なるはずない

なるはずない



「どう、して…」


腕の中でそう問われた。

それが何に対しての「どうして」だったのか、今もわからない。



この部屋の唯一の出入り口である扉が白く凍り付いていくのを、ただ見つめる。

これでここから出られないし、そもそも今の彼に逃げるなんてできないが。

ゆるりと振り返り、自分のベッドの上に横たわる彼の横に椅子を引っ張ってきて腰掛けた。

目を伏せた彼は呼吸が荒く、苦しげで顔色が悪いのが見て取れる。

暇を持てあまし、捕虜や奴隷が収容されている牢屋へ赴くと、彼は隅で蹲っていた。

劣悪な環境とティーチたちの相手をさせられ続けた疲労が、ついに体調に現れたらしい。

そんな彼を自分の部屋に運んできた。

ドクQもティーチも今は島におらず、そのまま牢に放っておくわけにもいかない。

そして彼は提督のモノであり、大事な交渉材料だ。

これは事実だし何もおかしくない。


…己の心の内が、どうであれ。


彼は明らかに身の丈に合わぬ大きなシャツを一枚だけ纏い、氷の輪がその足首を飾っていた。

汗で張り付いた桃色の髪をそっと撫でる。


四皇とその幹部達に囲まれても怯まず真正面から言い返してみせた胆力。

師匠に連れられて海軍本部にやって来た時より伸びた背丈。

そして『英雄』の肩書。

おどおどした様子で自分を見上げていた頃を思えば、たった二年でよく成長したものだと思う。

階級の差はあれど兄弟子であった自分の耳にも評判は聞こえていた。

ろくな戦闘経験もなかったにもかかわらずたった数ヶ月で六式を会得し、あっという間に下士官へと駆け上がったのだ。

努力家で賢く、真っ当な正義感や優しさを持ったこの眩しい存在の影で「彼には敵わない」と心が折れた者も少なくない。

そんな弟弟子を目に入れても痛くないとばかりに、師が可愛いがっていたのも納得できる。

…なら自分は、どうだったかといえば。

自惚れでなくこの子から慕われていた、と思う。


海賊島に連れて来られた当初はこちらから関わる気などなかった。

いらぬ疑いをかけられるのは面倒だから。

けれど、ティーチの目に隠す気もない欲が爛々としているのに気づいた瞬間、強い焦燥感が牙をむいた。

その衝動に駆られるまま、驚き困惑するこの子を組み敷いて暴いた。

「やめてください」と弱々しい懇願を噛みつくような口づけで呑み込んで、恐怖と苦しみから逃れようとする腰を掴んで最奥を穿てば、悲しげにすすり泣き揺さぶられるだけになった。

