アカマツとタロ
『あんたって意外と性悪よね』
そんなことを言われたのを思い出した。
ちょっと自覚はしているけれども、それは仕方がないじゃないですか。
だって、よく知らない男の子に人気のない場所に呼び出されたんですよ? ポケモン勝負に持ち込めれば負けることなんてないけれど、その前に手を抑えられたりしちゃったら怖いじゃないですか。そういうことをする子かどうかも分からないくらいの関係性なのに、誰もいない教室に呼び出す方がどうかと思うんですよね。
それに、パパの名前を出したくらいで諦めるんだったら、そんなに本気じゃなかったってことでしょうし。
それでも何人かは、パパの名前を出しても話をしたがる男の子はいて、そういう時はグランブルのボールをこっそり忍ばせながら話の続きを聞いてあげて、『ごめんなさい、今はリーグ部が楽しいから』『四天王の仕事で忙しくて』『誰かとお付き合いするとか、そういうのよく分からなくて』なんてそれらしい理由を適当に並べて、最後に『でも嬉しかったですよ、ありがとうございます』で終わらせれば、みんな何も言わなくなっちゃいました。
リーグ部が楽しいのも、四天王のことも、誰かと付き合うのが分からないのも別に嘘ではないですからね。
ただ、名前も知らなかったり、友達だと思っていたりした男の子とお付き合いするよりもポケモンのお世話をする方が有意義かな、なんて思ってしまうだけで。貴方にグランブルやアシレーヌを凌ぐようなかわいさがあるんですか?なんて正面切って言ったことなんてないけれど、要はそういうことです。
だから、性悪なんて思われても、私はそうやって男の子の気持ちをかわすんです。
ええと、そう。
私はそうやっていつも。
そうやって、かわしてきたはずなんですけれど。
「タロ先輩! オレ、タロ先輩のことが好きです!!」
私が何も言わないせいで、聞いていなかったのかと思われたのか、アカマツくんはもう一度同じことを言った。
あの、ここ、リーグ部の部室なんですけど。
カキツバタはいつもの席でのんびりしてるし、アオイさんは目を丸くしてこっちを見ている。アオイさんと立ち話をしていたゼイユ先輩は両手を口に当てている。普段はかわいいとはちょっと遠い言動をしているゼイユ先輩の、たまにするそういう仕草はかわいいと思っているんですけれど。
ええと、そうじゃなくて。
かわし方。そう、かわし方です。
なつき度が一定以上だとポケモンはたまに掛け声で技をかわしてくれますよね。
違う、違うくて、ええと。
「オレと…オレと、付き合ってください!」
フライパンを持っている手がぷるぷるしている。
アカマツくん、今までそうじゃなかったじゃないですか。
私に話があるって言って、でも何でもないって。
いつもマッスグマみたいに真っ直ぐで、ブーバーンみたいに熱くて、それでも私と話をする時は弱火になって尻込みしちゃうような子だったじゃないですか。そういうところがかわいいなって思っていたんですけれど。
「オレ、絶対ぜったい、タロ先輩を幸せにしますから!」
なにプロポーズみたいなことまで言ってるんですか。
弱火と強火の差が開きすぎですよ。ひのことフレアドライブ並みの違いじゃないですか。
ええと、何て言うんでしたっけ。
性悪な私は、いつも何て言っていたんでしたっけ。
顔が熱くて、心臓がドキドキして、頭が沸騰しそうで、何も思い出せない。
まるでひるんだみたいに、いつものわざが出せない。
「あ…アカマツくん、その…」
「ハイ!」
きらきらした、燃えているような瞳。
かわいいと思っていたはずの、熱くて真っ直ぐでいい子だと思っていたはずの、ちょっとバカだと思っていたはずの、男の子。
ああ、今更思い出しました。
そう。
フェアリーわざは、ほのおタイプに効果はいまひとつだってこと。