はつこいのおはなし
アラバスタ~ジャヤ編までのどこかでのロビンちゃんから見た♀ゾロ→サンジについて
サンジあんまり出ません
仲間に入れてもらってから数日、私は当たり障りのない会話を楽しみながら人間観察、元い、あの子達の観察と会話に耳を澄ませることを続けていた。
船長であるルフィの許可は得たとはいえまだまだ警戒が完全には解かれていないと考えるべきだろう。彼女等にいち早く溶け込むためにも趣味趣向や行動パターンは把握しておいた方がいい。
例えばルフィは一人で静かに過ごすよりは誰かと共にいる方を好むだとか、航海士さんは未知のものを恐れるがそれに金銀財宝が関わると目の色を変えるようだとか、狙撃手さんは視野が広いのかいつも聞き役に周りがちな渡しに話題を振ってくれるだとか、あの小さな船医さんは解毒剤を飲んだとはいえ一時的に毒に侵された私の身体に気づいているようだとか。
そうして、コックさんは。
「ああ麗しのロビンお姉様!」
読書をしながら甲板で何やら遊んでいるらしい彼女達の喧騒を聞いていた私に、コーヒーが差し出される。私の名前を呼ぶ声音はどこまでも甘くふわふわと柔らかで砂糖とミルク替わりになるだろう。紫煙と瞳を器用にハート型にして、けれど完璧な手つきでトレーを持ち直したコックさんは爽やかに、というよりは気取ったような笑みを私に向けていた。
「読書の邪魔をしてしまい申し訳ございません。しかし願わくば貴女のプライベートに僕のブレンドしたコーヒーをひとさじ加えさせては貰えないでしょうか」
「えぇ、ありがとう。頂くわ」
私はソーサーを手に取る。私好みの酸味がやや強めの馨しい香り。思わず微笑むとコックさんは大袈裟すぎると思うほどにくるくる回っては体全体で喜びを表現する。私を喜ばせる為、のように見えてこれが彼にとっての自然体であり当然であることに気づいたのは彼という人に触れ合ってからすぐの事だった。
「御茶請けも直ぐにお持ちします。もし宜しければ好みなど教えて下されば」
「甘すぎなければ何でも好きよ、あとそんなに畏まらなくても大丈夫、あの子達と同じように接してくれればいいわ」
途端、コックさんはぱっと跳ね上がり、喜んでロビンちゃん!と45°の美しい最敬礼をしてキッチンへと消えていく。敬語も敬称も要らない、という意味のつもりだったけれどまさかちゃん付けで呼ばれるとは。女性に対しての彼なりの愛情の示し方なのだろう。実際、彼が呼び捨てにする女性は特別な存在であるのだろうか。
「おい」
コックさんが去ったのを見計らったようにやって来たその人が私のちょうど真正面に仁王立ちしている。開いたままの小説のページに影が落ちた。その、彼が特別な存在と見なしている女性のうちの一人、剣士さんが不機嫌を隠さずに私を見下ろしていた。コックさんとはまるきり正反対のよう。
「それ、飲み終わったらちょっとツラ貸せ」
今から人斬りでもするかのようにドスの効いた声でもって彼女は船尾を顎で示した。断る隙さえ与えない傍若無人に見える命令形にも関わらず、コーヒーを飲み終わる時間はくれるのは律儀というか義理堅いとでもいうのだろうか。了承し、カップに口を付ける私をじっと剣士さんは観察しているかのように見守っていた。
「何企んでんのか知んねェがな、あんまりアイツらのこと弄んでんじゃねェぞ」
私を引きずるように船尾にやってきた剣士さんは開口一番そう言ってやはり私を睨み付けた。その右手は三本も携えている刀に添えられたままだ。
ルフィがたった一言で私を受け入れたことに大手を振って反対の意思は示してはいなかったがそれでも彼女等の中で一番私に懐疑心を抱いているのは剣士さんだろう。敵対しているどころか国の乗っ取りにまで関与していた組織の幹部を疑わずに引き入れるルフィこそが人と少し違った思考をしているのだ。剣士さんが疑いの目を持っているのは当然と言える。仲間入り直後は確かにそう思って剣士さんがこちらにあまり関わってこないことを自分の中でそう理由づけていた。
しかし。
最近、仲間を守る副船長のような立場から警戒している訳では無いのではないか、 と私は思い始めたのだ。
