まがごと
「は…何言ってんだおめぇ?」
ルフィが素っ頓狂な声を上げたのは突然サンジが訳の分からないことを言い出したからだ。
「だからよ、お前は海賊王を超えて神になる男だろ?神は眠ることなんてしない、身体や思考に悪影響な毒なんて取っちゃいけない。畜生の肉なら尚更だ。ニカ様や海賊王はただの肩書きじゃねェ。とても神聖な、太陽神だ。お前は神になるんだ、神様が海賊たちの悪行を放ってほいて寝たりしたらダメだろうが」
「お前の言ってること意味わかんねェよ」
「ルフィ、お前はニカ様へと完全に覚醒するための修行をおれたちと今日から一緒に開始するんだ、いいな?」
最初はサンジの変な冗談かと思ったがそれも束の間だ。ゾロやナミ、挙句にはロビンやジンベエもみんな―ルフィ以外の仲間はみんな―今まで以上にニコニコ接するようになり、食事は野菜と水のみになった。食べるものがあるとはいえ、肉が食べられないのはルフィにとって罰以外の何物でもない。おまけにフランキーの作った「祭壇」と称されたスペースから出てはいけなかった。「祭壇」とはサニー号の庭にある四畳程の広さを持つ小屋である。そこでルフィは過ごし、外部との接触は禁じられた。トイレややむを得ない事情がない限りこのスペースから出ることは許されない牢獄だった。
本当に辛いのはここからだった。
「おいルフィ?起きてるよな?」
「…………………」
「…また寝てるのか」
バシャァァァァ!!!
突然頭上から襲った冷たい感触。
「ぶはああああああっ!!?ウソップ!!!?」
「ダメだろ、神様が寝るなんて。勇敢な神は睡眠など取ったりしない!」
最初はふざけんなと「祭壇」をぶっ壊そうとしたが、どこで手に入れたのか海楼石の足枷を付けられ、抵抗をさせないようにされていた。ルフィは眠ることを禁じられた。仲間が定期的に監視し、もし「祭壇」内で船を漕いでいたのを見つかったら仲間から水を被せられ、「現世」に戻される。1度本気で怒ったことがあったあるが怒りの表情を見せた途端、一味の表情が人形のように冷たくなったことがある。ルフィはその様子に得体の知れない恐怖を覚えた。あの恐怖を忘れられない彼は彼らの言うことを聞くしか無かったのだ。そんな毎日が5日ほど続いた日の夜である。ルフィ以外の仲間がダイニングで食事を終えた時だった。
「もうこんな時間!?野辺送りしなきゃ!」
ナミが突然声をあげた。
「あら、まだやってなかったわね…ゾロ、ルフィを呼んできて」
***
「おいルフィ、野辺送りやるから今すぐ外に来い!」
「野辺送り?何だそれ…?」
ルフィが首を傾げる間もなく、彼はゾロに首根っこを掴まれサニー号の庭に連れ出された。
「ルフィはここに座って!みんなは円に並んで!」
ナミが言うと一味はルフィを円状に囲み始める。
「サンジくん、これでいい?」
「ああ、始めるぞ」
「「「「「「「「「すをもみこしかみこしかとせめしこきをとこすをもとえまため
よきえまたえらはばえをんらあをれがけみつとごがまのろもろも
ちたみかおおのどえらは
るせはりなにきとしいまたへらはぎそみにらはぎわあのどをのなばちたのかむ
ひのしくつみかおおのぎなざいきこしかもくまけか」」」」」」」」」
「な、何言ってんだお前ら…!!?」
腹の虫を抑えながら見上げると仲間たちは何かを掬うような動作をしている、それはまるで踊っているようにも見えた。
1度ブルックが食事を与えに来た時になぜそんなことをするのか聞いた。しかし「ルフィさんを立派な神様にするためですよ」としか教えてくれなかった。
何が不気味なのかというと、このおかしな状況に誰も違和感を感じていないのだ。ブルックやロビンでさえも。
野辺送りは毎晩続く。睡眠は一切禁止され、唯一出される食事は一日に1回、水と野菜のみ。
「腹減った………」
ルフィは文字通りミイラのように乾き果てていた。もう動くことも出来ない。瞬きをするのでさえ力のいることとなってしまった。そして今日も野辺送りの時間がやってくる
ガチャりと「祭壇」の扉が開いた。今回はチョッパーが迎えに来たらしい。
「…チョッパーか…」
ルフィの言葉に反応せず、チョッパーは彼の身体をまじまじと見ていた。
「よし!ルフィは大丈夫だぞ!」
「どこも大丈夫じゃねェよ…」
掠れた声で反論するもその声は届かない
「ルフィ!これから海中瞑想を始めるぞ!」
