アオイちゃん留学前夜のスグアオss
・アオイちゃん留学前夜の妄想ssです。
・転載禁止
・色々気にしない人向け
・一部キャラの口調や設定捏造
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「アオイ、明日からイッシュに留学ね。アオイなら大丈夫だと思うけど、体に気を付けて頑張ってね。」
「うん、ありがとうママ!ちゃんと着いたら電話するからね」
キッチンで洗い物を終えた母がエプロンで手を拭きながら、ソファーでくつろぐアオイの横に腰かける。
「それにしても、パルデアに越してアカデミーに入学したと思ったら、すぐにキタカミへ林間学校に行って、戻ったらパルデア中を宝探しで回って、次は留学なんて…色々な経験をしてすごいわね。ママも誇らしいわ」
「えへへ。でもそのせいで全然帰れなくてごめんね、ママ」
数か月ぶりのコサジの実家で母と過ごす夜。「いいのよ」と笑う母に心でもう一度謝りながら、アオイは本当にここに来てから色々あったな、と思った。
息つく暇もないほど忙しく、そしてたくさんのかけがえのない出会いがあった。
「ブルーベリー学園には知っている先生やお友達もいるんでしょう?ならきっと安心ね」
「うんそうだよ!林間学校で引率だったブライア先生と、あとキタカミ出身の友達もいて…」
アオイはスマホロトムの画像フォルダを開き、下にスクロールしていくと林間学校の際に撮影した写真のサムネイルがずらっと並んだ。適当にタップして風景や町並みを母に見せていく。
やがて、オモテ祭りの出店を背景にアオイが地元出身の姉弟と写った写真にたどり着いた。
「この綺麗な子がゼイユちゃん。あと、この子、は……」
「この二人が向こうにいるお友達?あら、雰囲気が似ているからきょうだいなのかしら?」
「─うん。弟のほうはスグリ君」
「二人もお友達がいるのね。会うのが楽しみね」
「うん」
アオイの母は、アオイが弟のほうを紹介した時点から声のトーンが下がったことに気がついたが、それは指摘せず娘の次の言葉を待った。
「でももう何か月も前の話だから、私のこと忘れちゃってるかも」
「そうかしら?ママなら外国から来た女の子のことなんて簡単に忘れないけど」
アオイはかわいいしね。という補足には母のお世辞と思われたのか反応はなかった。
「林間学校の期間のうち、ちゃんと話したのは一日ちょっとくらいだったし」
「そうなの?でもなら余計に印象に残っているかもよ?」
『忘れられているかも』を母に否定して欲しいのか肯定して欲しいのか。恐らくアオイ自身にもわからないまま母娘の会話は続く。
「最後にバイバイもできなかった」
「─その場にいなかったママには軽いことは言えないけど…。どうでもいいとか、もう会いたくないと思う相手には案外きっぱりとお別れが言えるものよ。スグリ君もそうなんじゃないかな」
「そう……かな」
『スグリ君』だけを名指ししたことにアオイは気が付いただろうか。
「良かったら、もっと聞かせてくれる?スグリ君と過ごした時の話。嫌ならもちろんいいけど」
「ううん、なんか話したくなってきた!えっとね、スグリ君はとっても優しくて、あ、まず鬼のお話からしなくちゃ、えっと……」
独りぼっちの鬼を案じる心優しさに、今思えば初めから惹かれていた。
「でね、リンゴ飴を買ってくれたから一緒に食べて、……」
一緒にピクニックにも行きたかった。これからもどんどん新しい思い出を作っていけると思っていたのに。
「─……色々あって仲間外れにしたと思われちゃって、そのことはお互い謝ったんだけど、でも、また最初の時みたいにお喋りするのはなんか、できなくて……」
あれからいくつも時間が経ったのに。パルデアでも沢山の宝物に出会えたのに。それでも。
「本当は、宝探ししている間もずっと忘れられなくって……また…会いたいの」
◆
次の朝。玄関のドアを開けると屋根に留まっていたイキリンコたちが飛び立った。海からの風が心地良い。
「アオイ、行ってらっしゃい」
「うん、行ってくるねママ、ホシガリス!」
母の足元のホシガリスが「ムチャチャ!」と名残惜しそうに首を振る。
「─スグリ君のこと、きっと大丈夫よ」
「……うん!ありがとう!」
少し目は腫れているものの、昨日よりも晴れやかな笑みを浮かべてアオイは歩道で待つタクシーに向かった。
◆
ブルーベリー学園のコート横の控え室にあるベンチに座りながら、アオイは出発前の母の『きっと大丈夫』という言葉を思い出し、「本当にその通りだったな」とひとり微笑む。「さすがママ」
「アオイ、準備できた?」
「あ、スグリ。うん、そろそろ行こっか!次はついに決勝だね」
「アオイとペア組んでトーナメントさ参加できておれもわや嬉しい。絶対負ける気はしねけど、相手は四天王の一人とねーちゃんのペアらしいからけっぱんないとな」
「そうだね。…あのね、スグリ」
決勝を見届けるための満員の観客席の喧騒に負けそうな小さい声で、コートに向かうスグリの名を呼ぶ。金色の瞳が不思議そうに振り返る。
「手…繋いで欲しい。コートまで」
「え…でもんなことしたら、おれたちのこと、みんなに…。まだねーちゃんも知らねのに」
「手を繋いでくれたら、絶対に勝てる気がするの」
「──」
観客の声が一層大きくなる。相手ペアはもうコートに立ったようだ。
ベンチでうつむきがちに頬を染めるアオイを前にして、彼が選べる返事などひとつだった。
「…スグリ?」
アオイが顔を上げると、そこには赤いグローブをした右手が優しく差し出されていた。
数時間後には、アオイの母のもとにはトロフィーを掲げる二人の写真とともに、ある新たな報告が届くことだろう。