なんのために・中

なんのために・中

性癖書く腸



行為の直接的描写はなし

事後などの匂わせ程度はある

エロい描写ないよ期待してたらごめんなさい










月光なくなり、地獄の始まり

さらさら意味なし、一人の極刑

知る意味もない、百年のこと








「隊服は脱いでおいた方がお前のためだ。帰る時に何もないのでは、目も当てられんだろう」


渋々ながらバズビーは隊服を脱いでいく。これから行われる事のえも言えぬ気持ち悪さを想像して、少し恐怖すら出てきているのだろう。

だが、もう引けない。

彼は宣言してしまったのだ。

この先に進んでしまえば、以前の自分は居なくなる。

これから行われる事は、陵辱という言葉で収まる程優しい物か。

彼はそれに耐えられるのか。


地獄の火蓋は切られた。彼は一体、どうなるのか。











そこは本当に、身体を休めるための場所なのか。それにしては空気が重く、とても息苦しい。

今されていることは、人間に行っていい行為ではない。

怨嗟の声が響き渡る。


気持ち悪い

触るな

気色が悪い

クソ野郎

死ね

殺す

殺してやる

殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる。


声と、一人の生物が暴れる音が聴こえる。

それもそよ風のようにユーハバッハは眉ひとつ動かさない。

「随分と威勢がいいな。この状況でもまだ、私の首を狙っているのか。」

バズビーは隙を着いて、神聖弓をユーハバッハに打ち込もうとした。だがそんな物なんの意味もなかった。小さな蟻のようにただ踏み潰された。

「お前の血装を操り、身体の自由を全て奪っている状況にも関わらず、それでも暴れようと抗うその姿勢は褒めてやろう。

その鳴き声も、私の新しい世界ではないもの。

今聞いておくのも良かろう。

……だが、些か五月蝿いな。

その喉元を締めれば静かになるか」


バズビーの喉元にユーハバッハの手が迫る。死への恐怖すら感じただろう。一心不乱に逃れようと身体を動かそうとする。

だが、血装を操られ動けない。何も抵抗できずその行為を黙って見ていることしか出来ない。危ういのは自分の身体だと言うのに。

ただ恐怖から呼吸が荒くなる。

「……はぁ……はぁ……っ触んな!!

