⑤めざすは孤島“グリーンビット”

⑤めざすは孤島“グリーンビット”


前回

④鳥の弟

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【これまでのあらすじ】

 アホのシーザーをめぐり、ドフラミンゴと取引をしたロシナンテ。ドフラミンゴは条件をのみ、あっさりと七武海を辞めたのだった。そんなこんなでドレスローザにたどり着いた一味を待ち受けていたのは、ドフラミンゴファミリー最高幹部『コラソン』による丁重なお出迎えだった。いますぐ“ゾウ”へ向かえとビブルカードを渡されるが……?





 ロシナンテが目をさましたのは、ローの襲撃からほんの15分ほど後のことだった。気絶しているあいだのことを聞いて、ロシナンテはロビンにつかみかからんばかりに迫る。それをウソップ、チョッパー、ブルックでなんとか抑えていた。


「おいロシー、 おちつけって!」

「暴れんな! 傷にさわるぞ!」

「ロビンさんには指一本ふれさせませんよ!」


 ナミはそんなロシナンテとロビンとの間に立ち、クリマ・タクトをかまえた。ロシナンテとは協力することにはなっているが、仲間に手を出すのは論外。ロビンになにかしようとしたら、ためらいなく攻撃するつもりだ。

 この場には子どものモモの助もいる。足にすりよる彼は、大男の怒鳴り声にさぞかし不安な思いだろう。

 そうこうしているうちにロシナンテも少しだけおちついてきた。荒々しかった語気を精一杯やわらげ、小さく謝罪をひとつ。そうしてふたたびロビンに語りかける。


「最高幹部のコラソンはたしかに『トラファルガー・ロー』だったんだな?」

「え、ええ……ハートの海賊団の船長の」

「ああクソっ! ドフィのやつ、まさかあいつを……」


 新聞で何度も目にする顔だったから、ロビンが間違えるはずもない。偽りないロビンの返事にロシナンテは頭をかかえた。


「ねぇ、あんたたち知り合いなの? 」

「そういえばあのローさんって方も、ロシーさんのことえらく気にしてる様子でしたね」


 混乱のさなかにいるロシナンテに、ナミは遠慮などひとつもなく気になる疑問を投げつけた。ブルックも紅茶をすすりながらそれに便乗する。

 いっぽうのロシナンテの口は重かった。一味に情報を渡したくないというよりは、どこか迷いのあるふうだ。目をウロウロとさまよわせ、アーとかウーとうなりながら、やっとのことでしゃべりだす。


「あいつなんだ」

「え?」

「あいつが……ローこそが、おれが会いたいと言ったクソガキなんだよ」

「ほ、ほんとか!?」

「ロシー、おまえ知らなかったのかよ!」


 船のだれもが、驚愕で目を見ひらいた。ロシナンテがまるで言いわけするみたいに早口で続ける。


「最高幹部のなかでコラソンについての情報だけはうまく隠されていたんだ。ローの海賊団はファミリーの傘下だって話だったから、てっきりコラソンはヴェルゴの野郎かと……」

「ちょっと待て。じゃあお前が命かけて助けたやつが、ファミリーに戻って最高幹部やってるってことか!?」

「なによそれ、ひどいじゃない!」

「あ、いや、いいんだ。おれは気にしてない」

「でも!」


 ウソップとナミが批難の声をあげたが、ロシナンテは否定しつつも口ごもる。ロシナンテの心配ごとはむしろローの身の安全だった。

 ローがハートの席に座っている。つまりローは、ドフラミンゴにとって『信頼のおけるオペオペの能力者である』ということだ。そしてその称号のさきに待つのは命をかけた不老手術。すなわち、ローの死なのである。その時がいつなのかロシナンテに知るすべはないが、つねに隣り合わせであるということは確かだ。

