なおこの後モブ海兵は消された
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今回、黒ひげ海賊団に捨て置かれたコビーを発見し、保護してくれたのは彼だったらしい。そう看護師から聞いて、コビーはお礼を伝えるべくとある海兵の部屋へと向かっていた。
コンコン、と軽く扉を叩き、その海兵の名を呼ぶ。するとすぐに返事があり、扉が開いて彼が顔を覗かせた。少し驚いた様子だったので、コビーは眉を下げて申し訳なさそうに微笑んだ。
「すみません、おやすみ中のところ。先日、僕を保護してくれたのは貴方だと聞いて、お礼が言いたくて。本当にありがとうございました」
ぺこりと頭を下げるコビーに、やけに湿った声が降り注いだ。
「随分、気持ち良さそうでしたね」
「え?」
思わず顔を上げると、目の前に一枚の写真を突きつけられた。白濁に汚された裸体と虚ろな顔で笑う────コビー自身のあられもない写真だった。
「……ッ!?」
一体いつ撮られたのだろう。黒ひげ海賊団の面々と交わっている時、朦朧とする中で撮られたのだろうか。だとしたら何故、彼がこんな写真を持っているのか。
よろめきながら、一歩一歩と後ずさる。全身から血の気が引いて、青ざめていくばかりで頭が回らない。
「……折角ご足労いただいたんですから、中へどうぞ。今、相部屋の奴も居ませんし」
男は冷え切った表情で、コビーを部屋の中へと促す。尋問でもする気なのだろうか。
しかしこのまま廊下で立ち話をして、誰かに聞かれてもまずい。コビーは促されるまま、取り敢えず部屋の中に入った。後ろ手に、鍵の閉められる音がする。
「大佐殿はいつもあのように善がってらっしゃるんですか?」
「なっ……ち、ちが」
「じゃあこれはどう説明するんです?」
咄嗟に振り返って否定するも、再び写真を突きつけられて口を噤んだ。冷たい眼差しは暗に裏切り者めと言っているのだろう。その自覚はコビーにもあった。思わず視線を落とす。
合意なく攫われた事を言い訳にするつもりはない。それ程までにコビーは黒ひげ海賊団に愛され、また彼らを愛していた。こうも肉欲を満たし、恋焦がれるのは彼らのほかにはいない。このまま事実無根だと跳ね除けて、しらを切れば海兵としての立場を守り切れるのだろうが、そうしてしまうにはあまりに痛む心があった。
言葉を紡ぎあぐねているコビーに、男はフッと表情を緩めた。
「ね、大佐。取引しませんか」
甘ったるい声に、コビーは恐る恐る男の顔を見上げる。救いか、あるいは断罪か。縋るような視線を向けてしまう。
「これは自分と二人の秘密にしましょう。ただ、一つだけお付き合い願いたい」
ああ、これは後者だ。
薄ら寒いほど優しく微笑む海兵の男に、コビーは昏い声で「わかりました」と応えた。
2
「コビー大佐、この後よろしいですか」
「……ええ。いつもの場所に伺いますね」
廊下で挨拶を返し、すれ違いざまに交わされたその海兵とコビーのやり取りに、隣にいたヘルメッポは首を傾げた。相棒のやけに硬質な、緊張した声色の返事を聞き逃さなかったのだ。
何か、あの海兵自身の重たい相談でもされているのだろうか。特にコビーと親しかった覚えもない、ヘルメッポ自身も“見かけたことはある”程度にしか知らない人物だが。プライベートな話ならばコビーから話を持ちかけられていない以上、ヘルメッポの方から詳細を聞くことは出来ない。
しかし並び歩きながらどんどん表情が翳っていくコビーに、ヘルメッポは声をかけずにはいられなかった。
「……なんか、俺でも手伝えることあったら言えよ」
「えっ!?あ、えーと……大丈夫。ありがとう」
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「と言って、騙して来られたんですか?」
コビーを壁に押さえつけて後ろから突き上げながら、男は喜色と興奮を抑えきれない様子でそう言った。ぎゅう、と恥じ入るように締めつけが強くなったナカに、男は高揚してさらに腰を叩きつける。
「ハ、ハハ!!お優しい少佐が可哀想だ……!」
「あぐ、ぅ、あっ、ぃや……っ」
泣き声混じりな悲鳴が上がり、男はまた笑いを溢した。男と比べ小柄なコビーは、床に足がつかないまま不安定な体位に身を震わせている。ふるふると震える背中には、黒ひげ達に付けられたのであろう噛み跡や鬱血痕が未だに残されていて、その哀れな姿に口の端が釣り上がって仕方がない。
コビーがそろりと振り返り、涙を湛えた瞳で男を見上げる。
「も、おろして……おろしてください……」
「つれないこと、言わないでください、よッ」
「うぅ……っ!は、ァ……もうつらい、ん、です、せめて……」
「ええ?黒ひげ共に比べたら可愛いモンでしょ?それとも、あの写真をバラされたいんですか?」
「っ……」
男はこの上なく気分が良かった。まさかあの太陽のような英雄殿が、この手に堕ちてくるなんて!
