もしもの話
言ってはならない。気付かれてはならない。
彼女を傷つけるだけだ。
彼女を苦しめるだけだ。
彼女へ余計なものを与えるだけだ。
それがわかっていながら、彼は弟子の身体を抱き締めていた。
骨が浮き上がるほどに細く痩せ衰え、頼りない華奢な身体。
まもなく生命の尽きようとしていている身体。
それでも温かい────ずっと自分が求めていた温かさを持っている、大事な弟子の身体。
自分が愛している女性の、沖田総司の身体だ。
「沖田君、私は君のことが────好きです」
言ってしまった。
「師匠と弟子ではなく、仲間でもなく」
ああ、私は最低だ。
「一人の男として、沖田総司という女性を愛しています」
死を迎えようとしている彼女に、こんな事を言うなんて。
私は、最低の男だ。
────
なんて残酷な人なんだろう。
その言葉を聞いた時、沖田が真っ先に思ったのはそんな気持ちだった。
長年の師弟関係にも関わらず、恨みさえした。
だってそうだろう。自分はもう死ぬというのに。終わるというのに。
そんな言葉を言ってくるだなんて。
こんな温かさを与えてくるだなんて。
自分がずっと、このぬくもりを求めていたことに気付かせるなんて。
「…酷いですよ、師匠。なんでそんな事を言うんですか」
最後の最後になって、こんな気持ちを教えるだなんて。
「言われなければ知らなかったのに。気付かずに済んだのに」
これほどまでに想っていた事を自覚させるだなんて。
「抱える無念は、ひとつで、すんだのにっ…!」
どうしようもなく涙が溢れてくる。止めようという気にさえなれないぐらいに。
それに止めなければいけないのはそちらじゃない。今出ようとしている言葉の方だ。
止めなければいけない。呪いになってしまう。師匠に消えない、解けない呪いをかけてしまう。
「師匠が言わなければ、私は恋を知らずに済んだのに!」
駄目だ。これ以上は駄目だ。
優しい師匠はこの先ずっと忘れない。ずっと抱え込んで生きていく。
「恋に気付くことなく、このまま死ねたのに!」
一生私という傷を見つめて生きていってしまう。そういう人だ。
「師匠を好きだって、愛してるって…なのに、死んでしまう無念まで抱えずに済んだのに…」
死の間際に一番大切な人を傷つけてしまうなんて。
私は、なんて残酷なんだろう。
「わたしは、あなたとともに、ありたかった」
────嗚呼。
ぃ
呪ってしまった。
────
「師匠ですか?そうですね」
遠い遠い未来、カルデアにて。
マスターに師匠────本気で驚くぐらい知名度が低い師匠について、沖田は質問を受けていた。
どんな人間だったのか?と聞かれた彼女は、迷いなくこう答えた。
「人望がなくて、馬鹿で、女誑しで、最低…そう、最低の人でした。本当に」
ただ、内容とは裏腹に声音はとても優しくて。
それを語る彼女の表情は、愛おしい誰かを想う笑みを浮かべる────恋する少女の顔だった。