■り方を知らない神
この世界には最早、悪は存在しない、と神は語った。
悪の無い世界を廻し、更なる段階へ押し上げるのだと語った。
確かに世界は穏やかで、人々も朗らかで。それだけ見れば、平和と称するに相応しい。
しかし、かの神の治める世界には「人を殺戮して回る怪物」が存在しており──その母体と思しき存在は、あろうことか神の隣に座していたのだった。
人を殺すことは悪だ。どのような理由があれ、そこには罪がある。行いによって雪ぐことは出来ても、罪を負った事実は変わらない。
アルターエゴ・リンボはそのような価値観を知っていたし、それ故に「罪悪を見逃し続ける」神の意図が掴み難いと感じていた。
かの神に、該当する価値観が浮かばないとも言える。まさかこの神が、ただの無秩序な暴徒とは思えないだろう。
悪を排するにしろ、見逃すにしろ、何かしらの法則はある……はずなのだが……。
「ンンン、解せませぬなあ。人を害するものは明らかに悪でしょう。それを隣に置き続ける? 我らが神は御乱心か、と疑いを向けられても否定出来ますまい」
「…………」
「清廉にして絶対の神よ。例外への判断基準がないようでしたら、私が手ずから面倒を見ましょう。こうした魔性の類いは得意分野でして、ええ、ええ。きっとご満足頂けるかと」
その矛盾を突きつけられて壊れるならば、それもまたよし。その道理すらも理解出来ぬほど壊れているというなら、それもまたよし。全く新たな価値観を提示されるならば、それもまあよいだろう。
どれにせよアルターエゴにとっては至極愉快なことであり、なんら損のない議題だった。
「…………」
神は表情を変えない。虚ろな超常の瞳が、目の前の悪性を見続ける。
返答がないのであれば、つまり回答を出せないということか。口にしてしまっては、絶対性が崩れるということか?
「それでは────」
つまりは絶対の神の綻び。なんとも胸躍るものを見つけた、それを如何様に踏み躙ってやろう。どのように責め立ててやろう。
獰猛な笑みを浮かべたアルターエゴが印を結ばんとするも、
「それは、ならぬ。否認する」
「……はて」
神は無感情に、しかし決定的にそれを制止した。
「こんな肉塊に偏愛ですか? 神も御趣味が悪い」
「否定。偏愛とは、悪だ」
「ならば貴方様のためにも、尚更滅ぼすべきかと思いますが……」
「神は全てを……愛していない。その機構も、等しく」
「おや、面白いことを仰る。ひとつを例外として扱うことは、愛憎のどちらかでしょう?」
ソレは紛れもない悪だった。世界が一巡するたびに人々を襲い、傷つけ、殺す怪物。それを悪と呼ばずして何と呼ぶのか?
それを殺して、何が悪いというのか。そんなもの、英雄による正義の行いと同義であるというのに。
「ソレは……神の引く、弓。振るう剣。善悪を、見定める瞳……神の行使する権能。神を……担い手とする、兵器に過ぎない」
「つまり、道具に悪も何もない、と?」
「……去れ。道具を悪とするならば……人形も、裁く対象になり得るだろう」
ほの光る神の瞳。今まで「対象として認識」すらされていなかった断罪の視線が、式神操る術者に向けられる。
「饒舌に語るかと思えば脅しですか。脅しですね? まあまあ、神ともあろう方が随分と人間らしいことをなさる。ンンン、今回は大人しく去りましょう。私も無意味に式神を破壊されたくはないので……左様なら。神の意向のままに去りましょう、ええ、ええ!」
……………。
……まどろみのふち、「わたしたち」はゆめをみる。夢のような、理想を願う。
あの戦争の最中では、「たたかいたくない」などと口走ることは許されなかった。
殺し、殺され、殺し、殺され、それを許容し続ける必要があった。
水が溢れる前に器から水を抜くのは当然のこと。命が溢れる前に大地から命を間引くのも、きっと当然のこと。正しいこと。
それを正しいのだ、と。思えていたのなら楽だったのか?