来るな……!やめろ…………。

やめ、……っか゛……ぅ゛…………!!!!」

──息が出来ない。首を絞められてるのに藻掻く事も出来ない。苦しい。

喉が、潰される……。首が…………。


すると、すぐ首元が解放された。

「これで喉は潰れたか。安心しろ死にはしない。

まだ苦痛の表情を見ていないのだからな」

ゴホッ……ゥ、ゲホッゴホッ……

空気が突然入ってきたことで咳き込む。

声が出ない。喉からは空気が通る音しか出せない。


「これまでのはただの前戯に過ぎない。拷問どまりだ。

ここからが本題だ。

さあ、苦悶に溺れる表情を見せろ。

今だけ私の目の前で苦しむ事をお前に許す。

新しい世界で死の恐怖は不要だと、私に見定めさせろ。

燃え尽きてくれるなよ。替えを探す手間が増えるのだからな」


やめろ

来るな

俺に触るな

嫌だ

こんな














「ゲホッ……ヒュー゛…………ヒュー゛…………」


物音が止む。終わったようだ。

滅却師の王は、玉座に座っていた頃と様子は何も変わらない。

ただ、明らかにここで異様なことが起きたとわかるのは、寝台の上を見れば明白だ。


切り裂かれたシーツ。少量の血の跡。倒れ力尽き、濁った空気だけ排出している男の姿。

何故シーツがボロボロに。

拷問にしては血の量が少ないのは何故か。

先程まで威勢よく暴れていた男が、なんでここまで弱っているのか。

ここで一体何が起きたのか。

それは…………


すると、10人程の女の聖兵が部屋に入って来た。

各々が、淡々と仕事をこなしていく。ユーハバッハの身嗜みを整え、寝台を元に戻し、床に散った汚れを掃除、倒れた男を地面に下ろす。

ユーハバッハがふと、力尽きた男の方を見た。

「そのままでは明日からの業務に支障が出るだろう。

此度の礼だ。お前の失った喉とその他肉片に、私が与えてやる」

魔法のように、バズビーの身体の傷がなくなっていく。声も出せるようになった。

だが、バズビーはすぐに動くことはできなかった。身体の怪我は癒えても、体力までは元に戻っていないからである。

精神的負荷、慣れない事をした事で呼吸を整えるのに手一杯だ。

そんな様子のバズビーに聖兵達が服を着せていく。

「…………さわ、るな。

ころ、すぞ…………」

普段ならその手を即座に叩き落としていただろう。だが、それすらも困難なのか。

バズビーはしばらく地面に倒れたままだった。

2人の聖兵がバズビーを立たせようと手首を握ったその時、

弱々しくも手を振り払った。

「触る、な…………ハァ、ハァ……

1人で、歩くことぐらい…できる」

産まれたての子鹿のように踏ん張りながら、何とか立ち上がった。

「ならば、呑気にそこに居座るな。とっとと失せろ」

ユーハバッハは玉座に座り、その様子を肘つき見ていた。ぐずぐずしているバズビーにうんざりとしている模様だ。

「言われ、なくとも」

息も絶え絶えに言い放つ。

そのまま入ってきた扉の前に身体を進める。


「バズビー。

明日も日が沈んだ後、ここへ来るがいい」

バズビーの動きが一瞬止まった。

絶望の重荷が彼の背中に積まれた。

だが、明日のことよりも今の現状を受け止めるのに必死なのか、何も答えなかった。そのまま退席の言葉も礼もせず彼は出ていった。






来た道を戻る。

行きと違うのは、あったはずの月がなくなっていた事。空は陰り、明かりの灯っていない銀架城の廊下は暗闇で満ちている。先が見づらい。

そして、気分も違う。

先程までの夢のような現実がどうだ。

今やこれこそ夢であって欲しいと願っているだろう。

これはただの悪夢だと。

何より、本人の肉体も違う。

外見は変わらないが、様子が明らかに違うのだ。

戦いでもここまで疲弊するのは数百年振りのこと。時間にして1時間に満たないことであったのにも関わらず、死ぬようなことはなかったのに。


彼の少し後方を女の聖兵が歩いていた。

ユーハバッハの命令なのかどうかはわからないが、バズビーが自室に辿り着くまで監視をしているのだろう。

銀架城の廊下で倒れられては通路の邪魔になるからだろうか。見届けるつもりでいるらしい。

バズビーは壁に手を付きつつ、自身の身体を引きずっていた。

顔色は青ざめており、薄ら汗が滲んでいる。呼吸もおかしい。指先は僅かに震えているように見える。

──気持ち悪い。

今にも吐きそうだ。胃液が喉元までせり上がってくる。

頭もガンガンと中から叩かれ、割れるような感覚だ。

心臓の音がやけに頭に響いてうるさい。

悪寒もする。

だるくて、早く横になりたい。

だが、一刻も早くこの身体中に付いた手垢をシャワーで洗い流したい。

そうすれば、この気分も少しはマシになる気がする。

本当に、水なんかで洗い流せるかはわからないが……。




バズビーがやっとの思いで自室にたどり着いた。

行きの時の5倍は時間がかかった。

すると、もう我慢ならなかったのか部屋の地面に嘔吐をした。

せめて部屋に着くまではと思っていたのだろう。

その後処理をしようとも、気にする素振りも見せず、そのまま浴室に足を進める。

嘔吐物を避けることもせず、踏み潰して。

入口から浴室まで汚れの足跡が広がっていく。



キュッキュッと蛇口を捻る音。

上から熱い水が降ってくる。それを頭から被る。

だが、身体を真っ直ぐ支えることも辛く、思わず壁に手をついた。

彼は気づかなかった。

自分の身体がどうなっているのか。

隊服を着る時も見ていなかった。

今になって初めて、自分の身体を見た。


────手首、足首、腰周りに手で掴まれたかのような痣があった。

他にも、身体中の至る所に内出血の後、打撲痕が広がっていた。ユーハバッハは抉られた皮膚と肉片を与えただけで、痣を治すことまではしていなかった。

まさかここまで醜くなっているとは思わなかったのだろう。恐らくだが、血装で動きが封じられてる状態で暴れ回ったので、さらに内出血が広がっていったのかと思われる。


この惨状に、鈍器で殴られたように思考が停止する。同時に頭に血が上る。

「ックソ!!

