ぱかぷちvsマンハッタンカフェvsダークライ

ぱかぷちvsマンハッタンカフェvsダークライ



「……あれ、なんでここに?」

「? その子、いつもここにいますよね?」

トレーナーが指した先は、机の上のぬいぐるみ。ぱかプチ・マンハッタンカフェ(勝負服/笑顔版/マイクなし)。

カフェ本人とトレーナーが出かけた際にクレーンゲームで獲得して、この一体はトレーナーが持ち帰ったものだった。以降、トレーナー室の机上に飾られているのだが──


「いや、今朝は寮の部屋に置いてきたんだ。なんか気づいたら俺の布団に入り込んでるんだよね。ここに戻しても翌朝にはまた抱いて寝てる」

「えぇ……?」

「特に身体に異常とかないし、あったかくて寝心地良いから気にしてなかったんだけど」


夜の内にひとりでに動き寝床に潜り込む人形。普通に怪異の類なのだが……このトレーナーは実害のない怪異に対しイマイチ緊張感に欠けていた。


「カフェから見てどう?なんかヤバいものだったりする?」

「できれば、もう少し早く……相談してください。アナタは彼らの気を惹きやすいのですから」

ひょいと抱え上げじっと眺める。微かに意志のような揺らぎを覚えるが、澱んだざわめきは感じない。


「……。毎晩トレーナーさんのベッドに忍び込むなんて悪い子ですね」

ぬいぐるみを持つ手に力が入り、柔らかいお腹が少し凹む。

危険な霊障でないことに安堵する一方、カフェの内心はあまり穏やかでなかった。


ここ最近毎夜。

自分を模した人形が。

トレーナーさんに抱かれて寝ている。


お互いの思慕を知りながら秘密にせざるを得ない関係に耐えているカフェからすれば、あまり面白い現象ではない。


こっちはせめて夢で逢えやしないかと寂しく布団で丸くなっている一方で。アナタは私の写し身で少なからず満足を得ていると言うのですか。


「カフェ?」

「…………大丈夫です。危ないものではないみたいですね」

ほの暗い想いから目を逸らすように、人形を机に戻した。


「そっか、ありがとう。安心したよ。

じゃあミーティングに入ろう。初めてのナイター、前日と併せて3日ぶんのスケジュールをしっかり詰めておこう」


今回、マンハッタンカフェはドリームリーグへの移籍を視野に入れた遠征とナイター戦へ挑戦する。


そしてレースの日の夜、事件は起こった。



マンハッタンカフェは夜型のウマ娘である。

別に不健康な生活をしている訳ではないが、朝はあまり力が出ず日が傾いてからの方が元気にしている。

そのためレースに向けたコンディションの調整には2人して苦労した。


一方、人気が重視されるドリームリーグはゴールデンタイムに合わせて中継を映すため夜に行われることが多い。

夜のレースこそカフェのパフォーマンスを十二分に発揮できる場であると期待しての挑戦だった。


「どうだった?」

「身体が夜に溶ける様でした……良いレースができたと思います……けど」

2人して長い息を白く吐き出す。


「タイムスケジュールきっついなぁナイター……!」

「はい…………」

そう、なんといっても時間がない!

レースが終わってウィナーズサークルでファンサービスとインタビューを終えたら、すぐ汗を流し衣装を整えてメイク直してウイニングライブへ!

気持ちの切り替え、業界への理解、ファンサの手際の良さを求められる超キツい環境。これにはまだ新人の2人には堪えた。


ヘトヘトの2人は夕飯を近くのファミレスで軽く済ませ、トレセン御用達のホテルでさっさと寝ることに。


「じゃあ、お疲れ様。レポートは月曜に。明日は朝急がないからゆっくりでいいよ」

「はい。……おやすみなさい」


このホテルは選手と帯同者で棟が分けられている。夜の挨拶を交わして、別々の部屋へ。




既にライブ後に汗を流したカフェはもう寝るだけ。

髪をまとめ、愛用のパジャマに着替えて腰を落ち着ける。


(今日のこと、忘れない内に……)

