なお、シャンクスへの誤解は微妙に解けてない

なお、シャンクスへの誤解は微妙に解けてない


「?????????は?」


背後に宇宙を背負ってしばらく放心していたトラファルガー・ローが絞り出せた言葉はただそれだけだった。

いつものように、文字通りロケットの勢いで飛んできて抱きついた思い人が、怒るでもなく、「いつものこと」と処理してスルーするでもなく、スペキャ状態で固まっているのを見て、ルフィとその同伴者は小首を傾げて尋ねた。


「?トラ男ー、大丈夫?」

「どーしたの、ヒゲのおじさん」


「誰がおじさんだ、俺はまだ26だ」という大人げない抗議すら浮かばず、ローは固まり続ける。

ルフィの背中に抱きついてこちらを見ている、彼女にそっくりな幼女から目を離さないまま。


大人用の年季が入った麦わら帽子に、左目の下に深い刺し傷とその縫合痕、「56」という数字がプリントされたタンクトップという女の子らしさ皆無な服装。

見れば見るほどに、彼女は「麦わらのルフィ」にそっくりすぎた。

年齢以外。

幼女としか言いようがない年齢だったのだ。

そして、これだけそっくりな幼女なら、真っ先に連想する関係は……


「わー!どうしたの麦わら、その子!麦わらの子供!?」


ローと同じく、幼女の存在に気づいてフリーズしていたハートのクルー達だが、ベポのみ驚きはしても処理落ちするほど考えてもいなかったのか、真っ先に反応して連想した関係を口にした。


「キャプテンまじっすか」

「はやく言ってくださいよ!」

「え~~え~~~キャプテンに似てねェ!麦わらの血強いな!」

「バラすぞてめえら!!」


それをきっかけに、他クルー達のフリーズも解凍され、各々好き勝手なことを言い出し、ローの思考も宇宙から帰還して彼らを怒鳴りつける。


……彼らのテンション上がった騒ぎとブチ切れたローの怒声によってかき消されたが、実はこの時にルフィとベポは「違うよ、この子は昔のわたし!!」「マジで?悪魔の実の能力者になんかされたのかな?」という会話を交わしていた。

なので、この後のことに関してルフィはあんまり悪くない。悪いのは、話を聞かずに暴走していた彼らの方だ。


そんなことなどもちろんつゆ知らず、ローは囃し立てて自分を茶化すクルー達に一括する。


「俺の子なわけないだろうが!麦わら屋に限らずそんなの出来る心当たりはねえし、第一どう見ても歳が合わねえだ……!!??」


何気にこれまた下品な方向で茶化されそうなことを暴露しつつ否定するロー。

幸いかどうか不明だがその情報は、言った本人からも怒られていた奴らからも漏れなくまとめて彼方に吹っ飛んだ。


ローが勢いよく振り返り、クルー達も先ほどまでのふざけてはいたがお祝いムードでニヤけていたのが一転して、顔面蒼白の真顔でベポに懐いて遊んでもらっている幼女に視線を向ける。


……どう見ても、その幼女は身長が100cmを超えているし、言葉も単語ではなくちゃんと話せているし、大人の話も理解できている。

どんなに頑張ってめちゃくちゃ小さく見積もっても、彼女は5歳を超えていると確信出来る程度に大きいことに気づいてしまって、ベポ以外のハートの海賊団は絶句。


「???ど、どうしたのトラ男とみんな?」


そんな彼らの様子を、まさかベポとの会話を聞いてなかったとは思っていないルフィは困惑して尋ねると、ローはDRで腕を切られた時以上の痛みを耐えるような顔をして、掠れた声で縋るように訊いた。


「……麦わら屋、……お前いま、いくつだ?」

「え?19だけど?」

「…………あの……子供は?」

「えーと(帽子持ってるってことはシャンクスと出会って別れた頃だから……)7歳くらいかな?」

「「「12歳!!??」」」

「7歳だよ!?」


盛大な誤解とアンジャッシュが勃発し、ルフィは訳のわからない驚き方をしてるロー達にツッコミを入れるが、もちろん暴走している彼ら気づかない。

ちびルフィの歳がもう少し上、もしくはルフィがもう少し下なら、流石に有り得ないと思って冷静になれたのだが、絶妙に有り得てしかも胸糞最悪な歳だった為、彼らの頭から「ちびルフィ=ルフィの娘」という可能性以外がすっぽり抜けてしまった。


「……父親」

「はい?」

「…………そいつの、父親は誰だ!?」


訊いても仕方ないこと、どうしようもできないこと、むしろ彼女の傷を抉るような真似だと分かっていても聞かずにはいられず、ローは覇王色持ちではないはずなのに、バチバチと音が鳴りそうなぐらいの殺気を込めて問う。


