なりたい己を捨てぬこと
ワノ国を支配する”四皇”カイドウの束ねる”百獣海賊団”の本拠地「鬼ヶ島」。
そこでは今まさにワノ国の未来を占う最後の決戦が始まっていた。
「追えーっ!! ”歌姫”に歌わせるなー!!」
その一角、中心地であるライブフロアから離れた場所でウタは”百獣海賊団”の海賊たちから逃げ回っていた。
「奴が歌いそうになったら耳を塞げ!! 間に合わないものは聴こえない場所まで退避しろォ!!」
流石は”四皇”の統べる海賊団と言うべきか。
既に情報が出回っている”ウタウタの実”の能力を最大限警戒しつつウタを追い詰めていく。
「っ!!!」
積年の恨みを込めた赤鞘たちの討ち入りによって切られた開戦の火蓋。そして集った”麦わらの一味”とワノ国を解放せんとする約五千人の戦士たち。
始まりに際し、少しでも敵戦力を削り取ろうと開幕に放ったウタの歌声はある程度の雑兵を無力化することができた。
しかしやはり敵も歴戦の猛者たち。幹部級やそれに連なるものたちは素早く対処し、誰一人脱落させることができなかった。
ならばと追加で歌おうとしたウタに瞬時に接近してきたのはカイドウの右腕、”百獣海賊団”の大幹部筆頭”火災のキング”だった。
――貴様の危険性は既に知っている。二度も歌わせるバカはいない!!
――っ!!!
――ウタ危ねェ!!
全身を駆け巡る不吉な予感に即座に身を躱すウタ。
ウタを守ろうと動いた周囲の仲間たちより早く放たれたキングの絶大な一撃はウタの立っていた地面諸共地下深くへと落としていった。
――…ウタァ!!
――大丈夫!! すぐに追いつくから、皆は皆の戦いをしてっ!!
ウタを助けようと駆け出しかけた仲間たちに声を張り上げる。絶対に追いつくと。
自分が狙うのはライブフロアのステージ。あそこで歌えばきっと「鬼ヶ島」に歌が響く。
そんな事情で地下に落とされたウタは激戦区であるライブフロアを目指し移動しているが、敵が多くその足は遅々として進まない。
「鬼ヶ島」は敵の本拠地。土地勘も敵陣の方が圧倒的に上回っている。
”ウタウタの実”で一掃しようにも”百獣海賊団”はかなり広範囲に渡ってウタの情報を流布しており、ほぼ全員が対策を講じている。
能力を使うことによる体力の消耗も無視できない。普段は仲間が守ってくれていたが、今は一人。安易に使えば取り返しがつかない。
「生かして捕えろ!! カイドウ様の命令だ!!」
そうして、無数の敵に着実に追い詰められていくウタ。
もはや一か八かで歌うべきかと覚悟を決めた次の瞬間、ソレは現れた。
「どりゃああああ!!!」
『うわああああっ!!?』
「うわああああっ!!」
ウタを追い詰めていた一団を手に持った金棒の一振りで薙ぎ払う角を生やした長身の眉目秀麗な女性。
薙ぎ払われた敵の悲鳴に紛れ、その背中から何故か子どもの悲鳴が聞こえてきたのをウタの耳は捉えていた。
「や、や、ヤマトォ!! せっしゃ達がいるのを忘れないでくれェ!!」
「ごめんモモの助君!! でも彼女が危なかったから!!」
女性の背中から顔を覗かせたのは敵に囚われていたはずのモモの助。
無事だったのかとウタは安堵し、目の前の女性…ヤマトと言っていたか…が敵ではないと判断した。
時間は少しだけ巻き戻る。
――あ、あれは!! ヤマト、あっちを見るでござる!!
――…? あっ!!
「鬼ヶ島」がカイドウの”焔雲”によって浮遊し、逃げ場がないことを悟ったヤマトたち。
何処か避難できる場所を探して走り回っているところで、敵に追い詰められるウタの姿を発見した。
――ルフィの仲間のウタでござる!! 一人では危ない!! ヤマト、どうか…
自分を守るように言われているのは分かっている。だがウタも大切な仲間なのだ。
モモの助はヤマトに聞き入れてもらえるように懇願しようと声を上げ、
――うおおおおおおっ!!!
――えええええええっ!!?
