ゆたかくん好きだ
いくつかの峠を越えたさきにある原生林、そこを貫く一本の道を行くとそこには温泉宿があった。古い作りの日本建築であった。門の脇にある看板を見る。しかし、何某温泉と墨で書かれているが、風化して読めなかった。
だが、私はここが目的地だと確信があった。門を叩く。
「はーい」
遠くから男としては高めの、女としては低めの声が聞こえてきた。そして、足音も。やがて、足音は門の向こう側で止まり、閂が外される音がすると、古い割には滑らかに門が開いた。
門の向こう側にいたのは、一見すると和服に身を包んだ美しい青髪の女だった。一方で、とても目立つ巨玉がふるんと震えていた。私が彼か、彼女かにたじろいでいると、その人は可愛らしい笑顔をこちらに見せながら、とても丁寧にお辞儀をした。
「いらっしゃいませ。ようこそ、お越しくださいました。私、当温泉を預からせていただいております、玉袋ゆたかと申します」
私はそれに何とか返事を返し、自己紹介をする。すると、ゆたかは私のことを先導して歩き始める。
後姿を見ていると本当に女のようだった。お尻を隠しているスカートは膝上まである上し、なで肩気味に見える背中はとても小さかった。
「何泊致しますか?」
ぼうっとゆたかのことを眺めていた私は、その声でようやく我に返る。私は手持ちの金を提示し、それで泊まれるだけ泊まることにした。大体一か月は泊まれるようだった。
「珍しいお客様ですね。ここまで泊まられる方は初めてです」
お金を受け取り、台帳に記入していくゆたかがそう言った。私はわけあってそうする必要があると答えた。ゆたかは短くそうですかとだけ返した。
そして、私は部屋に通された。やはり和室であった。広くもなく、狭くもなく、すこしイグサと温泉特有の硫黄臭さが心地よい部屋だった。私とゆたかは畳の上に引いた座布団に正座し、向かい合う。正座のために両膝を合わせると、ゆたかの巨玉は彼自身の太ももにのり、たわわに震えた。苦しそうに上を向く竿は小さく、可愛らしい物であり、それにまとわりつく紐とその先の勾玉が小さく揺れるたびに、竿もつられて揺れていた。
「今はお客様一人だけなので大浴場はいつでも使えます。しかし、清掃のある時は私からお声がけしますので、その時だけは入ることが出来ません」
私はそれに頷く。
「お食事はいかがしましょう。アレルギーなどは大丈夫ですか?」
私はアレルギーはない事と、朝と夕だけもらえればそれでいいことを伝えた。私の言葉を、私の事をじっと見つめながら聞くゆたかは、下半身さえ別にすれば実に美しい物であった。
線が細く、鼻筋も通っている。瞳もぱちりと開いており、勾玉と同じ色のヒスイ色は吸い込まれるようであった。
私は当初の予定通り、温泉にゆっくりとつかることにした。その時一応ゆたかに一声かけると、彼は微笑みながら一礼した。ますます所作は美しかった。
脱衣所で服を脱ぎ、私は浴室へと入る。手前にシャワーが並び、奥に温泉が、そしてそのさらに奥は紅葉する山が見えた。屋根こそあるが、露天風呂だった。
私は湯船に近づき、かけ湯をする。温泉は乳白色の湯であり、いくつかの効能があるが、私の求めるものは精力増進であった。ともすればぬるい温度の湯で体を流すと、私は肩までつかる。思わず声が出た。
秋が過ぎ、冬に入り始めた山は確かに紅葉が美しかったが、それと共に者寂しさを感じさせた。熱すぎず、体をゆっくりと温めてくれる湯も、その寂寥感をさらに募らせるばかりであった。
ゆっくりと湯につかり続ける。時々手で湯を掬い、顔に掛けたりすると、温泉の僅かに甘い香りが私の鼻腔を擽った。何も考えていなかった。