 十年後かもしれないし、明日かもしれない。ドフラミンゴの命令ひとつでかけがえのないローの命が失われるという事実に、ロシナンテは背すじをぶるりと震わせた。


「ローの心は知らねェが、ドフラミンゴはあいつの食った悪魔の実『オペオペの実』の能力を狙っていた……」

「じゃあ、ドフラミンゴが無理やり従わせている可能性もあるということかしら」


 ロビンの冷静なあいづちに、ロシナンテは『あの日』を脳裏に思いえがいた。

 北の海のつめたい空気はチクチクと頬を刺し、明けることのない空は暗く暗く閉ざされる。したたる赤とともにゆっくりと、しかし確かに、ぬくもりは失われていった。

 真正面に立って見おろす兄と交わすのは、氷の視線と銃口だけ。ドフラミンゴはくちびるを歪めて、懸命に灯る命の光をあざ笑う。


『ローをどうするって……!? “オペオペの実” を食っちまったんなら、おれのために死ねるように教育する必要もあるな!』


 まだ小さな、愛する子どもにむけられた現実はあまりにも非情だった。そしてその現実を、ローも聞いていたはずだ。

 賢くて根が優しいローが、ドフラミンゴのあの発言の意味がわからないはずがない。ではなぜハートの席に座っている?

 ドフラミンゴに無理やり従わせられているならまだいい。まだ説得の余地はある。

 しかし、無理やりではなかったら?

 彼が望んでそこにいるとしたら?

 かつてのローはたしかにドフラミンゴに信頼をよせていた。いっぽうのロシナンテは、ローの嫌いな海兵だと自身の立場を明かした身である。ローがドフラミンゴに傾くことが、まったくありえないと言いきるだけの自信がなかった。

 ローが三代目コラソンであるという事実が、すべての答えであるような気がした。


「どうだろうな。おれは嘘ばっかりついて、自分勝手にローのやつを連れまわした。嫌がるあいつを無理やりに、だ。あいつにした仕打ちを考えりゃ嫌われてたっておかしく無ェんだ、おれは」

「病気を治そうとしたのにか?」

「複雑な事情があったんだ。治すどころか、かえってあいつを傷つけちまった」


 わけがわからないと首をかしげるチョッパーに、ロシナンテが力なく肩をおとした。

 失望か、嫌悪か、それとも怒りか。あのとき背中に感じた箱ごしのかすかな振動に、いったいどんな感情がのっていたのか。13年間、眠れない夜の数だけ考えたが、結局わからずじまいだ。

 ロシナンテはあのとき、ローを見えないところに隠しておいてよかったと思った。能力で彼の音をすべてうばっておいて正解だったと、本気で思った。心を許したあの子にほんの少しでも拒絶されてしまったら、きっとあのようにドフラミンゴに立ちむかうことはできなかっただろう。それほどまでにローはロシナンテのよりどころとなってしまっていた。


「でも彼、あなたをこの国から逃がそうとしていたわ。情がまったくないとはとても思えないほど必死に」


 ロビンがおだやかに告げた。他のクルーもうんうんと肯定する。

 ロシナンテは胸の奥にうす暗い嵐をかかえながら、鼓動の早まる心臓をぎゅっとおさえた。じわりと汗のにじむ手をにぎり直し、ふかくふかく息を吸って、そしてゆっくりとはき出す。


「いずれにしても、ローと一度話がしてェ」


 とりかこむ困惑のまなざしとひとつひとつ目を合わし、かたい声でロシナンテが言った。

 どのみちローはドフラミンゴの傘下。初めからこの国で会う可能性は高かった。ローの心と、自分の過去と、いよいよ向き合うときが来たのだ。きっといまが、そのときなのだ。

 今回を逃すとおそらく二度とその機会はないだろう。なりふりかまっていられる余裕など、初めからなかったはずだ。


「あいつがなにを考えてるのか、おれにはさっぱり分からねェ。でもあいつのためにおれができることがあるなら、全部してやりてェんだ」


 そう声に出してはじめて、ロシナンテは自分の気持ちにストンと納得した。子どもだったローと交流を深めたのはたったの半年だ。ものの見かたも感じかたも全然ちがう、ひとりとひとりの人間どうし。ふしぎな縁と力わざで無理やり築いた絆だった。

