なんのために・下

なんのために・下

性癖書く腸








今日も太陽が沈んでいく。夜が来る。

あれから七度目。

昼間ので憂さ晴らし位ならできると思っていたが、バンビエッタのうるさい声で頭痛が酷くなるだけだった。

一瞬で、任務を終わらせた。

今日も今日とて玉座に歩みを進める。

ただ、足が重い。



玉座に行くため扉の前の廊下を通っていると、今まではいなかった人物がいた。

逆にこれまで何故会わなかったのかわからなかったが。

彼は星十字騎士団最高位、皇帝ユーハバッハの側近ユーグラム・ハッシュヴァルト。

今日は、昼間制圧した領域の事についてなど報告する量が多かったので、この時間までいるのかもしれない。

その金色の髪をなびかせ、然とした面持ちで廊下に立っていた。

その人物も、遠くから歩いてくるバズビーに気づいた。


「何故、お前がここにいる。ここから先は陛下の玉座しかない。

陛下はもう謁見の用などはない筈だ」

バズビーの前に長身の男が立ち塞がった。

ここにバズビーがいるのが不思議なようで訝しんでいる。

「安心しろ、今から陛下を殺しに行く訳じゃねえよ。

わかったら通せ」

バズビーにとって、今一番会いたくない相手だろう。

苦い顔をしながら言い放つ。

「何用だ。要件を言え。

私が進言しておく」

「そんなのお前に教える必要ねえ。いい加減にしろよ」

ハッシュヴァルトは、バズビーを陛下の元に行かせたくないのだろう。何しろ陛下の身の安全を第一とする騎士だ。当然だろう。

一方、バズビーは理由を意地でも言いたくない様子で、ただそこを通りたい。

お互い譲らず、埒が明かない。


その時、女の聖兵が来た。

「陛下がバズビー様をお呼びです。急ぎ玉座へとお進み下さい」

バズビーに声を掛けたのはいつもの女の聖兵だった。

そんな彼女にハッシュヴァルトは質問をした。

「……陛下は何用だと仰っていた?」

バズビーに聞いても無駄だと思ったのか、聞く対象を変えた。

この時のバズビーは内心、冷や汗をかいていた。──これから何をしに行くのか。誰にも知られたくねえ。

何よりユーゴーには。

女の聖兵が何を言い出すのかわからず、遮ろうと思った。

「お

「私にはお答え出来かねます。

陛下からはただ、バズビー様を呼んでくるよう仰せつかっただけですので」

バズビーが声を出そうとした時、被せるように言った。

あくまで彼女にとって第一なのは陛下。

陛下の命令を臣下に、陛下の側近でもおいそれと話せないのだろう。

いくら聞こうにも納得のいく答えが返って来ず、だからといって陛下がバズビーを待っているのならここで時間を使う事は出来ない。

煮え切らない思いだが、渋々ハッシュヴァルトは身を引いた。

「…………粗相のないようにしろ」

「はっ、言われなくてもな」

バズビーは進んでいく。その斜め前方を先導するように女の聖兵が歩いていく。


その姿を1人、ハッシュヴァルトは何か思う所がある様子で見つめていた。

彼には気になった点があった。

──昼間はマントを着ていたからわからなかったが、首、手首、足首に包帯が巻かれてあった。

そしてあったはずの左耳からナットが1つ消えていた。

ただ本人が心機一転、格好を変えただけかもしれない。それでも、何故か心に引っ掛かりを覚えたのだろう。

その場に立ち止まっていた。

しばらくするとハッシュヴァルトは自室の方へと進んで行った。








「……ゼェ……ゼェ……ッゲホ……お前を、焼き殺してやる」

寝台の上、いつものようにバズビーは恨み言を発していた。

それもユーハバッハには届かない。

かの御方はただ、どうすれば苦痛を出せるか考えている。

「私の与えた力で私を殺すか。

そうだな……万が一、億が一私に傷をつけることが出来たのなら、私自らの手でお前を殺してやろう。

そうなったのなら、変わりがいるがな」

「……!!」

バズビーは何も言えなかった。

変わりになるかわからないその人物のために、こうなっているのだから。

「今日は、そうさな……焼き殺す、とはどういった物なのか。

その痛み、お前自身の目で刮目するといい」

ユーハバッハの指先から、高濃度の霊子が集まった青色の炎が出ていた。

バズビーの瞳の前に突き付けられる。

まさか、刮目するとは目玉を焼かれる事なのか。

バズビーが少しでも遠ざけるように首をすぼめようとする。

だが、やはり動けない。

「今後、暴れるのが落ち着いてきたら、血装も少しは緩和してやろう」

どんどん、瞳に炎が迫る。

あと、5cmもしたら目玉が溶ける。

貫かれる。

「待て、やめろ……」

「言っただろう。その目で刮目しろ、と。

安心しろ、後でまた私が与えてやる」

「よせ!!!嫌だ……!!や、


目が、

ジュッと眼球が溶ける

グチュッ、パチュッと、潰された。


「ぎゃああああああああああああ!!!!」

1人の悲鳴。


あつい、いたい、みえない


眼球がなくなった場所から血、涙が溢れ出る。

「お前が滅却師でなかったら、血装でここまで簡単に拘束はできなかっただろう。

……全く嘆かわしいものだな。

やはり死の恐怖など無い方がいいのだ。

そう、実感する。

感謝するぞ、また私はこの世界を創り替えようと、己が使命を実感出来る」







今日も誰もいない、暗い暗い道を帰っていく。

バズビーの足取りは、初日と比べるとまだ動けるようになっていた。

いつも頭痛はするらしいが、特に酷いらしい。

目玉を潰された際の痛みが残っている。

ただ、壁に手を付かなくても帰れる日は近いのかもしれない。

その帰り道、まだ女の聖兵はいた。

「……おい、ハッシュヴァルトの野郎と会わねえように出来ねえのか?

