にがいのあまいの

にがいのあまいの


「いやや、いややぁ…」

発熱して大声で泣く元気もない幼い娘が必死で平子の胸に縋り付く姿に憐れを催しつつも、ひよ里は今その拒否を許すわけにはいかなかった。

「あかん!薬飲まへんといつまでも元気にならん!口開けえ!」

「でもにがいもん、いややもん…」

「良い薬は苦いもんや!」

無理矢理口を開かせて水を含ませ、薬を飲み込ませると幼児はぐずぐずと母に「にがい、まずいぃ」と縋ってさらにか細く泣いている。痛ましい姿に胸が痛まないわけではないが、飲まずに熱を上げてしまえば声も上げられずに昏睡してしまうのだ。自分が鬼にならなければならぬ、とひよ里は薬包紙のくずとコップを載せた盆を抱えて部屋を出た。

「リサ、飲ましといたで。にがーい言うてグズっとった。それ持ってってやり」

「分かったわ、ありがと」

部屋の前で葛湯とりんごを準備して待機していたリサに声を掛けて台所に向かう。ここから先は2人による幼児の甘やかしの時間だ。

甘い葛湯と飾り切りされたりんご、優しい母とリサでたっぷり甘やかせば、そう時間もかからず腹がくちくなってふわふわと眠ってしまうだろう。

コップのついでにシンクに溜まっていた洗い物を片付け(大所帯の軍勢ではちょっとした隙に片付けねば汚れた食器がすぐ山になるのだ)、乾いた食器を片していると盆を抱えた平子が台所に入ってきた。

「おお、ひよ里片付けしとってくれたん?ありがとなあ」

「その盆も片すからさっさと寄越しぃ。撫子は寝たんか?」

「ああ。なんとか口濯がせて寝かしたわ。……毎度悪いなァ、憎まれ役ばかりさせてもうて」

盆をシンクに置きながら申し訳なさそうな情けない声を出す平子に、ひよ里はフンと鼻を鳴らした。

「ええねん、母親は絶対に子どもの味方になってやらなあかん。ウチや拳西が憎まれ役やってトントンや。やなことあってもアンタが絶対後で甘やかしてくれるって分かってれば嫌でも撫子も頑張れるやろ」

「……お前、変なとこ大人やなァ」

あんがと、と言って上げられた疲れた顔に冷たい水の入ったコップを押し当てると「ヒャァ!」と情けない声が上がる。

「リサが看病代わってくれたんやろ。さっさとなんか腹に入れて寝てまえや!鍋におじやあるし林檎もあるから好きに食べ」

言い捨ててとっとと部屋に引っ込む。全く、親子揃って手のかかる奴らめ。

次の薬の時間まで自分も部屋に隠してあるとっときの菓子でも食べてのんびりしてやろう。イヤイヤで疲れた自分にもご褒美が必要だ。

ああ、子育ては大変だなァとひよ里は口に広がる甘い菓子の味にゆったり癒されるのだった。


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