ばけもの

ばけもの


コラさんが罪悪感でメキョメキョになっている時期の話

ローの好意に全然気づいてない

***






「いや、コラさん、っ・・・!アァ・・・!」






最悪だ。最悪の夢を見て、下半身が無残なことになって目が覚めた。

心臓がドクドクと早鐘を打って、全身が嫌な汗で濡れている。

久々に宿を取って布団の上で安眠できる筈だったのに、コラソンの心中は全く穏やかではなかった。


一瞬で覚醒してしまった体を起こし、ボロくさい安宿の部屋を見渡した。


小さなローは、コラソンの側でぐっすりと眠っていた。

涎を垂らし顎を反らせて眠っている姿は全く無防備で、それだけローが安らかに眠れていることにコラソンは胸を撫で下ろした。


コラソンが身を起こしてできた毛布の隙間から入り込む空気が冷たいのか、ローは身じろぎしてコラソンにひっついた。


小さくて、可哀相で、愛しいロー。


理由は分からないが、あてのない旅の最中で彼女はコラソンに心を開いてくれた。

ファミリーのいた頃に散々暴力を振るって、ファミリーから連れ出してからは世間知らずでローに何度も悲劇を追体験させてしまったような己に。

コラソンの内心をいくらか汲み取ってくれたのだろうか。ローはとても賢く優しい子だから。


そのローを、犯す夢を見た。己は化け物だ。

下着の中の湿った不快感が、コラソンに自身の罪を重く突きつけた。


海軍に入隊して、同胞たる天竜人の数々の暴虐を見てきた。任務の最中で、実の兄がもたらした惨劇の一端を目にした。

あれと同じ残虐な腐った血が己にも流れている。


年端もいかぬ病気で弱った子どもにおぞましい欲望を抱いていることに、コラソンは心底嫌気がしたし、何より恐ろしかった。

いつか、おぞましい獣が己を食い破って這い出てきて、ローに酷いことをしてしまったら。


悪い想像を断ち切るように、コラソンは目を瞑った。


遠い記憶の中の、優しく穏やかに微笑む両親を思い出す。二人のように、優しい人間であれ。

任務に就く直前の、厳格に佇むセンゴクを思い出す。彼のように、強く正しい人間であれ。


心から敬愛している大切な人を思い浮かべて、彼らのようにあろうと強く念じて、ようやくコラソンは気を落ち着けることができた。


そっと側で眠るローの頬を撫でると、僅かに熱を帯びていた。肌はもう白くない部分の方が少ないくらいだ。弱る体は、成長期であるにも関わらず日に日に軽くなっていく。

医学の心得が全く無いコラソンにも、ローの病が末期に差し掛かっていることは明らかだった。


――必ずオペオペの実を手に入れて、ローの病気を治す。兄と同じ修羅の道は歩ませない。


コラソンの手に、眠るローは頬をすり寄せた。その無垢であどけない仕草がコラソンの胸を打ち、腹の底から愛おしさが湧いてくるようだった。

穢れた肉欲だけではなくて、真っ当な人間としての愛情を抱けていると信じたい。


聡明で、賢くて、優しいロー。


実兄も、義理の父も、同じ釜の飯を食べた海軍も、世界政府さえも敵に回してでも、救ってみせる。


コラソンは長い手を伸ばして海図を取り、窓の外の雲の流れを見た。

何としてでも、海を渡ってミニオン島へ。




オペオペの実の取引まで十日をきっている。







***





ローが眠っている。

月明かりが照らす肌は、健康的な小麦色だ。

かつてローを蝕んでいた陶器のような白い痣は、いまや跡形もなく消え去っていた。


あどけないローの寝顔にぞわり、と腹の底の獣が蠢くのを必死に押し殺して、コラソンはそっとローの肩をつかんで揺らした。


「ロー、こんなところで寝るな、風邪引くぞ」

「ん―・・・?」

「寝るならベッドに行けよ」

「んん・・・」


ローは重たそうに目蓋を持ち上げ、膝の上に落ちていた分厚い医学書を閉じた。


仮住まいを見つけて生活が落ち着いて、この頃のローはすっかり本の虫だ。

コラソンには全く内容が理解できないような、難しい医学の本を読んで日夜勉強している。


医学は日々進歩しているから常に学び続けないといけないんだ、とはローの言葉だ。


両親のような医師を目指しているんだろう。

ローが死の運命に打ち勝ち、多くの人の命を救う医師の道を歩んでいることが、コラソンは心から嬉しかった。


「明日も先生のところに行くんだったら、ちゃんと寝ろよ」

「うん・・・」


二人で身を隠した先の町で、ひょんなことからローは小さな診療所で働かせてもらえることになった。

話を聞けば、そこの医師や看護師はとても良い人たちで、ローの勉強の面倒もみてくれたり、ローの力を頼って仕事を任せてくれたりするらしい。


ローはこの町で素晴らしい環境と人の縁に恵まれた。

病によって迫害されて、化け物に頼るしかなかったローはもういない。


もう、己が側にいる必要はないのかもしれない。



「コラさん、ベッドまで運んで・・・」

「おいおい、ガキじゃねェんだから・・・」


口では悪態を吐いてみたが、コラソンの手はひとりでにローの体を持ち上げていた。

健康な成長期の肉体は日に日に重みを増している。女性的な線が出てきたローの体は、細くも柔らかかった。

己の体に嫌な熱が籠もるのを感じた。


病気だから、子どもだから、という罪悪感が軽くなってきている。

箍が外れてしまったら、己がローになにをするのか、とても恐ろしい。



「ほら、ベッドだぞ」


ローを寝かせて、毛布をかけた。


「ありがと、コラさん」


寝ぼけ眼を細めて微笑むローに胸が痛んだ。


ローが冷えないようにするためだけではなくて、ローの体を己の目から隠すために毛布をかけたから。

コラソンの内の惨い欲望は、相も変わらずローを狙って涎を垂らしている。


柔らかな肌に触れて、その下の肉の熱さを感じてみたい。

小さな唇に噛みついて食べてしまいたい。

組み敷かれ、体を暴かれて泣き叫ぶ姿を見たい。


化け物じみた衝動をやり過ごそうと歯を食いしばると、獣の唸り声のような音が漏れた。まるで、己の正体を突きつけられているかのようだ。



――ローがこの島で幸福に暮らしていくのに、俺はいない方が良い。



「おやすみ、ロー」

「・・・・・・」



返事は返ってこなかった。コラソンに心を許したローは、睡魔に誘われるままに眠ってしまった。

だから、これはひとりごと。


「愛してるぜ」




ローの好意に寄生するような化け物は、さっさと彼女の側から消えてしまうべきだ。






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