へたれなケレスさんが告白する話
「スレッタ、今日は君に会いに来た」
「え?ど、どうしてですか?」
「それは……君が好きだからだよ」
「好きって……友達としてってことですよね?」
「違う!俺は恋人になりたいんだ!」
「……え!?ケレスさん!?」
「スレッタ、俺と付き合ってくれないか?」
「え……あの……私……」
「俺じゃダメかな?君の恋人になりたいんだ」
「でも、私……その……」
「スレッタは俺のこと嫌いか?」
「いえ!ケレスさんのことは好きですよ!」
「じゃあいいじゃないか」
「でも……あの、私はまだ恋愛とか分からなくて……」
「それなら俺が教えてあげるよ。まずはデートから始めよう」
「……はい……」
ここで思考を打ち切る。フッと笑いながら深く頷く。いいんじゃないか俺のイメトレ、これは成功する。などと一人、妄想の中で壁打ちをしていたエランは思った。だが妄想の中で上手くいっても、現実のエランはスレッタの前で空回りして決まって上手くいっていないのである。そう、先程のはあくまでもイメトレである。妄想を現実に移すためには、実際に行動しなくてはならなかった。
第一のステップは話しかける事である。エランはスレッタに声を掛けようとした。
だが、しかし……緊張からなのか身体が硬直して声が出せない。上手く頭が回らず、言葉が出てこないのだ。
そんなエランをスレッタは不思議そうな目で見ている。
「あの……」
「何……?」
「どうかしたんですか?」
「べ、別になんでもない!」
しまった。いきなり素っ気ない態度を取ってしまった。これじゃダメだと分かっていても言葉が出てこない。頭の中では何度もシュミレーションしてるのに……
「ケレスさん、なんか様子が変ですよ?具合が悪いんじゃないですか?」
スレッタが心配して声を掛けてくれた。
「違う……体調は万全だ。ただ少し緊張してるだけだ……」
素直に言った方が良さそうだと判断した。するとスレッタは首を傾げながらも納得した表情を見せた。
「そっか、そうでしたか」
「ああ……」
(よし!これだ)
(あと一歩)
(頑張れ俺!)
心の中で自分自身を鼓舞する。次は上手くやろうと誓ったのだが……
「スレッタ、聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はい、なんでしょう?」
「君って好きな男とか居るのか?」
言ってしまった。つい反射的に口から出てしまった言葉だ。予想外な質問だったのかスレッタは一瞬驚いた顔をしたが直ぐに元の表情に戻して答えた。
「居ませんよ」
その言葉を聞いた瞬間エランは心の中でガッツポーズをした。よし!上手くいったぞ!!そう思ったのだが……同時に寂しさを覚えたのだった。俺はこんなにも君のことを想っているのに君は俺以外の誰かを選ぶというのか?
「そ、そうか……いないのか」
「はい!そんなことよりもケレスさんはどうなんですか?好きな人とか居ないんですか?」
「俺……は」
そこで言葉に詰まった。俺はスレッタが好きなんだ!と言えたらどんなに楽だろう?でも言えるわけないじゃないか……恥ずかしくて死にたくなる。
「いるよ……」
消え入りそうな声でボソッと呟くように答えた。恥ずかしくて顔が赤くなっているのが自分でもわかるほどだ。
すると、それを聞いたスレッタが急に慌てふためいた表情になった。
「え!?ケレスさんに好きな人がいたなんて!」
(そんなに驚くことなのか?)と思ったものの口にはしなかった。それよりもまず一番聞きたいことがあるのだから。
スレッタは俺のことをどう思っているのか……それを知りたいのだ。
だがいざとなると怖くて聞くことができない自分がいる。そんな自分に対して嫌気が差してくる。
「用事を思い出したから……また今度話すことにするよ」
「え?そうなんですか?」
スレッタが不思議そうな表情を浮かべたが気にしないようにして駆け出した。
(失敗したな……)
後悔の念に襲われながらもエランは自分の弱さを呪った。やはり俺には無理なのかと思う反面、このまま諦めるのも嫌だという気持ちもあった。諦めたくはない!でもこれ以上踏み込んではいけない気がするんだ……本当は嫌われたくないだけなんだけどな。だからこそ今もこうして逃げているのだから。
「俺はどうしたらいいんだ?」