「え?知らない」


もちろんルフィからしたら、ローの殺気は意味不明すぎるので、その勢いに押されてか、ただでさえ2年前に名前と存在を知り、顔を知ったのもつい最近という縁が薄すぎる父親を完全ド忘れして正直に答えた。

……ここで「ドラゴン」と答えていたら、流石に誤解の方向が修正され、「妹かよ!!」で終わったのに。


ルフィのある意味闇深い答えに、真実以上の闇深さだと勘違いしているローは、立ちくらみを起こしてふらりとよろめく。


「!?トラ男どうしたの大丈夫!?」

「……それはこっちのセリフだ」


先ほどからずっとルフィからしたら訳わからない質問と反応ばかりされてるが、それでも目の前で顔色を悪くさせて倒れかけたローが心配で駆け寄るのだか、当人は鬼哭を杖代わりにしてなんとか体を支え、自分を気遣う少女に悔しげな声を絞り出す。


「……平気……なのか?」

「え?何が?」

「……父親が……わからなくて……、お前からしたら知りたくもないかもしれねえけど……でも……なんで……お前は笑えるんだ?」

「(?いや別に興味はないけど知りたくもないとは思ってないよ)父親がいなくてもじーちゃんはいたし、マキノとか村長とかダダンとか、優しい人に面倒見てもらったから、寂しい時はあったけど平気だよ!」


ツッコミどころ満載なローの問いだが、ローがあまりにも悲痛な顔をしてるので、ルフィは突っ込まず、いつもどおり「にしし」と笑って正直に答えるが、その大人な対応と気遣いが更に現状をアンジャッシュ。


「……ガキが強がるな」

「むっ。強がってなんかないよ!」

「……傷を傷と認識もできず、泣きもしねえのはガキの強がりでしかないんだよ!!」


盛大にルフィの健全からは程遠いが割と健やかだった過去と周囲の人々を勘違いして、今更でも何かをしてやりたいのに心の傷を見せてもくれない彼女に、血を吐くような思いでローは叫ぶ。

真実を知ったら知ったで吐血しそうなので、どうしたらいいのだろうか?


いつもの子供扱いかと思ったら怒鳴りつけられ、けれどローが伸ばし、自分の頬に触れる手はあまりに優しく、同時に怯えるように震えていたから、ルフィは戸惑いながらもその手に自分の手を重ねて握り、笑う。


「大丈夫。トラ男、わたしは本当に大丈夫なんだよ」


もうやめて、ルフィ!あなたの優しさが今はローとベポ以外のハートクルーの勘違いを加速させてる!!


もちろんそんなこと知る由もないルフィは、こっちもこっちで何やら勘違いして、今にも泣き出しそうな顔をしているローへ伝える。


「ちゃんとわたしも、痛かったり辛かったりしたら泣くよ。

シャンクスにわたしはもう大人だって証明した時も、結局ビービー泣いちゃったし!」

「!!??おい待て、シャンクスって四皇の赤髪のことか!?」

「う、うん?」


まさかの風評がシャンクスに被弾。


ローが触れていた指先がちょうどルフィの目の下の傷だったことと、ルフィは普通にちびルフィが自分の過去だとロー達も認識していると思っているのと、先ほどからの「傷」というワード、ちびの傷はまだ日が浅くて生々しいことから、そこを心配してると彼女は思い込んでの発言だったが、ちょっと流れが悪すぎた。

ルフィは何も悪くないのだが、シャンクスには謝った方がいいだろう。


「どういうことだ!?赤髪とどういう関係だったんだお前は!?」

「え?ちょうどあれくらい(ちびルフィ)の頃にうちの村を拠点にしてて、遊んでもらってた」

「「「遊んで!?」」」


落ち着け、ローとハートクルー達。そこに意味深な意味は皆無だ。


「???うん、くすぐりあいっことか(※ウタとです)」

「おいそれ本当にくすぐりあいか!?騙されてんだろ!!」

「あー、確かにわたし騙されてたかも。わたしだけ薄着だったし(※ウタが厚着してくすぐりを無効にしてただけ)」

「!?穏健な奴らかと思ってたが、腐っても海賊は海賊か……」

「そうだよね、シャンクス普段は気のいい面白いにーちゃんだったけど、根っこは海賊なんだよ。

『聖者でも相手してるつもりか?』って言いながら(※ルフィを助けるため山賊相手に)銃をぶっ放した時はビックリした」

「っ何でお前はそんな目に、怖い目に遭って、笑ってそいつらのことを語れるんだ!?」

「?いやー、あれは(山賊に)口答えして余計なことしたわたしが子供すぎて悪かったなーって思ってるし。

でも、今思うとシャンクスも大人げない奴だったなー。普通さ、子供相手にお酒に酔って泣きながら『辛いのは俺の方だ、クソガキ』とか言う?(※これは事実。シャンクスはルフィとウタに土下座しろ)」


