「ねぇルフィ、海賊止めなよ」

「ねぇルフィ、海賊止めなよ」


 何時も通りに眠ると相も変わらずウタは笑っているのか悲しんでいるのか。

 「何度も言っているだろうが、無理だ」

 分かっているのか言い切る前にウタはあの日と何ら変わらぬ明るさでライブを開始する。ルフィとウタの二人だけの世界は誰にも言う気は無いし言った所で何を如何しろと。新時代、私は最強、ウタカタララバイ、歌えと言われたらアカペラでも散々聞かされ続けたルフィには簡単な話だ。

 「あはは! 楽しいでしょ、楽しいね! ルフィ、少しは笑いなよ!」

 ウタウタの実は確かに誰にも開けられない金庫の奥深くへ鎮められているのだが。当然自分の擦り切れている罪悪感だのが作り上げている幻覚の類だと切り捨てるのは容易い。だがそれにしたってウタ・ワールドしか作り上げられていないのは至って筋も通らない。この世界が生み出された原因は分かっていないのだが心当たりは一つ二つ思い浮かべられる。

 「あはっ、ははっは! ルフィ! 海賊なんて止めて、ずっと一緒に」

 覇王色を解き放つとウタの姿は散り消えステージの照明も落ち静けさが訪れる。のだがそれもほんの少しだけですぐさま何の脅しにもならない暗がりの演出が始まった。ウタ・ワールドに居合わせているからにはウタの法則から逃れる事は出来ない。

 「此処に居ればずぅっと幸せになれるよ? あんなに苦しい顔してるのに、頑張っちゃってさ……」

 あの日ウタが食していたのはネズキノコだけでは無くワライダケから記す事も憚られる代物。更には何もかも朽ち果てようとしているルフィだけでもと激しく願ったが故の産物なのだろうか。彼の脳裏に蔓延りしがみ付いている或る種の幽霊とも呼べる存在となっていた。元々の考えに加え常に御機嫌な状態へ縛り付けられている為か本人は露とも気にしていないが。

 「………………」

 黙りこくり明日の海戦に備えた諸々を考えているルフィはふとウタ・ワールドが崩れ始めているのに気が付く。所詮は張りぼての残留思念に過ぎないのか身体が起きると消え失せる。尚も上機嫌に歌い続けているウタの真上から一際巨大な瓦礫が重力に従い彼女を隠す。

 


 「あっひゃは! おいおい、グースカピーの寝坊助船長! 今日も今日とて愛しのプリンセスに目覚めのキスでもしてきたのかい!」

  高笑いしているホーキンスは何時も通りで今の方が現実なのだと寝起きの頭もしゃんとする。自分が起きている間果たしてウタは起きているのか寝ているのか笑っているのか泣いているのか。

 「おい、ホーキンス。ゾロとサンジ連れて来い」

 アイアイサーとおっぴろげな仕草をしたホーキンスの後ろ姿を眺めやると真っ暗な空を見上げる。思えば何年も青空と言うものはウタ・ワールドの中でしか見掛けていない。

 「   」

 鼻歌交じりにトットムジカを一節鳴らす。時代は何も変わらない。

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