はじまりはふわふわの耳から

はじまりはふわふわの耳から


私の耳は他のウマ娘と比べると少し特徴的な形をしているが、毛がふさふさと生えていて手触りが良く、妹たちや仲の良いウマ娘たちによく触られている。自分でもこの耳を気に入っており、毎日のお手入れも念入りにやっている。

そんな自慢の耳を、トレーナーが先程からじっと見つめている。


「トレーナー、私の耳に何かついてる?」


あまりの熱視線に耐えきれず、練習終わりのミーティング後、トレーナー室で帰り支度を進めていた手を止めてトレーナーに問いかけた。


「あ…いや、何もついてないよ。」

「本当に?じゃあなんで熱心に私の耳を見てたの?」

「…エフの耳って他の子とはちょっと違うなぁと思って、観察してただけだよ。見すぎて気になっちゃったよね、ごめん」


なるほど、観察ときたか。勉強熱心な私のトレーナーらしい回答だ。…しかし観察だと言うのなら、ただ見ているだけではその実態を暴くには足りないのではないだろうか。ここはひとつ、私の耳が気になって仕方がないトレーナーのために、ある提案をしてみることにした。


「……私の耳、触ってみる?」


そう、実際に触って確かめることが観察においては重要なはずだ。

私の提案を聞いたトレーナーはあからさまに驚き、椅子から転げ落ちそうになっていた。想像以上の反応で思わず少し笑ってしまった。


「はぁ!?本気で言ってるの…!?」

「だって観察してたんでしょ?どんな感触なのか触って確かめてみたいって思わなかった?」

「いや、それは……まあ思ったけど……」


観察のために触ってみるかと提案しているが、それはただの建前。皆に好評のふわふわで触り心地抜群の耳をトレーナーに触ってもらうことで、日々私のために頑張ってくれているトレーナーの癒しに少しでもなればいいと思ったのが本音だ。


テーブルを挟んでトレーナーの真正面に座っていた私は、耳に触りやすいようにトレーナーが座っている真横のパイプ椅子に移動して腰掛けた。椅子を引いて、トレーナーにさらに近づく。


「はい、気が済むまで触っていいよ」

「………………えーっと…ウマ娘の耳を男の俺が触るのって、あんまり良くないんじゃないか?」


どうやらウマ娘の耳を触るということがセンシティブな行為であるとトレーナーは理解しているらしい。特に異性が触るならなおのこと。素直に触ろうとしないのはこれが原因のようだ。確かに、父親以外の男性に耳を触らせるのはこれが初めてになる。

でもトレーナーのことはとても信頼しているし、変な風に触ったりはしないだろう。私がもう触るのをやめてくれと言えば、トレーナーは素直にそれに従ってくれるはずだ。何も問題はない。多分。

私の耳に触ることを躊躇うトレーナーに、最後の一押しをしてあげよう。

トレーナーの目の前に頭を突き出して、ずいっと迫る。これ見よがしに耳をひょこひょこと動かしながら。


「ふふふ…トレーナーはこの誘惑に耐えられるかな?」

「うっ………それはずるいぞエフ!」


しばらく唸りながら手を出したり引っ込めたりしていたトレーナーだったが、漸く観念したのか意を決した面持ちで「わかった、じゃあ触らせてもらうよ」と私に告げた。



トレーナーの両手が恐る恐る私の左右の耳にそれぞれ伸びて、そーっと優しく触れた。私の耳に触れた瞬間、強張っていたトレーナーの顔がパァッと明るく綻んだ。


「ふわふわだ…」と感嘆の言葉を洩らすトレーナーの幸せそうな顔が私の目の前にあった。思っていたより距離が近くて息が詰まる。

普段からよく笑っていて愛嬌のある人ではあるけれど、ここまで顔が緩んでいるのはなかなか見られない。端的に言うと、とても可愛い顔をしていた。

でも、壊れ物を扱うように優しく触れてくれるトレーナーの手は、男の人らしく大きくて骨ばっていて。そんなトレーナーの手の温かさを、耳で直接感じている。


…私の身体の様子がおかしい。いつの間にか心臓が破裂しそうなほどドキドキしていて、顔が熱くなってきた。妹たちや他のウマ娘に触られて、こんな風になったことは一度もない。さっきまでの威勢はどこへやら、急な羞恥に襲われ、身体が徐々に縮こまっていく。

それでも、トレーナーに耳を触られること自体を嫌だとは全く思えなかった。恥ずかしくてむずむずするのに何故か心地が良くて、むしろずっと触っていてほしいとさえ思ってしまっていた。こんなに身体がおかしくなっているのに。

茹だった頭でグルグルとそんなことを考えていたら、私の耳から目線を下げたトレーナーと目が合った。


「っごめん!!触りすぎた…!!」


真っ赤になってしまっている私の顔に気づいて、トレーナーは耳に触れていた手を即座に引っ込めてしまった。

トレーナーの手から解放された耳は、多分へにょりと萎れてしまっている。手が離れてしまって寂しいという気持ちの表れであることは、トレーナーは気づいていないだろう。


「…………触り心地はどうだった?」

「……ふわふわで気持ちよかったよ。ずっと触っていたいと思うくらい」


トレーナーも私の耳をずっと触っていたいと思ってくれていたことが嬉しくて、胸がきゅう、と締め付けられる。


「私、トレーナーに耳を触られて不思議な気持ちになったんだ」

「不思議な気持ち?」

「恥ずかしいのに嫌じゃなくて、むしろ気持ちよくて。…手が離れた時に、もっと触ってほしかったなって思ったんだ」

「それ、は」


私が耳を触られて感じたことをストレートに伝えると、トレーナーの顔も、私の身体の熱が移ったかのように少し赤くなっていた。


「気が向いたら、また触ってくれる…?」


トレーナーにふわふわの耳を触ってもらって癒しを与えたかっただけだったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう。今はただ純粋に「またトレーナーに耳を触ってもらいたい」ということしか考えられなくなってしまった。

私の懇願に、トレーナーは少しの間考え込む素振りを見せた後、首を縦に振った。もう一度トレーナーの片手が私の耳に伸びて、一撫される。思わずその手に擦り寄ってしまいそうになったが、すんでのところで耐えた。


「俺に耳を触らせたこと、口外しちゃダメだからね?」

「ん…わかってるよ。二人だけの秘密、だね」



こうして私には、定期的にトレーナーに耳を触ってもらうという秘密の習慣ができてしまったのであった。


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