あそこに行くまでにあいつの顔は見たくねえ」

先程まであんな事があったというのに、彼はハッシュヴァルトの事が気にかかっていた。

ただでさえ顔色が悪いのに、さらに陰りが見える。

「……わかりました。私が善処致します」

彼女にはどうにかする事ができるのか。

案でもあるのか。

「……あとよ、もう俺の部屋まで付いてくる必要はない、もう倒れない。

付いてきたら殺すからな」

その言葉の後に、女の聖兵に聴こえるかわからない声で小さくこうも囁いた。


──1人にさせてくれ


女の聖兵はしばらくしてから

「承りました。

本日付けで私はやめさせて頂きます」

「おい、今日もいらねえよ」

バズビーは少し鬱陶しそうに返した。

「今はもうここまで来てしまっています。

ので、今日は自室までお見送りさせて頂きます」

彼女は意地でも譲るつもりがないらしい。

下手をすれば殺されるかもしれないというのに。

「チッ、勝手にしろ」

彼は気にせず前に進む。

少しでもその汚れを流し、身体を癒せると信じて。



喉が潰されるのも、眼球が潰されるのも、身体を蹂躙されるのも、ただの一例に過ぎない。

これから彼には後99年、これ以上の事が降り掛かってくる。

それまで身体が潰れるのが先か、魂が潰れるのが先か、両方一遍になくなるのか。










地獄に入って1日、1週間、1ヶ月、半年、1年、2年、3年、10年、50年、99年


刻々と時間が過ぎていった。


今まで生きて来た中の10分の1にも満たない時間のはずなのに、思ったより短いようで長かった

最初の2、3年までは毎日殺そうと、暴れ回った

だが、いつも指先すら動かせない自分に、それをするだけ無駄だと諦めた

毎日繰り返される

もがき苦しむ

地獄に足を浸しながら生きている

男として、人間として、滅却師としての尊厳が奪われていく

だが、明らかに最初の時より痛みが少ない

痛みには慣れてきていた

この体勢も慣れてきている

それでも気持ち悪かった

触られるのも、腹の中を掻き混ぜられる感覚は何年経っても慣れなかった

自分が自分でなくなる恐怖にいつも襲われる

よく「お前が滅却師じゃなければここまで血装で身動きを取れなくすることは難しかっただろう」と脳内に囁かれる

これが数時間前の出来事なのか悪夢なのか判断できなくなっていった

俺が滅却師じゃなければ、そうしたら俺はこの状況を打破できたかもしれない

俺が滅却師じゃなかったら……

……違う!俺は滅却師だ

最強の滅却師になると、あの時誓った


行かなくても、逃げることだってできた

自分から玉座に行かなければこれを終わりにすることだってできた

それでも、俺が逃げた後にあいつがこれをする方が嫌だった

毎日の事でもやはり慣れない

抵抗して血装を操作された方が身体中の痛みが増すことは学んでいた

それでも本能が、身体が、心が、それだけは嫌だと拒絶してしまう

何もしない方が苦痛が減るとわかっていても出来なかった

助けを求めろうとした事もあった、助けなど誰も来ないのに

日が沈めば、拷問、拷問、陵辱、陵辱、身体を心を蹂躙される

身体が汚れたから魂が汚れたのか

身体が千切れたから魂が千切れたのか

わからない


最初の頃とは変わって、帰り道に壁を伝っていくことはなくなった

痛みも慣れてきた

明らかにその行為に身体が慣れ始めてる

なのに気持ち悪さだけは一向に慣れない

それどころか塵のように積もっていった

自分自身に嫌悪した

あいつを憎いと思う程に、そんな奴に好き勝手され、抵抗もできない自分への絶望も増えていった

あいつを気持ち悪いと思うほどに、俺自身の身体も気持ち悪くなっているようだった

痣も変わらないはずなのに、日に日に濃くなっている気がした

それは身体だけではなく自分の魂まで侵食しているようで


