まるでもう一人の

まるでもう一人の



”偉大なる航路”を進むゴーイングメリー号。

その船内でナミが何やら手を動かしていた。


「……はい、これで良いわよ」


ナミの手の中にいたのは紅白の人形。名前はウタ。

小さい身なりだが、れっきとした麦わらの一味の一員である。

人形ゆえにできることは少ないが、船にいる誰もが彼女を仲間だと認めていた。


「今回は結構ボロボロになっちゃってたわね」


長い船旅においてふとした体調の変化が人間にとっては致命傷に成り得る。

人形であるウタにはその心配はないが、代わりに彼女の身体を徐々に劣化させる。

そうでなくとも激しい戦闘や突然の嵐などに巻き込まれることも珍しくないのだ。


何か騒動を解決したら、その後ウタを直す。

ナミにとって最近ではすっかり定番の作業となっていた。


「長い旅だし、一々気にしてたらキリがないってのは分かるけど……」

「ウタだって女の子だし、綺麗な姿でいたいわよね~」


ルフィが旅に出る前は知り合いである酒場の主人がよくウタの補修してくれていたらしい。

しかし旅に出てからは頼める相手もいなかったため、ルフィが慣れないなりに頑張ったようだ。


とはいえ、その不格好さがナミには目についた。

ルフィから「ウタは女の子だ」と聞いていた手前、このままにはしておけないと世話焼き気質も顔を出してしまった。


それに、実はウタの世話をするのはとても楽しい。

育ての親であるベルメールや義姉のノジコと暮らしていた時は余裕のある生活ではなかったゆえに、ウタのような遊び相手はいなかった。

その後訪れた苦難の生活では、そのようなことをしている暇などなかった。


ある意味これも失った時間を取り戻すことになってるのかな、とナミは一人笑う。

笑うナミの姿に疑問を感じたのか、こちらを見つめるウタが首を傾げる。


「大丈夫よウタ。ちょっと色々考えちゃっただけだから」


童女のように楽しんでいる、と口にするのは少し気恥ずかしい。

ナミは強引に話題を変えようと近々実行に移そうと考えている計画をウタに打ち明ける。


「そうだ、今度ウソップと一緒にあんたの服を作ってあげる」

「ウタだってオシャレしたいでしょ?」


ウタと会話はできないが女の子なのだ。オシャレに興味があってもおかしくはない。

それが理由の半分だ。

もう半分は、単純に自分がウタに色々着せたいのだ。オシャレさせたいのだ。

臆面もなく言うにはちょっと恥ずかしいので敢えて言わないのだが。


ナミの言葉にウタはピョンピョンと飛び跳ねる。どうやら喜んでくれたようだ。


「フフッ、喜んじゃって。可愛いわね」

「じゃあこれから目いっぱいオシャレさせてあげなきゃ」


そう言ってナミはウタを両手で持ち上げ、目線を合わせる。


「心配しないで。あたしがいる限りウタがボロボロのままなんて許さないから」


所詮人形には何もできない?とんでもない。

故郷を救えないと絶望の底に沈んでいた自分に寄り添い、慰めてくれた。

この子の優しさが、立ち上がりルフィたちの戦いを見届けるための力をくれた。

麦わらの一味と共に旅に出て”夢”を叶える一歩を踏み出す萌芽となった。


だからナミは何があってもウタを見捨てたりはしないと決めたのだ。


「また何かあったら、すぐあたしの所まで来なさいよ!!」


ウタは大事な仲間だ。だから彼女の為なら喜んで力になろう。

決意を感じさせる笑顔でナミはウタに笑いかけた。

その想いを汲み取ったのか、ウタもキィと音を立てた。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



シャボンディ諸島の海岸、サウザンドサニー号の甲板上にて。

2年の修行を終えた麦わらの一味が一堂に会し、再び冒険に旅立つ日。

ナミは2年ぶりとなる小さな仲間との再会に喜んでいた。


「ウタ~!! 久しぶり~!!」


喜びをウタに伝える為、わざと強く抱きしめる。

腕の中でウタが身じろぐのを感じるが敢えて無視する。

2年ぶりの大切な仲間との再会を噛みしめたいのだから、これくらいは許してほしい。


