ひたむき北向き亜音速!
3周目直哉がメンタル最強になるまで呪力のない男の惨めな顔を拝みに行ったら、人生をやり直していることに気づいてしまった。
いや、親友を救うために空港から走り出したら、子供の頃に戻っていたのか。
(……空港、って、なんや?)
突如、直哉少年の脳内に溢れ出した、"存在する" 記憶。
御三家が崩壊し、日本が呪霊呪詛師で溢れかえり、どうしようもなくなっても戦い続けた末に倒れた大人の自分。
天与の暴君の衝撃かはたまた世界のバグなのか、直哉は前世(と言っていいのだろうか)の記憶約30年分を流し込まれてセルフ無量空処した。
ムキムキの従兄と散々な前世のダブルパンチをくらったのだ、頭を抱えて当然である。
意外にも再起動は早かった。
まだ物事を素直に受け止められる子供だったからかもしれない。そないなこともあるんやな、で流してしまった。
問題はこれからどうするか、である。
悲惨な未来を思い出してしまったからには、回避しようとするのが人というものだ。
しかし、実行するのも難しい。
最近は記憶の影響で身内の面々が生きていることに感動し、以前より随分おとなしい態度になったことを不審がられている。
失礼な連中やな、と思いながらも、急な変化であることは自覚しているので仕方ない。
前世を思い出したなどと言っても信じる人などいないだろうし、少し先のことを話して信用を得ることから始めよう。
まずは、この家の当主でもある父親からだ。
それは至って真っ当な作戦に思われたのだが。
あっれ〜、おかしいなぁ。
日本を救うため情報を小出しにしていたら、直哉は本人ではなく別人に乗っ取られたことになっていた。
いつのまにか受肉体であるというそれらしい噂まで流されている。
どうしてこうなった。
最初の頃は、まだ周りの人々も半信半疑だった。直哉がなんか変なこと言ってんな、でも信じてみようかな、と。
ところが、いわゆるバタフライエフェクトだろうか、将来起きる事件を言い当ててみても結末だけ変わったり、起こる時期が違ったり。
情報が信じられるかというと微妙であるし、完全な嘘でもない。
聞いた親戚一同はみな気味が悪くなった。
見た目は子供の直哉が、これから起きることや相手のことを何十年と見てきたかのような話ぶりをするのも要因だった。
段々と避けられるようになり、今では(記憶上は)家族思いの扇のオジさんや、面倒見のいい甚壱君から猿以下を見るような目を向けられている。
とうとう父から「お前は直哉じゃない」と最終宣告されたときには、事態を飲み込めず宇宙をバックに猫と化した。
父は可愛がってくれていた幼少期にも、支え合った前世にも見せたことがない複雑な表情をした。
直哉の姿で、直哉の声で、けれども不吉な未来を予言し先を見通すかのような話し方をする。
直毘人はそれを大事な末息子だとは思えなかった。
あまりに違いすぎる。
自分と同じ術式を持ち、賢いながらもちょっと生意気で、そんなところも可愛いうちの子は未来予知なんてしません。
残酷にも現実は禪院さんちの直哉くん100% だが、親ならわかるだろというのも無理な話であった。
むしろ親であるからこそ、説明のつけようがない子の変化を受け入れられなかったのかもしれない。
もちろん直哉は
「は?? 俺は俺に決まっとるやろ、なんやねん直哉やないって!」
と怒って暴れたりしおらしく訴えたりしてみたが、余計に事態は悪化した。
お前なんて見たくもないとばかりに放置され、この扱いには流石の直哉も心が折れそうになった。
居っても居らんくてもええってことなら出てったる!
と直哉は限界人間特有の思考で家を飛び出し、京都を飛び出し、はるばる関東まで走ってきた。
持ち出せる現金なんてそう多くはないので、術式を使って適当に、である。
当然、計画性も何もなかったため、お小遣いはすぐに底をつきた。
名家のお坊ちゃんで世間的にはまだ中学生なのだ、頑張り賞はもらえるだろう。
泊まるところもない、補導から逃げるのも疲れた。
直哉は道端に座り込んで、そのまま意識を手放した。
行き倒れた直哉を見つけたのが、家出仲間の甚爾であったことは幸運としか言いようがないだろう。
やはり甚爾君。
甚爾君こそが直哉の目標であり、憧れであり、理想なのだ。
甚爾君が強い男の象徴であることは、直哉にとって鳩が平和の象徴であることよりも道理の通った話である。
甚爾とその嫁は、しばらく直哉を保護してくれた。
だが現実は非情なものだ。
たまたま東京に任務で来ていた実家のドブカスに見つかり、抵抗も虚しく京都に連れ戻されてしまった。
そうして、直哉は家出仲間と交流していた罰を受けることになった。
当主候補の権利剥奪と、通称呪霊部屋への監禁である。
人生山あり谷ありとはいうものの、エベレストよりも高い山を登らせた後に、マリアナ海溝よりも深い谷に突き落とさなくても良いではないか。
もう閉じ込められて何日経ったかわからない。
直哉は打たれ強いほうなのだが、こうなってくると自分がしてきたことへの自信がなくなる。
家族を守りたかったはずなのに、その家族から殺されそうになっている現状。
弱い自分にも腹が立つやら、情けないやら。
こんなんやない、と頭で描いた動きを身体がトレースしてくれない。
部屋に入れられている呪霊はどれもそう等級の高くないものばかりだが、祓うそばから湧いてくる凶悪なわんこそば方式は直哉の体力と精神を削った。
24時間360度襲いかかる呪霊を祓って、祓って、祓って。
そして、直哉は死んでしまった。
はずだった。
それは奇しくも、前回の記憶の最期と似ていた。
暗転した視界に、唐突に光が射す。
手を伸ばして触れたのは、どの世界線でも直哉が欲しくてたまらなかった、呪力の核心であった。
反転術式!!!
