「まったく厄介なことだ」

「まったく厄介なことだ」


「さて、疑問に思うこともあるだろうな」

 

 破壊された黄金のマコト像の台座に腰掛け顎に拳を当てたメガトロンは淡々と呟いた。

 いついかなる時も厳めしい表情だが、今日は一段と剣呑な色を帯びている。

 

「美食研究会、温泉開発部、羽沼マコト、その他の問題児ども……やつらが何故、このメガトロンの支配下にあるゲヘナで好き勝手できるのかと」

 

 指折り数えるメガトロンはギラリと赤い目を光らせた。

 

「実はメガトロンは甘いから?いやいやメガトロンと言うのは人が思うよりも無能なのかもしれないな?……否、そういう契約だからだ」

 

 かつてメガトロンは当時の万魔殿とゲヘナを支配する代償として治安を守り、生徒を守護するという契約を交わした。

 このキヴォトスでは契約は強い力を持つ。

 

「おかげで俺は生徒たちを排除できず、逆に面倒を見る義務が生まれたというワケだ」

 

 もちろん自分が優位になるように条件を付けていたが、それでもそれはメガトロンの意図を超えて彼を縛っていた。

 

「まったく、厄介なことだ」

 

 やれやれとワザとらしく息を吐くメガトロンの重低音の声が響くたび、それを聞かされている相手は震えあがった。

 メガトロンの視線の先、そこには数人の大人が床に直接座らされていた。

 詐欺紛いの方法で生徒から金を巻き上げた業者、洗脳染みたやり口で生徒を利用しようとした塾講師、私兵として生徒を使っていたマフィアの幹部……そういった大人たちだ。

 拘束されるでも銃を突きつけられるでもないが、彼らは大帝の威圧感に飲まれて逃げると言う選択肢も抵抗の意思も失っていた。

 

「ど、どうかお慈悲を。お金なら返します……な、なんなら倍、いえ三倍にして!」

「生徒とは正式な契約を結んでいて……」

「わ、私ならメガトロン様に多大な利益を……!!」

 

 恐怖に震える姿に子供を相手にしている時の尊大で傲慢な態度はない。

 もちろん、メガトロンが彼らの懇願を聞き入れるはずもない

 

「貴様らは罪を犯した。この俺の顔に泥を塗るという罪をな」

 

 メガトロンが支配するゲヘナ学園。

 そこで生徒に害を為すと言うことは、すなわち彼への侮辱。許し難い大罪だ。

 

「故にそれに相応しい罰を与える……ショックウェーブ!」

「ここに」

 

 いつの間にか闇の中に紫の身体に単眼のディセプティコンが立っていた。

 メガトロンの信頼も厚き忠臣ショックウェーブだ。

 

「こやつらの処遇はお前に任せる。好きにするがいい」

「ありがたき幸せ。ちょうど実験に使うサンプルが欲しかったところです……連れていけ」

 

 淡々とした声に大人たちは己の運命を悟って、なんとか逃げようと震える身体で立ち上がり……そのまま闇の中から現れた山体のディセプティコンに捕らえられた。

ドレッドヘア状の触手を持ったドレッズだ。

 

「ひいいいい!!」

「こ、こんなことが許されるはずが……!」

「助けて、助けてぇええ!!」

 

 悲鳴を残して連れていかれる大人たちに興味を失い、メガトロンは立ち上がって参謀の方を一瞥した。

 

「さて、ショックウェーブ。本題に入ろう」

「は……」

「少しの間、俺はゲヘナを離れる。お前には留守の間のことを頼みたい。そのためにわざわざ山海経からお前を呼び戻したのだ」

「メガトロン様のご命令とあらば、喜んで」

 

 二つ返事でショックウェーブは承諾した。

 まるで太陽が東から昇って西に落ちるような、疑問を挟む余地が欠片もない当たり前のことだとでも言うように。

 主君に匹敵するとされる実力以上にこの絶対的な、あるいは狂気とすら言える忠誠心こそがショックウェーブをディセプティコンの大幹部たらしめていた。

 

「うむ、頼んだぞ」

「は。しかしメガトロン様、なぜゲヘナから離れられるのですか?」

 

 忠誠心は絶対であるが、もっともな疑問を言うくらいはする。

 すると心底ウンザリした様子でメガトロンは首を回した。

 

「……修学旅行の引率だ」

 

 

 

 

 

 

 

 修学旅行という学生時代の一大イベントを前にしてもゲヘナ生たちはあまり気乗りしないようだった。

 そもそもゲヘナの生徒は自由と混沌を是とし基本的に秩序だった行動が苦手だ。ちゃんと指定の日時と場所に集まっただけでも褒めるべきだろう。

 

「このマコト様の業績を称える準備はできているか!!」

 