ルフィが私といる時も、航海士さんにグランドラインのことについて聞いている時も、狙撃手さんや船医さんの手遊びに付き合っている時も、剣士さんはこちらを私と同じように観察しているようにこちらを伺っていることがあるが、あくまでそれは『気を向けている』だけのように思える。
剣士さんがあからさまにこちらに感情を込めた視線を向けたり、苛立ちを隠せずにいたり、今、こうして実際に私に釘を刺すような行動を示すのはコックさんが私に距離を詰め親切にしてくれている時だけだ。その意味を、私は十数年の経験則から何となく分かり出していた。
「えぇ、そうね、ごめんなさい。でも、私は人の恋人に手を出すつもりはないわ」
剣士さんはコックさんと恋仲なのだろう。
この数日で把握したことの1つであった。
小さな海賊団や組織においては船員同士がそのような深い仲になることは珍しいことでは無い。剣士さんやコックさん以外の彼女等が特に気を使ったり応援する様子が見えないこと、ルフィがやけにコックさんにくっついたり好意を向けていることは気になってはいたが、しかし剣士さんがコックさんに向けるそれはあからさますぎていて。それも、当然だから皆触れないでいるのだろうと思っていた、のだが。
「……こ、い……?な、なに、いって……?……え、な、こいび、え、ぁ、はァ!!?!?」
返答によっては刀を抜くことも厭わないとでもいうように敵意をギラギラと向けていた精悍で冷静な女剣士は、青天の霹靂とでもいうように狼狽えて口をはくはくと開閉させてばかりいる。
東の海で魔獣と呼ばれていた三刀流の剣士はそこにはいない。どこにでもいるような恋する少女が、顔を真っ赤にさせて私に詰め寄った。
「おれが!? あの、あのぐるまゆと、こい、こいび……っ!? 何言ってやがんだてめェ!」
シャツの襟をぐいと掴んでゼロ距離で叫ばれても、その手が少し手汗で湿っていたり声が裏がっているのでは怖さの欠けらもなかった。
「あら、だって剣士さんは他の誰も使わない渾名でコックさんのことを呼ぶでしょう? それに女の子には優しいコックさんはも剣士さんのことだけは可愛らしい呼び方をするからてっきり恋人同士の愛称だと。後、貴女はコックさんがわざと反応して怒ってくれるような単語や言い方をして彼の気を引きたがるし至近距離で言い争うのも特別なコミュニケーションの一種なんじゃないかしら? それと航海士さんは兎も角としてコックさんが他の女性に声を掛ける時貴女は眉をひそめてることが多いしその後大体喧嘩になるようなワードを使ってコックさんを煽るわよね、それに……」
私は今まで頭のノートに書き溜めておいた人間関係のファイリングをつらつらと読み上げていたけれど言葉を止めざるを得なかった。私の襟を掴むのをいつの間にか止めていた剣士さんは手で顔を覆って、その場にしゃがみこんでいたからだ。ピアスが彩る耳の縁から綺麗な項までまで夕陽よりも赤く、私は自分なりに求めた結論が過ちであり失言だったことに、いや、穿ちすぎた妄想であったことを悟った。そして、恋人同士であるというある意味完成系よりも余っ程曖昧で複雑な関係に剣士さんが直面していることも。
「てめェから見たら……」
ごめんなさい、全部忘れて、と言いかけた私を剣士さんの埋めくような低音が遮った。口を手で覆っていて酷くくぐもっているのは羞恥のせいだろう。普段刀の切っ先のように全てを貫く瞳は薄らと涙の膜が張っている。火照って赤くなった頬がやけにまろく見えて、19歳という実年齢よりも幼い、自分に芽生えた感情に怯える少女だということを私は改めて突きつけられた気がしていた。
「おれが、あいつのことを、好いているように、見えんのか…………?」
もしかしたら、私は、人が恋を自覚する瞬間を、初めて見てしまったのかもそれない。
「おいおいロビンちゃんに何喧嘩吹っかけてやがんだクソマリモ!」
タイミングがいいのか悪いのか。キッチンの方からドタバタとコックさんの足音が響いてくる。剣士さんが私が脅しているように下からねめつける様でも窓からうっかり見えてしまったんだろうか、広い股下での少ない歩数で飛ぶようにやってきたコックさんは未だに蹲ったままのゾロの真正面にしゃがみこみ、いつものような喧嘩、元い、彼なりのコミュニケーションを始めたのだ。いつもの距離で。いつものように。額と額が触れ合うような、ともすれば口付けしてしまえそうな距離で。恋を自覚してしまった少女に、未だ無自覚な青年がその、瞳を覗き込むように、
