はじまり
コビーはティーチの片膝の上にちょこんと腰掛けていた。この船ではコビー専用となったふかふかのタオルに身を包んで、力が入らないのだろう、完全にティーチに身を委ねている。もう何度目になったかも分からない誘拐、その目的は最初こそ情報目的だったものの、今では完全にコビーの体が目当てとなっていた。幾人ものクルーや幹部を相手にして三日程経ち、今は束の間の休憩時間である。コビーは一旦体を綺麗にされ、水分補給も兼ねて手ずから果物を貰っていた。綺麗にした、と言っても、中に出された精液をある程度掻き出して体を拭いたくらいのものではあったが。どうせすぐにまた行為自体は始まるのだから。各々好きな事をしながら、時折誰かがコビーに水や食事を持って来る。コビーは大人しく口を開いては咀嚼して、飲み込んで。雛鳥の様なその仕草を見ながら、ティーチはふと考える。
この場所がコビーの定位置になったのはいつからだっただろう。気が付けば、コビーはティーチの膝の上に居た。膝の上に乗せた小さな彼の肩を抱く事や、髪を撫でる事が気付けば当たり前になっていた。自分の大きな手にすっぽりと収まってしまいそうな小さな頭を撫でてやれば、コビーはうっとりと目を細める。その表情がどうにも──どうにも、なんだ? 考え込むより先に、クルーの声が耳に届いた。
「ほら、どーぞ」
口元に持って来られたのは切られた林檎。それを大人しく口にするコビーに、クルーはからから笑っている。
「あ、そうだコビー大佐。ちょっと聞いても良い?」
「?」
「ほら、今まで結構色んな事して来たけどさあ。どれが一番ヨかったのかなァって?」
クルーが頬を撫でながら尋ねた。確かにそれは気になる所ではあった。これまで様々な「プレイ」をして来て、コビーはどれにも悦んでいた──ああ、拘束した上で機械だけでイかせるのは嫌がっていた記憶があるが──他は概ね悦んでいた。コビーは「んん……」と考える様に唸って。
「いっぱいぎゅってされるのが、いちばんすきです」
なんて。へにゃりとした笑顔で言った。クルーはその答えにきょとんとした後「かわいいなァ」と笑う。
「じゃあぎゅってしてあげようか」
そう言って腕を広げたクルーに、コビーは嬉しそうに目を細めてティーチから離れようとする。
それが、どうにも──腹立たしくて。
ティーチは少し腰を浮かせたコビーを再び抱き寄せて、膝の上に戻した。
「ムルンフッフッフ。提督、あなたよっぽど大佐の事お好きなのねェ」
一部始終を見ていたデボンが愉快そうに言った。質問をしたクルーも何故かにやにやとしているし、幹部達も冷やかしの目をティーチに向けている。コビーはと言えば、突然抱き戻された事に不思議そうな顔をしていたが、お望み通りにぎゅうと肩を抱き寄せてやれば、コビーはくすくすと笑ってティーチに擦り寄って来る。その姿が、表情が、どうにも。どうにも──愛おしくて。ああ、なるほど、と。ティーチは納得した。大多数の人間が独占欲だと称するであろう、執着と称するであろうこの感情は。
ティーチにとっては、間違いなく、恋であり、愛と呼べるものであるのだ、と。
*****
執務室の窓から見える海をぼんやり見つめていると、「気にすんなよ」とヘルメッポが気を遣った様に言ってくれた。コビーは一瞬何の事か分からなかったが、すぐに察する事が出来た。
「気にしてないよ。ありがとう、ヘルメッポさん。でも……ごめんなさい、少し一人になりたくて」
「……そうか。何かあったら、すぐ呼べよ」
「はい」
ヘルメッポが執務室から出て、コビーはまた窓の外に目を向けた。数時間前の事を反芻する。海賊の拿捕の最中、とある海賊がコビーを見て揶揄する様に言ったのだ。四皇のオンナじゃねえか、と。それを聞いたコビーの体は思わず固まってしまって、怒りで何周か回って冷静になったヘルメッポがその海賊を拿捕してくれた。その揶揄に、コビーが深く傷付いていると、ヘルメッポは考えているのだろう。──そうじゃ、ないのに。
四皇のオンナ、なんて事を言いふらしているのは、あの船に乗っている人達だろう。その呼び方に、微かに嬉しさを感じてしまった自分が居るのを、コビーは否定出来なかった。髪が伸びて、身体つきも女性的になって来て。あの船で与えられる快楽に悦んでいる自分は、確かに女性の様で。オンナ、なんてお上品な呼び方すら出来ないくらいに、快楽に従順な、雌になっている。次はいつ攫ってくれるだろうかと考えてしまう自分が居る。ヘルメッポや海軍の人達に心配や迷惑を沢山掛けてしまっているのに、そんな事を考えてしまう自分は、はたしてここにいて良いのだろうか。
「……」
コビーが思い出すのは、以前の事。抱き締めてもらうのが好きだと言って、なら抱き締めてあげようか、とクルーが言って。それに素直に喜んで抱き付こうとして。ティーチに、強く引き戻された時の事。
コビーには、それがとてつもなく、どうしようもなく──嬉しかったのだ。