アスターを捧ぐ
—————“受けた愛に理由などつけるな”
微かに震える男を見ながら、息子と過ごした日々を思い出す。二人で笑いあったことも、共に困難を乗り越えたことも、幸せだったと胸を張って言える。きっとあの子も同じ気持ちでいてくれたはずだ。
目の前の海賊とは、そんな息子を通して奇妙な縁ができた。本来ならば即座に捕縛すべきだが、息子の忘れ形見と思うとそれも躊躇われる。叶うならばこうして時折会って、ロシナンテを偲び言葉を交わしたいが、さて。
あまり猶予もないと別れを告げようとしたとき。
「…あんたにだけは、伝えておく」
「誰にも言うつもりはなかったが、あの人の父親になら、いい」
迷いをにじませながらも、まっすぐに見つめる姿にこちらも姿勢を正す。どうしたのかと問いかけようとした矢先、ワン、と高らかに響く鳴き声。目をやれば、ふわふわとした毛を靡かせながら一頭の犬が駆け寄ってきていた。同じくそちらを見たトラファルガーは、目元を緩ませ、嬉しそうに腕を広げて待ち構えている。
「コラさん!」
————はて。“コラさん”とは。
あの犬は彼の飼い犬なのだろうか、とか。こんな所まで連れて来るほどの仲なのか、とか。思考が逸れている自覚はある。それでも息子の——彼にとっては恩人の——愛称で犬に呼びかける姿に、確かな不安を感じたのだ。
「ちょうど良かった。あんたのことを話そうとしてたんだ」
先ほどまでの、過去を思い震えていた姿はない。嬉しそうに、喜びを抑えられないというように、わしゃわしゃと犬の首辺りを撫でまわしている。
「いきなりこんな事を言われても、信じられないかもしれないが」
億越えの海賊だとは、とても信じられないほどに。あどけない表情(かお)で笑っている。あの子は、ロシナンテは、私の息子は、この男にどんな愛(のろい)を遺したのだろう。
——————この犬は、コラさんなんだ!
可愛らしい犬に抱き着きながら、13歳の少年が笑っていた。