まだ、子供
私はロリコンではありませんが恋に翻弄される少女は可愛いと思う
「主さま。お話が、あります……」
屋敷わらしは静かで暗く、冷たい声色をして自身の主人の隣に座る。デッキ調整中が故にそこには彼の秘密が赤裸々に晒されている。無論そこにはたった今精霊として顕現した屋敷わらしも存在した。彼女は僅かにそれに目を逸らす。申し訳なさそうに。
「どうしたの、わらし」
それに対して主人は驚くこともなく穏やかに、優しく答えた。いつも控えめな受け答えになりがちな屋敷わらしにとってそれは話しやすい状況の気遣いとなり心にゆとりをもたらす。
「あの…私をデッキから抜いて欲しいです…」
「……どうして?」
間を作った主人に恐る恐る、屋敷わらしは口を開く。
「私なんかより、うららちゃんの方が、ずっと使いどころに溢れてます」
しどろもどろになりながら彼女が指さしたのは自分のカード。そこには自分と全く同じものが三枚重なっている。対して彼女が採用を進言した灰流うららの姿は一枚も見られなかった。
「採用率を見たって私に比べてうららちゃんは圧倒的。なによりあの子は…その……」
「ゴキブリ?」
「は、はい。それを無効化することさえも出来ます」
「別に指名者がいる。別にでこっぱちなガキンチョが居なくたって大したことは無い。昨今では一枚程度じゃ止まらないから有効性も削がれてきた」
わらしがこの話をするのを予測していたように主人は少し早口で言い切った。要するに彼は自分の居場所を灰流うららを押し退けてまで枠を確保してくれている。それは屋敷わらしにとって感動するような事でもありながら、だからこそ素直に喜べないわけもあった。
「……でも、私なんかをデッキに入れてから極端に運が悪くなっています…」
いつもは大人しい屋敷わらしが自らカードから出てきたのにはもっと大きな理由があった。
というのも彼女の言う通り、屋敷わらしがデッキに入ってから引き運が悪いだなんていうのはほんの些細な事。それは一日のうちに階段から転げ落ち、自転車に轢かれ、本棚の下敷きになるといった一歩誤れば命を落とす事が連続したことが物語っていた。
「ですから!もう私に構わないでください。大切な貴方にまで不幸になって欲しくない!」
「あっ…その……ごめんなさい……」
わらしは自分が出過ぎた、らしくなく声を荒らげた自覚で顔を床に背けた。
主人はそれに少しだけ面食らったと思うと頬を釣り上げた。
「……確かに、君といると不幸ばかりなのはほんと」
わらしは暗い顔を俯かせたまま、彼の肩に自分の身をことんと預けた。
「でも、今は違う。今は君と話せてる。これは不幸じゃない、カードと心通わせて喋ることは『幸せ』だと思う」
「それは…」
「君が僕と喋ることが『不幸』と思ってなければ、だけどね」
わらしの主人はイタズラっぽく笑う。けれども屋敷わらしの卑屈さと不安はまだ収まらない。
「私と居たら…この先もっと不幸になりますよ。貴方の未来までも私の、冷たい色に染まりますよ……」
「運命ってやつ?」
わらしは力なく頷いた。
「じゃあそれってとっても素敵な事だと思う」
「えっ?」
「だってどの世界線でも僕は屋敷で孤独だった君に逢えて、声を掛けてる。結末が確定し決まったものだとしても」
「本当に、本当に私と歩むつもりですか。それが貴方にとってよくない終わりと分かっていて」
わらしの声は既に、涙に濡れていた。
彼がどう答えるかなんて分かっていた。分かってしまっていたから。
「滅びの運命が幾つあったとしても僕は君を選ぶ、そこに生きた証だけは違うと信じたいから」
たとえ途中で分かつ不幸に見舞われたとしても
後悔はしない。傍で眠れるならそれも悪くない。運命と言えど、絆は裂けないから。
「なにより君が居ないと困るんだ」
「主さま…私……」
屋敷わらしは彼に顔を寄せる、更に増した恋に焦がれ、口づけを交わそうと。ピンクの唇に血色の異なる自身のソレが触れる直前になって──
「ふふっ、だぁめ」
優しく、暖かな人差し指の体温でわらしの唇は止められたのだった。