もしもルフィが最悪な状態でエレジアに飛ばされたら

もしもルフィが最悪な状態でエレジアに飛ばされたら



ルフィはシャンボンディで黄猿に敵わず一味全員が目の前で殺されてしまう…。

一方エレジア。

ウタは配信を始める前に自分の歌によってエレジアが亡国になったことを知る。

もう消えてしまおうか…

このまま海に向かって真っ直ぐ歩いていけばそれができる。

いつものように砂浜で体育座りをしながらウタはそう考えていた。

立ち上がり1歩2歩と海に向かって歩き出したその時だった。

ドォォン!!

自分のすぐ近くでものすごい衝撃で何が落ちてきた。

人だ。しかも自分のよく知ってる人。いやよく知っていた人。

「ルフィ…?」


幼い頃よく勝負した幼なじみ。

かわいかったあいつが降ってきた。

どうやって来たのか?今まで何をしていたのか?

疑問はたくさんあるが今の問題はそこじゃなかった。

今にも死にそうなほどボロボロだ。

ウタはすぐにゴードンに頼み手当をしてもらった。

ベットで横になったルフィの手を握りながらウタは叫んだ。

「ルフィ…ダメだよ!死んじゃダメ!これ以上誰も私を置いてかないで!」


ウタの願いが通じたのか。

ルフィが目を覚ました。

「ルフィ!!」

「ウ…タ?ウタァ」

ルフィは目を覚ますと目の前のもういなくなったと思っていた幼なじみに抱きついた。

「おれェ…おれぇぇ…何もできなかった!誰も…ああああ」

必死に泣きつくルフィの話をウタには聞く余裕はなかった。

ただ必死に抱き返した。

「私…シャンクスに酷いことしちゃって…それで…うぅうう」

もちろんルフィにもウタの話を聞く余裕はなかった。

ただ二人は必死に抱き合った。

お互いの存在を確かめ合うように。

目の前にある唯一の自分の縋る場所を逃したくはなかった。


どれくらい経っただろう。

どれくらいこうしていただろうか。二人はただただ抱き合っていた。

もう泣き疲れてお互い黙って。

静かな時間がずっと続いた。

先に口を開いたのはウタだった。

「こんなにボロボロになって…何があったの?ルフィ…」

まだ自分のこころの傷は癒えてはいないが、自分はルフィより二つ上のお姉さんだからルフィを支えてあげるんだと必死に言い聞かせた。

「おれ、誰も救えなかったんだ。海賊やって仲間集めたんだけどみんなやられっちまった。おれのせいなんだ。おれがあの時天竜人さえ殴らなきゃあ…おれがもっと強ければ…ウタは…ウタはどこにも行かないでくれよ…おれもう誰も失いたくねぇ…もうおれには…」

「大丈夫!私はいなくなったりしないよ!だってルフィに183連勝中だからね!」

必死に強がり貼り付けたような笑顔でルフィを安心させようとした。

でもルフィはその笑顔の裏にある大きな闇をどことなく感じとり不安は大きくなるばかりだった。


「お前もなんかあったのか…?」

このままでは唯一の宿木も消えてしまう。

そう感じたルフィはウタに問いかけた。

「わ…私?なんにも!何にもないよ!ほら!歌手になりたくてここにいるだけ!だってほら!私歌得意だったでしょ?」

自分でもわかるくらい不自然な誤魔化し方だった。

「嘘だ!言えよ!言わないとお前までどっかいっちゃう気がするから…言えよ!」

大声で怒鳴るルフィ。

ウタは全てを白状した。

自分が歌った歌がこの国を滅ぼしたこと。

シャンクスが罪を被ってくれたこと。

それなのにシャンクスを信じきれなかったこと。

12年間の孤独。

全てを赤裸々に…

全てを聞いたルフィは外へ飛び出してしまった。


ルフィは誰もいない廃墟となった街でありとあらゆるところに身体をぶつけた。

思いっきり頭を打ち付けたり意味もなく岩を砕いたり…

「おれは仲間も一人も救えない!」ドゴォン!

