ようちえんじのらくだくん
頓挫したから途中でおわる
親と良好なメルニキ
百獣皆と家族なキング
ふたりが同い年になってる
おれがキャメルくんに出会ったのは幼稚園に入って一ヶ月ほどたった頃だ。
家族の中でも肌が黒いのは一人だけで勿論周囲にも中々見かけない環境だったのでたまにそれをからかってくるのがいたが、
『売られた喧嘩は喜んで買えよ』
という尊敬する親の教えで毎回買っては泣かせていたので幼稚園でも変わらずそうしていた。
その日も本棚の前でこちらを指差して程度の低い言葉を吐いてきた同じ組の子供に拳をかまえようとした瞬間後ろから不意に声をかけられた。
「本とれない」
今までなんの気配も無かった背後からの声に心臓が飛び上がるような気持ちのまま振り返ると真っ黒な髪を肩まで伸ばした金色の眼を持つ男子がいた。
「どいてくれる?」
山羊の様な瞳とキレイな顔はなんの感情も浮かべていなくてテレビで見た洋画ホラーの人形みたいだった。
「ご、ごめん」
思わず退いたが本棚の前を陣取る肝心の子供の方は突然現れた男子にも喧嘩を売りたい様子だった。
「なんだよ今」
「どいて」
次の瞬間には距離をつめて顔を掴み本棚横の収納ロッカーに叩きつけるという出来事が瞬きする間もなく起こり呆然とする。
悲鳴も泣き声もあげる隙もなく呻きながら頭を抱えているのを横目に目当てだったのだろう本を手に取ると、
「きみは?」
と尋ねられて戸惑う。
「どの本?」
「あ、いや⋯⋯おれは別にいらない」
「そう」
それが、あまり普通とは言えない出会いだった。
■
それから何となく話しかけると一言、二言返される言葉からしてキャメルくんは別に感情がない人形でもロボットでもない事はすぐに分かったし、本人も少し困っているそうだった。
「ちょっと不便だよね」
やけに大きいラクダを描くキャメルくんの表情ではなく声を聞くと、ちょっとうんざりしているのが分かった。両親が笑わせようと躍起になっているからという理由はなんだか楽しそうだが。悪口を言われても興味がないから何も気にしないし喧嘩を売ってくる奴等も勿論いなかった。病院送りになったあいつが最初で最後だ。
「きっと大事なものだから誰かに預けてるんだよ」
「誰かに?」
「そう。その人に会って返して貰えたら簡単に笑える」
「⋯⋯アルベルくんは会えたんだ」
「会えた」
「そっか」
それを聞いたキャメルくんの声は確かにワクワクするように弾んでいた。少し恥ずかしいことを言ったかもしれない。でも友達の悩みが少しでも軽くなるなら、嬉しい。
□
その日は突然だった。
いや正確には突然ではない。迎えに来たキャメルくんの母親が、
「あ!これ産まれるとかじゃな食い破るです!あっキャメルくんの時はね」
「何回も聞いたよそれ」
という冷静なのかなんなのかよく分からない状況に父親がパニックになりながら親子を車に押し込んで病院に向かっていくのを眺めていた。ちょうど迎えに来ていた姉の
「怪獣でも産まれるの?」
の言葉におれはただぽかんとして
「わからん⋯⋯」
そう返事をするくらいしかできなかった。キャメルくんの家系はおれを驚かす事にかけて天才的だ。
とにかくその日はきた。
「見て! アルベルくん」
先月子供を産んだばかりとは思えない元気さで迎えに来た母親の腕の中をキャメルくんが指差す。
「私の弟!」
顔と台詞が初めて一致しただけでキャメルくんが自分と同じ年齢なんだと実感できた。それぐらい、その笑顔は幸せだけ詰め込んだような柔らかな笑顔だった。
「かわいいでしょ」
「うん⋯⋯うん。可愛い」
自分が褒められたかのようにはしゃぐキャメルくんの笑顔と赤ちゃんを交互に見る。
でもおれはすぐに気づくことになる。キャメルくんはクロコダイルに預けるどころか丸々渡し続けていたのだ。
■
お泊まり保育当日、迎えのバスはまだ発車できずにいた。
キャメルくんはとっくに出発できるけれど足にしがみつく弟が重石になっていて動けないからだ。
「クロ」
「いや」
「クロ!UFOじゃないかアレ?!一緒に見に」
「いや」
「父さんは早く仕事戻って」
「いや」
さっきから延々この続くやり取りに諦めが見えたのかおばさんは後から車で送ろうか先生と相談し始めている。バスから降りるとキャメルくんは弟の前だったからニッコリと挨拶した。
「おはようアルベルくん」
「おはよう。後から来る?」
「だめ!」
クロコダイルの声が通りに響く。いつからかおれはすっかり嫌われてしまっていてキャメルくんはその度に少し落ち込んだ声を出していた。
「お泊まり保育がよく分かってなかったみたいなんだよね」
「ああ⋯⋯」
一夜だけでも離れるのはなるほど、兄弟初めての事だろうから相当嫌だったのだろう。自分も兄のペーた⋯兄さんが泊まりに行く時駄々をこねた記憶があるのでなにも言えない。
「約束破るのか。また置いてくのか」
「破らないよ一日泊まるだけ。明日の夕方には帰るし一緒に花火見に行けるよ」
なんだか今生の別れみたいな顔をするクロコダイルとは反対にキャメルくんはのんびりとしている。片足を引きずりながら近寄ってくるとワクワクした様子で
「お菓子は?」
と聞かれたので
「持ってきた」
と答える。互いのを交換しようと約束していたのだ。けど今聞かないでほしい。視線が凄く刺さって痛い。
「うーん⋯⋯でも、そうか⋯⋯うん。分かったクロ。家戻ろうか」
その声にパッと輝く顔を見てあえて黙って距離をとりバスに戻る。
「嘘じゃないか?」
「冷蔵庫のキャラメルラテ飲みたいな」
「お菓子も食べるか」
「甘いの好き」
出してくると言ってクロコダイルが走り出すのとそれを後ろからおじさんが持ち上げるのとおばさんがリュックを投げ渡しキャメルくんがバスに乗り込むのはそれはそれは息ピッタリの連携だった。
遠ざかる後ろから何やら叫ぶ弟と手を降る母親に一番後ろの席から手をふり返すキャメルくんに複雑な顔を向ける。
「大丈夫かな⋯⋯」
「嘘はついてないよ。家に戻ろうねって促しただけ」
そういう事じゃないんだが。随分と兄にベッタリだったので今回の件は大分根に持ちそうだ。
どうもあの弟はキャメルくんが何処かに勝手に消えるものだと考えているらしい。普段の様子からしてそれはあり得ないと思うけれど。現に今だってクロコダイルの話ばかりしているし。
「この間浴衣買いに行ったんだけどね。クロ可愛いからどの浴衣も凄く似合ってて」
弾む声に相づちをうちながら、とりあえず此方に怒りが向かない様にひっそりと祈るのだった。