モモの助が言い終わる前にヤマトはウタを救助しに駆け出していった。
「ウタ!! 無事であったか!!」
「モモの助君としのぶさんこそ!! 無事でよかった……!!」
互いの無事を喜び合うウタとモモの助。だがいつまでもこうしてはいられない。
状況を確認しようと二人が声を出す前にヤマトが口を開いた。
「キミ!!」
「え、私?」
その目は真っすぐとウタを見ている。
何だろう、ここまで真正面から見つめられるとちょっと照れちゃうな。顔綺麗。
内心で見惚れつつウタはヤマトに顔を向ける。
「そう、紅白髪のキミだ!!」
ヤマトの声は弾んでいる。まるでずっと待ちわびた人と出会えたような喜びでいっぱいだとウタは察した。
だが、彼女がそんな風に喜んでいる理由が分からない。
なのでウタはヤマトが話し始めるのを黙って待つことにした。
「キミ、凄いね!! 流石は『ウタ』に憧れてる人!!」
「え」
ヤマトの口から出た言葉は、ウタの頭では理解できないものだった。
困惑し呆然とするウタ。そんなウタを見つめながらヤマトは話し続ける。
「それに”歌姫”なんて立派な異名がつくなんて!! 『ウタ』と同じくらいキミも凄いんだね!!」
「心意気だけじゃなくて形から入るのもアリだよね!! 僕も”おでん”みたいな黒髪に染めようかなァ!!」
「え。え?」
矢継ぎ早に繰り出される言葉に混乱するウタ。しかし興奮したヤマトはそれに気付かず更に捲し立てる。
「キミがルフィの仲間だってことは既に知ってる!! 安心して!!」
ここで少しだけヤマトの身の上に触れておこう。
幽閉されている身ではあるが、いずれ”おでん”のように海に出ることを志しているヤマトは世界情勢を記した新聞もこまめに読んでいる。
しかしここ最近は父であるカイドウやその配下たちの目が厳しく、新聞を盗み見ることができていなかった。
自分が頼めばいくらでも読ませてはくれるのだろうが……”おでん”としてそんな手段は取りたくない。
そのため、最近のヤマトは手配書を確認するのみで世界情勢についてはまるで把握できていなかった。
そんなある時、”麦わらの一味”の手配書に一人の少女が増えていることに気付いた。
――? これって…
その名は『ウタ』。”歌姫”の異名を持つエースの妹である人形とよく似た色合いをしている女の子。
――……そうか!!
彼女にとって『ウタ』とはエースの語った小さな動く人形だ。その人形はルフィの肩に乗っていたのをかつての手配書でヤマトは確認していた。
そんな彼女の目に飛び込んできた『ウタ』によく似た女の子。
その手配書を見たヤマトはこう思ったのだ。
――この子も僕みたいに『ウタ』になりたいんだね!!
つまりは、ウタが自分と同じく『ウタ』に感銘を受けた人間だと勘違いしたのだ。
――凄い!! 凄いなァ!! 髪色まで揃えて!! 気合入ってる!!
――流石『ルフィ』と『ウタ』だ!! でっかいなァ!!
エース、確かにキミの妹はとんでもなかったよ。人形でありながらここまで人に感銘を受けさせるなんて!!
ひょっとして『ウタ』は……”おでん”なのでは!?