すべて終わった後、わいてきたのは罪悪でも自己嫌悪でもない嘲笑だった。

外道なのはティーチ達じゃなくこの子の信頼を裏切った自分の方で、賊に堕ちて引き返せないことなどわかっていたはずなのに、まだ真人間のつもりだったのか、と。

それから、自分を見て怯えるようになったこの子に苛立ちのような感情がわくようになって、気まぐれに手酷く抱いた。

優しくなんて、できなかった。



いまだ丸みが残る頬に触れるとやはり熱っぽく、目を開ける気配はない。

窓の向こうのならず者達の喧騒は遠く、この部屋だけ世界から隔離されているような気さえしてくる。

外の世界は荒れている。

時が経つにつれ、出口の見えぬ闇夜に覆われつつあるようだ。


あの巨大な戦い…マリンフォードが廃墟と化した白ひげ海賊団との全面戦争は、混沌の始まりにすぎなかった。

海軍は勝利の高揚に酔い、治まらぬ熱気が狂気に変わり始めていた頃。

空気にのまれて殺気立つ者の咆哮に流されれば、下っ端の海兵にとってそれほど楽なこともないだろうに、それができないからこそ英雄になったのか。

この子はサカズキの前に立ちはだかった。

十代半ばの若造の、勇気ある数秒。

たった一声であの戦場のほぼ全てを止めてみせ、それが世界を変えて、今に至る。


この子は、世界に「望まれて」いる。

目に見えない大きな「なにか」に選ばれている。


運命とか宿命だとかそんなの柄でもないが、理屈めいたものじゃない直感のようなものを、あの時はっきり感じた。

師の孫である彼もしかり、彼らのような若者が新しい時代を切り開く予感。


そして今はまた一つ、別の予感が頭を過る。

あの自由人な師匠が、弟子が海賊に囚われたのを黙って見ていられるのか?と。

遠くない未来で、自分は師と拳を交えることになるような気がする。

その時自分は、本気で戦えるだろうか。

「ぅ、ん…」

ベッドの上で身じろぐ気配に反応して思考が止まる。

頬に触れている自分の手にすり寄られて、


『クザンさん!』


「っ…!」

反射的に手を離した。

不意に蘇った記憶の中の屈託ない笑みが、こちらの心臓を責め立てる。

…苦々しい。

この子を見ていると心をかき乱されて冷静でいられない。

自分が堕ちたことを嫌というほど思い知らされる。

サカズキの前に飛び出した時から、800人のために自らの身を差し出した今に至るまで、この子自身は何も変わらず、己の正義に殉じようとしている。

ならば自分はどうだ?


「…、ぅ…?」

瞼が震えて、うっすらと瞳があらわれた。

しばらくぼんやりとしてから、あたりを見回す。

こちらを見つけて何かを呟くが、掠れて声にならない音が漏れ出た。

目が合うと、今まで考えていたことが霧散して、すーっと頭が冷えていくのを感じる。

ベッドに乗り上げ彼の上に覆い被さった。

こんなことするつもりなかった…、いや、そもそも牢を訪ねたのはそういうつもりだったけれど。

彼の片足を掴んで開かせると、違和感を覚えたのかぼんやりしていた視線がこちらを見下ろす。

「…っ!」

状況を理解した驚きと羞恥心からか、とっさに捲れたシャツの裾を掴んで両足を閉じようとした。

理不尽にもそれにイラッとして、体を彼の両足の間に挟ませる。

「や、で…できな」

「なにが?」

拒絶しようとした彼の言葉を遮って漏れ出た声は思った以上に冷たいものになって、彼はひくっと喉を鳴らして怯えた目でこちらを見た。

「足開いて喘いでりゃいいだけでしょうが。何が、できないって?」

彼は問いには答えず、苦しげに呼吸を繰り返すばかりだったので、太ももを掴んでじわじわと凍らせてみせる。

「っう、ぅう…」

それに耐えきれないとばかりに顔を背け、震える手で掴んでいたシャツの裾をおずおずとたくし上げた。

凌辱され続けているのに、未だに恥じらいや清純さを失わないところが痛ましく、いじらしい。

なんて、加害者の考えることじゃねェな。と自嘲した。




「あ、あぁあ…!」

彼が白い喉を仰け反らせて喘ぎ、ガクガクと体を震わせる。

「体調悪いってわりに、こっちは…、イイ具合じゃない」

突き挿れた場所がいつもよりずっと熱い。

慣らしは軽くしかしなかったが散々可愛がられていたせいか、さほど苦もなく入れた。

気を抜くと持っていかれそうで、思わず息を吐いた。

「なァ、気持ちいい?」

「ぅん、あッ…はぁ…あ、やぁっ」

加減せずに揺さぶって問うても、やはり返事は返ってこず。

そんな余裕はないのだろうと分かっているが、気遣ってなんてやれない。

「嫌なんて嘘でしょ。こんないやらしく締め付けてきてさァ…」

「うぅ…!」

ぎゅっと目を瞑ってすすり泣く姿を見ても、優しくなんてできない。



何も縁もない海賊に守られて生き残ったこの子と、殺し合いをした相手に情けで生かされた自分。

自分から頼んで弟子にしてもらった自分と、師匠自らが気に入って弟子にしたこの子。

世界に望まれて『英雄』になったこの子と、世界に選ばれず『英雄』にはなれなかった自分。

悪の海賊に堕ちた自分と、正義の海兵のままのこの子。


そんな自分達が、一体どんな言葉を交わせばいいという?



自分の体で覆い隠せるほど小さな体を片腕で抱き寄せる。

気づけばシャツを握っていたこの子の手が、すがるように自分の服を掴んでいた。

自分は受け入れられてるなんて、頭の悪い勘違いをしそうになる。

愚かだ。


だって。



闇夜に輝く星(この子)が俺なんかのモノになるはずない。


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