もちもちダリグエ
シチュエーション的にはアウトだけど、ピュアとジェントルなのでほんとに何も起きないダリグエ(周りに誤解は起きる)
■注意:意思拡張AIを捏造しています。
言い訳↓
A.S.122時点でハロがあるからもっとスマートな人工汎用知能AGI(精神が有る無しは関係なく)もある気がする…けど!
現実の2030年代には人間なしでドローンがスウォーム飛行できる予測があるので、
ドローン戦争のだいぶ後に意思拡張AI(複合ベイズだけじゃないと思いたい)を自信満々で出してたジェタ社を見ると、アドステラのAIは現実とは違う歩み方をしてる。
あとドローン戦争で人間味のないAIに対しての忌避感、地球の一般レベルではまだ相当強く残ってるのでは?規制も強そう(ルブリスはグレー判定で)。
AI関連はまともでオープンな学会は無さそう。でも企業で囲ってる人材はそこそこいるし、開発してるだろ!
量子計算は実現してるから計算量爆発は考えない、ヨシ!
ということでこの話はそういう世界線になってます。スマートじゃないと思うけど、制約あるならこんな方向性もありかと。AI専門家じゃないけど私がそう決めた。
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眠たくて、疲れていて。あの日の俺にはCEO室のデスクに佇むダリルバルデが抱き枕に見えていた。
よたよたとデスクにたどり着いてぎゅっと抱き付けば、包み込むようなもっちりとした感触に思考も沈みこむ。なめらかな肌触りにほぅと息が零れて、力の抜けた上半身がダリルバルデを押し倒してデスクに伸びていく。
『出張お疲れ様でした。お帰りなさい、グエル』
「ただいま……」
いつもなら抱えて座るとあごの下にある頭が、ちょうど目の前にある。MSと同じ色のカメラアイがほわりと瞬いた気がして、俺は返事をするように額を擦り付けていた。
汎用意思拡張AIのビーズクッションぬいぐるみ。通称もちバルデ。デフォルメされた柔らかいシルエットの中に、柔素材のカメラアイやマイク・スピーカー、独自通信ユニットや様々なセンサーが入っている。
MSとしてはお役に立てませんが、CEOをストレスからお守りいたします。このもちもちで! なんて笑わせてくれたかつての相棒は、不甲斐ない俺のせいでもう何年もこの姿だ。素材や大きさはダリルバルデ自らがこだわったらしく、俺も気に入ってはいるのだが……。
もう少しの辛抱だから。待っていてくれ。今回の商談がうまくいけば—
『お疲れのようです。早くお休みになられてください』
「……ベッドでいいから、俺が居ない間のことを聞かせてくれ」
『承知しました』
すっかり読まれたものだな。俺の「間」に的確に割り込んでくるダリルバルデの察しの良さに苦笑がもれた。
もともと戦闘用の意思拡張AIの設計思想は「パイロット一人でドローンを扱いきれなくとも、パイロットの意思を汲んだAIがドローンたちを最適な軌道で操作する」だった。
あれから何年か経ち、用途は戦闘にとどまらなくなった。それに伴いより人を観察・人の判断を重視する形になっている。現行の意思拡張AIはオーバーライドの脆弱性があるパーメットリンクには頼らず、学習で作り出した疑似人格に言動をシミュレートさせ、フィードバックには現実の様子だけでなく感情や生体データも用いる。
要は目の前に良く知った友人が居るとして「お前はこういう癖があるからこう動したいよな。……嫌か、ならこのパターンだ。どうだ?」という、反応を見ながら提案・修正を高速にやっているわけだ。
或いは事務的な例なら「あたかも本人が資料を読み込んで自身のためにまとめたレポート」を作るなど、当事者の興味や価値観を反映させることに重きを置いている。
地球だと今でもドローン戦争時代に根付いた「無人機嫌い・血の通わないAI嫌い」が多い。平和利用でMSやAIを全うに売りたいジェタークが疑似人格を使うのは、そういう層への配慮からだった。
『本日の食堂メニューは豚ヒレカツでした』
「いいな。俺はレーションレシピのプロになりそうだったよ」
『そう思って明日のブランチ用にサンドウィッチを用意させています。今回はオニオンソースですよ』
「スープは?」
『ブロッコリーとたまごのチキンコンソメスープです』
「明日が楽しみだな」
会話するぬいぐるみの体を持ち上げて、CEO室隣の現寝室に連れて行く。頭の輪が折れないようにそっと枕に寝かせれば、ベッドと洗面付きキャビネットしかない殺風景な部屋に赤が映えた。
