アスティカシア高等専門学園、或いは魔女と亡霊達の箱庭

アスティカシア高等専門学園、或いは魔女と亡霊達の箱庭



(Pixivはまだなのですが、Twitterアカウントを作ったのでここに貼らせていただきます。固定ツイートに書いたものまとめて置いてます。ただ健全とはいえ4号×スレッタを推すアカウントなので閲覧はご注意ください。)

(https://twitter.com/nanatumi46)



  ◆ ◆ ◆


フロント73区アスティカシア高等専門学園。

早朝の連絡船港は閑散として、貨物の運送準備のために慌ただしく行き交うハロ達のほかには人影も見当たらなかった。

約束の時間まではまだあるが、本を閉じて宙を見上げる。


  ◆ ◆ ◆


昨晩は編入を祝う席でスレッタ・マーキュリーと二年ぶりに顔を合わせ、母親のところに泊まるという彼女と別れて学園に戻ってきた。

未だエアリアルには及ばないファラクトのテスト演習という名目で模擬決闘も許可が下りて、彼女と久々に手合わせすることも出来た。

尤もテストはCEO達がかわいい孫の願いを叶える為の名目に過ぎないことは明白で、

別れ際にもスレッタをなかなか解放しようとせずに彼女と母親を困らせていた。

ペイル寮に用意するようにと指示された彼女の私室もなんというか…その、普通の部屋の二倍くらいはありそうな面積に衣装の箱とぬいぐるみが所狭しと並べられている部屋であった。