「大切な幼なじみの苦しみにも気づけない!」バゴォーン

『オイ!ルフィ!お前は海賊王になるんだろ?こんなところで死なせるわけにはいかねぇな!悪いな二度と負けないって約束は守れねぇかもしれねぇ』

「消えろ!」

『へっ!マリモにだけいいとこ持って行かせるかよ!』

「消えろぉ!」ドゴォン!

『ルフィ…助け…』『命に変えてもお守りします!!あっ私もう死んで』『うわァ〜!こっち来た!助けて〜!必殺“火薬星”“火薬星ィ”』

「消えろォ!消えろォ!」ドドガァン‼︎

『ちくしょォ!ストロング…』『ブゥオオオオ!!』『‼︎ルフィ…!』

「消えてくれぇ〜!!」ドギャアン!


「もうやめて!!こんなルフィ見てらんないよ!このままじゃ身体がもたない!」

「おれの身体だ!勝手だろ!」

「違う!もうルフィの身体はルフィだけのじゃない!私を支える身体だから!だからもう誰もどこにも行かないで‼︎これから私たちは二人で一つ!ね?」

「悪りぃ正気を失ってた」

「それにもしかしたらシャンクスが助けに来てくれるかも…しれない…し」

全く自信はないがとりあえずそう言うしかなかった。

二人は歩き出した。

別に行く当てなんかない。

気づけばウタのいつもの砂浜に来ていた。

二人とも何も言わずにただ海を見ていた。

お互いの存在を確かめ合うように手を繋いで…


青く輝く海。

大好きだった海。

広く大きな海。

今はその海すら憎たらしくて仕方なかった。

でもほかにすることも見るものも何もなかった。

もしかしたらあの地平線の彼方から二人が大好きだったあの男やってきてがなんとかしてくれるかもとありもしない希望を抱きながら。

「シャンクス…」

二人はほぼ同時につぶやいた。

ありもしない希望さえ潰されることを二人はまだ知らない。


パサパサ〜。

エレジアに一部の新聞が風にのって飛んできた。

ウタはもう笑顔と呼べるかも怪しい顔で遭わずんだ声をだした。

「ほ…ほら!ルフィ新聞だよ!よ…4コマ漫画でも読んでさ!気分紛らわそ!」

お互いそんな気分じゃ無いのはわかっていた。

でもこのままだとこの空気に押しつぶされてしまいそうだった。

しかし、一面を見たただでさえ生きてる人間のそれとは言い難かったルフィの顔からさらに灯火がきえていく。

「エ…ーす…」

【頂上戦争、海軍大勝利!船長白ひげと二番隊隊長ポートガス・D・エース死亡】

「うわああ〜〜〜!」

「どうしたのルフィ?」

慌てるウタ

「エースはおれの兄ちゃんなんだ!ウタと別れた後に出会ってそれで…」

「えっ!そんな!?でもほら!エイプリルフールかもよ!次のページに一面は嘘って書いてあるドッキリだったりとか!」

もうどうすればいいかわからないウタはそう願ってページをめくってしまった。

次のページが二人をさらに地獄に落とすとは知らずに…。

【赤髪海賊団、百獣海賊団との戦争により壊滅的被害!船長シャンクスの行方わからず】


「え?シャンクス…?」

「シャンクスにも何かあったのか?」

もう消えてしまいそうなルフィが問いかける。

「安否不明だって…」

「シャンクスが?」

「うん」

しばらく沈黙が続いた。

最初にきり出したのはルフィだった。

「でもまだ死んだって言われたわけじゃねぇだ!シャンクスは強いんだしよ!」

そういうルフィの顔は滝のような汗と涙で濡れていた。

「そうだよね!だって私たちを置いて死んじゃうわけないもんね!」

ウタの顔もびっしょりだった。

「それによ!服船長だってついてるし!」

「どれだけ大きな怪我してもホンゴウさんが直してくれるし!」

「それにシャンクスは強いし!」

「そうだよ!シャンクスは強い!」

「シャンクスは強い!」「シャンクスは強い!」…

何度も何度も二人は呪文のように唱えた。

言い聞かせた。そうしないとこのまま立っていることすら出来なくなってしまうから。


「あはは…ハハハハハハハハハハハハ」

「なはっはっ…はっはっはっはっ…!」

気づけば二人は笑っていた。

縋るものは目の前にいる幼なじみだけ。

もうここまで来ると笑うしか無いかもしれない。

自分の中のまだ残っている最後の何を守ろうとしているのだろうか。

それとももう自分の中のものが全て崩れ去ってしまったのだろうか。

二人にはわからなかった。

わかりたくもなかった。

二人を嘲笑うように太陽もまたキラキラと輝いていた。


グゥ〜。

ルフィの腹だ。

こんな時でも人間という生き物は腹が減るらしい。

十年前の二人ならお腹がなったらマキノの店まで競争の合図だった。

でも今は競争なんて絶対しない。

この手を離してしまったら、どこか遠くへ消えてしまいそうだから。

もう二度と握れなくなりそうだから。

そしたらもう息もできなくなるだろうから。

「ゴードンのご飯美味しいんだよ…食べに行こ?」

「おう」

二人はトボトボ歩いた。