 あの時はただ、がむしゃらだった。しのびよるタイムリミットは見ないフリして、ほんのすこしでも前に進もうとジタバタともがく日々だった。

 しかしそれでいて、まっすぐだった。わき目もふらず、彼の未来をひたすらに望み、彼の自由を一心に祈った。

 つまるところロシナンテという人間は、回りくどいやり方ができないのだ。不器用な情熱にじりじりと胸を焦がしながら、ひしゃげたままのいびつな愛を無責任におしつけることしかできない。たった一枚の書おきだけ残して二人で小舟に飛び乗ったあの時から、ローに対してはずっとそうだった。

 だからこそ、いまさら何をためらうことがあるだろう。ふたりの関係がまだ変わっていないのならば、たとえ変わってしまったとしても、ピエロが舞台でピエロを演じ続けるように、ロシナンテはロシナンテのままをつらぬくしかできないのだ。きっとそれが、嘘ばっかりついてきたロシナンテの罪滅ぼしなのだ。

 ロシナンテは決意した。そうして感情のまま、勢いつけて立ちあがる。動かずにはいられないと大きな体をソワソワと揺らし、ドジってウソップとぶつかるなどした。


「そうと決まれば直談判だ! おれはゾウになんていかねェぞ! 麦わらはどこだ!」

「ルフィならもうドレスローザに入っちゃったけど」

「なんでだよッ!」


 ナミがモモの助をなでながら無慈悲に言った。ロシナンテの固い決意はあっという間にうやむやになり、ビックリしすぎてずっこけた。ドジってチョッパーを巻きこむなどした。


「島に着いてルフィがおとなしくしてるとか、無理無理」

「無理だな」

「無理だ!」

「無理ね」

「無理ですね~」

「お、おう。そうなのか……」


 口をそろえる一味に、ロシナンテは苦笑する。麦わらの船長がなにを思って気分を変えたのかは知らないが、偶然にもそれはロシナンテにとって願ったりかなったりの結果になった。

 現在時刻は13:00。シーザーの引き渡しにはもう時間がない。工場の破壊はすでに街へと向かった船長らにまかせ、こちらはこちらの仕事をまっとうしなければならない。

 そしてなんとかしてローと会う。

 やることは多い。時間は少ない。しかし、なんとしてでもやり遂げねばならない。


「じゃあ……まあいい。おれたちは当初の予定通り、シーザーの受け渡しと、船の安全確保に別れて行動だ!」

「よし、このおれ様にまかせろ! な、ロビン!」

「ええ」

「船もおれたちがしっかりまもるぞ!」

「三人とも、どうぞお気をつけて」

「あんたはドジしないのよ、ロシー」


 船からの激励に手をふり返しながら、ロシナンテ、ウソップ、ロビン、そしてシーザーはついにドレスローザへと踏み入った。

 めざすは孤島“グリーンビット”。

 じつに13年ぶりの、ドフラミンゴとの対面だ。



 3m近い長身のドジっこヒゲメガネ野郎に街中がザワついているちょうどそのころ、コロシアムの医療室ではローが電伝虫に向かっていた。

 今日の試合で傷ついた戦士たちは、医療室ではなく地下に全員おくられることになっている。そこにローの出番はいっさいなく、今日の仕事といえば観客に怪我人がでたときの対応くらいなもの。つまり、ヒマである。

 電伝虫の相手は酒場のイッカクだ。といっても、彼女も今日は潜水艦に乗っている。国内外に不穏な動きが多かったため、もしもの時のために店を休ませたのだ。

 定期報告のための電伝虫なのに報告よりもグチが多い。店の食材が心配だとか、いつのまにか店のおもちゃも乗り込んでるとか、久しぶりの艦内がくさいとか。ローは部下のガス抜きにも余念のない男である。ウンウンそうかと生返事をくり返しつつ、チラリとモニターに映る試合の様子を確認し、そして思わず二度見した。

