ひな祭り
「いつも悪いわね、バギ次郎ちゃん。」
「いいえ、大丈夫です。」
バギーはトキの手伝いにおでん一家の私室に訪れている。
おでん一家は末の子の日和に『ひな祭り』をするために準備をしていた。
『ひな祭り』とは女の子の健やかな成長を願う行事で、伝統な衣装を纏った人形を飾ってお祝いする。
おでんは子供達に自分達の源流を繋いでいくために伝統行事は欠かさないのだ。
「ここいらで、休憩しない?お茶を淹れるわね」
いつもは賑やかすぎるのに、黙々と作業をするバギーがトキには気掛かりだった。
「さあ、どうぞ。熱いから気をつけてね」
バギーは差し出された緑茶を慎重に両手で持ち啜っている。トキはそんなバギーを愛おしげに見つめていた。大人の様に振ってはいるがまだ子供なのだ。
「トキさんはどうして、おでんさんと結婚したんですか?」
トキの「今日は元気がないけど、どうしたの?」という問いに、いいえとビクっと体を振るわせ、しばらく思い悩んだのであろうか、おずおずとバギーが口を開く。
あら?と思っていたのとは違う反応にトキは目を開くのだか、ふふふと顔を綻ばせる。
「おでんさんといると楽しいし、
やっと自分の居場所を見つけられたって感じなの」
急に聞かれると困っちゃうわねと、肩をすぼめて答える。
バギーは俯いてズボンのポケットの上をぎゅっと握り締めていた。
銀細工の髪飾りが入っている。
先日、上陸していた島での事だった。見習い2人で町に食糧の調達に駆り出されていたら、骨董屋の前に差し掛かる。陳列窓にはバギー好みの美しい品が並んでいた。
そこにそれはあった。
…バギーに似合うと思って…
にへらと笑う、麦わらの少年が頭に浮かぶ。
草木モチーフに赤いガーネットを果実に見立てたもので彼には些か背伸びした買い物だった。
…馬鹿じゃねのか、女をみたいなもの寄越しやがって!掘り出し物ようだから貰ってやるけどよー…
本当は嬉しかった。でも、恥ずかしくて憎まれ口をたたいてしまう。
…考え方が違うから、別々の道を好きに行きゃいいんだ…
独立しても同じ船で夢を叶えたいと願っていた。だか、お互いロジャー以外の人間を船長と呼ぶ事はできない。袂を分つしかなかった。
それでもシャンクスの無邪気な行動に好意を期待してしまう。バギーには辛い事だった。
「おでんさんから申し込まれなかったら、どうしたの?」
「さぁーどうしてたんだろうね?」
バギーの意地悪な問いに、悪戯っぽく笑うトキであった。
「さて!準備はあらかた終わったし、後は日和のおめかしだけね!」
ちょうど、昼寝をしていた日和が起きてきた。トキは日和を抱き上げると鏡台のところに向かって行こうとした。
コトン
バギーは湯呑みを片付けようと腰を上げるとポケットから髪飾りが落ちる。
「あら?それは何?」
「おーバギー!!似合うじゃねーか!」
宴といえばロジャー海賊団と、いうように賑やかし大好きな連中である。今回はワノ国の雅な雰囲気のほかに皆の目を惹くものがあった。
珍しく髪を下ろし、後ろ髪に髪飾りをつけているバギーである。
バギーは宴席で引っ張りだこだった。
いつもはシャンクスのそばにいるモモの助もベッタリとくっついている。
全く、別嬪さんに目がないのは誰に似たんだ?と、おでんは笑って
「モモ!バギ次郎がえらく気に入ったようだなー!いっそ、嫁にでもらうかぁー?」
大きな声で揶揄うと一斉に笑い声が上がる。
バギーは眉間に皺を寄せるが、お構いなしにモモの助はバギーの腰にしがみつくのであった。
その様子に宴を心から楽しめていなかったシャンクスは、黙ってはいられない。
「そんなの!駄目だー!!」
和やかな雰囲気を射るように仁王立ちで叫ぶ。
そんなシャンクスに、
「いいぞー!海賊だったら!奪いやがれー!」
ロジャーが杯を掲げて囃し立てると一同は爆笑した。
勢をそがれたシャンクスはバギーと目が合う。
すると、バギーは顔を自身の鼻と同じように赤らめるながらイーっと歯を剥いた。
* * *
「バギ次郎ちゃん!よく似合ってるわ!」
「そうそう、おでんさんがいってたんだけどね、ワノ国では結婚を申し込む時に『かんざし』ていう髪飾りを贈るそうよ。」
「『貴方を守ります。』って意味なんですって。」