よすが と えにし
UA2※注意事項※
麦わらの一味に拾われた世界線。サンジくん視点。時間軸としては正史ハートには連絡済み、合流待ちぐらい。
誤字脱字あるかもです。
CP要素はないものの、ifローさんとサンジくんが抱擁してます。not恋愛。
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ルフィ達が"並行世界のロー"を見つけて四日。チョッパーの懸命な治療により、少しずつ彼の具合は良くなっている。脚はまだ歩行出来るようになるには時間がかかるが、食事の方は順調にステップアップして、明日辺り重湯くらいなら少し飲めるかもしれない。
問題は心の方である。この船に来てから戸惑ったり困惑した姿は何度か見せているものの、感情的になったところは一度としてなかった。防衛本能として精神を麻痺させているのだろうと言うチョッパーは、今にも涙が溢れそうなほどに目を潤ませていた。
「あんなに酷い怪我なのに……ジョリーロジャーを、あんな風にされたのに……!辛いも、苦しいも言わねェんだ……。悔しいって泣いだって不思議じゃないのに゛……!怒ったって誰も文句言わね゛ェのに……!あいつは、全部笑っ、で受け流しぢまゔ!!!」
ほんの少し微笑んで、なかったことにする。苦しいことも、辛いことも、楽しいことですら。
それが、男が経験した地獄を歩くにあたって必要な術だったのだろう。無気力で、無感動で、膿んだ傷を抉るように生きている。
無色透明。それが、今の彼だった。
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仕込みを終えて男部屋へと戻る。とっぷりと暮れた夜闇の中、何かが蠢いたのを視界の端に捉えた。不寝番のフランキーが反応しないと言うことは敵ではないのだろう。足音を抑えて近づく。
そこにいたのは、サニー号の縁にくたりと体を預けたローだった。あの深い傷の残る脚で医務室からここまで来たのかと頭が痛くなる。
こちらの世界に来た時に身につけていた趣味の悪い服の代わりに俺の服を着た男は、生気のない表情でのろのろと海に向かって手を伸ばしていた。
落ちる。いや、落ちたいのだろうか。このままだと海に吸い込まれてしまいそうだ。
「べつに、飛び込まねェよ」
俺の心を見透かしたようなタイミングでローが呟いた。視線を海に向けたまま、独白のような言葉が暗い甲板に響く。
「死ぬべき時に死にそびれた。そうしたら、ベポが、ペンギンが、シャチが。俺のクルー達が今際の際に、俺が生きている事を望んだ。……なら、生きなきゃいけねェだろ」
金色の瞳が僅かに光っていた。目の前の海と同じ、底の見えない凪いでいた瞳に僅かな感情が滲んでいる。
目の前の彼は、ほんの少しだけ自分の知るローに戻っていた。
「辛いからと、俺一人が楽な方に逃げていいわけがねェ」
ぽつりと呟かれた言葉に顔を顰める。
(それは、まるで)
命の終わりが、お前にとっての幸福で。生きている今が、それまでに死んだ奴等に対する罪滅ぼしみたいじゃないか。
アイツらはきっと、お前の幸せを願ったはずなのに。こんなの、あんまりだ。
「……でも、時折どうしても苦しくなるんだ。死にたいわけじゃないのに、消えたくなる」
おかしいだろ、と他人事のように笑う男が身を起こした。隣に歩み寄り、腰を下ろす。辛そうな息を吐いたローを見かねて肩を抱き寄せると、一瞬びくついた体は深呼吸と共にくたりと預けられた。
「空気みたいにすっと消えて、誰の邪魔にもならないような存在になりたいって……そう考えているうち、本当に自分が消えてしまうんじゃないかって怖くなる」
「心が透明になって、何も感じなくなったら。お前達やアイツらの死を悲しめなくなったら。俺が今、生きている意味すら無くなるんじゃないかって。記憶の中のアイツらすら、見殺しにしてしまうんだって」
肩に預けられる頭の重さ、寄りかかってくる温もりに目の奥が熱くなっていった。こんなにも重くて、あたたかいのに。こいつが心から安心して、寄りかかりたい奴らはもうこの世にいないのだと、痛いくらいの実感に襲われる。
「なぁ、黒足屋」
ローの視線が俺に移った。
つめたくて悲しげな瞳が揺れる。一筋の涙がこぼれ落ちた。
男がサニー号に来て、初めて見せた感情らしいものだった。
「抱きしめてくれ。強く、痛いくらいに」
「……あぁ」
震える両腕で、骨が軋むくらいキツく抱きしめる。まだ治っていない傷もある。激痛が走っているだろうに、男の吐息はどこか嬉しそうだった。それにたまらなくなって、ひたすらに名前を呼ぶ。
ロー。ロー。
「大丈夫。お前は、ちゃんと生きてるよ。生きて、ここにいる」
「___嗚呼、俺はここにいる。生きている」
「俺は生き続ける。何があっても、絶対に死なない。死なないんだ」
自分に言い聞かせるように呟く彼を見て、形容し難い感情に喉を詰まらせた。
お前は消えたりしないよ。確かにここで生きている。それは、お前の望むような罪滅ぼしの為でも、ドフラミンゴの描く混沌の世界の為でもない。
お前の幸せを望んだ誰かの夢見た、やさしい未来の為に生きてるはずなんだ。そのはずなのに。
やるせなさが俺の心に雪のように降り積もっていく。言葉を返すことなく、俺はタバコを取り出した。ニコチンで誤魔化さなきゃやってられない。
ここにいたのがナミさんなら、きっとコイツが怒らない分、しっかり怒って叱ってくれただろう。チョッパーなら、彼らはそんなこと望んでいないと我が事のように泣いただろう。俺にはそんな真似は出来ないのだけれど。
肺腑の奥まで満たした煙を、ゆっくりと吐く。
「なぁ、ロー」
腕の中のローは、空へと消える煙をじっと見ていた。
「生きるってのは、痛てェよなぁ……」
「……あぁ」
「でも、それが今のお前の縁(よすが)なんだよなァ……」
その生き方は苦しみしかないけれど、それしかお前を引き留めるものがないのなら。
「痛いなァ、ロー」
「……うん。痛てェ、痛てェよ」
冷えたローの体を抱きしめながら、白んでゆく水平線を見つめる。
朝になれば、こいつはこれまで通り心を閉じ込めて微笑みでやり過ごすんだろう。罪悪感に苛まれた心に、日の光は眩しすぎる。
目を閉じて、ただ願う。
いつか。陽光が罪を曝け出すものでなく、ローの心をあたためる光になりますように。こいつが当たり前の幸福を、当たり前に享受できるようになりますように。
俺にはうまい飯作って、祈ることしかできねェけれど。
どうか、このうつくしくてかなしい男に良い未来が訪れますように。
〆