100年前と変わったことがある

夜に月を見なくなったこと

包帯を巻き始めたこと

左耳に1つしかナットをつけなくなったこと

毎晩悪夢にうなされること

頭痛が止まらなくなったこと

あの行為に身体が慣れ始めたこと

テーブルの上に包帯と水差しが置かれるようになったこと

太陽が沈まなければいいと思うようになったこと、またあの地獄が来るから

段々と悪夢の頻度は減ってきても、時々真夜中、身体から悪寒がして、どうしようもなく動悸がして、指先が冷える

これもいつまで経っても慣れなくて、

それから逃げたくても逃げる術は一つだけだった

それは「  」

そういう時、早くユーゴーと決着をつけなければと思う

それでもお前は逃げ続ける

ユーゴーとは早く決着をつけたかったが、あいつの顔を見ると夜がチラついて仕方なかった

だから、突っかかった後には日中だろうとあの悪夢を思い出して、部屋で吐いてしまう

でも今思うと、そのおかげで今俺はここまで来れたのかもしれない

太陽のある日中でも、飯を食ってる時、歩いてる時、寝てる時、地獄がフラッシュバックするようになった

でも戦ってる間だけはそれから解放された

戦いの喜び、いつでもそっちに落ちれる事に安心感すら覚えていた



そして何よりいつしか自分の心も変わっていったように思えた

前まではそんなこと思ったことがなかったのに

ずっともう終わりにしたい

もう  にたい

でもユーゴーに決着をつけるまで、俺が敗けるまで

この世界が変わるその時まで

死ねなかった

もうそれだけがバズビーを繋ぎ止めていた糸だった

馬鹿だとは思ってる

俺が断ったからと言って確実にユーゴーの奴になるわけじゃないのに

少しの不安だけで引き受けたことを

でもそれでいい


なんのために、こんなことをやっているのか

問いかけは最初の頃でやめた

そんな理由分かりきってる事だ

あいつがこうなる可能性があって、もしそうなったら俺は俺が許せなくなる

ただそれだけだ





99年経て、100年になろうとしたある晩、

女の聖兵がバズビーの部屋を訪ねに来た。

彼女は一礼し、バズビーの方を真っ直ぐ向き勅令を伝えに来た。

「失礼します。

陛下より『もう苦痛の表情はいらない』との事です」

そのまま彼女は立ったまま、何故かバズビーの言葉を待っている様子だった。

バズビーは椅子に座ったまま、腕をぷらぷらと揺らしつつ地面を見ていた。

そして、息を吐き、顔を天井へと向けた。

「…………そうか」

彼は憑き物が落ちた顔になった気がした。

何かから開放されたような。

ドアの横にたっていた彼女はバズビーのいる方に近づいてきた。

一体どうしたのだろうか。

「それと、こちらを。

バズビー様のお耳に付けていた物と記憶しております」

懐からハンカチを出したと思うと、その中から100年前なくしたはずのナットがあった。

もうその存在も記憶の彼方へとやっていたが、少し懐かしい気持ちになった。

「もういらねえよ。俺のじゃねえ。

どうせ、もうすぐ終わるんだ。

そんなモン捨てるなりなんなり好きにしろ」

彼女はその鉄屑を包んでるハンカチごと掌の中に収め直した。

「……わかりました。こちらは私が保管しておきます。

もし、取りに来たいと思いましたら、御手数ですが私の元まで足をお運び下さい。

それでは失礼します」

一礼し、扉を閉める。

廊下を歩きつつ、鉄屑を丁寧にハンカチに包み直し、懐にしまった。


女の聖兵はバズビーの専属の側近でもなんでもない。

彼女とバズビーの接点は100年前の7日間の夜と水と包帯だけ。

バズビーから何か恩を貰った訳でもない。

あの夜、初めて会った。

だが100年前の玉座の前、彼が1人の人物のために地獄へと行くのも見て、何故か見て見ぬふりを出来なかった。

彼の怨嗟の声、魘される声を少しでも軽く出来るのならと、哀れんでいたのかもしれない。