気持ち悪ぃ……消えろ、消えろ、消えろ!」

どれだけ擦ろうとその痣は消えない。

結局シャワーを浴びる意味はないのかもしれない。

外的な汚れは落とせても、彼の体に染み付いた汚れは流れない。

きっと、灼熱で燃やさないと未来永劫消えない物になってしまった。

死ぬまで消えない汚れを身にまとって、これから生きていかなくてはいけない。


バズビーは歯を食いしばり、握りしめた拳を振りかぶった。

ドンッ、と浴室の壁にヒビが入った。


なんで、こんな事を俺は受け入れた……

気持ち悪ぃ、俺は男だ

内蔵を押し潰される感覚が消えない

クソを出す所に異物を突っ込まれる感覚に吐き気がする

あの光景も匂いも全てが気持ち悪いくらい脳裏にチラついて鬱陶しい

一族を殺し、家を燃やし、全てを奪ったあいつに俺は噛み付くことすら声を出すことも出来ない

あれを憎いと思えば思う程に、自分の惨めさも増していく

どうしようもなく息苦しい


俺がユーゴーの為に、ここまでする筋合いはないはずだ

あの時だってそうだ

お前と組んでも何のメリットはないと思っていたなのに見捨てる事が出来なかった

それに、あの時と違ってあいつは俺を裏切ったんだ

なんで

なんでだ、なんで、意味が、わから……

……ほんとは、わかってるさ

あいつは俺の子分で、あいつと俺は…………


あのクソ野郎は数ある一つの案にユーゴーがいる、と言っていた

つまり他にも案はあって必ずユーゴーになる訳じゃない

他の誰かになる可能性の方が大きいかもしれない

確証もない

俺の代わりになるかわからない

この一抹の不安のためだけに、この行為を受け入れる価値があるのかわからないのに

俺は、なんのためにこんな事を……

クソッ……

だが、あの時俺がユーゴーの事で動揺したのが悟られたかもしれない

そのせいでユーゴーの奴が本当になったら……

これであいつがやらなくていいのなら、やるしかない

もしかしたら、こんな地獄もすぐに終わるかもしれない

こんな地獄が終わらないかもしれない


もう逃げ道はない

やるしかねえんだ






バズビーが浴室から出る。

彼は今後のことについて考えていた。

──俺の隊服は手首、足首、首周りが開けている。流石にこの痣を晒したまま外を歩くのは気色悪ぃ。隊服を変えるのは違和感があるし、どうしたものか。

部屋を歩いているうちに、ある事も思い出した。あの時ゲロを吐いたまま歩いてきた気がする、と。部屋中が汚いままのはず、今から後処理をするのに億劫にもなっていた。それもどうしようか。