直哉は核心を掴み切ったわけではない。
しかし、反転術式を使いこなすには充分だ。
シュウシュウ音を立てて体の傷が塞がっていく。
様子を見に来た扇が、流石にここで殺すのはまずいのでは、とほぼ死体の直哉を回収していたおかげでもある。
生き返ったとわかると再び呪霊部屋に投げ込まれたが、もうこれまでの直哉ではないのだ。
反転術式で怪我を治しつつ戦ううちに、アウトプットによる呪霊即死攻撃までできるようになった。
ここはお仕置き部屋ではない。
直哉専用特訓部屋である。
「ついに習得したで! 反転術式!」
怪我のついでに、直哉の自尊心も回復した。
この反転術式はメンタルにも効く。
「俺って天才なんちゃう?! まだまだこっからやな!!」
いつぞやの世界線の最強術師のようにハイになっていた可能性は否定できない。
それでもいい、あっち側に立つんは俺や!!!
と楽しくなってきたところで、現実はまたも水を差した。
貴重な回復役として、今度は座敷に軟禁されてしまったのである。
人の心とかないんか?
ああ、ダイスが持ってっちまったからな……。
動きっぱなしの生活から一転、狭い部屋に閉じ込められて自由がない。
そんなときでも、良いことは起こるものだ。
「と、甚爾君……?!」
甚爾君は神なのかもしれない。
呪力がない故に誰にも感知されず忍び込んだ家出仲間は、姿の見えない従兄弟を心配して実家に顔を出してくれたのだ。
直哉は一瞬、生き返ったのは夢でここが天国なのかと思ってしまったほどだった。
外に連れ出してもらい、肉を食べさせてもらい、また甚爾の家に入れてもらう。
甚爾の嫁の具合が悪いというので、覚えたての反転術式でどうにかできないか頑張ってみた。
結果として、完治はできなかったものの、延命には成功した。
しかし、力を使い果たしたのか、直哉はそこで気を失ってしまった。
次に気がついたときは、全く見覚えのない土地、なぜか仙台にいた。
は??????
甚爾君は神だったかもしれない。
だが忘れてはいけない、神はきまぐれな存在なのだ。
面倒だと思われたか、禪院家の者に何か吹き込まれたか、直哉はその辺に放置されていた。
その後は案の定、地獄に逆戻りである。
実家のドブカスに見つかり以下略。
懲りずに脱走を試みたせいで、今度は封印部屋に押し込まれることとなった。
……っざっけんなや
術式つかえん
ドブカスが……!
思わず一句詠んでしまった。
正のエネルギーである反転術式以外は、呪力を練っても出力できないよう拘束されているようだった。
アウトプットの練習ができるだけまだマシと思うことにする。
回復係として連れ出されたときなどに、隙を見て大きな事件について忠告しておくことも欠かさない。
前回は全力を尽くしたものの心残りもあったのだ。
今回だって、できることは全てやる。
一方忠告される側は、そこそこ精度の高い予言と直哉本人を彷彿とさせる仕草や口調が悪い意味でギャップになり、情緒をぐちゃぐちゃにされていた。
「父ちゃん、ええ加減信じたって」
「お願いや、なぁ」
と言われたときの直毘人は、眉間に皺が集合住宅地を作り、髭が上下に揺れて大変なことになっていた。
息子ではないなにか(cv 禪院直哉)の命乞いを聞くのは耐えられなかったのである。
その後まもなく、直哉は厳重に口枷がつけられ喋ることもできなくなってしまった。
ふと、伸びてきた髪が目に入る。
自分のものとは思えない色だった。
白だ。
前回、過剰な労働で色が抜けたときだって薄い金に見えなくもない程度の色素は残っていたというのに。
これでは受肉体疑惑がかけられるのも納得の見た目である。
しかし、直哉は(メンタル)最強になったのだ。
こんなものではめげない、しょげない、諦めない。
現状 厳しい で検索。
もしかして:あっち側へ行くための試練
脳内g◯◯gle先生もそう言っている。
逆境を乗り越えてこそ得られるものもあるのだ。
きっと家族を守ってみせる。
親友たちを助けてみせる。
そして圧倒的強者の領域に到達するのだ。
今日も直哉のメンタルは北へ向かって爆走中である。