城まで歩いてすぐそこのはずなのに今まで歩いたどんな道よりも長く感じた。

もう前を見る気力もなかった。

ただただ一歩一歩今にも崩れ落ちそうな足をすすめていくしかなかった。


「何かあったのかね?ルフィ君が起きて外に出てからしばらく帰ってこないから心配だったんだ」

「…」

「ま…まぁ、言いたく無いなら言わなくていい…それよりほら!ルフィ君はお肉が好きと聞いてね!たくさん用意したんだ!ウタの好きなパンケーキもあるぞ」

「おっさん…ありがとう」

「すごく美味しそうだよ」

そう言った二人の声には生気を感じられない。

でも食べなきゃ死んでしまう。

二人は静かに出された食事を口運んだ。

あんなに大好きだったお肉もパンケーキも味がしなかった。

ただ目の前の大事な人をこれ以上泣かせたく無い。

そのためだけに口に運んだ。

その日の夜二人は眠れなかった。

同じベットで手を強く握り合いながら仰向けになって天井を眺めていた。

「ねぇ…ルフィ」

「何だ?」

「このまま死んじゃおうか?」

「ダメだ…アイツらのためにも海賊王にならないと…エースのためにもやらねぇと…シャンクスのためにも立派な海賊にならないと…お前との約束も果たさなきゃだしな…」

そういうルフィの声からは微塵の自信も感じなかった。

「そっか…そうだよね…ごめん…私も頑張るね…作るよ新時代」

ウタもこの発言に一切の根拠はなかった。


朝が来た。

二人は一睡も出来なかった。

「おはよう。ルフィ君慣れないところではあっただろうがよく眠れたかい?」

「おう…」

ルフィは嘘をついた。

ゴードンの前にいる手を強く繋ぎ合った二人の男女はとても小さく見えた。

「朝食を用意しているから沢山食べるといい」

「ありがとう…ゴードン」

「ウタ食べ終わったらいつもの部屋で歌の稽古をしよう」

「ごめん今日は無しでもいい?ほら久しぶりにルフィあったからもう少し二人きりで過ごしたくて」

2人きりで過ごしたいというよりはそうするしか2人の中には選択肢はなかった。

「もちろんだよ!まあまずは朝食だ」

2人にはもはや朝食が何かもわからなかった。

ただ口におそらく食べ物である何かを運んだ。


「外行こうか」

「おう…」

食べ物であろう何かを恐らく残さず食べ終わった2人は外へ出た。

何も言わず2人は再開した砂浜へと向かった。

またボーッと立ち尽くし海を見ていた。

「ううゲェエエエエゲボゴボ」

ルフィが吐き出してしまった。

「アイツらが…なのにおれの呑気に飯なんか食ってゴボウエ」

「ルフィ!大丈夫?ねぇ…うっウゲエエエエ」

ウタもつられるように吐き出した。

こんな状況になろうと2人は手を離さなかった。

だって話したらすぐさま消えてしまいそうだったから。


もう吐くものがなくなり空っぽになった。

吐瀉物の異臭は全く気にならなかった。

「ねぇルフィ…案内するよエレジアついてきて」

「ありがとう」

このままここにいると海に向かって歩き出すだろう。

それは避けたい。

なんとなくここから動かなければいけない事を直感していたのだった。

トボトボと歩いた。

案内するなんて言ったウタだが特に何かを紹介することもなかった。

ただただ島をウロウロと彷徨うしかなかった。

ウタに手を引かれ半歩後ろをトボトボとついて行くルフィ。

その2人の背中は何度も勝負をしていたあの頃よりもっとずっと小さかったことであろう。


とても弱々しい足取りで歩いている2人。

「きゃっ」

ウタは段差つまずき転んでしまった。

膝から血が出ている。

「!!?」

ルフィの顔が青ざめていった。

「お前!何やってんだぁ!」

突然段差に対して怒鳴り始めた

「おれの大切なウタを傷つけたな!骨ものからねぇと思えよ!」

そういうと段差をガンガンと殴り出した。

「ルフィ?」

「安心しろ!ウタ!おれがコイツをぶっ飛ばしてやる!」

そう言って拳を段差にぶつけ続ける。

「コノヤロー!コンニャロ!コンニャロ!」

拳から血が出ている。

「やめてよ!ルフィ!大丈夫!ほら私は大丈夫だから!」

そう言うとウタは泣き出してしまった。

「ウタ…泣かないでくれよ…うぅ」

ルフィはつられるように泣き出した。

2人はお互いの存在を確かめるように抱き合った。

そしてその場に座り込みながらワンワン泣いた。

ゴードンはその状況を遠くから見つめている。

ゴードンは自分の無力さを恨んだ。


ゴードンはなんとかしなければ焦っていた。

しかしゴードンはルフィがなぜここまで飛ばされたのかも彼に何があったのかもウタがトットムジカの件を知ってしまったことも例の新聞も何も知らない。

何か聞こうとしても答えてはくれない。

ゴードンには明るく振る舞って彼らを元気づける事しか思い浮かばない。

そうだ!パーティーを開こう!

そうすれば2人も元気が出るかもしれない!

