まもりがみ。#各務チヒロ
知識は自由であるべき。
良い言葉だけど、同時に重みのある言葉だと私は思う。
高度に情報化された現代社会において、情報というものの価値と重要性は計り知れない。
あらゆる知識、あらゆる秘密、あらゆる価値観……それらを一手に統制することができたのなら、それこそ世界を支配することだってできる。
だからこそ、知識は権力によって独占されるべきものではない。それがヴェリタスが生まれた理由。
真理を探究する権利……その門戸は、万人に等しく開かれているべきものなのだから。
……だけど、その自由は同時にリスクだって孕んでいる。
インターネットの発達によって誰もがあらゆる知識を検索できるようになった今、やろうと思えば銃や爆弾みたいな危険な兵器の作り方を個人で調べることだってできる。
……ううん、そんな直接的な暴力でなくとも、他人の知られたくない秘密をネットに公開したり、根も葉もないデマを拡散したり……使いようによっては情報そのものが容易く人を傷つける凶器になりうる。
大いなる力には大いなる責任が伴う。情報システムの管理者権限を与えられる者には必ず最初に問いかけられる言葉だ。
けれど……その言葉が持つ重みを、どれだけのハッカーが本当の意味で理解しているのだろうか。
私の後輩が拉致され、監禁された"あの日"。
ミレニアムでは知らない者はいないほどの有名人……「セミナーの冷酷な算術使い」早瀬ユウカ。
もちろん私にとっても知らない相手じゃない。立場上あまり親しくしていたわけじゃないし、憎まれ口を叩くことだってあったけど……それでも、あの子を嫌っていたわけじゃなかった。
二年生でありながらセミナーの会計に抜擢され、曲者揃いの技術者や研究者たちの手綱を握る、このミレニアムに欠かせない存在。誰もがそう認めていたし信頼していた。
その立場から恨みを買うことも多かったし、時には露骨な嫌がらせを受けることもあった。……まあ、その大半は子供じみたイタズラ程度のものだったけど。
ただ、本心からユウカのことを嫌っている人間なんてミレニアムにはそうそういないし、ユウカ自身も何だかんだ甘ちゃんだから、何かあったとしても大事にはならない。
……もしかしたら、そんな油断があったのかもしれない。
あの日、ユウカが受けた凌辱は筆舌に尽くしがたいもので。
ヴェリタスの部長代理として救出作戦に参加している間、吐き気がこみ上げてくるのを必死に堪えていた。
一刻を争う状況で私一人が絶望している余裕なんてない。
何より、ユウカがこんな目に遭ってしまった責任の一端は…私にだってあるのだから。
セミナーを含めたミレニアムの電子的セキュリティの基盤を構築したのは、他ならない私だ。
ユウカの、ミレニアムのみんなの安全と日常、プライバシー……人の幸せな営みを守るために心血を注いで構築したはずの私のセキュリティシステムは……肝心な時に何の役にも立たなかった。
誰にどんな慰めの言葉を掛けられたって、これは私のミスだ。
自分が管理するセキュリティを容易く突破され、大切な後輩を無残に傷つけられて……それを知らぬ存ぜぬで済ませられるほど、私は無責任じゃいられなかった。
……驕っていた。
あの日以来、頭の中でもうひとりの私が私のことを責め立て続ける。
──知識の守護者? ミレニアムの守護神?
ちょっと人よりセキュリティの知識がある程度で神様気取り?
自分の指先一つで世界の全てを思うがままに管理できるだなんて、本気で思っていたの?
……そうだとしたら、本当に傲慢だったのは私の方で。
──ユウカがあんな目に遭ったのは、私のせいだ。
……誰か教えてよ。
私は、どうやって償えばいいんだろう。
どうやって……あの子に謝ればいいんだろう。