ローの前提からしてフルスロットル誤解と、ルフィの言葉足らずが最悪の相乗効果を叩き出し、シャンクスへの風評被害がヤバいことになっているが、お互いにそのアンジャッシュに気づかない。


「も、もういい……。麦わら、もう何も言わないでくれ……」

「もうこれ、キャプテンより同じ女同士イッカクに任せた方が良くないか!?」

「ひっぐ……うぇぇ……」

「ダメだ!感情移入し過ぎてイッカクが一番泣いてる!!」


ローの背後でハートクルーたちは号泣とやり場のない怒りや嫌悪の地獄絵図となっており、それもルフィからしたら何が何でどうなってる?という状況だが、それよりも目の前の怒りなのか悲しみなのか絶望なのかわからない、とにかく怖い顔をして無言になってしまったローが不穏すぎて動けない。


ローはローで、幼さゆえの無知につけ込まれ(違う)、女性として最悪の尊厳破壊(誤解)を受け、それでも笑ってる(全て勘違いなのだから当たり前)目の前の少女があまりに痛々しい姿が見ていられず(ちゃんと見ろ)、けれど目を逸らすことすらできず(ダメだ。節穴だった)、奥歯を砕きそうなぐらいに強く歯を食いしばることしかできない。


……ここで抱きしめてやれば、彼女の想いに応えてやれば、少しは彼女の傷が癒えるのではないか?

泣いて欲しくなどないけれど、泣くことすらできない、泣くほどのことじゃないと言い聞かせる生き方をやめてくれるのではないか?


そんな風に思いながらも、体は動かない。

彼女を癒し、救いたいからこそ傷に触れるべきなのに、その傷に触れたことで拒絶されるのが怖いと思ってしまった自分が、嫌で堪らなかった。

自己嫌悪する必要ないから、もう何もするな。


そんな未来の自分の突っ込みなんてもちろん届かず、ルフィの困惑しきった「と、トラ男〜?」と言う呼びかけにも反応できなかった。


「?キャプテン、何してんの?」

「ヒゲのおじさん、お腹痛いの?」


そんなローの挙動不審にやっと気づいた、ちびルフィと遊んでやっていたベポが小首を傾げて尋ね、彼に抱き抱えられていたちびっ子も心配して声をかけた。


ベポはともかく、幼女の声に一瞬ハラワタが煮えくりかえった。

子供に罪はないとはいえ、目の前の少女の尊厳を踏み躙った結果(そんなものはない)に八つ当たりだとわかっていても、怒りが湧き上がる。


だが、顔を上げて見てみれば、そこにいるのはキョトンと目を丸くした、……お世辞にも普段から人相が良いとは言えないのに、今は普段以上の凶相となっているであろう自分に、どこまでも純粋な心配の視線を向ける子供……ルフィそっくりの子供の顔に、八つ当たりの怒りも、臓腑を焼くほどの憎悪も、自分の無力さを嘆く絶望も緩やかに消えてゆく。


残されたのは、「この子達にどうか、幸せを」という願い。


「……いや、大丈夫だ。あと俺はおじさんじゃねえよ、ちび屋」


急に険が取れて不器用ながらも柔らかく笑ってローは幼女の頭を撫でてやる。

彼女はその答えに安心したのか笑って、けれどちび呼ばわりは不満だったので可愛らしい声で反論した。


「わたし、ちびじゃないもん!

わたしの名前は、モンキー・D・ルフィだよ!」

「そうか。じゃあ俺もおじさんでもトラ男でもなくローって…………ちょっと待て」


きゃらきゃら笑いながら名乗った子供に、ローも穏やかに笑いながら呼び名の訂正を求めようとして、気づく。

いくら何でも、縁を切っていたとしてもおかしな部分。


「おい……」


その部分を、訳がわからないが機嫌が治ったようで良かった良かったと安堵している二人、ルフィとベポに尋ねた。


「……なんでこのちび屋は、麦わら屋と同じ名前なんだ?」


その問いに、二人の答えは決まりきっていた。


「「?その子(この子)が昔のわたし(麦わら)だから。最初に言った(言ってた)よ?」」


その答えにローは鬼哭を再び杖にして体を支えながら項垂れ、深い深いため息を吐く。

そして、こいつもシャンクスと同じくらい大人げなく、26歳児を発揮した。


「紛らわしい真似すんじゃねえ!!!!」

「!?いったあーーっ!!覇気使って殴らなくても良いじゃん!

って言うか、紛らわしいって何の話!?」


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