そうするとさっさと部屋の飾り付けを始めた。

2人の再会のパーティーだ。


泣き疲れげっそりとした2人が行く当てもなく仕方なく帰ってくるとゴードンが何やら張り切っていた。

「おお!帰ったのかい?2人とも!せっかくの友人の再会だ!昨日は色々あって出来なかったパーティーでも開こうと思ってね」

とにかく明るく振る舞うゴードンの優しさも2人には届かない。

「ゴードン…嬉しいよ」

「おっさん…ありがとう」

そう言う2人の口角一生懸命に上げられているが2人の目に光はない。

「まだ支度があるから部屋に戻っているといい。30分したら出ておいで」

「うん…わかった」

2人が部屋から出てくることはなかった。

約束を破りたかった訳ではない。

ただ時間を気にする余裕はなかった。


30分が1時間。

1時間が2時間。

部屋からときどき物音はするが2人は出てくることはない。

呼びにいった方がいいのだろうか。

もうゴードンにはわからなかった。

3時間が経とうとしたころ。

部屋から物音が一切しなくなった。

流石に不安になったゴードンは2人の部屋へ足を運んだ。

「入ってもいいかい?」

返事はなかった。

ゴードンは静かにドアを開けた。

ゴードンの目に真っ先に入ったものがゴードンを震わせた。

血のついたナイフである。


慌てて部屋を見渡す。

掛け布団でよく見えないが恐らく2人はあそこだ。

ベットへ走って掛け布団を剥ぎ取る。

そこにはさっき見た時より、さらに小さくなった2人が手を血まみれにして抱き合っていた。

2人の手はズタズタだった。

ガタガタと震えてい。

布団を剥ぎ取られたことにすら気づいていなかった。

2人ともブツブツと何かを唱えるように言っているがあまりにもか細く弱々しく何を言ってるのか聞き取れない。

こんなに近くにいるのに自分を認識すらできていない。

ゴードンはその場で立ち尽くす事しか出来なかった。


ゴードンが来る1時間前…

「ねぇルフィ…抱いて」「何言ってんだ?お前」

「本で読んだことあるの。大人の男女の愛の確かめ方。ルフィも少しくらい知識あるんでしょ?」「そりゃあるけど…」

ウタは何もかも忘れて快楽に溺れたかったのだ。

経験したことはないが抜け出せなくなる者も少なくないと言うからには何もかも消し飛ばしてくれるかもしれない。

「ほら準備は出来てるから」

そう言うとゆっくりと服を脱ぎ捨てた。

普通の男女の営みならここで綺麗だとか可愛いだとかでロマンチックなムードになるんだろう。

でもここにはそんなものはなかった。

「わかった…」

多少の知識しかないルフィは自分のそれをウタへと捩じ込もうとした。

膜が破れて血が出てくる。

「痛っ!」

それを見てルフィが発狂し出した

「うわぁああああああ!ウタがぁ!」

咄嗟にその場にあったナイフを取り出して自分の腕を刺し出した。

「もうこんなもんいらねぇ!仲間を守れねぇ!エースを助けにも行けねぇ!ウタを傷つけた!こんなものこんなもの!」

ドスドスとにぶい音を立てる。

それを見たウタはガタガタと震え出した。


あぁ…ルフィが死んじゃう!そう考えナイフを奪い取る。

「私もルフィと同じ目に合わなきゃ!2人で一つだから!2人で一つだから…」

そう言うと今度はウタが同じように自分の腕を刺し出した。

一瞬呆然としたルフィだったがすぐさまナイフを奪い取り投げ捨てた

「お前…なんてことやってんだよ!」

