アオペパSS

アオペパSS


・転載禁止

・スカーレット時空

・暗め描写あり

・あるある風邪ネタでもいい人向け




「ペパーのサンドウィッチなんか前より美味しくなった?」

「おっ! 気づいてくれたか! 実は最近レシピ改良してさ。隠し味にマリナードタウンで仕入れた……」

眼下にハッコウシティを臨む広大な原っぱでピクニック。アオイとペパーが二人でピクニックをするのはもう何度目だか分からない。ヌシポケモンと戦っていた頃はひでんスパイスの生えていた洞窟内でそのままピクニックの用意をしていたが、今ではすっかり日のあたる場所が定番になっていた。

「ワフッ」

「ギャス!」

「マフィティフもコライドンも美味しいって」

「へへっ、腕によりをかけたかいがあるぜ」

そう言ってペパーがニカッと笑う。しかしその時、少し鼻を啜ったのをアオイは見逃さなかった。

「ペパー、風邪?」

「え? ああ……ちょっとマリナードタウンで長いこと海風に吹かれちまったからかな」

でもこのくらいなんともないぜとペパーはアオイにわざと威勢よく答える。アオイはチャンピオンランクとはいえ年下の女の子。自分は兄貴分の親友。弱いところなど見せられない。


そう思っていたのがつい昨日のことだった。

「っくし! うう……アオイ、俺も何か……」

「ほら! ペパーは大人しく寝てて!」

「ゼリーとか食材買ってきたよー」

「ん。熱もっかい計っとき」

寮の自室でペパーはアオイ達に看病されていた。鼻風邪と甘く見たのが悪化してしまったらしい。頭痛に悪寒、咳とくしゃみと鼻水の嬉しくないフルコースをペパーは食らう羽目になっていた。

「でもよ、俺の食うもんなんだから……」

「ペパーは病人でしょ! 治すのが先!」

キッチンのアオイを手伝おうとして追い返され、しまいにはベッドに寝かされ布団の上から優しくポンポンと叩かれる。非常に格好がよろしくない。

「私だってママのお手伝いで料理してきてるんだから大丈夫だよ」

「そうだよペパー。私達を信頼して」

「って言ってもウチら料理できない組はいる物買ってくるくらいしかできんけど」

「すまねえ……」

アオイ、ネモ、ボタンの三人がそれぞれ役割分担しながらペパーを気遣ってくれる。分けてもペパーはアオイに申し訳ない気持ちだった。

「私とのピクニックで無理させちゃったせいだから……」

「あ、アオイは悪くねえ! 俺が!」

「ペパー、寝るの」

「はい……」

アオイの言葉に飛び起きかけてまたネモに睨まれる。ペパーは仕方なくこの居心地の悪い立場に甘んじるしかなかった。額に冷却シートが貼られ、ほんの少しマシになった頭の痛さに目をつむって向き合う。暗闇の中で、部屋を後にするネモとボタンに生返事をして、ペパーはいつしか眠りについていた。


「ペパーのサンドウィッチ最高だね」

アオイが自分の作ったサンドウィッチを頬張りながら言ってくれる。この時がペパーにとって最高に幸せを感じる時だった。

「ペパー、私達親友だよね」

「おう。誰も入り込めないくらい親友だ」

冗談めかして笑うとアオイもいつもの眩しい笑顔で返してくれる。ペパーにとっては全然冗談ではないくらいなのだが。

「でもペパー、サンドウィッチ作れない時もあるよね」

「え? あ、ああ! 食材がない時はな! でもありもので他のうまいもん作ってやれるぜ!」

「それもできない時は?」

「え……」

無邪気なブラウンの瞳で見つめてくるアオイの言葉はどこか感情が読み取れない。ペパーは背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「料理ができないペパーは私に何をしてくれるの?」

「俺は、アオイに……」

「マフィティフも一人じゃ助けられなかった。博士の真相も一人じゃ知らないままだった」

「俺、俺は……」

「私がいないと何もできなかった、ペパーに」

不意にアオイは席を立ち、ペパーに背を向ける。そして行き先の分からない暗闇の中へ歩いて行ってしまう。

「あ、アオイ……!」

「助けられてばかりで私の『親友』なの?」

「お、俺、もっと努力する! 料理人の夢目指して修行もする! 今は違っても、アオイの横に対等に立てる奴になる! だから!」

アオイの華奢な背中が幼い頃に見た母親の背中に重なる。読んでもらったサンドウィッチの本の通りに料理を作れれば自分をもっと見てくれると思っていたあの頃。博士の息子に相応しくアカデミーで優秀な生徒しか持てないテラスタルオーブを持てればきっと自分を見てくれると儚い希望を持ったあの頃。