以前の彼なら同情するなと振り払っていたかもしれない。

だが、その水と包帯が彼の魂の助けの一因になっていた。



1000年前のある場所で、ある少年がもう1人いた少年に向かって、2つあったバッジのひとつを落とした。

100年前のある場所で、ある男がある女に2つあったナットのひとつを落とした。

奇しくも、2つの鉄屑の1つは相手の手の中にある。

ただ、彼の事を思って。








100年振りに見る、寂然たる玉座。

そこに2人の人物がいた。


「いよいよですね、陛下」

王と家臣。

ユーグラム・ハッシュヴァルトが陛下へ謁見をしていた。

「ああ、いよいよ私が世界を総べる時が来る。

して、ハッシュヴァルトよ。

お前は周りに恵まれているな。私は嬉しく思うぞ」

突然脈絡もなく言われ、ハッシュヴァルトは星十字騎士団の事かと思った。

「いえ、これも陛下のお力あっての事、御身のおかげです。

どうか我々の1000年に渡る祈りが報われますよう、最後まで尽力致します」

その姿は、王が全てと紛うことなき忠誠の姿だった。

これからユーハバッハが創る新しい世界に思いを馳せていた。








久々にこんな穏やかな夜だというのに、バズビーは寝付けなかった。

いつも寝る時間より数刻早いからだろうか。

気分転換に廊下に出る事にした。

ふと、上を見ると満月があった。いつか見た清純な光を思い出す。

あの時のように、月光が銀架城を明るく照らす。

しばらく歩いていると、ナックルヴァールが柱にもたれ掛かって立っていた。


「おぉ?アンタも月見かい?バズビー。

こうゆうことしなさそうなのに、意外だな」

ナックルヴァールもバズビーの存在に気づいた。

「別に。ただ暇だったから歩いてただけだ」

「ふ〜ん……もうすぐ尸魂界に行くだろ?

こんな綺麗な満月そうそうねェしよ、折角だし拝めておこうと思ってな」

「……100年振りに月を見た気がする」

バズビーは懐かしんで、眩しそうに目を細め月を見上げた。

「嘘だろ?月は雲に隠れてない限りあることの方が多いだろ?」

少し驚き気な様子でナックルヴァールが返した。

「そうかよ、知らなかったわ」

「えぇ……もっと上見ていけよ。

こんなにも見事な月だっていうのによ」

すると、バズビーが近くの柱に体を預けた。

しばらくここにいるようだ。

2人は淡々と何気のない雑談をしていた。


「俺は夜が嫌いなんだよ。

ずっと太陽が沈まなければいいと思ってる」

「えー、ずっと太陽があったら夜寝られねェじゃねェの」

「うるせえよ」

「あ、そういえばずっと太陽が沈まない白夜ってのがあるって聞いたことあるぜ。

そこなら、アンタの望む太陽が沈まない時間てのが手に入るんじゃねェか?」

「……それは、いいな」

「それこそよォ、アンタのそんな表情100年振りに見たぜ。憑き物が落ちた感じだ。

そういや、それも100年前くらいだったっけな?あんたが包帯着け始めたの。

最初は怪我なりなんかしたのかなって思ってたんだけどよ、100年間つけっぱってことはただの趣味かい?

流石に100年治らない怪我ではないだろうし……それに、明らかに騎士団様に喧嘩ふっかける回数が増えたしよ!

お前死にたいのかよ!?」

「うるせぇ野郎だな、焼かれてえのか。

てめえに関係ねぇだろうが。

まあ、あいつもいつか後悔するだろうさ、早く殺しておけばよかったってな?」

「そう怒んなって、悪かったよ。勝手に詮索しちまって。

人には詮索されたくないことの1つや2つくらいあるってもんだよなァ」

「……やっと終われる」

「何がだい?」

「この狂った世界が」

2人の間に、少しの静けさが通る。

お互い、月を見続けていた。


「それにしてもよ。

アンタなんのために星十字騎士団に入ったんだい?