「だって…ルフィが…ルフィがぁ」

気づくとお互い小さく抱き合っていた。

自分達を照らす光すら怖くなって布団をかぶっていた。


しばらくしてゴードンは島のありとあらゆる自傷出来そうなものを回収し始めた。

ナイフやカッターはもちろん。ガラスの破片、とんがった石や岩。

危ないと思ったものはひたすら集めて地下の倉庫へ放り込んだ。

どうすればいいのだろう。

2人に何をしてあげれるだろうか。

そうだ!

新聞を取ろう。

ウタも私も世の中がどうなっているかわからない!

エレジアは辺境の土地なかなか新聞は入ってこないがすこし遅れたニュースくらいなら!

少しでも明るいニュースが有れば!

この選択が2人を更なる地獄に叩き落とすことをゴードンはまだ知らなかった。


早速次の日からゴードンは新聞を読み始めた。

世界がとんでもない事になってるを知った。

頂上戦争、赤髪とカイドウの小競り合いから発展した大戦争。その大きな騒ぎの裏で動き出すかつての伝説の海賊。元大将。

明るいニュースなど何もなかった。

現実は悲惨だった。

それでも何か彼らの生きる希望になるニュースを探して新聞を隅から隅まで読み尽くした。

毎日毎日…。

一方ルフィとウタはまた砂浜に来ていた。

あの地平線の向こうからあの偉大な男が赤髪を靡かせて来てくれる。まだ死んじゃいない。

言い聞かるように。

お互いを握る手は日に日に強くなっていった。


ただでさえ消えそうな2人は握ってる手でかろうじて存在を維持している。

ゴードンは何も言えなかった。

何も聞かなかった。いや聞けなかった。

新聞を読んで大まかなことは予想できた。

ゴードンは新聞を読み続けた。

初めのうちは2人がいるときは新聞を読むのを避けていたが2人がいるところだろうと新聞を読むようになっていた。

2人に声をかけない言い訳に新聞を使うようになっていた。

2人を救うために読んでいた新聞がいつしか2人から目を凝らすためになっていた。


ある朝のことだ。

「おはよう…ゴードン」

「おはよう…おっさん」

「おはよう」

ゴードン返事をするとすぐ新聞に目を戻した。

新聞の内容などもうわからなかった。

もう目も当てられなかった。

凶器になりそうなものは全て倉庫にしまっておいたはずなのに日に日に傷が増えていく。

2人ともほぼ同じ場所に…。

いつもはそんな心配ゴードンがいるんだかいないんだかわからないような反応をしている2人だったが今日は違った。

怯えて震え出し言葉を失ってこっちを見ている。

流石に堪えられなくなったゴードンが問いかけた。

「どうしたのかね?」

するとルフィが何も言わずにただ震えた手で新聞の一面を指差した。

ゴードンはもう頭になど入っていない新聞の一面を読みかすとこう書かれていた。

【東の海の島々が次々と壊滅的…巨大生物が襲ったような痕も…】


まだ新聞の記事を読むにフーシャ村には被害が及んでいなかった。

「おっさん!頼むよ!連れて行ってくれ!おれもう何も失いたくないんだよ!」

「そうはいっても…」

「ルフィには私もついてる!お願い!連れて行って」

「しかし…」

2人がここへ来て始めて見せた激情だった。

同時に怯えも感じた。

「頼むよぉ、おれぇ…おれぇ……」

ルフィはボロボロ泣き出した。

ウタはルフィを優しく包み込む。

「大丈夫…大丈夫だから」

そう言うウタの手も震えていた。

今の2人がフーシャ村へ行っても何かできるだろうか?

