まどろみの中で

まどろみの中で

レイレイ


麦わらの一味の中の歌姫ウタ、彼女はよく昼寝をしている。

12年間眠ることが出来なかったからなのか、または彼女の悪魔の実の能力の特性故か、夜だけではなく日中も気が付くと眠っていることが多い。

天気の良い日は甲板の芝生の上でお昼寝をしているし、アクアリウムやキッチンのソファで眠っていることもある。

また場所ではないが、彼女の幼馴染にして一味の船長であるルフィの隣で微睡んでいることも多い。本人にとっては世界で一番安心できる場所なのかもしれないが、慣れていない人間からすれば距離が近すぎるのではないかとやきもきしてしまう光景だ(事実、一味では新入りであるジンベイは初めて見たときはかなり驚いていた)。



〜〜〜〜〜〜


曖昧でぼやけた世界。

自身の能力で生み出した世界ではなく、普通の人と同じように起きたら内容を忘れてしまう、そんな夢の世界。


あー、これは夢だなぁ。

偶に、夢の中で自分が夢を見ていると自覚するけど、今回もそんな感じ。フワフワしてるし、なんとなくぼんやりしてるし。


なんとなく周りを眺めていた私の視界に、奇妙な光景が映る。



“わたし”が船に乗っている。今は存在しない、懐かしいゴーイングメリー号に。ルフィやウソップ、チョッパーと楽しげに笑いながら騒いでいる“わたし”。今の私よりも能力を使いこなして、ルフィ達と一緒に戦っている“わたし”。


ここは夢の中だけど、もしかしたらこんな世界もあったのかな?

ちょっと嬉しい気持ちになった。



場面が切り替わる。

そこは私が知らない場所。おそらく何処かの家の中。

その家に“わたし”がいた。小さな子供、どこかルフィに似た顔立ちの男の子を抱っこしながら幸せそうに歌う“わたし”。そんな“わたし”の所に近づいてくる、別の子供、こちらはどこか私に似ている女の子をおんぶしたルフィ。仲睦まじそうに、まるで夫婦のように寄り添う“わたし”達。


え!?ええェ!?

わ、私とルフィが!?で、でも子供たちの顔が…!?


夢だとわかっているのに動揺して、顔を真っ赤にしながら頭を振る私。

でも、こんな世界もあるのかと、ちょっと幸せな気持ちになった。



また場面が切り替わる。


そこでは海軍の制服と“正義”のコートを羽織ったルフィが戦っていた。相手は海賊だろうか?沢山の敵を相手をルフィが縦横無尽になぎ倒してゆく。そしてそんなルフィと一緒に、やはり海軍の制服を着て、“正義”のコートを羽織った“わたし”が戦っていた。


ルフィが海軍になるなんて、想像も出来ないはずなのに、すごく様になってるしカッコいいなー。あ、あの“わたし”空飛んでる!

あれってCP9が使ってた六式かな?


海軍になったルフィと一緒に沢山の人に感謝される“わたし”。何処かの、多分海軍の基地で正座をさせられながら、ヤギを連れたアフロのおじいちゃんにお説教をされているルフィと“わたし”。

そんなあり得ない、でもどこか楽しそうな“わたし”達。

でも気がついたら、“わたし”はルフィに手を引かれて何かから逃げていた。

海軍の制服を着た“わたし”達を追いかけるのは、同じ海軍の制服を着た人達。

追いかけ回され、時に“わたし”を守りながら戦い、傷だらけになっていくルフィ。ボロボロになりながらも、決して“わたし”を見捨てないルフィ。

そして何処かの洞窟の中で、“わたし”を守るように抱きしめながら眠るルフィ。


とてもとても、辛い気持ちになった。




夢の中で色んな“わたし”を見た私の耳に、歌声が届く。



また、場面が切り替わった。

何処かの部屋で、“わたし”は一人で歌っていた。

とても上手な歌。12年間歌えなかった私とは比べ物にならない位、声量も技量も隔絶した“わたし”。

もしも私が玩具にならなくて、ずっと歌の練習をしていたら、こうやって歌えたのかなと、ちょっと悔しい気持ちになった。


よく見ると部屋には“わたし”の他に、奇妙な物があった。

“映像電伝虫”。でもその電伝虫はサニー号に置いてあるようは普通の電伝虫と違った奇妙なデザインの殻を背負っていた。そしてその電伝虫の写す映像の中に、沢山の人達がいた。

その人達は“わたし”の歌を心からの称賛してくれていた。まるで“わたし”が救世主かのように言う人もいた。

そんな人達と嬉しそうに、でもよくよく見るとどこか辛そうに話す“わたし”。

電伝虫の映像が切れて、一人ぼっちになった“わたし”は、悲しそうに歌を口ずさむ。


『♫〜♪〜』


それは私にとっても思い出の歌。フーシャ村でルフィや赤髪海賊団の皆の為に何度も歌った、私のとっても大切な歌。


そこで私は気が付いた。今まで見た“わたし”と、今見ている“わたし”の大きな違いに。

どんな“わたし”とも一緒に居てくれた幼馴染が、彼女の側にはいないのだと。

だって彼が、私の大切な幼馴染が、“わたし”がこんな寂しそうに歌っているのを放っておくはずがないから!


