のど拓
「う~ん、どうしよう…」
目の前にある2つのお水が入ったペットボトル。わたしはそれと睨めっこしながらとても困っていました。
「どっちがわたしのだったっけ…?」
片方がわたしの。もう片方が拓海くんのペットボトルです。ただ、どっちがどっちなのかがわからなくなっていたのです。
「間違って飲むわけにもいかないし……」
そう。これでもし、自分の口を付けたものが拓海くんの手に渡ったり、拓海くんが口を付けたものをわたしが飲んでしまったら、それは……………その…、そういうことになってしまいます。
「うーんと…」
「どうしたんだ花寺?」
頭を悩ませていたら、さっきまで別の用事で席を外していた拓海くんが戻ってきました。
「あ、拓海くん。実は……」
「にしても今日もあっついな。花寺もしっかり水分補給しろよ?」
「あ」
わたしがペットボトルについて話そうとする前に、汗をかいていた拓海くんはわたしが睨めっこしていたペットボトルの片方を持ち上げ、ぐびぐびと喉を鳴らして飲んでしまいます。
それはわたしの物なのか。はたまた拓海くん本人の物であるかはまだわかっていません。
だけど拓海くんは恐らく自分のものだと思ったまま、なんの躊躇いもなくペットボトルに口をつけてしまいました。
きっと相当喉が渇いていたんだと思う。だからどっちがどっちなんて考えが回らなかったのかもしれません。
「ぷはぁ!」
美味しそうに飲む拓海くん。それを見ていたわたしに、
「どうした花寺?顔、少し赤いぞ。もしかして熱中症か?」
「え!?う、ううん!違うよ!大丈夫!」
「無理しなくていいんだぞ?今日は暑いからな。ほら、花寺も水飲んだほうがいい」
そう言って置いてあったもう片方のペットボトルを渡されます。
「自分で飲めそうか?なんならオレが持ってて…」拓海くんは心配そうな表情を浮かべます。
「だ、大丈夫だよ!飲めるから!1人で!」
「そうか?ならいいけど…」
あくまでわたしの体調を気遣ってくれてるんだろうけど、わたしはそれどころじゃありません。
渡されたペットボトルに視線を落とし、飲もうかどうしようか一瞬悩みます。けど拓海くんが心配そうにこちらを伺っているのがわかって、わたしは覚悟を決めてペットボトルに口を付けました。
ごくごく。
喉を通して体の中に入ってくる水に体温が少しだけ下がるのがわかります。
様子を見ていた拓海くんも安心したようで、またペットボトルを傾けて水を飲んでいきました。
わたしはそれを横目で見ながら、今自分が口を付けているのが本当に自分の物なのか、拓海くんが今口を付けているのは拓海くんの物なのか。それとも2人して気づかないうちに入れ替わってしまっている物を間違って飲んでいるんじゃないか、そんな考えが頭の中をぐるぐるしていきます。
「ごくごく…」と自然と水を飲む拓海くんの唇を見てしまいます。
もしこれが本当に入れ替わっていたら、わたしと拓海くんは今……………………想像してしました。その、とても破廉恥なことを……。
「うん?花寺やっぱり顔赤くないか?本当に大丈夫か?」
「う、うん!大丈夫!全然平気!」
必死に弁解して慌てて水を飲みます。でも、結局それが原因であることをハッと思い出して、水を飲んで下がった体温がみるみる上がっていくのがわかって、赤くなってしまう顔を両手で押さえます。
「うぅ……顔が熱い…」
わたしはその後もずっと、ペットボトルの水がなくなるまでどっちがどっちだったのだろうとぐるぐるとした考えに頭を悩ませながら、しばしば拓海くんの口を見てはドキドキしてしまうのでした。