もしもエースが見ていたら困惑しながら「そうじゃねェよ」と言いそうなほどに明後日の方向を見つめながら、ヤマトは目を輝かせていた。
そんな誤った認識が正されぬまま辿り着いた結果が現状である。
「僕がモモの助君も…『ウタ』に憧れるキミだって守ってみせるから!!!」
「モモの助君!! この人怖い!!」
もはやウタからしたら恐怖である。言ってる意味が分からない。
いきなり現れて自分を『ウタ』に憧れるファンか何かだと勘違いして、興奮してるのか早口で気合を入れているヤマトは率直に言って不審者そのものだった。
ウタは涙目でモモの助に助けを求める。どうにかしてと目で訴えかけている。
「ウタ、ヤマトが落ち着いてから説明するでござる……」
「モモの助様、とりあえず安全な場所を探しましょう……」
自分が護衛されてるはずなのに、まるでヤマトの介護をしているようでござった……
後にワノ国の”名将軍”と呼ばれるモモの助は、当時のことを振り返りそう語っていたと言う。
「え~~~っ!!? じゃあキミが『ウタ』なの!?」
「うん、そうだよ…」
「鬼ヶ島」に存在するある倉庫にヤマトの驚く声が響き渡る。
ヤマトから少し距離を取った場所でウタは頷いた。無事誤解は解けたようだ。
横でモモの助としのぶがホッとした顔で胸を撫で下ろしている。
ウタは怖かっただろう。”おでん”を自称する不審者が叫びながら近付いてきた時は自分たちも怖かった。
「ごめん!! てっきりキミも僕と同じように『ウタ』になりたがってたのかと…」
だからあんなに混乱していたのか。納得し、冷静になったヤマトは頭を下げる。
ヤマトはまごうことなき変人で不審者だが、真面目だった。
「謝らないでいいよ!! 怖かったけど…」
「ううっ…!!」
あの『ウタ』を怖がらせてしまった。どうしよう。やっぱり”おでん”として挽回するしかないかな。
いけない。”おでんの息子”であるモモの助君や赤鞘たちが生きてたこと、ずっと会いたかったルフィやウタと出会えて舞い上がり続けてしまった。頭を冷やさないと。
様々な思考が駆け巡ったヤマトは頭を振り、一旦脳内を整理する。
ヤマトはまごうことなき変人で不審者だが、今の戦況で舞い上がり続けていられるほど楽観的ではなかった。
「それはともかく、何故ウタを知っておったのだ?」
ヤマトが落ち着いた頃を見計らい、モモの助がずっと思っていた疑問を口にする。
自分が言うより前にウタを助けに行ったこと。まるでずっと昔から知っていたかのようにウタに話しかけたこと。
新聞を読んで存在を知っていたにしても、些かウタのことに詳しすぎる気もしていた。
そんなモモの助の疑問にヤマトは落ち着いた口調で説明する。
「友達から聞いたんだ」
「友達……?」
ウタは首を傾げる。この閉ざされたワノ国に来るような人物で、自分を知るような人に覚えがなかった。
「そう、数年前に父を殺しに来た海賊……エース」
ヤマトはウタたちの疑問を晴らすようにハッキリと口にする。
共に未来を語り、再会を約束し、果たせぬまま逝った友の名を。
「!! エース!!?」
「ワノ国を救ってくれようとした海賊がおったのか……!?」
ウタとモモの助は驚愕する。
ウタはエースの名が出たことに。モモの助は自分の知らぬところでワノ国を救おうとした人がいたことに。
ヤマトは驚く二人を見渡しながら静かに話し始める。
現在の戦況でゆっくりはしていられない。早くカイドウを倒さなければならない。
けれどこれは大事なことだ。世界の”運命”が大きく変わる事実を僕は”おでん”の遺品から受け継いだ。
今こそモモの助君にソレを返し、”おでん”が託した”希望”を持って暗闇に沈むワノ国を照らそう。
「それに、ルフィは”D”を持ってるんだろ?」
「モモの助君が出会い、キミ達をワノ国へと連れてきた……僕はこの”運命”を信じてる」
「キミ達こそ父を倒す”新たな時代を担う若き強者たち”だって!!」
今こそ語ろう。”おでん”が信じた”未来”のことを。
僕が待ち望み続けた、キミたちという”運命”の話を。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「がんばれモモの助君!! ”焔雲”を出せーー!!!」
「そんな事言われても!!」
龍の姿へと変じているモモの助の身体に乗ったヤマトが叫ぶ。
カイドウの”焔雲”によって空中に浮かんでいた「鬼ヶ島」。それが徐々に高度を落としながら”花の都”へと向かっていく。
このままでは”花の都”の人々が危ない。それどころか「鬼ヶ島」で戦っている仲間たちも。
だからカイドウと同じ悪魔の実の能力者であるモモの助が”焔雲”を出し、「鬼ヶ島」の落下を制御しなければならない。
「ムリでござる!! 出ぬものは出ぬ!!」
モモの助の悲痛な叫びにヤマトはグッと唇を嚙みしめる。
気持ちは分かる。如何に同じ能力を持っていようとも比較されるのは”四皇”の一人”百獣のカイドウ”。
ワノ国の精鋭たる侍たちが束になっても敵わぬ隔絶した戦闘力、「覚醒」を果たしたルフィを筆頭に数多の強者たちが幾度となく挑み続けてなお倒れぬ耐久力。
そして、そんな激闘の中ここに至るまで「鬼ヶ島」を浮かせる”焔雲”を維持し続けていた異次元の体力。
どれを取っても今この戦場に立つものの中で間違いなく最大最強の存在が”カイドウ”だ。
それと同じことをやり方も分からぬままやれと言われても、心が負けてしまっても仕方なきことであろう。
「ムリでござる!! 母上に、合わせる顔が……」
だがダメだ。モモの助君だけは負けてはいけない。だってキミはこれからワノ国を背負う”光月おでんの息子”なのだから。
ワノ国の未来を築かんとするならば、「鬼ヶ島」如き支えなければ立つ瀬がないだろう。
そんな想いを乗せてヤマトはモモの助を励ますが、届かない。「鬼ヶ島」は”花の都”へ落下し続けている。
(僕じゃ、ダメなのか……!!)