いや、それは嘘になる。ゆたかの事を考えていた。
「いかがでしょうか」
そんな声に私は振り向く。そこには袖を廃した格好のゆたかがいた。一人、ゆたかの事を考えていたところに声をかけられたので、私は慌てて大丈夫なんでもないと首を振ってしまった。すると、事情を知らないゆたかは首を傾げるばかりだった。
そして、私はふと彼の巨玉を見やった。やはり大きい。
「お、お客様!」
じっと見つめているのがばれたのか、ゆたかは手で巨玉を隠し咎める声を上げた。顔を見れば、顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしていた。わずかに唇を尖らせている表情は、とても綺麗だった。
その後も私は毎日温泉に入り、体を温めていた。実感として何が変わったという気はなかったが、人間関係に関することで一つ変わったことがあった。
「○○様、おはようございます」
朝の食事を運んできたゆたかは、お膳を置きながら私に柔らかい笑顔を向けてくる。そして、私も彼女に朝の挨拶を返す。毎日顔を合わせていれば、仲も良くなるという物で、私と彼女との間にある垣根は大分低くなっていた。
「今日は焼鮭ですよ」
そう言って机の上に配膳していく彼女の手首は細く、指は折れそうなほどに細かった。私がゆたかのことをじっと見つめ続けるのに、彼女はもう慣れたのか何も言ってこなかった。
そして、彼女が自分に気を許していることに気が付いた時、私は無意識に彼女の剝き出しの肩に手を置いていた。華奢な肩だった。
「○○様?」
ゆたかは首を傾げながら私のことを見る。私は、彼女の翡翠色の瞳を見つめながら、手を置いた肩とは別の逆方向の彼女の手に、自分のてのひらを重ねた。そして、指を絡めようとした。
「駄目」
しかし、ゆたかは私からそっと体を離してしまった。
「駄目だよ」
そして、彼女は自分の体を抱くようにしてそう言った。私は私がどう言った表情をしていたのかは分からない、しかし、私の表情を見たゆたかは自嘲的な笑みを浮かべて口を開いた。
「お客様。お下げする時にまた来ますね」
悲し気な彼女の表情に、私は胸が張り裂けそうだった。
一人、乳白色の温泉につかる。見える山は随分と枯れてしまっていた。だが、それを見て胸に去来するのはゆたかの事だった。体は男性だが女性として振舞い、折れそうなほど細い体は、見れば見るだけ彼女の人生を思い起こさせた。
そして、それと同時に彼女のことを抱きしめたいという気持ちも湧きあがらせるものだった。
「お客様」
後ろからゆたかの声が飛んできた。私はゆっくりと振り向く。そこには、私が初めて温泉に入った時と同じように、袖を廃した服装のゆたかがいた。
そして、私とゆたかはじっと見つめ合った。視線を交わし合い続けていると、ゆたかはそっとため息を付き、私に向かって歩き始めた。歩きながら彼女はスカートを少しずらし、靴も脱ぐと、足を湯につけて、温泉の縁に腰かける。
私も、彼女と視線を同じくしようと腰を上げかけたが、肩にゆたかの小さい手が置かれて押しとどめられた。
ゆたかを見上げる私、ゆたかが見つめるのは山。無言の時間。
静寂ではなかった。山から鳥の声が聞こえるし、源泉からやって来る湯が温泉に落ちる音はずっと鳴り響いていた。しかし、だからこそ静かだった。
そんな静かな時間を終わらせたのはゆたかの、美しい声だった。
「気持ち悪くない?」
私は何度も首を振る。ゆたかは私のことをちらと見て、一瞬嬉しそうにした後、すぐに険しい表情に取り繕って続きの言葉を紡ぐ。