歩いていくと、嘔吐物は綺麗さっぱりなくなっていた。部屋が元通りになっている。

加えて、机の上には真新しい包帯が置いてあった。

さっき付いてきた女の聖兵の仕業か。いつもなら鬱陶しく感じるが、あの時は拒否する余裕もなかった。

まあ、これで隊服はそのまま、手首足首に包帯を巻けば何とか痣は隠せるだろう。

ふと、自分の首にも痣があるのではないかと思った。

洗面台に戻り鏡を見ると、どこよりも酷い指の跡がついていた。

クソったれ……。

そして、左耳のナットが1つなくなっていた。

暴れた際に引きちぎれたか。

あいつのせいで無くなった物を新調するのも癪に障る。もうこれはこのままでいいだろう。


バズビーは寝室に移動した。

もうこのまま身体を休ませることに専念するようだ。

やっと静かな夜が訪れる。

これで彼は、今日起きた激動の一日の疲労も取れるだろう。







────ッガバ

「ハッ……ハッ……はぁ…………」

バズビーが勢いよく身体を起こした。

酷い玉汗をかいている。加えて呼吸も荒い。

夢見が相当悪かったらしい。

眉間に皺を寄せて寝台を叩いた。

今が何時かわからなかった。しばらくそのままの状態でいると、ドアが静かに開いた。

夜の時の女の聖兵だ。

「勝手に入ってくんな。殺されてぇのか……」

バズビーが睨む。

だが、女の聖兵は真顔のまま発言した。

「申し訳ありません。ご就寝かと思い、ノックはしない方がいいかと思いまして」

バズビーは息が荒いまま要件を聞いた。

「なんか用があんのかよ」

「……外まで呻き声が聞こえた為具合が悪いのかと思い、水分を摂れるように置いておこうと水を持って参りました」

女の聖兵の手には、水差しとグラスが置いてあるトレーを持っていた。

ここまで機嫌が悪いと、女にも関わらずバズビーならトレーを投げ捨てていたかもしれない。

でも、それより喉の渇きが尋常じゃなかったからか、荒々しい動きだが水を受け取り飲み干した。

「その水差しはそこら辺に置いておけ。それと、今何時かわかるか」

あれから何時間経ったのか知りたかった。

カーテンを閉めていても隙間から光が漏れていないということは、まだ朝では無いとは思っていた。

「今は深夜2時です。」

ということはあれから2時間位は寝たのか。

最悪の目覚めだ。

ここからまた寝る気がしない。

「……もういい。下がれ」

「失礼します」

女の聖兵が部屋を出ようと扉に向かう。

が、突然うつむき加減のバズビーが言葉を発した。

「おい……悪かったな。

ゲロの処理までさせて…………」

彼なりに気にはなっていたようだ。

まさか謝罪の言葉が出るとは。申し訳ないと思っていたのか、余程精神が弱っているのか。

「いえ、ゆっくりとお休み下さい」

一礼し、女の聖兵が扉を閉める。


身体のだるさが消えない

眠りについても休めやしない

だが、今は動くことも出来ない

水を飲み、このまま横になっているとするか









太陽が昇る。

この光を見ると、少し安心出来る気がする。

ただ今日からしばらくは、身体の首という首に包帯を巻かなければいけない事の面倒くささがある。

この気持ち悪い痣を隠さなくてはいけない。

身体から気持ち悪さが、一向に消えない。

元より首が詰まった服は嫌いだ。だから襟元はいつも開けていた。

それも今日からは言っていられない。包帯をつけるのだから襟云々の問題ではない。

首周りのなんだかわからない気持ち悪さよりも、この痣が存在することの気持ち悪さの方が何百倍も上だ。

隠せるのなら包帯を着けるくらい屁でもない。


それにしても横になる前よりまだ良いとして、身体のだるさ、鈍い頭痛はまだ消えない。

このまま隊の集まりに行かなければならないのは面倒にも程がある。

星十字騎士団の一張羅を羽織れば、包帯も目立たないか。

どうせ、いつにどこを侵略しに行くとかそういった話だろ。

もう即座に帰るか。

……日が沈んだら、またあれが来る。

ここまで最悪な目覚めなのは、領地を焼かれた時とユーゴーに裏切られた次の日の朝以来だ。









「おはようございます、陛下」

ユーグラム・ハッシュヴァルトは、玉座に座る己が王へと跪き、いつもと変わらぬ忠誠を誓う。

「あぁ、おはよう。我が半身、我が息子、ハッシュヴァルトよ。

