ぶーときゃんぷなのじゃ!

ぶーときゃんぷなのじゃ!


「斬魄刀の具象化について……ですか?」

「ああ。君ならよく知っているだろう」


現世からの旅禍の侵攻、そして藍染達の裏切り。

尸魂界を震撼させたその一連の騒動が一時的に収まったあと、綱彌代継家は真央霊術院へと赴いていた。

旅禍の情報提供や、副隊長の補佐とはいえ敵に手を貸した11番隊5席の鎮圧などの功績が評価され、17席から10席へと席次が上がったものの、本人としては力不足を感じていた。


これから先は恐らく隊長格でなければ対応しきれない敵と相対するはずだ。

その際に檜佐木君を守るための──せめて足手まといにならない程度の実力を身につけねば、戦場に立つことも儘ならないと彼は判断した。


死神の持つ固有能力である斬魄刀を強化するのがその一番の道である。

そう思った彼は卍解へと至る筋道の「具象化」を目指すため、霊術院講師である芦原伊邪那のもとまで態々足を運んだ。


「具象化というのは斬魄刀との対話が非常に重要なものです。花典さんは何か仰っていませんでしたか?」

「……ああ、その……」

「……?」


思わず口篭る男の様子に、芦原は首を傾げる。

彼の精神世界である日本間には花典が存在しており、刃禅による対話の際に何度も言葉を交わしているのだが──


「……具象化の条件は既に分かっている」

「でしたらそれをすれば良いのではないでしょうか?」

「いや、それはそうなんだが……」

「難しいのですね?」


芦原の言う通り、花典から突きつけられた条件は単純で「ただ自身を伸してみよ」その一つだけであった。

しかしそれこそが最も継家にとっては難しく、失敗したときの精神的苦痛が大きすぎるため容易に挑戦できるものでは無かったのだ。


奴の立ち振る舞いはこちらに直接的な被害を与えるものでは無い。

懐や袂、その他色々な場所から様々な拘束器具を取り出し、主である継家を縛り上げる。

最初に具象化へと至らんとした時はあっさりと四肢を拘束された挙句、しばらく椅子替わりにされた屈辱が中々忘れられず、しばらく刃禅は行っていない。


「成程……ああ!」


芦原は話を聞いて暫く考え込んだ後、何かを思いついたようで軽く手を叩いた。


「それでしたらピッタリの方がいますよ」

「何?」

「都合のいい時間を教えていただけますか?私がその方と日程調整をして、少し手合わせしましょう」


芦原に暇な時間を伝え、その日は何事もなく実家へと帰った。


後日、芦原から男の元へ便りが届き、手紙に書かれていた通りの時間に訓練場へと出向く。

そこに立っていたのは芦原と、非常に小柄な体格の割に豊満な乳房を持つ13番隊5席──稲生ひな乃であった。


「なんだ稲生君か」

「なんだとはなんじゃあ!」


男は取り繕っていた笑顔を消し、自身の肩ほどまでしかない彼女を見下ろす。

ぷりぷりと怒るその姿はまるで少女のようにしか見えないが、口調に表れるように相当歳を食っている。


「芦原君、本当に彼女が私の斬魄刀の具象化に役立つのかい?」

「はい、勿論です」


訝しむような目線を向ける継家に芦原は微笑みかけ、同時に稲生に合図を送る。


「ふぉーめーしょん1!鴉玉といくぞ!」

《《バクドウノヨン ハイナワ!》》

「は?」


卍解まで至った者にしか許されない解号無しの始解。

それによって生まれた約二千の鴉たちは拙いながらも詠唱し、霊力を練り上げ縄の形とする。

その縄は油断していた継家を襲い、その四肢を絡めとる。

為す術なく男は地面へと縛り付けられた。


「おい!どういうことだこれは!」

「花典さんは拘束具をお使いになると聞きまして。たくさんの縛道を放つことの出来る稲生さんをお呼びしたんですよ」

「えっへん!」


周りに鴉を飛ばしながら稲生は胸を張る。


「そんなことは分かっている……!何故不意打ちなんだ!」

「どうせお主の斬魄刀なのじゃからそのぐらいするであろう。今回は吾の鴉をたっぷりと味わうがいい!」

「私も補助として縛道を打ちますので気をつけてくださいね」


話をしているうちに男は霊子の結合を解き、拘束を解除する。

そしてそこから本格的な訓練が始まった──


「ほーれいくぞ!」

《《バクドウノキュウ ホウリン!》》

「同じ手をくらうと思うな!」

「同じではありませんよ〜 縛道の三十 嘴突三閃」


群がる鴉による縛道を退けたと思えば、背後から芦原の教本通りの美しい嘴型の霊子が襲いかかってくる。