手帳に今日のレースの感触を、思ったままに。

アメジストの空。光の波。星の渦。

彼女の不思議な語彙で文章が連なる。

「客観的な評価はこっちの領分だから、カフェの感じたものをそのまま書いて」

自分の感じたもの、信じたものをそのままトレーナーが受け取ってくれる。

カフェにとっては一つの大事なルーティーンになっていた。


恋文じみた報告書を終え、ころんと布団の中に寝転がる。

明日はトレーナーさんがモーニングで有名なカフェに連れて行ってくれる。寝坊はできないしもう寝てしまおうかと思った矢先──誰もいないバスルームからトレーナーが現れた。


「え」

「は?」


お互い声も出せず、トレーナーはその場でフリーズしカフェは転がり落ちるようにベッドの向こう側に身を隠した。


「え、え!!?カフェ!?ここB棟だよな!?」

「A棟のはず、です……!」


もはや棟がどうとか問題ではない。

普段から化粧っ気は薄いと言ってもすっぴん。綺麗だと褒めてくれたロングヘアは雑にひっつめたまま。しかもショートパンツのパジャマでふとももから足先まで無防備な裸足。

トレーナーの前に晒すにはあまりに頼りなかった。



「結論から言うとまた異空間に閉じ込められた」

「……いますね、あの子」

「まさか県外までついて来るとは」


ベッドには問題児、カフェのぱかプチ。満面の笑顔がもはやふてぶてしく見える。

髪をほどき、なんとか脚を隠そうと毛布に包まったカフェも今や遠慮を辞めてタキオンを見る目で人形を睨め付けた。


「……とりあえず俺は椅子で」

「ダメです……トレーナーさんもお疲れですから」

それでもトレーナーは首を横に振る。

本人は恥ずかしいとしか思っていないが、無防備な姿のカフェは彼には激毒だった。


「俺はどんな時でも我慢が効く訳じゃないんだ」

「大丈夫です……お互い、間違いを犯す体力なんてありませんから。この子、抱いててください」


ぱかぷちをトレーナーに押しやり、潜り込んだ布団を半分めくって彼を招く。

何故か暖房が効かない部屋の寒さと睡魔、抱いたぱかぷちから伝わる謎の温かさに追いつめられてトレーナーは陥落した。


「カフェ」

「……はい」

「いい走りだった……お疲れ様」

「はい。……アナタも、お疲れ様でした」


トレーナーの瞼が落ちきり、規則正しい寝息だけが静寂の中に残る。

トレーナーに抱かれて2人の間に陣取る人形に触れる。


「もしかしてアナタは……私の望みを?」

夜はあの人に逢えない。

最初は私の代わりに。

そして、今度は2人の部屋を繋いで。


2人を繋ぐ、自身に似た小さな存在。

それを挟んで、一つのベッドで眠る様は──


「〜〜〜〜っ!」

流石に気が早すぎる想像に顔の熱が昂ぶる。

それでも、きっと。


「いつかは……アナタとこんな日常が送れたらいい……私は、そう思っています」


指を介して唇の熱を渡して、彼の腕と交差するように小さな人形を抱きしめる。

不思議な温かさに誘われて、眠りに落ちた。




目を覚ますと、ホテルによくあるやけに大きい枕を抱いていた。

トレーナーも、問題児もいない。

ウマホには「起きたら元の部屋にいた」「ゆっくりでいいよ」とトレーナーの連絡が来ていた。


約束の時間になってロビーで合流し、外へ。


「なんだったんだろうな、あれ」

「実害が無いとはいえ……困った悪戯っ子でしたね」


トレーナーも昨日の疲労が堪えたか、今朝は随分眠そうにしている


(──眠そう?)

「トレーナーさん、もしかして昨夜は」


「……俺も、そんな日常にしたいと思ってるよ」

「……はい。はい……!」


誤魔化すように少し足早になる彼の背中を追って、足取り軽く。

ぴたりと隣に陣取って朝日を浴びた。



「あれ、あそこにいるのマンハッタンカフェじゃない?」

「あ、ホントだ。なんかめっちゃ楽しそう!」

「しかも休日の朝から2人っきり!少し、いい雰囲気じゃない?」

「もしかしてナイターレースからのお泊まりデートかな?」

「うわー、なんか2人とも真っ赤。」

「幸せそうにしちゃって、カワイイ……!ますますファンになりそ〜!」


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