ひろプリ with デパプリ パート6
空色胡椒「では、みなさんおやすみなさい!」
「おやすみ~」
「拓海~それにみんな、おやすみ~」
互いに手を振りあいそれぞれの部屋に移動する。就寝、の予定とはいったもののそこはお泊りの醍醐味。布団に入りながらもつい話し込んでしまっていた。
「ゆいさん」
「ん~?」
「ゆいさんは、拓海さんがどうしてあんなに強くなれたのか、ご存じですか?」
「拓海?どうして急に?」
「今日の戦いは私たちだけでは勝てなかった可能性が高かったと思います。そんな状況を拓海さんがひっくり返してくれました」
もし今日知り合ったのが拓海やあまね以外の人だったら。エルちゃんを預けるだけ預けて、自分たちが負けてしまっていたら、その人たちを危険にさらしていたかもしれない。そうなっていた場合、折角できた新しい繋がりを傷つけてしまったかもしれない。自分たちと出会わなければ、なんて、そんなことさえ考えていたかもしれない。
そうならずに済んだのは、あの時彼が飛び込んできてくれたからだった。
「私も、強くなりたいです。拓海さんみたいに」
「そっか…拓海はね、美味しい笑顔を守りたいって、そう言ってた。みんなの笑顔が大事だって。それに、きっとお父さんのことも関係してると思う」
「拓海さんのお父さんですか?」
「うん。拓海のお父さん、門平さんっていうんだけど、その人も昔はすごい戦士だったんだって。色々あって今は結婚してこっちで漁師さんやってるんだけど、国を守る使命をすごく誇りに思ってたって。だからかな。たまに拓海、クッキングダムに一人で行って訓練してるみたいなんだ」
どうせなら一緒に連れて行ってくれたらいいのにね、なんて口に出すものの、ゆいも拓海が自分を連れて行かない理由はわかっている。もう戦いを終えた自分たちが、また戦わなくてもいいようにと、彼は動いてくれているのだ。
たった一年、されど一年。自分と彼との間にある時間がこんなにも大きなものだったのだと、最近嫌でも実感させられてしまう。去年は拓海もあまねも中学3年生で、自分たちと一緒に戦いながらもしっかりと勉強をして、そしてプリキュアとしての戦いが終わった後も訓練を続けている。それだけ忙しいのに2人は揃っておいしーなタウンの中でも上位の高校への進学に成功している。
今は自分が中学3年生で、かつての2人と同じ立場にいる。ここねやらんと一緒に2人と同じ高校に進学するために勉強をしているけれども、これがなかなか手強い。自分はあまねのように生徒会に所属していたわけでもなく、拓海みたいに戦う特訓をしているわけでもない。それでもここねに手伝ってもらってなおギリギリ合格ラインの成績なのだ。前に拓海と一緒の学校に行きたいと言ったら彼は驚きながらも、
『じゃあ、しっかり集中して勉強しないとだな。芙羽もついてるし大丈夫だと思うけど、俺にできることがあったら力になるから』
と言ってくれた。だから拓海は自分を巻き込まないようにしてくれているのだと、なんとなく思った。いつもの拓海の優しさだとわかっているはずなのに、その気遣いでなんだか拓海が変に大人に思えて、遠く思えて。
「でしたら私も特訓しないとですね!私もスカイランドを守る青の護衛隊として、そしてエルちゃんを守るプリキュアとしての使命を誇りに思ってますから」
「そっか。ソラちゃん、頑張ってね」
「ありがとうございます!」
拓海と並んでいられるあまねが―
拓海と似た方向を向いて進もうとしているソラが―
――羨ましい――
眠りに落ちる直前にゆいが抱いたのは、彼女が初めて感じたかもしれないチリリとした感情だった。
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翌朝―
まだ眠っているゆいやエルちゃんを起こしてしまわないようにそっと着替えて部屋を出たソラ。毎日の日課であるトレーニングのために、彼女は朝早くからシェアハウスを出発し、走り出した。