「色々ね、あったんだ。聞いてくれる?」
私は頷いた。
彼女は静かに自分の過去を語り始めた。型にはめた行儀のよい言葉ではなく、彼自身の言葉で。
私はそれを黙って聞き続けた。
私はゆたかの半生を聞き遂げた。親とのすれ違いの末、女として生きてきた彼女の話を聞いた。自身のコンプレックスのことも、生い先がそう長くないことさえも。
それを聞いて、私はゆたかの手に自分の手を重ねた。そして、温泉に入ろうと提案をした。
「……うん」
ゆたかは私を見て頷いてくれた。
彼女は一度脱衣所に向かうと、しばらくしてから改めて浴室にやってきた。触れれば折れそうなほど細い手足に、くびれた腰、そして大きな玉を見せつけながら。
私がそんな彼女の事をじっと見つめていると、ゆたかは自分の胸と巨玉を手と腕で隠し、顔を真っ赤にしながら呟くように問いかけてきた。
「……どう?」
一も二もなく綺麗だと誉めそやした。ゆたかは嬉しそうに笑うと、背中を見せて、見返る様に私に視線を投げかけてもう一度問う。
「全部脱いだら、男でしょ?」
広い肩幅と浮き出た肩甲骨、僅かに段差のある骨盤のライン、僅かな丸みを帯びた臀部。確かに男の体だった。しかし、私はそれでも美しいと彼女に手を伸ばす。すると、ゆたかは目を細めながら私に向き直り、手を伸ばしてきてくれた。
今度こそ指を絡め、そして、彼女の手を引いて温泉へと招待する。
乳白色の湯の表面に波を幾重にも立たせながら、ゆたかと私はぬるい温泉に肩まで使った。そして、2人、肩を寄せ合って山を見始めた。
しばらくそうしていると、ゆたかはこちらを見て悪戯っぽい表情で口を開く。
「で、朝、何しようとしたの?」
私は彼女の肩に手を置き、至近距離でゆたかの翡翠色の瞳を覗き込む。すると、ゆたかは可愛らしく首を傾げ、こちらを見つめ返してきた。
「んんっ」
私は彼女と唇を合わせた。
ゆたかはぱっちりとした目を更に開き、驚きの視線をこちらに向けてくる。しかし、私は肩に置いた手を、ゆっくりと下げ、彼女の細い腰に腕を回す。
「ぷはっ」
一旦唇を離し、しかし、腰に回した手でゆたかのことを引き寄せ、膝の腕に乗せて体は近くしていく。ゆたかはなすがまま、そっぽを向き続けていたが、抵抗はしなかった。
そして、膝に乗ったことで目線が同じくらいになった彼女に顔をもう一度近づける。
「バカ……」
ゆたかは一言それだけをいうと、目をつぶって少しだけ唇を開いてくれた。私は彼女と唇をもう一度合わせる。すると、ゆたかは恐る恐るといった様子で舌を伸ばしてきた。
否やは無く、私も舌を伸ばし、熱い粘膜同士をすり合わせた。ちゅっという、粘質な水音を鳴らしながら、深く、深くキスをする。情熱的なキスをお互いにしていると、ゆたかも私の首に手を回してきて、体を密着させようとしてくる。すると、大きく柔らかい巨玉が私の腹にふにんとあたり、形を僅かに変えた。
「っ♡」
巨玉が変形した時、ゆたかは甘い声を出す。息も切れかけていたので、一旦顔を離すと、ゆたかはトロトロの表情で、私のことを濡れた目で見つめていた。
そして、私のとも、ゆたかのとも付かない唾液で濡らした唇をゆっくりと動かした。
「…………好き」
私はその言葉に背筋から電流が走ったようだった。そして、私自身の敏感な物が、柔らかい物を押し上げて行く感覚――。
久しぶりに立っていた。
今までうんともすんとも言って来なかった一物が立ち上がったのに私は内心喜んでいた。だが、ゆたかはみるみる顔をゆでだこのように上気させ、
「っ!アホ!エッチ!変態!」
私の肩をぽかぽかと叩き始めた。痛かった。