「あんたのことが一番心配だったのよ」

「ちゃんとウタの面倒を見てくれる人がいたのか~とかね」


2年前、このシャボンディ諸島で麦わらの一味はバラバラに離散。

海軍大将”黄猿”率いる部隊により絶対絶命の窮地に陥った一味は、

突如介入してきた王下七武海の一人バーソロミュー・くまの手によって各地へと飛ばされることで危機を脱することになる。


ナミは小さな空島「ウェザリア」へと飛ばされ、そこで気象科学を研究する学者たちに救われた。

目覚めた時、それはもう狼狽した。学者の老人たちには随分迷惑をかけた。


その後彼らの気象科学を学習したり、マリンフォード頂上戦争の一部始終を知り、ルフィの元へ戻ろうとして一騒動を起こしたり、色々あった。

結局、再出発を2年後と決めたルフィのメッセージを受け取りウェザリアで気象科学の学習に没頭することになった。


自分のような一味の中では弱い部類に入るものが無事だったのだ。仲間たちが無事でないはずがない。

そう確信してはいたが、唯一の気がかりはウタのことだった。

仲間の中でも一際特異な存在であるウタだ。自分たちを飛ばしたくまが気付かずに一人取り残されている可能性だってある。


自分が最後に目にした瞬間では、あの子はルフィと共にいた。

だから、最悪の事態にはなってないだろうと信じてはいるが不安は拭えない。

それにルフィと一緒にいるなら全く補修されずにボロボロになるということはないだろうが、そこもやはり心配だ。

2年の時間をより高みへと昇る為に費やすことを決めたとはいえ、こうして湧き出る想いは抑えられない。


結果、深く考えすぎないためにより勉学に没頭するか、ウタと再会した時に着せてあげる服のデザインを息抜きに考えることがナミの不安解消法となっていた。

こうした事情もあり、ウタとの再会はナミの心に想像以上の喜びを齎すことになった。


「……結構しっかり補修されてるわね」


ナミがウタの全身を丁寧に確認する。

ウタの身体には覚えのない補修の跡がいくつも残っている。

どれも丁寧なもので、ウタを大切に思ってくれているのが感じられる、

ナミの胸に暖かいものが広がる。きっと心優しい人と出会えたのだろう。


「じゃあ改めて、あたしがウタのお世話係に再就任ね!!」


「あら、私は入れてくれないの?」


ナミがウタに向かって宣言すると、揶揄うような声色でロビンが横から声をかけてくる。


「……じゃああたしたち二人でウタのお世話係に再就任ね!!」


言い直し、改めてウタに向き直る。

表情は読めない。声だって発せられない。

分かるのは身振りと壊れたオルゴールの音だけ。それでも何となく分かる。ウタも喜んでいると。


「2年間させてあげられなかったオシャレもいっぱいさせてあげちゃうから!!」


ナミの言葉にウタは嬉しそうにキィと音を立てた。


2年前、一度立ち止まってしまったあの日からずっと待ち望んでいた新たな旅立ちの日。

仲間の為に学び続けた知識と技術を使い、もう一度”夢”を叶える冒険に漕ぎ出そう。


再び”偉大なる航路”を進むサウザンドサニー号。

まず向かうは遙か深海、魚人島。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ナミ~」


「ん~……?」


心地良い微睡みに身を任せていると、横から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

重い瞼をゆっくりと開き、声のする方を向くと紅白の髪が最初に目についた。


「おはよ~」


「おはようウタ……今日も早いわね」


彼女の名前はウタ。麦わらの一味の一員だ。

長らく小さな人形として旅を続けていたが、「ドレスローザ」という国を訪れたことで真実が明らかになった。


その正体は当時9歳にして”ホビホビの実”の能力によってオモチャに変えられていた女の子だった。

しかもルフィの幼馴染であの”赤髪”のシャンクスの娘だと言うのだから、それはもう驚いた。