神の被造物。命の総数を減らすために作り上げられたシステム。
それは例の肉塊であり、恐らくは「わたしたち」でもあって。
舞台の演者は揃いも揃って役目を課されており、それに準じた行動が求められる。
悪の権化と正義の象徴の戦い。命を減らすための第一幕は、祝福の花吹雪と共に始まる。
さて。
弱きを救うことは恐らく善だ。正義とされるものだ。
そして誰かが悪を成したなら、それを罰するのも正義というものに当てはまるだろう。
では仮に、誰かが大殺戮を起こしたとしよう。それは恐らく悪だ。
その者を殺すことでしか止められない、弱きを守れないとしたら?
正義はそれを殺すしかないだろう。人を殺すは悪と知りながら、人を殺す正義を成すだろう。
……これは極端なたとえ話だから、大殺戮とまではいかなくてもいい。嫉妬から誰かの足を引っ張ろうとしたり、怒りから相手を傷つけたり、そんなことでもいい。
事の大小はあれ、こうした悪に転じたモノは正義のみでは救えない。罰することは出来ても、掬い上げることは出来ない。
正義として救う百のために、どうしても切り捨てられるしかない一つがある。
悪を排し、世界を正す正義。
世間ではこちらが肯定されるだろうが、ああ、でも。
けれど、悪だからって、他のためだからって見捨てていいなんて、そんなのって。
……なら、正しい行いを悔やむというのか? 救われた百は、確かに存在しているのに? その感謝を否定出来るのか? その存在を否定するのか?
そんな袋小路がやってくる。そんな螺旋が廻りだす。
世界はそういうものなのだ、と全てを諦めたら楽なのかもしれないが……終着のない問答に耽る時間だけはあった。
……また、ある日。ふたり、まどろみにふける。
そもそも、正しいとはなんだろう?
あの世界で、正しい英雄としてのオーダーとは何だ。それは神の御心のまま、命の総数を減らすことだった。
つまるところ、誰より正しい英雄とは、その実誰よりも殺した殺戮者だ。
「人を殺すは悪」と言った身で、私は誰よりも正義を成した/人を殺した。
全くおかしい、これはどういうことか? これは、いったい。
ああ、肉塊よ。愛されることなく、殺戮の使命を果たしたものよ。
おまえの殺戮が悪とされるなら、正しき私の殺戮だって悪に違いない。
だから、殺戮者としてのおまえは悪ではない。何ら問題ない。
私は多くに愛された。とても恵まれた男だったらしい。
しかしおまえは、どうだったろう。
私は自らこの在り方を望んで神と成ったが、おまえはどうだったのだろう。
こうして、憂いも苦しみもなく、善悪もなく。純粋に役目を果たすことを良しとするのか。
無二の友を見出し、「悪」として戦争の引き金を引く方が望ましいと感じるのか?
わたしはあの凄惨な争いを知るが、おまえはきっと知らないだろう。
この世界は少しだけ、わたしの知るものとは違っているようだから。
それは百王子が生まれず、無論彼らの友も存在しない世界。
太陽の如き戦士は輝かぬまま世を去ったし、怒りと共に剣を硬く握りしめたはずの戦士も貧しいままに散った。
それは五王子が王位を継承し、戦争もなく平和に回るはずだった世界。
平和のままに命の数が増え続け、別の調整手段が起動した世界。
……大きく既定路線を外れ、ろくな未来の望めない世界。
そこに滅ぼしの神は送り込まれた。この世界を終わらせることが、正しいことだった。
せめて破滅が避けられないのならば。苦痛なく、痛みなく、穏やかな着地を。瞬きの間に眠ることも、きっと祝福だ。
そうして終わるはずの異聞の世界は……終わらなかった。
空想樹によって、規定を外れても尚、存続の可能性を得た。
……ならば神は、穏やかな滅亡など望まない。望めない。
今まで願うことすら許されなかった、平和な世に民が溢れる世界を望む。
上限の規定などなく、争いが起きる必要もなく、痛みのない、ただただ穏やかな世界を望む!