「………………ッ!!!うっっっっっせェ!!!!」
剣士さんが思い切り頭を振り下ろしたその頭突きの鈍い音は確実に甲板にまで届いたであろう。不意打ちの攻撃にそのままノックダウンして伸びたコックさんを見下ろしながら荒い呼吸を繰り返す剣士さんもまた不意打ちの攻撃にやられてしまったらしく額どころかデコルテさえも赤く染っていて、何も言うんじゃねェぞとでも言いたげに私を再度睨み付ける可愛らしい少女に私は励ましを込めた笑みを向けたが、剣士さんは気づいてくれただろうか。
「あのころのゾロはかわいかったわ……ええ、もちろん、いまもすっごくかわいらしいのだけれど」
「てめェは酔うとその話ばっかすんな」
最初の頃は揶揄いにキレたことも止めさせようと思ったこともあったが酔う度にその話を持ち出すものだからゾロももう慣れっこだった。それに、こちらを馬鹿にするような意図は一切込められてはおらず心の底から愛おしげに幸せそうに語られるそれを遮る程ゾロは鬼でもない。
夜も随分深まったダイニングにはゾロとロビン2人だけだった。ゾロは慣れた手つきで自分用に酒瓶を取り出すついでにロビン用にコップに水を入れて寄越してやる。その冷たさに手を添えて、くすくすと笑うロビンの方がよっぽど可愛らしい少女に見える、とゾロは思う。
あの日、コックと自分が恋仲なのではないかという指摘、つまりはそのような関係性に見えるという、ロビンの指摘は、それからのゾロの日々を大きく変えることとなったターニングポイントでもあった。最早ゾロとサンジの喧嘩じみたやりとりがもはや日常の一部となっていた彼女等ではなく、仲間入りから日の浅いロビンにしか違和感に気づけなかっただろう。もし、あの時自覚していなければずっとあのままであったかとしれないとさえゾロは思っている。
自分の胸の中でよく分からない感情を抱え続けて死に絶えるよりもそれを発散しぶつけ解消した方がマシであると思っていたゾロが、果たしてサンジもゾロと同じような想いを抱えていてお互いに情愛に溺れることとなったのは、そしてルフィも同じようなものをサンジに対して抱えていた為に三人で交際を始めることになったのは随分昔のようでつい昨日のことであるようだった。その小さなきっかけを、偶然に生み出してくれたロビンは、ゾロにとっても特別な友人の一人であった。
「ならそれいがいのおはなしもしようかしら。このあいだ、ルフィとサンジがね……」
「二人で同じ毛布にくるまってくっついて船番してたことだろうがそれも何度か聞いたぞ」
ただ、アルコールが入りおおらかになると大体がサンジとルフィとゾロの話ばかりするのは勘弁したいところだった。ロビンが人に耳や目を向けることが癖になっているとはいえいつ仲間の誰からも隠したい秘密をこっそり知られるかと思うと内心動揺を隠せはしない。それに。
「あらロビン?楽しそうなこと話してるじゃない、私も混ぜてくれるかしら?」
いつの間にかゾロの右隣に腰掛けいたナミがニヤニヤと意地の悪そうな笑みでゾロが持ってきた酒を一気に飲み干して見せた。
ロビンがこうして酔った時に話すルフィやゾロやサンジのあられも無い話に突っ込んだり呆れたり冷やかしたりするのを一種の趣味にでもしているのかと思うくらいにナミはロビンが気を崩したのに敏感なのだ。立ち去ろうとするも、ナミは既にがっしりとゾロの腰布を掴んで離す気はなさそうだったし、ロビンは微笑んでナミの為にグラスに酒を入れて差し出して、
「わたしのだいすきななかまたちがあいしているひとといっしょにすごし、とってもしあわせなあいのおはなしをするわ」
そうして、ほんの少し赤く染まった顔をゆるりと崩して、ハッピーエンドの御伽噺を話すように幼げに笑うものだから、ナミがこちらを肘で突きながらも何より不確かで確かで不形でちゃんと目に見える愛とやらを信じきっている少女のように先を促すものだから、ゾロはもう何も言えなくなって強い酒を煽るしかなくなるのだ。