自分の無力さを突きつけられているかのような感覚に歯噛みする。
僕にはムリなのか?”おでん”にはなれないのか?最初から、叶うはずのない”夢”だったのか?
もしあの日僕が憧れた”おでん”がここにいたならば、モモの助君を奮い立たせることができたのだろうか。
そんな弱気な考えがヤマトの頭を覆い尽くさんとしたその時、
♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば
「こ、この歌は……?」
突如聴こえてきた歌声にモモの助は戸惑いながら周囲を見渡す。
大激戦が繰り広げられるこの「鬼ヶ島」で、自分たちのいる場所まで届くような歌を誰が歌っているというのか。
「……ウタだ!! ウタが歌ってる!!」
モモの助と同じく呆然と歌に聴き入っていたヤマトがハッと気付いたように声を上げる。
そうだ、ウタだ。これはウタの歌だ。
根拠なく、しかし絶対の確信を持ってヤマトは叫んだ。
――小さいナリだがよ…あいつもルフィに負けねェくらいでっけェ”夢”を持ってるっておれは感じたんだ
脳裏をよぎるのは友の言葉。自分があの二人を待ち望んだ始まりの言葉。
「鬼ヶ島」に、いやワノ国に響き渡るほどの歌声を聞きヤマトは胸から熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
――いつか、ウタはとんでもないことをするぜ!! おれは信じてる!!
ああ、エース。キミの言う通りだ。ウタは本当に凄いことをし始めたよ。
”太陽”の光届かぬ暗黒の中にあって、”夜明け”を待ち望む人々を照らし奮い立たせるソレは、まるで”月”の光。
”夜明け”に続く道へと人々を導く、”救世の歌声”だ。
諦めかけていたヤマトの心に火が灯る。
そうだ。こんなところで諦めるなんて、全くもって”おでん”じゃない。
”おでん”ならば最後の瞬間まで信じ、叫び続けよう。「キミならばできる」と。
「ルフィが言ってた!! ウタの歌を聴くと力が出るんだって!!」
「この歌とキミが合わされば、絶対”焔雲”を出せる!!」
モモの助君に届くように、力の限り叫ぶ。
できないはずがない。大丈夫、キミは絶対に成し遂げる男だ。
「う……!! うおおおおおおおお!!!」
頑張れモモの助君。僕はもう迷わない。この歌が響く限り、絶対に負けはしない。
僕は”おでん”として、キミが”世界の夜明け”を導くのだと信じ続ける。
”世界に響く歌声”に奮い立つ”鬼姫”が一人、ワノ国の未来を背負う”新たな時代”の勝利を願い、叫び続けていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
国を覆う闇を払い、”新たな時代”を迎えることができたワノ国。
長い眠りから目覚めたルフィとゾロの回復祝い、そして”麦わらの一味”恒例である宴が”花の都”の城にて盛大に行われていた。
「……それで僕は思ったんだ!! キミも”おでん”なんだって!!」
「そうなんだ!! ありがとう!!」
宴の一角にて、決戦時に響き渡った歌声に如何に自分が感動したのかを身振り手振りも交えて必死にウタに伝えようとするヤマトの姿があった。
「すげェなウタ……言ってる意味分かるのか」
「言葉の意味は分かってないけど、多分褒めてくれてるのが嬉しいだけよアレ」
遠目からそんな二人を眺めるルフィたちは感心しながら会話をする。
ヤマトの言ってることは終始よく分からないが、ウタを褒めていることだけは理解できた。
「そうだ、ヤマト」
「何だいウタ!!」
熱く語り続けるヤマトに声をかけるウタ。