今日も平和への道を進むとしようか」

かの王は変わらず、右腕であり息子である者に言葉を返す。

ふと、ハッシュヴァルトは陛下の様子が少し違うことに気づいた。

「いつもよりご機嫌麗しく見えるように思います。何か良い夢でも見られましたか」

「……そうだな。

なかなかに良い夢も見れたかもしれない。だとすれば、この世界を創り変えようと気持ち新たにできる物だったのかもな」

「それは何よりです。陛下の夢見もいいのなら私も喜ばしい限りですので」

いつもと少し違う。

自身の尊敬する人物が気分がいいと言うのなら、臣下である自分も悪い気分にはなるはずもない。

一日の始まりを、このような気分で迎えることが出来る。

何かいい前兆なのかもしれないと、ハッシュヴァルトは予感していた。










5日後、ある領域を制圧する

その予定を知らせる為の集会だったようだ。

名前を聞いてもピンと来ない程の雑魚共を殲滅するだけ。

星十字騎士団総動員はしないらしいが、少数の中に俺もいた。面倒臭いが憂さ晴らしにはなるだろう。

もう太陽が真上にある。

ずっとその位置で止まればいいんだ。

そうすれば、俺は行かなくていい。 

バズビーは、自室に戻って行った。



日が沈み、今日も玉座に行く。

またあの地獄に足を突っ込むことになる。

銀架城に月光は差し込まない。

彼に救いはない。





──ゲホッ、ゲホッ

やっと終わった。

寒気がする。目眩がする位気持ち悪い。

こんなの慣れる訳がない。

身体中が、内臓から指先まで痛む。

殺そうと、抵抗しようとも、赤子の手をひねるように抑え込まれる。

「そういえば、痣は消えなかったのだな。

なぜそれも治らないのか私にもわからない。

血装を操り、ここまで抗う者も今までいなかったからな。

まあ、いいか……」

ユーハバッハは少し疑問に思ったらしく、1人口に出した。

バズビーは息を整えつつ、あることを聞いた。

「これはいつまでやればいい?」

ユーハバッハはバズビーの方を見て返答した。

「そうだな、これなら私が世界を変える時まで付き合って貰うとするか。

その時まで苦痛の表情を見せ続けろ。

私の創る世界では無くなる物だからな。これを見るのも今のうちだ。私だけが覚えておいてやろう。

日が沈み、お前は見せに来る。平和になるその時までな」



また、部屋まで帰る。昨日程ではないが、まだ壁に手をつかないと進めない。

また、女の聖兵がいる。

「ついて、くんな……。

倒れたりは、しない」

そう言ったバズビーの様子は、すぐにでも倒れそうな人そのものだった。

「それに、ここまで着いてくる必要が、ねえだろうが。

これもユーハバッハの、命令かよ……」

女の聖兵は一瞬立ち止まり、答えた。

「貴方をお帰りになる姿を見届けるのは、私の独断です。」

「なら、着いてくる必要がねえじゃねえか……」

バズビーは鬱陶しそうに返した。

「なら、力づくで振り払って下さい。それが出来ないのなら、私は着いていかせてもらいます」


そんな不敬な態度の女の聖兵に構ってられる余裕もないのか、バズビーは何も返さず足を進めた。


自室に入り、今日は厠で吐いた。

移動し浴室に入る。できる限り汚れを落とそうとする。

バズビーは自身の身体を見ていると、少し気づいたことがある。

痣の模様が変わっていないことだ。増えても減ってもいない。

今日も抵抗したので、痣は増えているかと思ったが変わらなかったようだ。

元の皮膚の色がなくなる訳ではない事に安堵しつつ、今後この痣が無くなることは死ぬまでないのかと嫌な考えがよぎる。

これから、あいつが90年、9年が経った時。

つまり後99年したら終わる。

今は2日経った…………。

これから、100年近く続くのか……。

……大丈夫だ、終わりがあるのならそこまで踏ん切りを着ければいいだけの事。

俺は、大丈夫だ。



 

それから、太陽が三度沈み

四度沈み

五度沈み

六度沈んだ。



あの日から7日経った朝。

バズビーはある領域を制圧をする為に、太陽の門へと向かっていた。

その場にはアスキン・ナックルヴァールとバンビエッタ・バスターバインの姿が既にあった。


「ちょっと!!私を待たせるなんてどうゆうつもり!?!?