「置いていかないでくれ……!」

脳裏に浮かぶのは無力な自分。無価値な自分。エリアゼロにまで親に会いに行こうとしたあげくマフィティフの命を危険にさらすことになってしまった馬鹿な自分。

ペパーは暗闇の中で、一人うずくまった。

「……? …パー? ペパー?」

そんな中で暖かな光に似た声がした。深く立ちこめていた雲間から手を差し伸べられたような気分で、ペパーは一気に目を覚ました。

「ペパー、すごくうなされてたよ。大丈夫?」

「アオイ……」

目が覚めるとそこには湯気の立つ食事の用意を済ませたアオイが心配そうに自分を覗き込んでいた。

ペパーは呆然と自分の部屋を見回し、またアオイを見て、たまらず嗚咽をこぼした。

「ぺ、ペパー!? どこか痛いの!?」

「ち、違……アオイが、アオイがいたから……」

上手く言葉にできないまま泣き始めた自分を見てアオイはオロオロとしながらフラべべ柄のハンカチを差し出してくれた。

また気を遣わせちまった。本当に格好悪いちゃんだぜ。

黄色ベースのそのハンカチを受け取らず、ペパーは寝間着の袖で乱暴に涙を拭った。

「アオイ、俺すぐよくなるから……そしたら、どこへでもピクニック行けるし、好きなサンドウィッチもたくさん作ってやれるから……」

まだ鼻声になる所をなんとか気丈に振るまい、親友の顔を見ようとする。そうしなければ今後この少女の隣に対等に立つ資格など無いように思えたからだ。しかし。

「わふっ!?」

「ペパー! ちーんして!」

「で、でもアオイのハンカチ……」

「いいから!」

思い切りハンカチを鼻に当てられ、無理やり鼻をかまされる。ペパーは風邪で弱っていることとは別にして今の状況がわけが分からずにいた。

「ペパー、あのね。私はペパーが何かしてくれるから大切なんじゃないんだよ」

「え……」

「ペパーがいてくれて、出会ってくれて、たくさん話してくれて……そんなペパーの全部が大切な私の宝物なんだから!」

誤解しないように!と先生ぶったアオイに指を指される。ペパーはまだ言葉が出ないまま、瞬きを繰り返した。

「ペパーがマフィティフに思ってるのと一緒。ペパーが大変な時は絶対私が助ける。ペパーを置いて行ったりなんかしない」

強いまなざしで語りかけ、アオイは向き合ったままふわりとペパーの肩を抱きすくめた。

「だからペパーは何も心配しないで」

「アオイ……」

こんな距離で人に触れるのはいつ以来だろう。ペパーは風邪の心許なさも手伝って異性のアオイにときめきよりもむしろこの上ない温かさを感じた。

「あ、そうだペパー、おかゆ作ったんだ。冷めない内に食べて食べて」

「お、おう」

人におかゆなんて作ってもらったのは初めてかもしれない。ペパーは一口、また一口と温かな粥を咀嚼し飲み込んだ。

「うまい」

「へへ、ペパーに言われると嬉しい」

照れたように笑うアオイはさっきと打ってかわって年相応の幼さがあり、ペパーはアオイの不思議な魅力に静かに口角を上げた。

「じゃあ、私も部屋に戻るね。何かあったら遠慮せずすぐスマホロトムに連絡するんだよ」

「おう」

遠慮せずに、の所を気持ち強めに言い含められ、ペパーは苦笑する。しかしなぜだかもう、先ほどまでの胸の苦しさは無くなっていた。

「――あ、あと」

「?」

くるりと自分に向き直ったアオイがつかつかと近づいてくる。ペパーはまだ何かあったかと考えかけた時、頰に柔らかいものが触れた。

「……。……っ!?」

「ペパーの悪い風邪私が貰っちゃうね!」

「お、お前、うつったらどうす、いやそれより……っ」

「私はいつでも『親友』の次の階段上れるよ?」

じゃあね!と晴れやかな笑顔で去って行ったアオイの姿をいつまでも脳裏に焼き付けながら、ペパーはしばしの間頰を押さえて風邪とは関係なく真っ赤になっていた。



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