スレッタのことは好きだ。でも俺は恋愛には慣れていないし、不安で仕方ないんだ。
「誰かを本気で好きになるのは初めてなんだよな……」
今まではただなんとなく生きてきただけだったけど、今は違う。今はスレッタのことだけを考えたいと思っている自分がいる事に気が付いた。それだけ強く想っているという事だ。だがどうすれば良いのかわからないから苦しいんだ……もどかしさが募っていくばかりである。しかしいつまでも悩んでいるわけにはいかないと思ったエランは一つの決断をする事にしたのだった。
「明日こそは勇気を出してスレッタに告白しよう」
そう決意するとエランは静かに目を閉じた……
今日こそは……今日こそは告白するんだ!そう決心してエランはスレッタの元へと足を運んだ。幸い今日は休日で学校も休みだ。つまり一日中時間が取れるという事である。エランは勇気を出して声をかける事にした。
緊張しながら深呼吸を繰り返した後、ついに声をかけたのだ。
「スレッタ」
すると、呼ばれたスレッタは驚いて振り向いた。そして少し驚いた様子になりながらも笑顔で返事をしてくれたのだった。
「ケレスさんじゃないですか!珍しいですね!どうかしたんですか?」
スレッタの言葉に心が揺らいだが、ここで怯むわけにはいかないと自分に言い聞かせながら言葉を紡いだ。
「君に伝えたい事があるんだ」
真剣な眼差しを向けながら言うとスレッタの表情が一瞬にして変わったのが分かった。その表情を見て心の中で上手くいきそうだ!と思ったが同時に不安にも襲われたのも事実だった。
「あ、あのな……俺、俺は君のことが……」
心臓の音が大きく響いていた。身体中から汗が噴き出しており息苦しいほどだ。それでも必死に声を絞り出そうとするエランの姿は実に滑稽に映って見えたことだろう。だが今の彼はそんなことは気にしていなかった。スレッタ以外の全てがどうでもよく思えたからだ。ただ目の前にいる少女だけしか見えていなかったのだ。
「君の事が好きなんだ!!」
叫んだ瞬間、スレッタが目を丸くした。そして困惑した表情を浮かべると徐々にその顔を赤く染めていったのだ。その表情を見たエランは嬉しさのあまり飛び跳ねそうになったが必死に我慢したのだった。
(やった!言えたぞ!!)
心の中でガッツポーズをすると同時に顔が緩みそうになるのを抑えなければならなかった。今ここで笑うわけにはいかないと思ったのだ。しかしどうしてもニヤけてしまう自分を抑えることができずにいたのだった。
そんなエランを不思議に思ったのかスレッタは首を傾げて見ていたのだが暫くして彼女は口を開いた。
「あの……その、ケレスさん」
スレッタは何かを言いたげな様子だったのでエランは首を傾げた。そして次に出てくる言葉を静かに待つ事にしたのだ。するとスレッタがゆっくりと深呼吸をした後に口を開いた。
「私で良ければよろしくお願いします!!」
その言葉を聞いた瞬間、エランは一瞬固まった後すぐに満面の笑みを浮かべると心の中で叫んだのであった。
(やったぞぉぉぉぉぉ!!!!)
と叫びたい気分になったのだがグッと抑えて冷静に答える事に努めたのだった。だが喜びを隠しきれていないようで頬が緩んでしまっている自覚はあった。だがそんな事など気にならないくらい今のエランは幸せに包まれていたのだった。
「ありがとう!!」
溢れんばかりの喜びを抑えきれないエランは大きな声で感謝の意を伝えるとスレッタは困惑しながらも微笑んでくれた。その笑顔を見てさらに幸せな気分になった彼の表情は緩みっぱなしで締まりのない顔になっていた。
「私も嬉しいです」
その言葉を聞いた瞬間、更に幸せが加速した気がした。今この瞬間が自分の人生の中で最高の時間だと思ってしまう程だった。
(やっと言えたんだ)
「夢とかじゃないんだよな?」
不安になったエランが確認を取るとスレッタは「はい!」と答えると同時に頰を赤く染めて目を逸らした。そんな可愛らしい仕草を見ただけで胸が高鳴るのを感じながらエランは思うのだ。
(これからもっと仲良くなれるだろうな)
と、そう思いながらスレッタの手を取ったのだった。そしてその手を握るとスレッタは少し驚きつつも握り返してくれたのである。
その手はとても暖かく優しいもので自然と笑みが溢れた。
そんな幸せなひと時を噛みしめながら二人は歩き出すのだった。