退ける。
力を使い過ぎると興奮状態に陥ってしまうのが難点だ。男を殺すことに意味などないと気付くまでに、これ程の時間が掛かるとは。
「フーッ、フーッ」
「思い留まってくれたらしいな。…あー、言いづらいんだが。この姿勢はいろいろと見えちまって致命的だぜ」
言葉の通り、男の位置からはバザードの身に引っ掛かっただけの布などないに等しく、あらゆる部分が見えているだろう。
生娘のように可愛らしい恥じらいもないが、バザードは決して露出狂でも何でもない。自覚すると途端に自分の格好が妙に思えてきた。
「ア、ウゥ……チッ」
「その舌打ち、いつものバザードか」
「見んな」
「はいよ。…動き回ったからか暑いな。あんたはその格好じゃ寒いだろうし、これでも使ってくれ」
差し出されたのは男が着ていた外套だった。戦闘行動にもほとんど参加しなかった男は、外套を脱ぐことすらなかったらしい。
「クセェ」
「マジか!?」
コーヒーとミルクの匂いが混じって、ほろ苦いような、ほの甘いような、やわらかい匂いだった。
血の匂いよりは、ずっといい。
「着てやる」
「そりゃどうも」
妙な男だと思った。
「…アスキン」
「どうした、バザード」
妙だが、嫌いではない。
少なくとも、名前を呼んでやってもいいと思う程度には。
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「聖文字を使ったブラック様を無傷で取り押さえられるなんて、さすがだわ」
「羨ましいよなあ。俺もあんな至近距離で見てみたいよ」
「なによヘンタイ!」
「だって可愛いだろ、犬耳と尻尾!」
星十字騎士団は本日も平和である。
廊下の角を曲がったところから聞こえてくる声に、ハッシュヴァルトの表情は和らいだ。
そうでしょう、すごいでしょう。だって僕はバズと仲良しだからね。傷一つ負わずに取り押さえられますとも。
「あんたみたいなヘンタイと違うのよ、ナックルヴァール様は!」
「くそぅ…俺もナックルヴァール様みたいにいい男ならなあ…」
「あんたには絶対に無理!」
「なんだとう!?」
おや?
聞き間違いではなさそうだった。ご丁寧に二度も飛び出してきた名前を反芻する。
アスキン・ナックルヴァール。親衛隊。星十字騎士団の一癖も二癖もある面子の中では珍しく協調性のある男。
「…ふうん」
その男が、バズを、無傷で取り押さえた。実力から考えれば、おかしなことは何もない。
何もない、はずだ。