この“わたし”は、ルフィと出会えなかったのかな?だからこんな寂しそうなのかな?

そう思って“わたし”を見ていた私は気付いた。寂しそうに歌いながら彼女が見つめているアームカバーに描かれたマークに。黄色いひょうたんのようなデザイン、普通の人ならそう思うだろう奇妙なマーク。

でも私は知っている。私はあのマークが麦わら帽子だということを知っている。だってあのマークは昔、ルフィが私に書いてくれた“しんじだい”のマークだから!


何で“わたし”がルフィと一緒にいないのかは分からない。でも、寂しそうな“わたし”を見ていると私も寂しくなってきて。何とかあの寂しそうな“わたし”を励ましてあげたくて。


「♫〜♪〜」


自然と私も歌っていた。

これは夢。この光景は私の記憶が見せた幻かもしれない。でも何故だが、今何もしなかったらとても悲しいことになる予感がしたから。

せめて彼女の寂しさが少しでも癒やされるように。そしてきっとルフィが、あの太陽のような笑顔をした私の幼馴染が、彼女を救ってくれることを願って。



〜〜〜〜〜〜〜



???「…タ、ウタ?おーい、どうした?」


肩を揺すられて目を覚ます。またルフィの隣で寝ちゃってたみたい。目を開けると不思議そうに私の顔を覗き込むルフィの顔が写った。



「どうしたんだお前、寝てたら急に泣き出して。

心配したぞ?」


どうやら寝ながら涙を流していた私を心配して起こしてくれたらしい。どんな夢を見てたのかもう覚えてないけど、なんだかすごく悲しい夢を見てたみたい。


たんだか急に寂しくなって、ギューっとルフィに抱きついた。

ルフィは何も言わず、ただ優しく私を抱きしめ返してくれた。良かった。私の隣にはルフィがいる。


そうだ、たとえ何が起こっても、きっとルフィなら、私の大好きな幼馴染なら、私を見つけて救ってくれる。


だから大丈夫。大丈夫だよ、“私”。



ーーーーーーー


〜エレジア〜


あと1週間で、ライブが始まる。

私の人生で初めての、そして最後のライブ。


配信を終えて、疲れた頭で“計画”を確認する。皆を“新時代”へと連れて行く私の“計画”を。

私を見つけてくれた皆を救う為に、私が出来る唯一の手段。

準備は整えた。もう後は、ライブで皆に最高の歌声を届けるだけだ。


なのになんだか急に寂しくなって、左手につけたアームカバーを見る。そこに印刷された“しんじだい”のマークを見つめながら、寂しさを紛らわせるのように歌う。


「♫〜♪〜」


楽しかった頃の思い出に浸る。私はシャンクスの船に乗っていて、あのフーシャ村でルフィと他愛もない勝負を繰り返していて。でも、もうあの頃には戻れなくて。

考えれば考えるほど、悲しみが湧いてくる…。


『♫〜♪〜』


その時、“歌”が聞こえた気がした。

辺りを見回すが当然誰もいない。ゴードンは夕飯の支度中で近くにいない。そもそもこのエレジアには私とゴードンしかいない。

映像電伝虫も起動していない。ここにいるのは私だけ。


『♪〜』


また聞こえた。そして気が付いた。この歌声は私の歌声だと。

だけど、その歌声はまだまだ未熟で。同じ声だけど私に比べれば何もかも足りない歌声だった。


…なのになぜだか聞き流せなかった。

それはこの歌に、今の私にはない物を感じたからかもしれない。

ただ寂しくて、その寂しさをから逃げる為に歌う私。でも今聞こえた歌声は、誰かを、私を励まそうとする暖かな思いが乗っていて。


なぜだが分からないけれど、『大丈夫だ』と、そう言っているように思えたから。


ふと“しんじだい”のマークを見つめる。

私にこのマークをくれた男の子。私の幼馴染。

もし彼が迎えに来てくれたら…。


他愛もない考えを、頭を振って追い出す。

罪深い私に、そんな物語のような都合のいい奇跡が起こるはずがない。それに、12年前に僅かな期間だけ遊んだ女の子のことなんて、あいつが覚えてなんかいないだろうから。


それでも、ルフィのことを思い出した私は少しだけ、この未熟な歌声に感謝して目を閉じる。

もう眠ろう。眠ってしまえばきっとこの迷いも忘れてしまえるから…。





1週間後、ライブ会場で彼女は思いがけない再会をする。

その再会が彼女の運命をどう変えるのか、それは彼女と彼の選択次第だろう…。







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