日中は気持ちのいい気候でも、このくらいの時間だと日が昇る前、少々肌寒さすら感じられる。そんな中、ソラは一人走る。
「はっ、はっ、はっ」
規則正しい軽快な足音と、リズミカルな吐息。一定のスピードを保ちながらソラは慣れ親しんだ道のりを進む。
「はっ、はっ……おや?」
順調にルートを進んでいたソラだったが、気になるものを見かけてその足が止まった。視線の先には2つの人影。どちらもつい昨日知り合いになったばかりのものだった。片方はやや高めの背に茶髪の青年、もう片方はふわりと広がる長い黒髪にやや勝気な表情の少女。先の戦いで自分たちを助けてくれた拓海とあまねの2人だった。
声をかけようかと思ったソラだったが次の瞬間踏みとどまった。拓海とあまねが向かい合いその左手を握りこぶしにして腰に、右手を開いた状態で前に伸ばしながら手刀にあたる側を触れ合わせた。
「いいか、品田?」
「ああ」
軽くぶつけ合わせるように右腕で押し合い、2人はすぐさま距離を取り対峙した。
「はあぁぁぁっ!」
先に動いたのはあまねの方。踏み込みの勢いを乗せた拳を拓海に向けて振るう。
対する拓海は上半身を引きその拳をかわす。その拳の勢いを殺さぬまま、左の掌を用いて受け流すように、あまねの右ひじを押して姿勢を崩そうとする。
すかさずあまねはその受け流された勢いを利用。右足を踏み出して軸とし、高い柔軟性をもって左足を回し蹴りの要領で拓海の頭部へと振り下ろす。
奇襲ともいえるその蹴撃を拓海は首を捻るようにかわしながら体勢を立て直すために一歩踏み出しながら距離を取る。
同様に体勢を整えたあまねが拓海と再び向かい合う。ぐっ、と拳に力を込めてあまねが再度拓海に向かうのに対し、今度は拓海も応じるように踏み出す。
片方が攻めればもう片方が防ぎその隙を狙う。それをかわしたと思えば反撃が飛んでくる。始まってそんなに時間はたっていないように思えるが、それでも2人による攻めと守りの応酬は変身時ほどの派手さはないものの、洗練された激しさをソラは感じ取った。
幾度の衝突を経ながらも2人の組手は終わりを迎える。あまねの肘による攻撃を左の掌で受け止めた拓海の手刀が彼女の首元に添えられていた。一瞬緊張が走り、2人の吐く荒い息だけが周りの静寂の中やたら大きく聞こえるようだった。先にあまねの方がふぅ、と長めに息を吐き力を抜く。
「……今回も私の負けか。本当に強くなったな、品田」
「褒め言葉どうも。つっても、まだまだだろ」
「いや、謙遜することではないだろう。最初に始めた頃のことを思えばな」
「蒸し返すなよ。こちとらなかなかのトラウマだぞ。いくら武術を身につけているとはいえ、同学年女子に連戦連敗とか。なんなら勝敗の数で言えばいまだにそっちが勝ち越してるだろ?」
「確かにそうかもしれないが―と、ん?ソラじゃないか」
タオルで汗を拭きながら軽口を叩きあっていたところ、あまねの方が彼らを見ていたソラに気づく。ソラの方も気づかれたのならと2人へと駆け寄る。
「拓海さん、あまねさん!おはようございます!」
「ああ。おはよう」
「おはようさん。ハレワタールも早起きなんだな?」
「はい!昔からヒーローを目指すために、早朝の特訓は欠かしてませんから!」
「なるほど。君のその夢に対してまっすぐなところ、見習いたくなるな」
「えへへ。ところでお2人も特訓ですか?」
「まぁ、そんなところだ。君も混ざるか?」
「いいんですか!?」
願ってもない提案に思わず前のめりになるソラ。どこかわんこっぽい彼女の様子に拓海とあまねがついほほえましい気持ちになる。
「だったら菓彩に組手してもらったらいい。俺も丁度別の特訓をしようと思ってたところだし」
「そうだな。ソラ、組手の経験はどれくらいある?」
「お恥ずかしながらあんまり……スカイランドの国を守護する青の護衛隊の方と数回程度です」
「経験があるだけ十分だ。私も変身しない状態でどれくらい他の相手に通用するのかを試すのは久しぶりだ。よろしく頼む」
「はい!お願いします、あまねさん!」