ずっと喋り続けているというのに疲れを微塵も見せず、それどころかまだ喋り足りないと興奮冷めやらぬヤマトがその声に答える。
「私、”おでん”の話が聞きたいな」
「!!!」
ウタの言葉にヤマトの目が見開かれる。
「ヤマトの話を聞いてて、思い出したんだ」
「昔、シャンクスから”おでん”のことを少しだけ聞いたことがあるの」
「破天荒な人だったって」
「”赤髪”から……」
呆然と呟くヤマト。その名は自分にとっての”聖書”、”おでんの航海日誌”で何度か出てきたものだ。
”おでん”のことを慕っていた”海賊王”の船の見習いクルー。『赤太郎』と”おでん”は呼び、『バギ次郎』共々可愛がっていたと記されていた。
そして、今やその名を世界に轟かせている男。
”赤髪のシャンクス”。己の父”百獣のカイドウ”と並ぶ”四皇”の一角。
戦いが終わった後に聞いたのだが、ウタはそのシャンクスの娘なのだという。
愛されて育ったのだろう。そう確信を持てるほど嬉しそうに父のことを語るウタに、自分と父の関係を重ねて少し複雑な気分になったりもした。
己は自ら”おでん”であることを目指し、家族から愛される道を捨てた。それでも心の何処かでは親子の繋がりを信じていたのかもしれない。
あるいは自分が感じ取れなかっただけで、あのクソオヤジなりに向き合ってくれていたのだろうか。
それにしたって、なるともなりたいとも言った覚えのない「新将軍」に勝手にしようとしたり爆弾を仕込むのは完全にやり過ぎだと思っているが。
「うん。だから聞きたいって思ったんだ」
そんなヤマトの胸中を知ってか知らずか、ウタは言葉を続ける。
あなたの話が聞きたいのだと。
「………………ぼ、僕でいいの?」
先ほどまで興奮気味に捲し立てていたとは思えないほど遠慮がちにヤマトはウタに尋ねる。
今まで「”おでん”に憧れるのはおかしい」環境にいた。当然だろう。自分は”おでん”と敵対していた組織、その長の子どもなのだから。
それでも憧れは止められず、誰に何と言われようとも”夢”を捨てることはしなかった。今の僕があるのは”おでん”のおかげなのだから。
結果として今まで誰かに”おでん”のことを語るというのはほとんどなかった。それこそエースくらいだったかもしれない。
後は、業腹だけどクソオヤジとは話さずとも”おでん”に対する共通の認識は持っていた……と今になって思う。父が消えた以上、もう確認のしようがないことだけど。
そのような環境で育ったためか、ヤマトは何処か自信なさげな顔でウタを見つめていた。
それこそモモの助や日和、彼の臣下だった赤鞘たちに聞けばもっと実態に即した”おでん”の話が聞けることだろう。
自分が見たのは”おでん”が父に処刑されたあの日。そして自分にとっての”聖書”である”おでんの航海日誌”から読み取れることのみ。
本人とちゃんと会話をしたわけでもない。情報が偏っているという自覚はある。自分を通して見る”おでん”はかなり美化されているだろうとも思っている。そんな話がウタにとってどれほどの価値があるのか分からない。
そんな僕の話を聞いてくれるの?本当に?
「うん、『ヤマトから』聞きたいんだ」
「ヤマトがなりたい”おでん”のこと、もっと知りたいな」
そう言ってウタは優しく微笑む。
それは「話せる」ことの喜びと、「話せない」ことの苦しみを知るがゆえか。
ウタは、人の話を聞くのが好きだった。
「………!! うんっ!!」
不安げだったヤマトの顔に笑顔が花開く。
それは童女が笑うかのように無垢な喜びに満ち溢れていた。
「まず”おでん”はね…凄い人なんだっ!!」
取り留めのないヤマトの”夢”の話はいつまでも続く。
語り部と言うには余りに未熟なその言葉を、ウタはニコニコと笑いながら聞いていた。