慌てて影の中に身を潜めようとして男は気付く。

──しまった、まだ始解すらしていないんだった。


「ちょ、待──」


両腕と腰を挟んだまま、縛道は勢いを殺すことなく壁へと向かう。


「がはッ…!ゲボ、ッ」


当然継家も叩きつけられ、内臓の損傷による血反吐をぶちまけた。

ぴくりとも動かなくなった男の身体は暖かな光に包まれる。


「光れ 最光」


柔らかな癒しの光彩が、五臓六腑の傷を塞ぎ、彼の意識を取り戻させる。

気がついた男が真っ先に行うのは刀に手を掛け解号を口にすることだった。


「天望枯れ果て地を……もががっ!」


始解を行おうとした継家だったが、口から鴉が生えて中断されてしまった。

当然そんなことが出来るのは稲生のみ。

彼女はその醜態を見てにやりと笑う。


「スマン、もう1回言ってくれるかの?」


ぺっ、と噛み砕いて霊子へと戻っていく鴉の死骸を吐き出し、男はもう一度口を開く。

勿論今度は口内にも霊圧を張り巡らせて対策をした上で。


「天望枯れ果て地を辿らん──」


背後から迫る縛道を斬魄刀で斬り伏せる。


「花典」


はらりと舞う破れた半紙には、走り書きの詠唱文が書かれていた。


「バレていましたか?」

「君がこの状況で呑気に筆を走らせているのを見誤る私ではない」


鬼道について造詣の深い芦原でなければ行えないであろう書き文字による鬼道詠唱。

鴉を咥えさせられている最中、半紙と筆を持つ芦原を視界の端に移していた男は、奴がそれを行おうとしているのだとすぐに勘づいた。 


「そっちばかりに目を向けててもよいのかのう?ケンちゃんズ!ふぉーめーしょん2 飛雨じゃ!」

《鉄鎖の壁》《僧形の塔》《灼鉄熒熒》 《湛然として終に音無》《縛道の七十五 五柱鉄貫》


鴉が何匹かの群れとなり、続々と縛道を詠唱していく。

約千本の柱が稲生の名付けたように雨のように隙間なく継家に降り注ぐ。

その光景に思わず男の背中に冷や汗が流れる。


「相変わらずとんでもない能力だ」

「お褒めに預かり光栄なのじゃ」


刀で切り払い、影で霊子を吸い取っても数の暴力には中々抗えない。

気づけば半分ほどに減ったものの、彼の元より少ない体力は切れかけていた。

その疲れによって避けきれず、片足が柱によって踏み潰されたことを起点に、継家の身体に次々と柱が突き刺さっていく。


「ちょ、止め──」


最早彼の身体が欠片すら見えないほどの物量の柱に押しつぶされ、柱同士の隙間からじわりと血液が流れ出す。


「あ、あれ?先生、これ大丈夫かのう?」

「大丈夫です」


流石にやりすぎたか、と慌てて縛道を解除する稲生とは対照的に、芦原は少しも動じない様子でまた最光によって継家を治す。

押し出されて飛び出た臓物は元の場所へと戻り、へし折れた骨は接続されていき、元の綺麗な人型となった。

飛び起きた彼は当然稲生に食ってかかる。


「おい!殺す気か君は!」

「すまん!つい興が乗ってしまっての」


その後も稲生の圧倒的物量に押されたり、芦原の経験と技量に翻弄されて怪我をして、また治療して再開の繰り返しである。

──この臨死体験、どこかで経験したような……

何故か継家はこの光景に既視感を感じていた。


この修行は日が没するまで行われ、稲生や芦原の霊力、継家の体力がほぼ底を尽きたことで終了となった。


「流石にここまで連発したのは久しぶりじゃ……疲れたのう」

「そうですね、お腹もすきましたしご飯にでも行きましょうか」

「君たちは人が死にかけていたというのに呑気なものだな。……まあいい、今回の礼に私行きつけの店に連れて行ってやる」

「あら、ありがとうございます……では先に汗を流してからにしましょう」


芦原の提案に2人とも頷き、訓練場に併設されている湯浴み所へと向かう。


「頑張ったからのう、ここは吾が奢ってやろう」

「君は人の顔を立てることを少しは覚えた方がいい」

「なんじゃとー!」


疲れきった様子でも軽く口喧嘩を始める2人に、芦原は優しく微笑んだ。


後日、稲生と芦原は継家に呼び出され、彼の屋敷で幼い子どもを見せられた。


「具象化成功なさったんですね、おめでとうございます」

「このちびっ子がのう……」

「ふん、一応世話になったから見せておこうと思ってな」


かわいいの〜と花典の頭を撫でていた稲生だったが、すぐにその悪戯小僧っぷりに驚くこととなるのであった。

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