ルフィはなすがままにされた。手足を拘束されると船のへりに突き出される1枚の板に乗るように言われた。その様子は海賊で行われた「板渡りの刑」そのものである。
「おい…やめろよ…何すんだよ…」
そう言い終わらないうちにルフィはゾロに突き落とされた。
ぼちゃんと海に落ちる。
それから10秒ほどだろうか。ルフィは予め身体に付けていた縄によって引き上げられた。だらりと項垂れるルフィの身体、そこには四皇の威厳はなかった。
「うし!初めての割には上手くいったな!」
ゾロがまるで釣りに成功したかのうよな目でこちらを見る。
「明日は15秒だ!ルフィ、もう少しだぞ!」
サンジが屈託のない笑みでルフィの肩をぽんと叩いた。
彼らは偽物なのではと考えた時もあった。本物はどこかでおれを探しているに違いねェ。助けを求めなきゃ死んじまう。しかしここで逃げようとしても夜には見張りがいるし、何よりこの体で動ける訳が無い。いつもは何でも言葉に出すルフィだが、もはや喋る気力すら無くなり、考えることが唯一生きている実感を出すものとなっていた。
「トラ男にギザ男…でも」
ここまで助けてくれと思ったのは初めてかもしれない。あの時同盟解除なんてしなければ良かった。
決めた、夜の誰もいない時に逃げ出そうと。たしかどこかに電伝虫があったはずだ。そこで海軍でも誰でもいいので助けを呼ぼうと。
考えているうちにあさが来た。また海中瞑想がきた。今度は朝夜問わず落とされた。海中瞑想は一日に何回も行われた。ぼちゃり、ぼちゃり。その度に仲間は何か神々しいものを見るような目をする。実際は痩せこけた青年を何度も冷たい海に突き落としているに過ぎない。おひさまは見ているだけで何もしてくれない。あさがきてよるがくる。また日が昇っては海に突き落とされる。そして誰もいないよるがきた。
静まり返った夜、ルフィは精一杯の力で「神殿」をドンドンと揺らした。
「あけろ…あけろ」
案の定誰かが駆け足で近づいてくる。扉を開けた瞬間、ルフィはその人間に噛み付いた。
「痛っ!?」
窮鼠猫を噛むというのはこう言うことなのか。噛み付いた相手はウソップだったがそんなことはどうでもいい。
「お前…誰だ…!?」
「何言って…おれは勇敢な戦士ウソップさ…」
「ウソップを返せよ!みんな返せよ!この偽物がァァ!!!」
ミイラ化した青年が殺気のこもった目でウソップを殴りつける。
その物音に気づいたのか仲間がこちらに向かってきた。
「あー、ルフィのやつおれたちを偽物だと思ってやがる」
ウソップが平気でつぶやけるのは、ルフィにとっては精一杯殴っているのだが、紙がヒラヒラと肌を撫でているような殴打にもならないものだったからだ。
「ア〜ウ!!!ゴットが寝ぼけてるぜ!!待ってろおれ様のスーーーパーーーー…」
「待ってフランキー!ルフィは錯乱してる!」
「おうロビンか!ということは…」
「古い肉体の殻を魂が拒み始めたのね!ルフィはニカ様へと!生まれ変わる!!!」
ナミが目を輝かせる。
ルフィは目の前の化け物共を睨んでいた。殺してやる、そして元の仲間に助けを呼ぼうと。いや、どこにいるか分からない。ならトラ男か、ギザ男…
その時だった。
「「「「「「「「「すをもみこしかみこしかとせめしこきをとこすをもとえまため
よきえまたえらはばえをんらあをれがけみつとごがまのろもろも
ちたみかおおのどえらは
るせはりなにきとしいまたへらはぎそみにらはぎわあのどをのなばちたのかむ
ひのしくつみかおおのぎなざいきこしかもくまけか」」」」」」」」」
いつの日かの野辺送りでの祝詞、いや、「禍言」が船内に響き渡る。それはルフィの脳内に直接語りかけるかのように、まるで肉体から魂を引き離せと言わんばかりに頭を、思考を、自我を掻き乱していく。
「やめろ…」
しかし彼らは今まで以上のにこやかな表情でこちらに語りかけてくる。
「やめろ……!」
あはは、あははとみんなが手を繋いで「禍言」をルフィに吐き出してくる。いなくなれ、ここからいなくなれ。
「やめろって言ってんだろうがァァァ!!!」
神というのはこのようにして誕生するのだろうか。しかし、誕生したのは太陽神などではなかった。
ここまでがサウザンド・サニー号内で発見された映像電伝虫に記録された記録である。その後、映像が30秒ほど乱れた後にルフィを除いた仲間が倒れている様子が映っていた。おそらく全員死亡したものと思われる。