のど拓
「すみませーん。拓海くんいますか?」
「あら、のどかちゃん。いらっしゃい。どうしたの?」
「こんにちは、あんさん。前に拓海くんに借りた料理の本を返しに来たんですけど…」
「だったら家の裏の方にいるわよ。塗装がはがれたところを今ペンキ塗りしてくれてるの」
「ペンキ塗り?拓海くんがやってるんですか?」
「そう。本当は業者を頼もうと思ったんだけどたっくんがこれぐらいだったらできるって言ってくれて。家の側面をたどっていけば見つかると思うわ」
「わかりました!ありがとうございます!」
とっとっと、と教えられたとおりに駆け足でわたしは家の裏手側に向かった。
「拓海くーん?」ひょこ、と曲がり角から顔を出す。
「うん?花寺?」
曲がったすぐ先に拓海くんはいた。麦わら帽子を被り、両手に塗料の入ったバケツと塗装ローラーを持ち、なぜか上半身裸で。
「わわっ。ご、ごめんなさい!」思わず謝って一度顔を引っ込めてしまいました。ちょっとして、
「あー…悪い。服汚したくなくて上脱いでた…。あと暑かったし」
「ううん。私の方こそいきなり来てごめんね…えっと……」拓海くんの裸を見てちょっとだけ気まずいです。
「どうしたんだ今日は?」
「この前借りた料理の本を返そうと思って…」恐る恐る顔を出しながら手にした紙袋を持ち上げてみせた。
「そっか。わざわざありがとな」
拓海くんも今の状態を見られるのがちょっと恥ずかしいのか、少しだけ顔を赤くしながら私からの紙袋を受け取った。
「花寺も今日は暑いから気をつけろよ」
「うん。私は大丈夫。それより拓海くんは平気?今日も日差しが強いからあまり服は脱がない方が…」
「さっきまではここ日陰だったんだけどな。まああとちょっとで終わるから大丈夫だ」
「あ、だったら私も手伝うよ!」
「え、悪いってそれは」
「ううん。2人でやればすぐに終わるし、そしたら拓海くんも長く日差しに当たらなくてすむから」
「そうか?だったら…」と、それまで被っていた麦わら帽子をぽすんと、私に被せました。
「それ被っとけ」
被せてもらった麦わら帽子を両手で押さえながら「いいの?」と聞き返します。
「花寺が倒れた方が大騒ぎだからな。ちゃっちゃと終わらせてうちでかき氷でも食べてけよ。あとで母さんに頼んどくから」
「うん!」
気合十分に返事をした私だったけど、その後も視界の端に拓海くんの裸が映りこむたびに自分の体温がちょっとずつ上がるのがわかって、少しだけのぼせてしまいそうでした。