しかもあと1人ってあんただったの!?これから向かう意味わかんない所に、こんな戦力いらないでしょ!?私だけで充分なんだけど!?」

バンビエッタの甲高く溌剌とした少女の声が廊下に響く。

生憎、最近よく眠れていないバズビーにとって1番聞きたくない類の声だ。

ただでさえ頭が痛むというのに、バンビエッタの声で割れそうになるほど痛みが酷くなる。

「…………っ……殺すぞ、バンビエッタ。

少し黙れ……てめえの声が頭に響いて仕方ねえ」

バズビーは忌々しげにバンビエッタを睨む。

これにすぐさま噛み付くバンビエッタ。

「はあ!?!?

あんた遅れて来といて何よ、その態度!!

ぶっ殺すってこっちのセリフなんなんだけど!?」

この2人では売り言葉に買い言葉。収拾がつかない。

そんな様子を感じ取ったからか、渋々ナックルヴァールが仲裁に入る。

「あーあー……。

ちょい待ち、お2人さん。一旦、お互い静かにしようか。このままだとあんたら絶対喧嘩しちゃうだろ」

続いて、2人には聞こえない音量でこうも呟いた。

「これ、こいつらのお守りで入れられたんだよな?俺。

ついてねェぜ……普段の任務よりめんどくせェじゃねェかよ……敵に殺されて死ぬことは無いとはいえ、味方に殺されるなんてのはゴメンだ。

早いトコ、帰りてェ〜……」

またバンビエッタがすぐさま反論する。

「私は!静かよ!!

こいつがうるさいって言っただけでしょ!?

それにナックルヴァール!!

あんたバズビーが来る事知ってたの!?」

全く静かではない。この場の誰よりもうるさい。

「あ〜……ならもう少し声のトーン下げてくれや……。

知ってるも何も、集まってた時に言ってただろ?

俺とアンタとバズビーの3人で行くって。

なァ、バズビー?」

耳を塞ぎつつ、ナックルヴァールが答える。そして、横目でバズビーに話を振る。

「…………知らねえ」

残念ながら、この場で集会の話を聞いていたのはナックルヴァールだけだったようだ。

これではナックルヴァールだけがおかしな奴に見えてしまう。

「はァ……!?いや、言ってたからな!?

アンタら、致命的だぜ?

もういい、さっさと任務終わらしに行こうや」

もうこの2人に呆れてものも言えない。

2度とお守りはごめんだと思っているのだろう。

すっと門に近づいていく。

それでもバンビエッタは納得しておらず、まだ文句を言う。

「ほ〜ら!!

やっぱそんな事言ってなかったのよ!!

聞いてたらその場で拒否してたわよ!!」

ナックルヴァールは額に手を付き天を仰ぎながらも、返事をしてやる。

「もうわかったって、バンビ。

それと、ちょっとこっち来い」


手招いて、そばに来るよう誘導する。少し声色が変わったナックルヴァールにバンビエッタも大人しく近づいた。

「なによ?」

2人はコソコソ話をするように、先程とは打って変わって静かに話した。

「いや、な?ちょっとバズビーの野郎がいつもと違う気がしてよ。

いつもならもっとキレそうだろ?アイツ。

口が悪ィのは変わらないとはいえ、普段より覇気がない気がするしよ?