うんうん、と一人ベッドメイキングに自画自賛して、クローゼットの扉を開けたところで、はたと気づく。この後待ち構えている、嫌なことをすっかり忘れていた。服を脱ごうと首元に掛けた指が強ばって、うまく動かなくなる。収納されていた姿見には、隠し事がバレた情けない顔の俺が写りこんでいた。
「……なぁダリルバルデ。疲れてるから今週のボディチェックは無しで良いか?」
『ネガティブ』
ネガティブって、お前。コクピットでもあるまいし。いや、聞き間違えない距離と分かって威圧したのか……優秀だな。
『逃げても隠しても無駄です。既に護衛から報告を受けています』
「……怒るなよ?」
『私は怒りません、どうぞ見せてください』
そうだな、今更だ。ここでためらったところで意味はない。帰りの便で滲んだ血も洗い流してきたから、見るに堪えないってことはないだろう。
ダリルバルデを枕から起こしてから、少し離れて正対する。清くスーツも下着も全部脱いだ。が、さすがに恥ずかしい。対話でなく衝動で動いてしまった俺の不甲斐なさが、こんなにくっきりと残っている。首のみみず腫れ、胸から脚まで広く散らばる青あざ、折れたつま先の爪も。証拠を撮るようにカメラアイが何度か点滅して、それに合わせておとなしく90度ずつ体の向きを変えてやる。
ダリルバルデによるボディチェックは、病院に行く暇がない俺が労務部や産業医とやりあって、お互い譲歩した結果だ。日々の健康管理や怪我や病気の発見、場合によってはカウンセリングやセラピーも担う。
『痛くはありませんか』
「別にそこまで『どのくらいですか』……圧迫されると気になる、その程度だ」
視察中に色々あって、仲裁しようと割って入ったらこのざまだ。幸い酷い怪我人は出なかったし、俺は人として間違ったことをしたとは思っていない。……これでも反省はしているし、本当に心配されているのも知っている。ただ、俺の信念とぶつかるってだけで。
『では近くへ』
今度はベッドに正座してダリルバルデを抱きしめる。心臓や肺の音がよく測定できるように、呼吸はゆっくりと大きく。まあるい頭に顔を預けて、ビロードに包まれたもちもちとした弾力を感じていると、だんだん全身の力が抜けてくる。放置されていた眠気が帰ってきていた。
と、そこへ。
「んっ……ふ、ふっ」
こそばゆい、不意の感覚に息が漏れた。下腹とわき腹のぽむぽむと柔らかな衝撃に、閉じかけていた目を開く。柔フレーム入りのダリルバルデの手足が、俺を労るように皮膚を撫でていた。
……そういえば、怪我の回復に効くという微弱電流の機能が付いたのだったか。すごいな、ダリルバルデは。そのうち、本格的なマッサージ機能まで付くのだろうか。もしそうなったら執務中は背中に引っ付けておかないと。
『そのまま眠ってもかまいませんよ』
「……いや、報告が途中だったろ」
眠たいが、聞かなくては。明日も予定で埋まっている。
『わかりました。○○社の新担当者より、ハロに代わるぬいぐるみ型のデバイスの話を後日したいと。ミニもちバルデをたいへん気に入ってくれたようです。かわいいから飼いたいと』
そのまま眠りにつけるようにのろのろと下着を身につけ、仰向けになったところで、冗談でも聞き捨てならん言葉が飛び出た。腹に乗せたダリルバルデを隠すようにタオルケットを被る。
「お前は手放さないからな」
『手の平に乗るミニの方です』
「あぁ……社内配布されてる小さなお前だ』
『完全な同期はしていないので私とは別物ですよ』
「……浚わないと約束させるなら、担当部署同士で話をしてくれて構わない」
今も俺を癒そうと胸や腹を撫でてくれる姿は、なるほど、犬や猫のような行動に見えなくもない。それでもダリルバルデは、本当はかっこいいMSだ。かわいいだけで語られるのは正直面白くない。
「……他は?」
『アスティカシアのカリキュラムについて、道徳教育で使った動画に苦情がきています。生徒や教員側ではなく、一部保護者からです』
「またか、俺は引く気はない」
『理事会も同意見でした』
「疾しいのが理由ならまだ対話できるんだがな……。政治と思想を持ち込まれるのは参る。……できるだけ早く時間を取りたい、リスケ頼めるか」
『はい。ひとまず明日の15時、リモートで理事会から話を聞きましょう』
「わかった」
『……今度は良いニュースです。ビオトープに暮らすカルガモ隊に新メンバー加入です。御披露目にハンガーに遊びにきたおかげで、その日の効率が半分になりました』
「ははっ、いいなそれ」
『命名件を巡って争いが起こりそうです』
「親はKIYARITEとRITOKIYAだったか。……ふわふわの子ガモか……触ってみたいぁっ! そこっ、ぞわぞわする」
『痕が酷い場所です。動かないでください』
「ん゛ん……」
猛烈に! くすぐったい!
