ひなある
その日は、私も、くうちゃんも、お仕事が早く終わった。
……私はともかくとして、くうちゃんのほうがこの時間に仕事が早く終わるのは珍しかった。
ピアノの練習もひと段落したのと、美食と温泉が懲罰房に入っているからか、それとも万魔殿の議長がちょっと落ち込んでいるからか、スムーズに仕事を終えたらしい。
だから、どうせなら食事に行かないか。と、誘われた。
しかも、二人きり。
最初は、五人で、という風だったのだけれど、ムツキたちが今日は用事あるとか、疲れたみたいで。
じゃあ、二人で。となった。
正直に言えば、……浮かれていたという気持ちはないわけじゃなかった。
だって……。
私は、あんなことを言って、くうちゃんだって、あんなふうに返してくれた。
なら、私たちの関係は、つまり……。そういうことで。
……デートだった。
お仕事帰りの、夜中のデート。
「りっちゃん!お疲れ様」
「くうちゃんも、お疲れ様」
飛び込んでくるくうちゃんを抱きとめて、二人で街を歩く。
いつも通りに、腕にしがみついてくるくうちゃん。
「?くうちゃん、何かない?」
「……?いえ、特にないと思うけれど」
けれど、普段とは違って、なにか、違和感を覚える。
でも、すぐに気のせいかと思いなおす。
辺りに、何かあるわけじゃない。少なくとも、攻撃の意志とか、そういったものじゃない。
そうであったら、くうちゃんが気が付かないわけもないのだから。
私たちはどのあたりのお店にするか歩きながら話し合った。
選んだ店は、別に何らおかしな場所じゃない。
ゲヘナでも人気の普通のお店。
しいて言うなら学生の出入りが多い店ということ。
私たちが選ぶのは何らおかしなことじゃなかった。
「あ、風紀委員長だー、お疲れ様……。あれ?その子だれ?」
「「……あ」」
そこに来て、私たちはようやく違和感の正体に気が付いた。
……普段なら、仕事以外で、ほかの人の目に触れるときは、極力変装していた。
少なくとも、くうちゃんのほうは、普段の風紀委員の制服で来ることはまずない。
くうちゃんの知名度はゲヘナ一。なんならキヴォトス全土でも有名な方。
……私は、錆びたおもちゃみたいに、ゆっくりとくうちゃんのほうを見る。
けれど、くうちゃんは、既にこちらに向き直って私の体をぐいっと、抱き寄せる。
「……私の将来の相手よ」
そんな風に、少しばかり普段の風紀委員長のヒナに戻りながら
堂々と、彼女たちに宣言するくうちゃんに、私と周りの子たちの時間は止まり。
数秒後、カメラのフラッシュを目が痛くなるほど浴びせられたのは、言うまでもないことだった。