かつての神の定めた規定など、知らない。神はそんなものを認めない。
貴女が大地を支えるのが苦しいというなら、わたしが神としてそれを支えよう。いや、支えるまでもない新たな世界を求めよう。
そのために世界を廻すのだ。永劫の果てに「至る」時が来ると信じて。
そうなればきっと、きっと、この■/この悪だって。
おそらくは、はじまりはそのようなものだったような?
しかしこれでは、何億と年月を重ねても終わらない。少しずつ早めて、ゆっくりと進めて。
いつからか聞こえるようになった、もっともっとと煽る声に、頷いて。
それで問題ない。きっと、至った世界は美しい。
肉塊のような「悪として望まれたモノ」はもう生まれないし、わたしのようなモノもきっと必要ない。
廻せ、廻せ、廻せ。全てを超越した、完成された世界を此処に────
「────この世界は、正しさを望むあまり間違ってるよ」
「人を殺すのは悪いコトだ。それをルールだとか、役目とか、正義だからとか、なんとか……!」
「どうにかして当てはめようってするのは……とっても苦しいことじゃないですか? そういうのに苦しんだんじゃ、ないんですか」
「自分は! この世界を滅ぼすことが正義だって言われるのは、嫌です。そういう、善悪の話にされるのは嫌です」
「もしその子を大切だって思うなら、それは悪いコトだって言うべきだった。ちゃんと止めてあげるべきだった!」
「みんな、少しずつ失敗してくんだよ。間違えたら終わりじゃない、失敗しても悪じゃない!」
「カルナ、一緒に叱り方を教えに行こう。力を貸してくれる?」
「…………なる、ほど。始まりからして、間違っていたのか。わたしたちは。敗因を理解した。神であれ、知らぬものを想定に入れることは……出来ない……。わたしは自責、ばかりで……」
「あ……そう、だ。おまえの名前……最期に、聞いても?」
「……ふむ。……そう、か、とても可愛らしい。ああ、最初から呼んでやればよかった。機構としてではなく……愛と共に他者の名を呼ばんとするのは、こんなにも……」
「神の命れいをうけたい。なにかオーダーはないか」
「そうですね……特には無いかと」
「それは……こまる。困った」
目前の肉塊。神の被造物。神が手ずから、つくったもの。
正確には私が作ったものではないが、神は全て統合したのだから実質的には同じだろう。
ところで。芸術家は往々にして、自らの作品を「我が子」と形容するらしい。
「……では、散歩の供でも命じましょうか。行きましょう、スヨーダナ」
であれば。
考えようによっては、この肉塊も「唯一の神たる私」の子なのかもしれないと思いながら。
簡単な作中の流れ(蛇足)
スヨーダナが発生した世界に、インドの神々によって「世界を終わらせるため」に送り込まれる神ジュナ
そのまま世界を終わらせようとするも、空想樹が根付く&既定路線を外れても世界が続くことを知る
それなら!と欲を抱いてしまった神はユガを廻し始める スヨーダナくんもいっしょ!
機構であることに親近感を覚え、かつ父性を刺激されてしまった……のかもしれない? この時点ですでにバグっちゃってますね
人を殺す悪だから、とスヨーダナを排することはしたくない。
しかし私は悪を排する存在で……そうだ、「あれ」は役目を果たすために動いているのだから悪ではないんじゃないか?
そうとも、そうでなくては多くを殺した私も悪となってしまう。私は悪ではないのだから、悪として裁かれることはなかったのだから……あの機構だって……よし、よし、よし……(バグ思考継続)
みたいな感じです。
対邪悪(特殊)のスキルランクは大幅に下がってるか、何かしら表記がおかしくなってるといいな
最後は伐採されておしまい。
カルデアに召喚されて、穏やかに過ごす二人が見れます。
ねえジュナオ〜!!
カルデアでスヨーダナくんのパパ(初心者)やってよ〜〜!!
こら、って言えるパパやってよ〜〜!!!