いや何もできないであろう。

でもゴードンには断ることはできなかった。

ここで断ったら2人が消えてしまう気がした。

普段生活物資を運んできてくれる船に必死に頭を下げてなんとか交渉した。

こうして東の海行きの船に乗せて行ってもらうこととなる。


2人は借りた船の小さな部屋の端っこで丸まり込んで座っていた。

「おれに出来るかな…仲間も救えなかったのに」

「大丈夫…大丈夫だからいざとなったら私のウタもあるから」

2人ともガタガタと震えていた。

一方ゴードンは2人分までしっかりと船の役に立つように働いた。

必死こいて汗水垂らした。

そんなある日のこと。

船長の声が船に響きわたった。

「食糧が尽きそうだ。あの島でなんか採ってこよう」

船長が指差した島はルフィが一度訪れたことのある島だった。

しかし、部屋に篭りっきりのルフィはそんなこと知るよしもない。

島の名前はリトルガーデン。


ゴードンはあの一番に降りて自分が取れる範囲でありとあらゆる食べられそうな物を採取していった。

「船長、あいつ頑張ってますね」

「同乗者2人の分まで働くって意気込んでたからな」

「にしてもあんな子供連れて今荒れてる東の海になんのようなんでしょうね?」

「子供?あいつら19と17だぞ」

「は?にしちゃあ偉く小ちゃく見えたような…今も怯えきってるし…」

「まあ、何かあるんだろう。あまり深入りするなよ」

「あいあい」

そこに採取に行った船員たちがゴードンと共に帰って来た。

「これくらい有れば足りるかね」

「ああ、そりゃ足りるけど…あんたボロボロじゃねーかいくらなんでも必死になりすぎじゃねーか?」

「これくらい、あの子たちの痛みに比べたら…」

そう言うゴードンの服は穴だらけになっており所々肌が露出していた。


リトルガーデンを出てすぐのこと。

事件はいきなり起きた。

ゴードンが起きてこないのだ。

いつもなら朝一番に起きて誰よりも働いている男だ。

不安になった船長はゴードンに貸している寝室へと足を運んだ。

「おい!おっさん…どうした?その休むのはいいけどよ…ちょっと声くらいかけてくれないとこっちが不安になるってもんよ」

「すまない…ハァ…ハァ…すぐ向かう」

「おいおい随分とハリのない声だな。出てこなくていいから今日はゆっくりと休みな」

「いや、働かせてくれ」

そう言って扉を開いた途端ゴードンは倒れ込んでしまった。

見るだけでわかるほどのすごい熱だった。


すぐさま病室へと運ばれた。

事の顛末を聞いたウタは慌てて病室へとかけた。

ルフィとその手を離さずついてくる。

しかし病室への立ち入りは許してもらえなかった。

船医が重たい口を開いた。

「正直見た事ねぇ病だ。疫病かもしれない。あんたらの連れの他にも何人か発症してる。もうこの船も危ない」

「でも…その…入れてよ!私まだゴードンに何もしてあげれてない!」

「君たちの命を守るためだ…わかってくれ…船長の判断だ。乗り換えるつもりだ…代わりの船もすぐそこまで来てる」

「嫌だ!こんなの嫌だよ!うわあああああ」

ウタはその場で泣き崩れた。

「ウタ…そこにいるのかい?」

扉の向こうから聞き覚えのある声がした。

でもその声は今にも消えてしまいそうだった。

「いるよ!だからほら出て来てよ!まだ習ってない歌が沢山あるんだよ!楽器だって!」

「ウタすまなかった…私は君に何もしてあげられなかった」

「そんな事ない!私こそごめんない!だってエレジアは私のせいで滅びたのに私のこと憎くてしょうがないでしょ?だって…」

「知っていたのか…そんな事言わないでくれ…私は君に感謝してるんだ。天使の歌をありがとう」

「ならまだ聞いてよ!嫌だよ!置いてかないで!」

「ルフィ君…ウタを頼んだよ」

「おっさん…」

今までのルフィなら自信満々におう!と答えるところだろうが今のルフィにその自信はなかった。