愛情といえばそれはそうなのだが、どうやって一般の寮生に悟らせることなくスレッタをあの部屋に案内しようか、と少し頭を悩ませる。


今日だって本当はペイル社から船を出したかったに違いない。

最後の希望を背負ったヴァナディースの末の魔女、スレッタ・サマヤの記念すべき入学初日だ。

いや、今の彼女の名前は『スレッタ・マーキュリー』だったか。

水星で生まれ育ち、謎のモビルスーツ・エアリアルを駆る新入生。


  ◆ ◆ ◆


ブザーが鳴り、連絡船の到着を知らせる。

「あああっあの!は、はじめまして!すすすスレッタ・マーキュリーです!!」

見慣れた制服に身を包み、なぜか大きく膨らんだリュックを背負ったスレッタは、たどたどしく自己紹介をしながらぎこちなくこちらに歩いてきた。

「き、今日からペイル寮でお、お世話になります!よろろろ、ろしくお願いします!」

「……別に誰も見ていないから、大丈夫だよ」

お世辞にも演技は上手とは言えなかった。


「制服、似合ってるね」

「ほ、ほんとですか?制服、ずっと憧れてたから…!」

嬉しそうに破顔した彼女に本当だと返事を返す。緊張はほぐれたようだ。

「でも、CEO達が用意した制服じゃなくて良かったの?」

「あ、あれはちょっと派手っていうかその…はずかしくて…」

断ったのか。確かに助言を求められた際に少し見た限りではフリルが付いていたり、ひらひらしたマントが付け加えられていたりと凝ったデザインが多かった。

僕も提示された中から一番地味なのを選んだつもりだったけれど、断ればよかったかもしれない。


  ◆ ◆ ◆


港から学園の校舎へと向かうリニアに乗り込むと、スレッタは物珍しそうに窓の外を眺めた。

学園には地球の環境が再現されている。

もちろん大部分はイミテーションだが、水星やペイル本社にはないものだから珍しいのだろう。

しばらく横顔を眺めていると、彼女の顔が急に曇った。

何かあったのかと尋ねると、連絡船で救助した女の子に怒られたらしい。

どうやら脱走を実行していたところだったようで、邪魔してしまったのだという。

余計なお世話だったでしょうか、と彼女は俯いた。

この学園において脱走、という言葉から連想されるのはただ1人しかあり得ない。

ペイル社から、今朝も脱走騒ぎがあったと連絡が来ていた。

スレッタと鉢合わせになるのは予想していなかったけれど。

そうか、彼女がスレッタにとって初めて出会った同年代の少女ということになるのか…

「スレッタ。 彼女がミオリネ・レンブランだよ」

え、と彼女は目を見開いた。


ミオリネ・レンブランについての簡単なプロフィールは社内でも共有されていたはずだが、スレッタの演技の拙さを思えば顔がわからなくて良かったのかもしれない。

顔は判らずとも、名前を聞いたら彼女の役割と筋書きを結びつけることが出来たようだ。

胸の前でぐっと力を入れて拳を握り、勢いよく宣言する。

「じゃ、じゃあなおさらな、仲直り、しなくちゃ…だめ、ですよね」

「私とエアリアルはホルダーになるんですから!」


それに、彼女が地球に行きたいなら手伝ってあげたいのだと、スレッタは微笑んだ。

確かに、ミオリネ・レンブランには大きな犠牲を強いている。

決闘でホルダーが手に入れるトロフィーは魅力的でなくてはいけなかった。

全てのMS開発会社が社命を懸けて手に入れたくなるような。

デリング総裁が差し出したのは彼の実の娘だった。

妻を取り戻すためとはいえ事情を知らせずこの待遇とは随分とむごいことをする。

彼女が地球に行きたいのなら、僕たちはそれに協力すべきだろう。


同意を込めてスレッタと目を合わせる。

彼女はちょっと困ったように笑って、あとですね、と付け加えた。

「エランさんも地球で拾ったんだってお婆ちゃん達が言ってました。だから…」

僕には地球で過ごした記憶がないことも彼女は知っている。

それでもその言葉は暖かくて、そうだね、と呟いた。


  ◆ ◆ ◆


「水星焼きも渡し損ねちゃったんです。せっかくお婆ちゃん達が仲良くなりたい人に渡しなさいって持たせてくれたのに…」

あ、エランさんにもひとつあげますね!とスレッタはリュックから円盤状の焼き菓子を取り出した。

前に聞いたときは違う名前だった気がするが、いつの間にやら水星名物になっていたらしい。

表面にも焼き印が押されていてなかなかちゃんとした土産物になっている。


「でもお兄ちゃんはこれ、あんまり好きじゃないんですよね」

それは水星に行く前の君が「おいしい!」と褒めたばかりに、毎日のおやつがこればかりになった挙句、水星に店を出すためペイル社をあげて作られた試作品の山にオリジナルはうんざりしたからだよ、とは言えなかった。

CEO達が勝手にやったことだ。彼女が気に病む必要はないだろう。


  ◆ ◆ ◆


学園についてからはまず実習の見学に行くことになっていた。

ここでエランさんと別れて、一人での学園生活が始まるのだ、とこっそり気合を入れなおす。

連絡船の港には誰もいなかったのに、校舎は人であふれかえっている。

そのすべてが自分と同年代の人だなんて信じられない、とスレッタは思う。

水星には子供はいなかったし、幼少期を過ごしたペイル社にも子供はお兄ちゃんとエランさんしかいなかった。

実習場の人混みの中に、今朝会った白い髪の女の子がいるのを確かめる。

緊張で、踏み出す足がぎこちない。

上手くやれるだろうか、GUNDの未来のために。

自分が計画の要であることはお母さんからよくよく聞かされている。

でも初めての環境、初めての対人関係に竦んでしまう心があるのも事実だった。


『まあ適当にやれよ。何とかなるだろ』

お兄ちゃんがくれたメールを胸の中で反芻する。

リュックにはお婆ちゃん達とお母さんがくれたお菓子が詰まっている。

「大丈夫。君なら」

隣を歩くエランさんが小さく呟いた。


ミオリネ・レンブランとの初対面はあまりうまくできなかったけれど、まだチャンスはある。

今度こそ仲良くなれるようにと一歩踏み出し、その背中に声をかけた。

「ささ、さっきは、そ、そのご、ごめんなさい!!」

「えっ!?ハア? あっ! あんた、あの時の邪魔女!?」


「──っペイルの手先だった訳!?」


なかなか前途多難だ、とエランは無表情のまま小さく息を吐いた。












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