長い夜になる
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22阪大2着×1着がドライブデートの帰りにホテル行く話
ナチュラルに同棲してる設定有り
愛が重いアイバと初心で天然に見せかけて激重のボンド
眠らない繁華街の喧騒も、窓一枚隔たると随分静かになるものだ。2人きりの車内は、洒落た音楽などは流れていない。
ボンドの右隣、運転席に座るアイアンが呟いた。
「明日、予定あるか」
「……!」
誘われている。これから、この男と繋がるのだ。初めからそのつもりだったはずなのに、いざ誘いを受けると動揺してしまう自分に、少し呆れた。
『早く答えろ』というかのようなウインカーのという音が、ボンドを酷く急かした。
「……無いよ、明日は暇」
「そうか、良かったよ」
車は少しずつ、僕らの家への順路から外れていった。
ハンドルを握るアイアンの横顔を、惚けた瞳で見つめる。くっきりとした目鼻立ちは母由来のものなのだろう。何分かそうしているうちに、不意に彼と目が合った。突然の出来事に目を見開くと、アイアンは眉をひそめて笑った。
「っふ、何驚いてんだ?着いたよ、ボンド」
車を降りて駐車場を出ると、一際明るい店の看板が目に入った。『黄金旅程』と見える。アイアンに連れられて、ホテルに入った。
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まだらに消えている部屋のパネルをぼんやりと見つめる。今日の売上はぼちぼちだな、なんて考えながら、ステイはまた一本、煙草に火をつけた。暫し煙をくゆらせていると、また一組、客がやって来る。
第一印象は、『デカい』。男二人で、どちらも180はゆうに越しているように見える。パネルの前で少々話して、さほど時間はかからずに客はカウンターの前に立った。
大きい方(一般的に考えればどちらも大きいのだが、その中でも体躯のある方)が口を開く。
「202号室の鍵を……ッげぇっ!?」
遥か頭上から掛けられた失礼な声に思わず顔を上げると、その男は決して知らない顔ではなかった。
声を漏らした男は、その後ろにいる黒髪の男に比べると、少々上品さに欠けた顔立ちをしていた。誰かの面影を残している。俺の息子の暴君のような……
「お前、オルフェの所の息子か。確か…… アイアンバローズだな、そうだろ」
眉根を寄せながら、アイアンは続けた。
「偉大なお爺様に認知いただいてどーも。 ……アンタ、支配人って聞いてたんですけど。……フロントもやってるんですか」
「……ああ、今は人件費も馬鹿にならねえからな。俺がここにいりゃあ、トラブルも対処しやすいだろ」
短くなった煙草を消して、手短に会計を済ませ鍵を取り出すと、カウンターに置くより先にアイアンにぶんどられた。そういう粗雑なところは父の、元をたどれば俺の血なのだろう。オルフェが初めて男を連れてここに来た時とよく似ている。アイツの連れてきた男も、後ろの男よろしく上品な顔立ちをしていた記憶がある。
「優しくしてやれよ」
「いらんお節介をどーーも!……行くぞ、ボンド」
言葉は全然可愛くないが、ジジイのからかいに顔を真っ赤にする所は、初心で可愛げがあった。
「……ふふ、はぁい」
ボンド、と呼ばれた坊ちゃんが嬉しそうにエレベーターホールへと腕を引かれるのを見届けて、ステイはまた新しい煙草に火をつけた。
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「爺さんがフロントやってるなんて聞いてねえよ……オーソの奴、適当なこと言いやがって……」
エレベーターが閉じるや否や、アイアンは頭を抱えた。
「ぼく、ステイさんがホテルを経営してるなんて初めて聞いたよ。その話、やっぱりオーソ伝いなんだ?」
一階分上がるだけのエレベーターはすぐに目的階に到着して、ボンドが先に降りた。
「『やっぱり』って言うのは?」
「ぼくらの周りでそんな話するのは、オーソだけでしょう?彼もステイさんと繋がりがあるし」
アイアンから手渡された鍵で、ボンドは『202』と書かれた部屋のドアを開ける。間接照明の付いた高級そうな部屋に、ボンドは安心感を、アイアンは少しの緊張感を覚えた。
「凄いね、なんだかラブホテルっぽくないや。落ち着いた雰囲気だし、過ごしやすそう。流石ステイさんだなぁ。……アイアン、聞いてる……」
オーソ、オーソ、ステイ、ステイ……
えも言われぬ怒りのような感情が湧いてきて、気づけばアイアンは考えるより先にボンドの唇を奪っていた。
「……っん、?!」
壁にボンドの体を押し付け、逃げ場を無くす。酸素を求めて開いた口に舌を入れて、熱を持った彼の舌と絡ませた。
「……っん、む……っう、く……」
初めは両手でアイアンの胸板を押し返して抵抗していたものの、間もなくその手はだらんと脱力した。身体から力が抜け、壁に沿ってずる、と倒れる。尻もちを着いた所で、やっと唇を離した。
荒い呼吸を繰り返しながら、ボンドは疑問とも恐怖とも、はたまた興奮ともとれる瞳でこちらを見つめている。
「……っあい、あん……?」
吐息の混ざる声で名前を呼ばれる。焦点の合わない青い瞳は、自分だけを見つめている。
ああ、嫉妬か。俺は、俺だけを見て欲しかったんだ。俺の名前を、呼んで欲しかったんだな。
「今は……俺だけ見て、俺の事だけ考えて欲しい」
ボンドは子供のような笑みを浮かべた。いつだって大人びている彼にしては珍しく、どうしようもなく愛おしく思った。
「さっきのキスで、もうアイアンのことしか考えられないよ。……シャワー浴びて、早く続きしよう?」
「……ていうかアイアン、ちょっと掛かりすぎじゃないの」
シャワーを浴びて冷静さを取り戻したボンドは、俺に押し倒され、腕の中に居てもなお、挑発的な言葉を吐いた。親指で俺の唇をなぞり、頬に触れる。
「生憎、多少掛かっても有り余るほどの体力があってな」
「それはぼくも同じってこと、君が誰より分かっていると思うけど」
「……ああ、よく分かっている」
どちらからともなく、唇を重ねた。数十秒、ゆっくりと相手の味を確かめて、名残惜しそうに離す。
アイアンのグリーンガーネットの瞳は確かに、ぼくの姿だけを捉えていた。幸せだ。ずっとこのままで居られたらいいのに。嫉妬して、束縛してくれたら。君が求めてくれたら、それがぼくの生きる意味になる。
「……長い夜になるね、アイアン」
彼に身を委ねて、瞼を閉じた。