アクあかハレルヤピーナッツバター
「すいません。みやこさん、少しお時間よろしいですか?」
あかねの声にみやこは視線を移した。
苺プロダクションの社長室。仕事中の彼女の部屋に、最近義理の息子とよりを戻したその恋人がやって来た。
みやこはそっと微笑んだ。
「えぇ、良いわよ。ただ、少しだけ待ってね。切りの良いところまで確認したいから。すぐ終わらせるから。そこに座ってて頂戴」
「お仕事、ですか・・・アクア君とルビーちゃんが心配してましたよ? 最近、みやこさんがお家に帰ってこないって」
「そう、二人にも心配かけちゃってるわね・・・でもごめんなさい。今はアクアもルビーも大変な時期だから。できる事はやっておきたいの。後で後悔しないためにもね」
できる女のようなセリフを口にしているが、実際には読んでなどいない。
手に取った書類に目を通すフリをしているだけだ。
(・・・気まずいよぉ・・・)
既に仕事は終わらせている。その上で、色々な仕事を増やして精力的に会社を回しているだけなのだ。
その理由は・・・家に帰りたくないから仕事に逃避するため、だが。
(よりによって、原因の人に来られちゃった・・・)
そう、彼女が家に帰りたがらない原因は、目の前のあかねにあったのだ。
様々な因果が絡んだ復讐が終わり、アクアは無気力に近い姿になった。
家族である自分やルビーが声をかけても、静かに力無く笑うだけ。
食事も最低限で、どんどん生気を失って行く姿を見るのは辛かった。苺プロダクションでも、例の映画騒動がかなり深刻化していたのもあって、みやこは休む暇も無かったほど。
家族の側に居てあげたいのに、家族を守るためにも仕事をしなければならず、側に居られない。
そんな時にアクアを支えてくれたのがあかねだ。
あかねは、アクアが拒否しようと受け入れようともその心をかき乱して動かしていった。
その姿に、かつてのアイやアクアを彷彿とさせていたほどだ。
その情熱にアクアも観念したのか、徐々に前を向き始めてくれた。
役者業も精力的に再開。
新たに習得した様々な技法と、これまで培ってきた撮影手法を混ぜ合わせ、己だけの演技を身に着けはじめていた。
近い将来、異母兄(姫川)と同等になるとまで言われるほどに。
そこまでは良かった。
そこまでは。
年頃の若い男女。
二人きり、何も起きないはずもなく・・・二人はアッサリと一線を超えた。
ちょっと、超えすぎじゃね? と言うくらい。
気がつけば、なぜか服装の乱れた二人が見られるようになった。
気がつけば、アクアの部屋から嬌声が響くようになった。
気がつけば、ゴミ箱にやたらと使用済みの近藤さんがそっと隠されるように捨てられていた。
気がつけば、居間に粘ついた水滴がついていることがあった。
気がつけば、あかねのスカートからピンクのバイブレーションが落ちたこともあった。
気がつけば、お風呂の扉に押し付けられて「ご主人様! お願いします! どうか子種をお恵みください!」と言う曇りガラス越しの声と姿を見た。
そう、今や彼女の家はアクアとあかねのヤリ家だ。
当てられたのか目覚めただけなのか、愛娘であるルビーからも淫靡の匂いが漂うほどに。
(でも、悪い子じゃないし、アクアが助かったのも事実・・・そんな子が私になんの?)