他のやつ程陛下への忠誠心すげえあるってわけじゃねえし……」

「お前に関係ねえ」

「あっそ、俺は陛下の創った世界が見たくて入ったぜ」

「聞いてねえよ。

どうせそんな世界ろくでもないに決まってんだろ。

俺は世界が新しく作りかえられた後、すぐさまそれを誰かに打ち砕いて欲しいと思っているぜ」

「ふ〜ん、まるで新しい世界がどんなのか知ってる口ぶりじゃねえか」

「予想だ。

俺はそんな世界、唾を吐きたくなるほど嫌いだ」

「は〜ん、なるほどね。そんゆう考えもあるのね。

まあ、精々死なないようにお互い頑張ろうや」

「お前は死なねえだろうな」

「アンタも簡単には死なねえ口に見えるけど?」

「確かにな……。

俺はそう死ねねえよ。あいつと決着をつけるまでな。

じゃあな」

「おーう……いい夢見ろよ〜」

バズビーは一足先に自室に戻っていく。

一応、ナックルヴァールに対して片手を振りつつ、歩いていった。















────太陽の門を使い、銀架城の近くに出る。

ついにあいつに決着をつけることが出来る。


リルトット・ランパードとジゼル・ジュエル、バズビーは二手に分かれるようだ。

すると、リルトットがバズビーに声をかけた。

「おい!