「2人でなら出来る!君たちの故郷を救ってくれ!私になできなかった事だから!さあ行っておくれ」

「無理だよ!ゴードンもいないと!いやあああ!」

必死留まろうとするウタを船医が無理やり連れて行った。

弱りきったウタ引っ張るのは容易だった。

ルフィはトボトボとウタの手を繋いだままついていく。


船を乗り換えて数日が経った。

その間2人は何も会話をしなかったが始めたウタが口を開いた。

「私ってバカだよね…大切なものも失わないと気づかないんだ」

「そんな事ねぇ」

「ゴードンは私にあんなに良くしてくれたのに何も返せなかった…」

「そんな事ねぇ」

「目の前からいなくなって初めて気づいたんだよ…シャンクスの時もそう!」

「もういい…ウタ…」

「憧れの船長でお父さんなのにいざ置いていかれるまで自分の中でどれだけ大きい存在かわかんなくてさ!」

「もうやめてくれよウタ」

「挙句の果てにシャンクスを恨んでゴードンには笑顔も返さずほらどっちもいなくなっちゃった」

「やめろって言ってんだろォ!」

ルフィは怒鳴りちなしてしまった。

ルフィにとっての仲間もエースもそしてシャンクスも同じだったから。

失って初めてその大きさに気づいたから。

図星をつかれたよで。

それでも決して2人は握った手を離さなかった。


さらに数日が経った。

「おいついたぞ!ゴア王国だ!」

船長が2人を部屋に呼びに来た。

「ったくあのおっさんと別れてから少しは働くようになったと思ったが手を握りっぱなしでロクな動き出来てなかったろ」

「悪りぃ」

「ごめんなさい」

あまりにも弱々しい謝罪に船長も気を使った

「あぁ…悪い、おれが言いすぎたよ…ホラ出て来な」

「うん…ルフィもうすぐフーシャ村だよ!懐かしいね」

「あぁ…マキノたち元気にしてっかなぁ」

少し懐かしい匂いがして2人はなんとか部屋から出ることができた。

しかし、看板に出て来た2人は言葉を失った。


目に入ったのは瓦礫の山と抉れた地面。

瓦礫の一部からゆらゆらと炎が踊り子のようになびいていた。

「おい!本当にここがフーシャ村か!?」

ルフィは突如怒鳴り出した。

「お…おう…。なんだ?もしかして知らなかったのかゴア王国もあの怪奇に襲われたって」

「おい!生存者は!?いるんだろ!?」

「あぁ確か2人…なんとか貴族でデスネン3世とその娘とかなんとかって…あんた達が乗り込む前日の新聞に載ってたぜ」

しばらく2人は黙っていた。理解ができなかった。

「あっ…そっかエレジアは辺境だから新聞が遅れてたんだ。だから私たちそのニュースを知らないで…」

ウタがつぶやいた。

「そりゃ悪かった…ってきり知ってて向かってるもんだと思って…よかったらまだ乗ってくか?次の目的地は平和な港町だからよ…」

「嫌だ、降りる」

「降りるってにいちゃん…どうするつもりだよ」

「うん、降りよう」

「ねぇちゃんまで」

そう言うと2人はフーシャ村だった所へ飛び降りた。

「お…おい!なんだってんだ?」

「もういいどっか行ってくれ」

「そうは言うけどよ」

「どっか行けよ!じゃないとぶっ飛ばすぞ!」

「ルフィ…」

ウタにはルフィを止められなかった。

「おい?本当に行くぞいいんだな?」

「うん…こっちは大丈夫だよ」

とてもそうには見えなかったが船長達はゴア王国を後にした。


2人は初めて会った場所に来ていた。

いや正確には多分初めて会った場所。

もう村は跡形もなく正確ないちがわからなかった。

普通ならここで思い出話に花を咲かせるのだろう。

でも2人にそんなことは出来ない。

頭の中の整理もつかない。

ただウタには一つぼんやりと浮かんだ言葉があった。

“死”だ。

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