結局、不安を圧し殺す事もできずに、覚悟も決まらぬまま。みやこはあかねの話を聞くことを決めた。
「ごめんなさいねあかねさん。それで、愛息子の彼女さんが、私になんの用?」
「えと・・・アクア君のことなんですけど・・・」
(はい、地雷確定)
心の中で吐血した。
「アクア君って、その・・・凄い隙だらけだと思うんです・・・」
「隙だらけ?」
「はい!」
キョトンとした返しに、あかねが力強く頷いた。
「この前なんて、お風呂上がりに上半身裸でお水飲んでたし! 胸元チラ見できるようなゆったりしたシャツとか当たり前に着てるし! 食事する時だってお米をほっぺにつけちゃってたり! どう見ても誘ってますよあんなの! ルビーちゃんとの距離感バグってるし!(もとから) かなちゃんは今でもアクア君目で追ってるし!(こじらせガールを無礼るな) メムだってアクア君に異性の友達感覚よそおって凄い近いし!(勝てば官軍) 聞いたら最近みなみさんともルビーちゃん経由で仲良くしてるとか聞くし!(絶対アクアの好みのおっぱい) しかもあの不知火フリルさんとも月九ドラマの共演で仲良くなってカラオケ行ってるし!(キチンと事前にアクアからあかねに連絡済) というか! 姫川さんと二人きりで一緒に稽古とかしてるみたいだし!(姫川のSNSからのリーク)」
一息で次々と吐き出されるその想い(愚痴)に、しかしてあかねは息を切らさず荒らげない。
対するみやこは静かなものだ。
役者としての一面を、そんなくだらない所に匂わせないで欲しいと思いながら、声はかけない。まだ、あかねは伝えたいことがあると悟ったからだ。
別段(くっそめんどくせぇ)と思ったからではない。
あかねがうつむき、なにかに耐えるように膝の上で握りこぶしを作り、続ける。
「・・・わたしが、彼女なのに・・・」
「あかねさん・・・」
みやこは、あかねに少しだけ同情した。
「アクア君に調教されて、アクア君と一番相性がいいのはわたしなのに・・・」
「・・・あかねさん・・・」
みやこは、同情を返してくれと毒づいた。
「そりゃあ、アクア君に元気になってほしくて、色々誘惑しましたよ? わざと下着見せたり、胸を押し付けたり、膝枕してアクア君の手を私のお尻に誘導したり、疲れたふりしてわざと寝たフリしたりしましたよ?」
「あかねさん」
みやこは、お前が原因かよとドン引きした。
「それで、まぁ、最後は結局私が押し倒して・・・ヤっちゃいましたけど」
「あかね?」
みやこは、もう『さん』さえつけない。
「でも! あのベッドヤクザ、最後にはわたしの弱い所全部暴いて晒して並べてぐちゃぐちゃにしたのに! 好き!」
「おいこらあかね」
みやこは、最早遠慮はしない。
「だからですね、変な虫を防ぐために私とアクア君の婚約発表(一部にはNTRビデオレターとも言う)をしてみるのはどうかと思うんです! つきましてはみやこさんにその手伝いをしてもらいたくて」
「出禁食らわすわよ?」
それからしばらくして、みやこは家に帰るようになった。
なんでも。
「家族を守るために、逃げることはできない」
と、アクアとルビーに語ったらしい。
以来みやこは本当に忙しい時でない限り、二人と一緒に過ごす時間を増やしていくこととなる。
どこかの恋人の会話。
「お望みは叶ったかな?」
「・・・俺が言うのは絶対に間違ってるかもしれないけど言うわ・・・ドン引きだよ」
「アクア君は家族だからね『自分が側に居たらアクア君をまた傷つけるかもしれない』って思ったらみやこさんだって仕事に逃げちゃうよ。でも、言い換えればそれはアクア君達が大切だからってこと。だからこそ二人を守るためなら、みやこさんは側に居てくれる」
「だからって、あそこまでするかお前・・・」
「やるなら徹底的にって教わったからね、昔」
「教えたやつは碌でも無いやつだぞ」
「知ってる。だって私の彼氏だもん」
「・・・」
「さて、それじゃあ望みは叶えたんだから、私のお願いも聞いてもらわないとねぇ・・・フフフどんなプレイがイイッかなぁー」
「・・・コスプレプレイにここまで信念かけてるなんて、お前くらいで居てほしいよ・・・」
場所と、個人名は伏す。
なお、彼女の方はまた負けた。