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ソラとあまねが組手を始めた頃、拓海は少し離れて彼女たちを見守れる位置へと移動し、デリシャストーンを取り出した。
デリシャストーンの力は多岐にわたる。単純な多彩さで言えばそれぞれ得意分野があるプリキュアたちを遥かに上回る選択肢を使用者に与えることができる。飛行、怪力、防御、遠距離攻撃、拘束等に加え、彼は他のクックファイターにはない癒しの力を行使することもできる。石の力をよりうまく扱えるようになることで、より多くのことができるようになる。そのため拓海は父のシナモンやローズマリーの下でデリシャストーンの制御のための訓練も定期的に行っていた。
地面に腰を下ろし、目を瞑りまるで瞑想するかのように集中力を高める。最近の彼の特訓内容は変身せずに複数の能力を同時に行使すること。デリシャストーンの力を必要最低限引き出しながらその力を効率よく運用すること。
変身しているときは石を扱いやすいように肉体が変化されているのか不明だが、通常よりも高出力のエネルギーを、高速で戦闘を繰り広げながらも難なく取り扱うことができる。ただそれだけでは繊細さにかけるというのが父の談だった。
不必要にエネルギーを多く消費することだけが戦い方ではない。大火力で攻めることが重要な時もあれば、逆に最低限の力を適切な場所に叩き込むことで相手の隙を誘うことの方が効果的なこともある。
同様に癒しの力をとっても無理にエネルギーを放射してしまっては自分が持たずに足を引っ張ることになってしまう。より効率的に、効果的に、そして戦闘に支障がでないようにデリシャストーンの力を取り扱えるようになること、それこそがシナモンが彼に課した課題だった。
石の輝きに合わせて順番に様々な能力を行使する拓海。一つの能力から次への間隔を短くしたり、複数の能力を同時に使用してみたりと、その特訓方法は様々である。そうしてしばらくデリシャストーンの制御の特訓に集中していた拓海だったが、流石に疲れたため休憩をはさむことにする。
「よし」
「精が出るな、品田」
激しく運動していたわけでもないのにじんわり額に汗が浮かんでいた拓海のあまねが飲み物を差し出す。どうやらソラとの組手もひと段落したらしい様子に、拓海は軽くサンキュと返しながら飲み物を受け取った。
「そっちもひとまず終わったか。お疲れ、ハレワタール。菓彩の相手はどうだった?」
「とても参考になりました。私はスカイランド神拳を自力で学んでいましたが、こちらの世界の拳法も中々興味深いですね」
「スカイランド神拳?」
「スカイランドに古くから伝わる拳法らしい。中々珍しいものを体験させてもらった。それに、ソラのフィジカルはゆい以上かもしれないな」
「まじかよ」
ゆいの身体能力の高さを知っているだけに、その情報はさすがの拓海も驚きを隠せない。異世界人だからだろうか?だとしてもまさかゆいと同年代にゆい以上のフィジカルの持ち主が表れるとは想像もしていなかっただけに、拓海も関心を持たざるを得なかった。
「なぁ、ハレワタール。少し休憩したら俺とも組手してみるか?」
「ぜひ!お願いします!」
ぱぁぁぁぁぁ!という効果音が背景に見えるような、或いはしっぽがぶんぶん揺れているのが見えるような、そんな笑顔でソラは拓海を見上げていた。
(……ん?)
「っしゃ。言っとくけど手加減はしないからな」
「もちろんです!拓海さんの胸を借りるつもりで、全力で行かせていただきます!」
そのわんこオーラにあてられたのかさらりとソラの頭を撫でながら笑顔で返す拓海。ソラの方も特に嫌がる様子も、驚く様子もなく、すんなりとその行為を受け入れている。
「……なるほど」
「ん?どうした、菓彩?」
「いや、気にするな」
(少しばかり、面白いことになりそうだ)
小さく笑みを浮かべながら、あまねは組手に向けての話で盛り上がっている2人の様子を眺めるのだった。