だが、それ以上に12年もの間人形として過ごしてきた辛さを想い胸が締め付けられた。

同時に、人間に戻れたことを心から喜んだ。


そんな顛末を経て、改めて麦わらの一味の一人としてウタを歓迎したのだが問題も残っている。

人間であった時期よりも人形であった時期の方が長かったため、まだ元に戻った後の生活にウタは慣れていないのだ。

この状況もその一端を表している。


ウタは眠りが浅い。

正確には長い間人形だった影響で、眠るということにまだ慣れていない。

少しずつ本来の感覚を取り戻していくための時間が必要だ、とチョッパーは言っていた。


幸いにもウタは”ウタウタの実”の能力者であり、その能力行使には非常に体力を消耗する。

そのため能力を使用すれば熟睡できるのだが、あまり多用しすぎて変な習慣になってしまっても後々困る、とチョッパーは判断した。

なので、ウタウタの能力使用はどうしても眠らなければいけない時を除いてはあまり使っていない。

ウタもなるべく自力で睡眠時間をナミやロビンに合わせようと努力しているが、どうしても短時間で目覚めてしまうのが現状だ。


とはいえ、ナミにとっては苦ではない。

ウタは12年の間奪われたものを今必死に取り返している最中なのだ。

仲間として、それに付き合うことはむしろ望ましいことだ。


そう思いつつ、ナミは身を起こし周囲を見る。


寝起きのウタのお世話をするのは、最近ではすっかりロビンの役割になっていた。

人形だった頃から度々ウタと共に眠っていたロビンはウタが人間に戻った後も同じように接しつつ、更に世話を焼くようになった。

元々ナミより睡眠時間も基本的に短いロビンはウタの眠りにも合わせやすい。そうした意味でもロビンはウタのお世話係として適任であった。


ナミはロビンを探してみたが、見当たらない。


(もう起きてる……あ)


寝惚けた頭でそこまで考えて、そういえば彼女は不寝番だったことを思い出した。

となれば、今日のウタの世話は自分がやるべきだ。

そう思い至り、軽く身体を伸ばし未だ残っている眠気を吹き飛ばす。


そうして目覚めた頭と眼で、改めて近くにいるウタに向き直る。


「髪ボサボサじゃない」


その姿に思わず吹き出しかける。

ウタの髪の毛は、それはもう見事に寝癖だらけだった。


「ほら、あっち行って。鏡の前に座って」


「うん」


ウタを鏡台の前に座るように促し、ブラシを手に取る。

そうして痛みを与えないよう丁寧にウタの髪を整えていく。


そうして寝癖を直したら、いつもの髪型にセットしていく。

最初こそ自分やロビンがアレコレと手伝ってはいたが、今ではウタ一人でもそれなりに形にはなってきている。


「自分でセットするのも大分慣れてきたんじゃない?」


いつまでも無言というわけにもいかず、軽い雑談を投げかける。

ウタは頑張っている。まだ及ばないところも多いが、着実に一歩ずつ前に進んでいるのを近くで見ている自分が太鼓判を押す程度には。


いつか、この子が完全に元の生活を取り戻せたらこういうこともしなくなるのだろうか。

そんな未来を思うと、少し寂しくなってしまった。


あるいは自分を育ててくれたベルメールも、こんな感情を胸に秘めていたのだろうか。

彼女には、成長した自分の姿を見せる機会は終ぞ訪れなかったが。


「うん、でもナミにやってもらうのが一番安心するから」


思考が遠くへと飛びかけた時、ウタがナミに返答する。

こういうことを臆面もなく言うからウタには困ったものだ。

ついつい甘やかしたくなってしまう。


「可愛いこと言ってくれるわね~。特別サービスでもっと丁寧にセットしてあげちゃいましょう!!」


「やった!!」


ねえベルメールさん。こんなこと言ったらあなたは笑うかな。

年上の子に何を言ってるんだって。


「ナミってさ……」


「うん?」


それとも、喜んでくれるかな。


「お姉ちゃんみたいだね!!」


「……ふふっ、そうかも!!」


あたし、妹ができたの。



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