 万魔殿議長の羽沼マコトが中身のないことを演説しているが、生徒たちは全員が器用に立ったまま寝ている。

 旅行についてくることになった何人かのディセプティコンも欠伸を噛み殺していたが、万魔殿をサポートしているオンスロートがなんとなしに空を見上げると目を見開いた。

 

「ッ!全員気を付け!!」

 

 空から舞い降りたエイリアンジェットがギゴガゴと音を立てて変形し、地響きと共にメガトロンが降り立つ。

 それだけで兵士たちに規律が戻った。

 

 一方の生徒たちは相変わらず眠っている。ここまで来ると感心である。

 だがディセプティコンたちはそんな場合ではないと慌てて起こそうとして自分たちの支配者にギラリと睨まれて黙り込んだ。

 

「……イブキ。こいつらに話しがある」

「はーい!」

 

 起きている側の数少ない生徒の内、万魔殿に所属する小さな女の子が元気よく返事した。

 丹花イブキはメガトロンのことをまったく恐れていないようだった。

 

「みんなー、メガトロン様がお話しがあるんだってー!」

 

 可愛らしい声は効果覿面で生徒たちは目を覚まし、次いでメガトロンがいることと彼が怒気を発していることにギョッとする。

 

「よろしい。イブキ、お前は良い子だ」

「えへへ」

 

 普段万魔殿のメンバーが自分に向けてくるのとは違う、冷たいとすら言える声に、しかしイブキは嬉しそうに笑う。

 ゲヘナの誰もが魅了されマコトあたりなら蕩け切ってしまいそうな愛らしさだがメガトロンは大して価値を感じていなかった。

 だがその才覚と影響力、カリスマ性については評価していて、ゲヘナの顔役とも言うべき風紀委員会の空崎ヒナ、台所を支える給食部部長の愛清フウカとともに目に掛けている生徒の一人だ。

 

「本来、修学旅行の前準備とは数ヵ月かけて行うものだ」

 

 メガトロンは静かに口を開くと、ゲヘナ生たちは自然と居住まいを正した。

  比類なき強さと馬鹿でもわかる恐ろしさ、そして軍人的な厳しさ……メガトロンはゲヘナが求める支配者の気質を完璧に備えていた。


「だが此度の修学旅行は諸々の事情により僅か数日の突貫工事にて用意した。よって百鬼夜行側にも大変な無理を言う形となった」

 

 朗々と響く声は、生徒たちの耳朶を容赦なく叩く。

 

「故に生徒一同、ゲヘナ学園の一員であるという自覚を持ち、百鬼夜行の者たちに感謝し迷惑をかけないよう心掛けるように」

 

 しかし言葉の意味が脳ミソに刷り込まれていないらしく生徒たちは怪訝そうな顔をしていた。

 それを見回しメガトロンは目つきを鋭くする。

 

「なお!百鬼夜行陰陽部との会談があるため、それも兼ねて俺も引率として修学旅行に同行する!!」

 

 この言葉に美食研究会や温泉開発部の面々が顔を引きつらせ、ディセプティコンたちの緊張感が高まったのは言うまでもない。

 

「……つまり百鬼夜行で問題を起こして俺の顔に泥を塗るな、ということだ。わかったか?」

 

 獅子のような唸り声と共にメガトロンは自分の顔を親指で指した。

 メガトロンの支配するゲヘナに置いて、彼を侮辱するのはなによりの大罪である。

 それは生徒も大人もディセプティコンも同じこと。

 

『はい!』

 

 生徒たちも大多数はすぐに頷いた。鬼怒川カスミがここにいたらきっと泣いちゃってた。

 しかし少数の生徒……概ね、温泉と美食とかそもそも言葉の意味を理解できてないらしい議長殿とかが返事をしなかったことにメガトロンは気づいていた。

 

「結構……とは言ってもそれさえ守るなら他には何も望まん。好きなように楽しめばいい」

 

 ホッとディセプティコンたちが息を吐き、生徒たちが笑顔になる。

 ついでに何人かはその言葉をどう解釈したものやら不敵に微笑む。

 どうやら騒がしい就学旅行になりそうだ……。

 

「わーい!メガトロン様もいっしょに修学旅行に行くんだね!イブキ、楽しみー!」

「うーん、引率付きかー」

「いいじゃん。メガトロン様と一緒もきっと楽しよ」

 

 一方でイブキは無邪気にはしゃぎ、帰宅部の旗見エリカと夜桜キララはいつもの調子だった。

 この三人はメガトロンにまったく恐怖を感じていないのだ。

 それをチラリと見たメガトロンはふんと鼻を鳴らした。

 

「まったく」

 

 生徒や部下たちに聞こえないように、メガトロンは口の中で小さく呟いた。

 

「厄介なことだ」

 

 だからその声色が大人を相手にした時よりも幾分か柔らかいことに気付いた者はいなかった。

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