確かに肋骨は一番痛かったが、そんなに念入りに治療しなくてよくないか。笑いを堪える腹筋の方が先に壊れそうだ。
極力息を止めていれば、移動には向かない手足でダリルバルデがゆっくりと俺の上を移動し始めた。微弱電流用のパッドの出た手足が肌に引っかかる。更にはビロードで覆われたそこそこ重みのある胴や、柔らかめのシリコンでできたブレードアンテナが、ずりばいのせいで俺に擦りつけられた。
だから! くすぐったいんだよ!
……これはもう寝てしまった方がいいのでは? 頭の中でイーシュヴァラを数え、無の境地に至ろうとした瞬間。仕上げの合図なのかぺちぺちと音が鳴った。
「ぁ、終わった、か?」
『まだ脚が残っています』
「そうか……好きにしてくれ。他に面白いこと、あったか?」
『そうですね。警備隊からCEOへ、身を守るためにも鉄の首輪をつけて欲しいとの上申が』
「鉄……? 重そうだな……。磁気流体の方がよくないか?」
『R&Dセンターで報告のあった携帯ドローンシステムも使えそうですが。最近、小型化の算段がついたそうです』
「そっちもあったか……。どうせなら、じしゃせいひんがいい……」
それって人間サイズのMSみたいだなぁ。
かっこいいけどりんりてきなもんだいがないか? おーばーすぺっくとかひきょうっていわれそう……。
ねむい。
げんかいだ。
*
From:もちバルデ
To:本社社員
Sub:【CEOスケジュール変更のお知らせ】
CEO本日の出社時刻:14時
休養のため遅れます。地球土産は各部署に配布済み、早い者勝ちです。
From:もちバルデ
To:もちバルデ開発チーム
Sub:【機能要望】
ミニもちバルデが部外者に浚われたら自動通報される機能をつけてください。
From:もちバルデ
To:秘書課
Sub:【お願い】
CEOは私の下で安心して寝ています。起こさないでください。
冷蔵庫に入っているサンドウィッチとスープを、10時40分にCEO室前に運んでください。
痕が擦れて気になるようなので、首や胸に貼れる10cm四方の医療用パッチがあると助かります。
*
よくわからないが、今朝の本社社員は歓喜の悲鳴を上げたり、泣きだすのが居たり、大変だったらしい。
……土産、大人気だったんだな。次からは2倍の量買ってこよう。
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蛇足だから省きましたが、このもちバルデくんは生体センサーで色んなことを測定しています。
視線や声はもちろん、赤外線を当てて跳ね返った散乱光から血流や脈を測ったり、皮膚の微量なガスで疲れ具合や病気を検知したり。
あとフェロモンもわかります。
そして大事なことなので書きますが、もちバルデくんにもそういう微量な化学物質を出す機能がついています。
セラピー目的もあるし、野性の勘が強いCEOを守るために交信撹乱剤のような使い方もします、たぶん(知らん人にホイホイついてくから……)。
あと微弱電流(マイクロカレント)は本当に効果があるのかわかりませんが、ふわふわおててから猫の爪のようににゅっ!とパッドを出し入れできるつくりです。ぷにぷにぷにぷに。