まだ自覚なし

まだ自覚なし



※がっつりドゥウム×ツララ小説です。苦手な方はプラウザバック!

※ツララの方が感情が強め。




「あのクソ見合いジジイいい加減にしてくれねぇかな」


唐突にうんざりとした顔でぼやいたファーミン。そんな彼にオーターとドゥウムがそれぞれ顔を向ける。


「ファーミン、ウォールバーグさんをジジイ呼ばわりはやめろ」


「見合いジジイで通じるんだ?やっぱオーターもそう思ってんじゃん」


「·····」


「分かった分かった、睨むなって」


眼鏡越しにオーターの鋭い視線を貰ったファーミンが肩を竦める。ここは魔法局の談話室。特に神覚者のために設けられた部屋のはずだが、部外者がたまに混ざっている。今となっては慣れてしまって、誰もツッコミを入れないのだが。

ピリピリとした雰囲気を放つ二人に、話を聞いていたドゥウムが苦笑する。


「まぁ気持ちは分かるがな」


「甘やかすな」


オーターがドゥウムにも睨みを入れる。この男、優秀なのだがとかく弟に甘いのが欠点だ。オーターはこれみよがしにため息を吐いた。正直に言えば、彼も大概うんざりしている側である。というのも、結婚適齢期になってからウォールバーグがやたら見合い話を持ってくるようになった。今は神覚者ではないとはいえ魔法界のレジェンドが相手だ、断るのにも気を使う。本当にこの三人が断り文句なんかに気を使うのか、という疑問は一旦置いておく。


「なんだなんだ、随分空気が暗いな!オレの眩しさが必要か?」


やたら明るい声と共に談話室の席が一つ埋まる。やって来てごく自然に会話に混ざったライオは、持ち前の男前フェイスで笑って見せた。


「お前達はやたらと結婚を否定するが、案外悪くないものだぞ?一度真剣に考えてみたらどうだ?」


太陽光みたいな純度100%の「良かれと思って」だ。そういうのが苦手な三人がうわぁと一斉に表情を歪める。


「隊長はちょっと黙っててください、話がややこしくなるので」


「結婚が勝ち組とでも言わんばかりの発言はやめていただきたい」


「人生の墓場に両足突っ込んだ奴は座ってろ」


「もしかしてオレ今喧嘩売られてる?」


総スカンを食らったライオだが、特に怒る訳でもなく苦笑いで流した。だってライオ・グランツは懐が広い男前なので。


「というかだな、ドゥウムは一度ウォールバーグさんに言った方がいいぞ?彼女がいるのに見合いを勧められるのは確かに不味いだろう」


「·····待ってください、何の話です?」


「え?」


「え?」


「え?」


「··········?」


ライオだけでなく、何故かオーターとファーミンにも驚いた声を出されたドゥウムが困惑する。


「ドゥウムはツララとお付き合いしてるんじゃないのか?」


「違いますが??」


本当に違う。ドゥウムとツララはただ同期と言うだけで、詳しく述べたところで親しい友人でしかない間柄だ。そう言うと、ライオは額に手を当てて天を仰ぎ、ファーミンはドン引きした顔を見せ、オーターは珍しく目を見開いたまま固まった。


「え、嘘·····だろ·····?」


「本当です。というか何故そんな勘違いを」


「いや!勘違いするだろあの距離の近さは!自覚ないのか!?」


ライオの言葉も虚しく、ドゥウムは心底分からないとばかりに首を捻る。嘘だろ、とライオはもう一度口の中で呟いた。

傍から見るとドゥウムとツララはそりゃあもう仲睦まじく見えるのだ。そもそも同い年で、同じように魔法局に就職している。分野は違うが度々食事を一緒にしているところを見かけるし、話す時はドゥウムが屈んで声が聞きやすい体勢を取るし、寒いからとツララが彼の膝に乗って暖を取っていることもある。早い話、めちゃくちゃ距離が近い。これで「何も無い」は流石に信じ難い話だった。

それでも本当に何にも無いので、ドゥウムは追求を逐一否定するしかないのである。というか、彼にはさらに疑問に思うことがもう一つあった。


「あの、そもそもツララは女性だったんですか」


ボーンボーン、と時計の音がやけに部屋に鳴り響いた。


「··········そう言えばお前盲目だったな」


たった今思い出した、とばかりにオーターが呟いた。その言葉にライオもハッと我に返る。


「そうだった。ダメだな、毎回お前が見えていないことを忘れてしまう。すまないなドゥウム」


「どうせ都合の悪い時にしか言わないから忘れてていいぞ」


「酷くないか?」


あんまりな言い草に抗議するも、ファーミンは何処吹く風だ。ドゥウムが盲目なことを持ち出す時は話を誤魔化したい時、それはバーンデッド家の共通認識である。


「というか兄者、声で分からないのか?」


「背が低いから声変わり前なのかと」


「いやいや、同い年だろうお前達」


「他人に興味が無さすぎる」


「オーターさんには言われたくないですね·····」


何故、と心底解せない顔をしたオーターはまるっきりスルーされた。そうだったのか·····と数年来の付き合いになる同期を思ってドゥウムはちょっと考え込んだ。本人的には衝撃の事実だったので。別に男性だと思い込んでいた訳でもないのだ。ただツララはツララであると個人で認識していただけで。しかしこれまでの接し方を思い出すと、今になってアレ?とドゥウムは首を傾げた。