お前のそんな顔、始めてみたぜ」

「あぁ?」

バズビーは突拍子もないことも言われ、心底わからない様子だった。

「始めてマシな顔見たって言ってんだよ」

バズビーは挑戦的な笑みを浮かべつつ受け答えをした。

「はっ!寝言は寝て言え。

まぁ、お前は星十字騎士団の中ではまだマシなやつだったぜ、リルトット」

「何様だテメェ……。

とにかく早くそっち終わらせて、加勢に来いよ。

ユーハバッハを殺すにはいくら戦力があっても足りねぇからな」

「ああ、俺も早いとこ終わらせてお前達に手を貸してやるよ」

「野犬が…吠え面かきやがるなよ」

仲間でありながら、一時だけ共同戦線を張っているようにも取れるような言葉。

だが、お互いに悪い表情ではない。

例え、その後の結末がどうなろうとも……。










バザード・ブラックはユーグラム・ハッシュヴァルトの前に姿を現した。

そこからは、刃の鋒と灼熱の戦いだった。

力の差は歴然だった。

あまりにも灼熱の姿は痛々しくて、天秤の顔も曇っていた。



勝負はすぐついた。

彼の望んでいた時がついに訪れた。

やっと決着をつける事ができた。

やっと敗けを認められた。


「……俺の敗けだ、ユーゴー。

……くそっ……思い通りにゃいかねえもんだな……

……お前に敗けたら……

もっと悔しいもんだと思ってたぜ」



ハッシュヴァルトは後ろを振り返らず、前に進む。



そして、彼は今、地獄からやっと解放された。

あの夜の地獄はいつしか、彼の身体、魂へと侵食して行き、生きている事も地獄となっていたのだ。

彼にとっての唯一地獄から解放される術、

それは死。

死を迎えることの出来る喜び。

生の拘束からやっと、バザード・ブラックは解放された。


「……お前の陛下への忠誠を確認できて良かった。

今までのが、まだ無駄じゃなかったんだと思える。

俺は、お前と早く決着をつけたかった……。

けど、お前が今まで逃げ続けなかったら……俺はここまで来れなかったかもしれねえ……。

……ありがとな。

これで……やっと、終われる…………」


瞳から一筋の涙が流れた。


か細くも、その場に発された声はハッシュヴァルトに届いてしまった。




── 一瞬時間が止まった気がした。

脳の理解が追いつかない。

なに、いって……どういう…こと、なんだ。

思わず、その足を止めてしまった。

進まなければいけない。

この足を止めたら、きっと先へ進めなくなる。

進まなければ、いけないのに。


彼は振り向いてしまった。


「…………待ってくれ。

どういうことなんだ……何故、お前に私の、陛下への忠誠が重要なんだ。

何故、礼を言う必要がある。

私は礼を言われるような事を何も、していない……。

なんで、逃げ続けた事が良かったんだ……。

私の知らない場所で、君は今まで何をしていたんだ……。

何故、終わることに安堵しているんだ……。

なにも、分からない。

答えてくれ……頼む……まだ…………」


100年前からだ。

包帯を着けて、ナットもひとつなくなった。

あの時、陛下の所になぜ向かっていた。

突っかかってくる事も明らかに増えた。

100年前、陛下がお目覚めになってから。

包帯なんて着けるような柄ではないのになんで付けている。

私はお前に易々と質問ができるような人間ではない。

だから、聞けなかった……。



激しい戦闘のせいかバザード・ブラックの首の包帯が解れていた。

やけにそれが目に入ってしまった。

取らない方がいい、取ってはいけないと脳の中では警鐘が打ち響いていた。

だけど、なのに、その手を止めることは出来なかった。

彼は包帯を取りに、近づいてしまった。



包帯を、取った。



その下には人の指の痣。



騎士団内の者にはいつも目を光らせていた。

私が漏れを見逃す筈がない。

外にも、お前をここまでできる者もそういない。

あったとしてもお前がそこまでされて抵抗しないはずがない。

100年前からあったのか。


──100年前


嫌な予感がする。

陛下が目覚めて、お前は陛下の所に向かっていた。


──陛下


思わず、手首の包帯にも手を伸ばした。

その下にも

指の痕。

身体を押さえ付けられている痕。

衣服の前を開け、身体を確認する。

すると、おびただしいほどの内出血、打撲痕、腰周りを手で掴まれたような痕。


普通の拷問で腰周りに指の痕など付くはずがない。

これは────


違う

そんなはずがない

そんなはずがないんだ

まさか……陛下

今まで

あの時から

100年



 息が詰まる。喉がヒュッと鳴った気がした。

バズビーの傍に手をついて、懇願するようにうずくまった。

「……頼む、まだ、いかないでくれ…………。

嫌だ、100年間一体何があった……。

私は、いつも見張っていた。お前に危険はないと、思っていた……。

なのに……なんでこんな……。

なんでだ、なんでこんな事が……!!

嫌だ……終われる、とはなんの事だ……。

まるで、死を望んでたような言い方はやめてくれ!!

君らしくない!!

やめろ、やめろ!!

礼なんか、言うな……私を許さないでくれ…………

まだ、いかないでくれ…………」


ユーグラム・ハッシュヴァルトはその場にうずくまったまま、バザード・ブラックの元を離れられなかった。




100年間何が行われていたのか。

今更気づいても、何が起きてたのか真実を知る由もない。

痣だけが全てを物語る訳でもない。

痣以上の事が行われた事実もあなたはわからない。

毎日バズビーが悪夢に苛まれていた事も知らない。

バズビーの男として、人間として、滅却師としての尊厳が削られていた事も知らない。

陛下はそんなこと、数ある記憶の中の出来事に過ぎず、語られるわけもない。

後処理をしていた聖兵達は後処理をしていただけで、何をしていたまでは具体的なことまではしらない。

バズビーの夜、最も近くにいた女の聖兵を見つけることも出来ない。

見つけたとしても彼女はあの惨劇を直で見ていた訳でもない。

バズビーの矜恃の為語る訳もない。


出来事の当人であるバズビーは死んだ。

あなたはずっと避け続けた。

逃げなければ、バズビーは100年の間苦しまなくても済んだかもしれない。

だが、逃げ続けたから、バズビーはこの世界が変わるその時まで100年間持ち続ける事ができた。


なんのために1000年間忠誠を捧げてきた。

時間だけ見れば、バズビーはそのたかが10分の1だけだ。短いもんだ。

なんのために目の前の人物を切り捨てた。

陛下を仇なす者はまだいる。

もし、陛下に忠誠を誓っているというのなら、行かなければいけない。

それに、バズビーは言っていただろう。

お前の陛下への忠誠を確認できて良かった、と。

あなたにとって陛下は敬服し、尊敬し、憧れている存在だと思っていたから。

だから、そんな人からこんな行為をあなたに味わせる事はできないと思った。

その足があるのなら、陛下への忠誠を誓うのなら、その命最後まで、かの王の為に使うべきだろう。



──そこから動くことが出来るのなら。


あの地獄はバズビー1人しか知らない。








終わり

Report Page