 そこに映っていたのは、こんなところにいてはいけない人物だ。


「悪ィが切るぞ」

『ちょ、キャプテ……』


 すこし乱暴に受話器を置き、早足でモニターの近くへとむかう。患者用のイスに座ってゲラゲラと笑いながら声援をおくっていたペンギンが、興奮気味でローに言った。


「ローさん、いまの観たかよ! すっげーおもしろいやつが出てるぜ! コイツだよコイツ! 『ルーシー』!」


 ありえない。信じられない。そんな思いでローは額につめたい汗をうかべる。

 お粗末なつけヒゲで変装している細身のそいつは。野生のサルを思わせる身軽な動きで相手を翻弄する男は。ねじ伏せるような覇気で会場を圧倒するアロハシャツの戦士は。ゾウへと向かうと言ったはずの。


「む・ぎ・わ・ら・屋~~~! なぜまだこの国にいる!?」

「え!? 麦わら? こいつが? 麦わらのルフィ?」


 事情を知らないペンギンはきょとんとしながらローと画面を交互に見やる。そしてローの過剰なまでの反応に首をかしげた。

 麦わらのルフィは新聞を読むかぎりイカれた野郎である。牛を手なづけたりなんだりと、戦闘スタイルを見てもそれは間違いない。そんなルフィが火拳のエースの弟であることは世界中が知ってるし、そのエースが今回の優勝賞品にもなっているメラメラの実の能力者であったことは有名なことである。

 彼がこれまで起こした世界的大事件にくらべたら、むしろメラメラの実を狙う気もちはわかりやすい。それどころか頂上戦争で亡くなった兄を思うと当然の行動だ、ともいえるのに。

 ペンギンの視界の端で頭をかきむしっていたローが、いそいそと動きはじめた。コラソンコートをひるがえし、いつもの帽子と鬼哭を持つ。見たこともないほどに慌ただしいその動きに、ペンギンはポカンと口をまあるくするだけだった。


「ペンギン、ここはまかせた。外出してくる」

「あ、うん。いいけど。今日は患者が少な……」


 ペンギンの返事も待たずに、ローは勢いよく医療室を飛び出した。


「おい」

「うわァ!!!」


 かと思ったら、ペンギンのすぐ背後にあらわれた。能力を使って戻ってきたのだ。


「なんだよローさん! びっくりするだろ!?」

「ああ悪かった。お前には現状を伝えておきたかった。そのうえで頼みたいことがある」

「それはいいんだけど、あんた大丈夫か?」

「もちろん大丈夫だ。大丈夫じゃないわけがない。おれは、大丈夫だ」


 ぶつぶつと自分に言い聞かせるような「大丈夫」に、ペンギンはまったく大丈夫とは思えなかった。十数年ものあいだ一緒にいたからよくわかる。

 とにかく落ち着けと、向かいのイスに座らせて水を飲ませた。ローはシロクマのカップにはいったそれを一気に飲みほし、デスクにタァン! とたたきつける。


「実はさっきコラさんがこの国に来た」

「ん?」

「国外へ逃がそうとしたが、どうやら失敗したようだ」

「ちょ、待っ……」

「それで、おれはこれから会いに行こうと思うんだが」

「待って!?」


 ペンギンの腹の底から発せられた渾身のリアクションは、コロシアムの歓声にとけて消えた。

 ローはじつに彼らしく国の現状を語った。簡潔に、客観的に、まるで論文を音読しているみたいに、国内でうごめく強者らの思惑をすべてぶちまけた。ペンギンは顔をしわくちゃにして頭をかかえながら、それらを聞いた。

 ローはすべて語り終えたあと、ふぅとひとつ息をおき、ちょっとスッキリした様子で「じゃあ、頼んだ」と他人事のように言う。ペンギンの顔は、もっともっとしわくちゃになった。

 コロシアムの石壁をビリビリとふるわす『ルーシー』コールに悪態をつきながら、ペンギンは今度こそローの背中を見送ったのだった。



 続

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