「もしかして、色々と不味いのか·····?」


「びっくりするほど今更だな!」


「私が言うのもなんだが、鈍くないか?」


「本当に「お前が言うな」だなオーター」


ファーミンはオーターに対して基本冷たい。まぁそれは置いておくとして、今更ながら危機感を覚えたらしいドゥウムに、ライオは苦笑を隠せなかった。


「今どきセクハラだなんだと煩いからな実際」


「ですよね·····」


「だがなドゥウム、これだけは言っておくぞ」


ビシッと人差し指をドゥウムに向けて、ライオが意識を惹き付ける。怪訝そうな顔のドゥウムに、彼はふっと笑みを浮かべた。


「これで彼女を避けることだけはしないように。理由もなく拒絶される方が傷付くからな、きちんと話し合って決めるように」


「·····分かりました」


「よろしい」


素直に答えたドゥウムにライオは満足げに頷く。ライオ自身、ドゥウムとツララの仲の良さを微笑ましく見守っていた側なのだ。それで亀裂が入ってしまうのはあまりにも悲しい。我ながらなんて男前なフォロー!と内心自画自賛しながら、ライオは笑みを深くした。






「ところでツララさん、兄者とはいつ結婚式を挙げるんです?」


「·····?」


場所は変わってツララの研究室。こちらも休憩時間だった。差し入れにクッキーを持ってきたソフィナも一緒にエピデム、ツララと三人でお茶をしていたはずなのだが。急に何を言い出すんだろう、とツララは首を傾げた。


「そんなのしないよ?」


「えっ、事実婚にするんですか?」


「いや、そもそも付き合ってないし」


「えっ」


「え?」


何故か紅茶を飲んでいたソフィナにまで酷く驚かれた。ツララが心底不思議そうに傾げた首を反対側に倒す。それを見てソフィナが慌てたように弁解した。


「ご、ごめんなさい·····!てっきりもうお付き合いはしているものだと思っていたの·····」


「え、そうなの?勘違いされてるってこと?」


「少なくとも神覚者とうちの兄弟は全員そう思ってますねぇ」


「嘘、思ったより範囲が広い」


予想外の勘違いの広まり方にツララは呆気に取られた。いつの間にそんな話が出回っていたのだろう。


「でもツララさん、実際本当に無いんですか?仲良しじゃないですか」


「無いよ·····確かにボクは仲良いと思ってるけど、友達としてだし·····」


「でもよく一緒にいますよね?たまに手を繋いだりしてるところも見かけますし」


「アレはボクが寒がるから温めてくれるだけだよ」


「そりゃ兄者は体温高いですけどねぇ」


エピデムは冷え性なので昔はよく長男にくっついて暖を取っていたものだ。しかし同期の、しかも女性相手にやるのはどうなんだ我が兄ながら、と彼は苦笑いする。まさか性別を把握してないなんてことはないだろう、と思ったエピデムだったが、残念なことにそのまさかである。

何とも言えない微妙な空気が三人の間を流れる。その間ツララは少し考え込んで、やがて何かを思い出して顔を上げた。


「そうだ、ドゥウムといると寒くないんだよね。心拍数が上がって、体温が高くなるから。理由は分からないんだけど、それでつい頼っちゃうからボクも悪かったかな·····」


「へーえ··········」


「あらまぁ·····」


エピデムとソフィナが同時に視線を合わせた。考えることは二人共同じだったようだ。


(これってそういうことですよね?)


(ええ、そういうことだと思います)


アイコンタクトで会話した二人が同時にため息を吐く。なんだ、結局そういうことなのか。ただ自覚がないだけなのだ。少なくともツララの方は。一方、急にため息を吐かれたツララは、何が何やら分からずに混乱する。


「何?どうしたの二人共」


「いいえ、何でも」


「気にしなくて大丈夫ですよ」


エピデムとソフィナが同時ににこやかな笑顔を見せた。普段さほど関わりのない二人だが、今日に関しては誰よりも息が合っていた。あからさまに誤魔化されたツララは、少し不満そうにしながらも追求を辞める。こうなったら教えてもらえないのは何となく分かっていた。


(普通の友達なんだけどな··········大切な)


手に取った紅茶はツララの体温ですっかり覚めていた。それを口に含みながら思う。替えの効かない唯一の存在だとは認識している。それが少しばかり成長して姿を変えつつあることを、ツララはまだ自覚していない。





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