よりみちカウンセリング
※ウマ娘♡様とFちゃんの幻覚注意※
「ねえ、あそこでトレーニングしているの、エフ先輩じゃない?」
「うわっほんとだ。…相変わらずオーラやばいね。筋肉のつき方えっぐ…。」
「あっこっち見た。」
「やばいやばい聞かれてたかな。」
私、エフフォーリア。只今トレーニングルームで調整中。後輩であろうウマ娘2人組の会話から私の名前が聞こえてきたので、チラリとそちらの方を向くと、後輩たちは慌てたようにサッと目を逸らし、ぎこちない表情でトレーニングマシンの方へ向かっていってしまった。
クール、優等生、鉄仮面。
周りから見た私の評価は大体こうだ。
最近では、ありがたいことにメディアから取材の依頼も来るようになったのだが、最近の見出しでも「クール」や「武者」といった表現がよく使われている。
同期に「純白のアイドル」や「名古屋走りのお嬢様」といったキャラクター性で人気を博している子がいるため、メディアは差別化を図るために私のそういう部分を推していきたいのだろう。
実際、こうしたメディア出演を通してできたファンの方が応援してくれていることがとても励みになっている。「かっこいい」と言われると嬉しいし、期待に応えたいとも思う。
だけど……
「違うんですよ…私…そういうキャラじゃないんです……。」
「思った以上に思い詰めているようだねぇ。」
所変わって、ここは栗東寮の一室。というかハーツクライ先輩の部屋。有馬記念と海外のレースを制した、私の尊敬する先輩の一人。
トレーニング室を出たところでばったりと会い、「これから一緒に、どう?」と誘ってくれたのだ。
コーヒーまで淹れてくれた先輩は、「なんだかちょっと元気が無いように見えて。何かあったのかい?」と切り出した。
どうやら浮かない顔をしていた私を気にしてくれたようだ。先輩は、とても優しい。その上、人の心を掴むのがとても上手だ。中性的で甘さの残る瞳に見つめられて、私はポツリと悩みを打ち明けた。
「色々な人が、期待や信頼を寄せてくれて、とても嬉しいんです。もっとみんなの期待に応えたいと思っている。でも、いつかそれを裏切ってしまいそうで怖くって。元々私って人に関心を向けられる方じゃ無かったんですよ。小学校の頃通っていたクラブなんかじゃ、しょっちゅう体調悪くしちゃって、いつも端っこで見学してたから周りの子たちに名前覚えてもらってたか微妙だったし。」
想像以上にスラスラと口が動いてしまう。
これもハーツ先輩が目を逸らさずにいてくれているからだろうか。親身になって聞いてくれていることが、私の想いをぶちまける後押しとなっていた。
「同期や、トレーナーさんは"無理はしないで"って言ってくれるんです。身近な存在だから、私が似合わないことしてるって多分気づいています。だけど、私のことをこんなにも強くしてくれた人たちの理想でありたいと、張り切り過ぎてしまって…。」
マグカップを握る手にギュッと力を入れる。手のひらがじんわりと汗をかいているのは、マグカップの熱が伝わっているからだろうか。
トレーナー、同期のみんな。ファンの人たち。みんなみんな大切な人。
たくさんの大切な人の夢を、壊したくない。
目を伏せて、沈黙する。
下を向いているので、目の前にいる先輩の表情はうかがえないが、視線が痛い。
しばらくの沈黙の後、ようやく先輩が口を開いた。
「なるほど、君のトレーナーが言ってた通りだ。」
「?」
ハーツ先輩がやはりという顔でうんうんと頷く。
「君のトレーナーからね、君が最近頑張りすぎて思い詰めているようだから、相談に乗ってくれないかって話があってさ。」
「トレーナーさんが…?」
「"エフの力になってほしいんだ。頼む。今日はここでトレーニングをしているはずだから。"って。」
ハーツ先輩は学園の業務でとても忙しい人だ。後輩先輩問わず人気もあるし、ましてや寮も違う先輩が、ばったり会っていきなり「お茶をしよう」と誘ってくるのは確かに違和感があった。
トレーナーさん、やっぱり気づいてたんだ…。
「私もね、クラシック期で思うように結果が出せなくて、とても焦っていたんだ。みんなが期待していた末脚を使って、どうにか勝利を手にしたいとがむしゃらになっていた。」
先輩が、天井を見上げて懐かしむように語る。
「下には現役最強と謳われる壁が迫ってきて、もう後はないと思っていた。その時私のトレーナーがね、"末脚なんて考えなくていい。君が思う、君が勝てると思う方法で思いっきり走ってこい。"…そう言って送り出してくれたんだ。」
「……。」
「君のトレーナーも、君が思うままにいてくれることが、何よりも嬉しいと思うよ。これは君の物語なんだから、他人の期待にがんじがらめにされていたら、もったいないとは思わないかい?少なくとも、君のトレーナーはそう思っているはずだよ。」
ニコリと微笑む先輩を見て、思わず口が開く。
「わ…私、みんなが思うようなしっかり者じゃないです。」
「うん。」
「寝ながらお菓子だって食べるし、次の授業の科目だってしょっちゅう忘れます。」
「うん。」
「本当は、雑誌のインタビューで冗談も言いたいし…。」
震える声の私に、ハーツ先輩は優しく相槌をうつ。
「そ………それに………、」
「次のレースでは、負けてしまうかもしれない………。」
勝利を重ねるたびに重くのしかかる"現役最強"の言葉。
「…君のトレーナーは、レースの前にいつもなんて声をかけてくれた?」
レースの前の地下道。トレーナーさんの言葉を思い返す。
『いつも一生懸命に走る君が好きだ。みんなの期待に応えようと、頑張るその姿が。』
『だけど、走るのが楽しくてたまらないと幸せに満ち溢れた君の顔が世界で一番好きなんだよ。』
『だから、今日くらいは君の思うままに走っておいで。今日が一番、君にとって幸福な日になるように。』
トレーナーさんが私に一番求めていたものは……
「………わっ私、トレーナーさんに会ってきます。あのっコーヒーご馳走様でした。」
半分くらい残っていたコーヒーを一気に飲んで、慌てて流し台に持っていこうとする私をハーツ先輩は手で制した。顎でクイと「いってらっしゃい」の合図をする。
ありがとうございます。ハーツ先輩。一人でがんじがらめになっていた心が少し軽くなった気がします。
まずは、トレーナーさんに会いたい。ずっと私のことを心配して見てくれたのに、最近ずっと一人で突っ走っちゃってたから、まずはコミュニケーションを取らないと。
いてもたってもいられなくなった私は、足をもつれさせながら、トレーナー室まで駆けていった。