なーんか、顔色も良くねェ気がしなくもないし。

あいつ二日酔いとかじゃねェんじゃ、と思ってよ。

本当にバンビの声が頭に響いて仕方ねェんじゃねえの?」

「はぁ?二日酔いとかどんだけ飲んでんのよ…。

まあ確かにいつもより静かだとは思うけど、そんなの私の知る事じゃないわよ」

「う〜ん?そうかい……」

ナックルヴァールはバズビーの様子を案じていたようだ。

ちなみに、体調が悪いという点では当たりだ。

彼は今、とてつもなく体調が悪い。

最近の睡眠時間は2、3時間程で、それも快眠ではない。加えて悪夢にうなされたまま目覚めるのだから、しっかり休めていないのだろう。

その割には、クマが少ないのは彼が出来にくい体質だからだろうか。

だから、ナックルヴァールは二日酔いと思ったのかもしれない。

それに、バズビーの身にどのような事が起きているのかわかるわけがないのだ。

わかるのはバズビー自身とユーハバッハ、その場の出来事を見てなくとも後処理をしている聖兵達だけである。


「おい、さっさと行くぞ」

マントを翻し、バズビーが門を開ける。

コソコソ話す2人に痺れを切らしたらしい。

「わーたって、待てよ。バズビー」

「ちょっと!なんであんたが先に行くのよ!」

「だァ〜、バンビ。もう少し音量落とした方がいいゼ?二日酔いにそれは辛ェだろうさ」


3人はごちゃごちゃと一悶着ありながら、やっと門を潜り任務へと赴く。




ある領域に、青い3本の火柱が出現した。


途端、


────バーナーフィンガー4


瞬きの出来事。

赤い炎の刀剣が爆炎を発し、一刀両断した。

そこにあった森、家、人、大小様々なもの関係なく、炎が全てを飲み込んでいった。

動物たちは逃げる間もなく、人々は声を上げる間もなく、城はチョコレートのように溶けて崩れていった。

「はぁ!?

ちょっとバズビー!!あんた何抜け駆けしてんのよ!折角、ここでストレス発散しようと思ってたのに!」

呆気に取られたバンビエッタが声を荒らげる。

おもちゃが奪われた子供みたいに駄々をこねた。

「うるせぇ……。こうゆうのは早いモン勝ちだろうが。

……俺は帰るぜ」

バズビーは、その領域の地面に足を着けたと思うと、目的を達成し、足早に見えざる帝国へと引き返した。

「このクソトサカ!!もう消し炭しかないじゃない!!」

バンビエッタの負け犬のような遠吠えだけそこに残った。

と、ナックルヴァールも合流し辺りを見回す。

「はェ〜〜、もう俺らやる事ねェじゃんか。

これじゃ来た意味がねェよなァ?」

バンビエッタがプルプルと震えながら拳を握りしめる。

「あ〜い〜つ〜……!!

私に、こんな土臭い所に無駄足を踏ませやがった!

向こう帰ったらぶっ殺すしてやるわ!!」

今にも爆弾を撒き散らしそうな勢いだ。

「まぁまぁ、落ち着きなって。

あいつ相当虫の居所が悪いらしいじゃんか。

加えて本当に体調が優れないのかもしれないぜ?」

ナックルヴァールは1点だけ気になった点があった。少し考え込んでいる。

「そんなの関係ないわよ!!ぶっ殺してやる……」

「まぁまぁ。

覇気のねェバズビーの相手なんて、アンタにとっちゃストレス発散にもなんねェと思うぜ」

「うぅ〜〜!!

もう、私も帰る!!

帰って適当な奴で発散してやるわ」

彼は溜息をつき、呆れた目でバンビエッタを見た。

「あーそーかい。全くデリカシーが無いったらねえよ。

もういいよ、アンタは帰んな。

不始末があったらいけねェからな、あとは聖兵に任せればいいだろ」

ナックルヴァールが地面に手を着いた所から黒い影が伸びていった。

すると、聖兵が何人も出現した。残骸と化した領域に走っていく。

「ふんっ!好きにしたら!」

バンビエッタも見えざる帝国に帰っていった。

それでもナックルヴァールは1人顎に手を当て、考えていた。

──バズビーの野郎、技を出した時に手首が見えたが、今まで包帯なんて付けてなかったよな?

イメチェンか?あいつのセンス的に包帯とかは使わなそうなイメージあったんだけどな……。

それとも怪我?あいつ程の奴をボコせるのなんて限られた奴しか出来ねェと思うが。

騎士団の奴らなら、まず次期皇帝様がそれを見過ごす筈もねェしな。

はァ〜、嫌だねェ〜…そんな面倒くさそうなのとは死んでも関わりたくねェよ。

それに機嫌が悪いと言うより完全に疲れきってたって感じだったな。二日酔いにしたってそこまでなるか?どんだけ飲んだんだよ。

まさか、二日酔いでもないのか?体調不良??星十字騎士団の滅却師が??そんなことあるのか……?

はぁ……ヤメだヤメ。

人の事色々見ちまうのは俺の良くねェ癖だ。

俺に関係のない事なら、まぁいいんだけどよ。





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