あの日、一番にコビーを見つけられたのは本当に恵まれていた。酷いことをされた被害者なのだ、早く保護しなくてはと思っていたはずが、刺激の強い痴態とも言える姿に気が付けば手を出していた。蹂躙されほとんど意識のない彼を、犯した。
散々貪られたコビーの身体は敏感になっていて、男の身勝手な愛撫にもビクビクと身体をはねさせては悩ましい声を漏らした。その姿に迫り上がる欲を彼の胎内に吐き出して、冷静になるかと思いきや、男の中には独占欲が芽生えていた。
どうしてもこれを手放したくない。手に入れたい。
未練がましく腰を揺すっていると、それが気持ち良かったのか、コビーがヘラリと笑った。きっと何もわかっていないのだろう、いつもの爽やかな彼からは想像できないような淫靡な笑顔だった。
これは使える。興奮にから回る頭で、脅しの材料としてシャッターを切った。
それがどうだ!見事に手の内に転がり落ちてきてくれた。自分なんかでは到底敵わない大佐殿を、かの四皇と同じように支配している。こんなにも気分が良いのに、バラしてわざわざ海軍から追放するなんて絶対にするわけがない。多少昇進するやもしれないが、そんなことよりも目前の彼を好きにできる今の状況の方が余程甘美に映った。
そうとも知らず、コビーは自分の身を差し出してくる。それもまた男を愉悦に浸らせた。
「ハァッ、そろそろ、クッ……」
「ひ、ぃ、いや…………ッてぃーち……!
…………………ぁ、ぐッ!!」
「……今、なんと?」
男はガッとコビーの頭を壁に押さえつけ、嬉々として聞き返した。コビーの顔はみるみるうちに真っ青になっていく。
きっと、彼のトラウマを刺激したのだ。この状況下で黒ひげの名前を呼ぶということは、おおかたそうすれば解放してやるなどと言われたことがあるのだろう。つまり四皇と自分とを完全に同一視したということではないか?
そう捉えた男は、海兵らしからぬ優越感に呑まれていた。
「黒ひげも趣味が悪い。名前を呼ばせるなんて……。あ、そうだ」
「?……」
コビーが何を言い出すのかと怯えた目線を寄越す。男はそれに目を細め、コビーの耳元に唇を寄せた。
「自分のことも呼んでくださいよ。そしたら下ろしてあげますから」
3
黒ひげの腕に抱かれる時、コビーはもう安らぎすら得るようになっていた。
だが今日は、初めて連れ去られて来た時のような、否、それよりも深刻な怯えが心の内にあった。緊張は体を硬直させ、それに黒ひげも気がついたようで。
「なんだ?今日は乗り気じゃねえのか。……前回、やりすぎちまったか?」
そんなことはない。むしろ、最後に愛されたあの時をずっとずっと思い出していた。写真を盾に脅されて、言われるまま犯されるしかない八方塞がりな状況で、唯一コビーの心を支え続けていたのだ。
背を撫でる優しくて大きな手と、わざとおどけた気遣わしげな声色に、コビーは堪えきれず黒ひげの胸に思い切り顔を埋めた。グッと奥歯を噛み締めて声を殺しても、しゃくり上げてしまうのは止められない。
泣いちゃだめだ。これは身勝手な嘆きで、海軍にも、黒ひげ達にも許されることではない。だけど────あの人に抱かれたくなんてなかった。
そんな想いが溢れて、涙が黒ひげの胸元を濡らしていってしまう。
「……何があった」
「…………」
「泣いてちゃ分からねェだろう。なァ」
急かすような口ぶりをしながらも、黒ひげは変わらずあやすように背を撫で続けている。
きっと、何をされたかを話せば彼らは怒ってくれるだろう。今も薄らと、コビーを想うが故の怒気が伝わってきている。だがコビーの海兵としてのポリシーが、それはしたくないと首を振っていた。
「会いたかったんです。ずっと、あなたに」
「そりゃ嬉しいけどよォ……。おれ達に隠し事か? ウチは尋問に長けた奴らばかりだぜ? 早く吐いたほうが楽になれると思うがな」
「……めいっぱい、優しく抱いてくれませんか…………」
くたりと身を預けたままそう囁くコビーの顎を持ち上げ、黒ひげはそっとキスを落とした。
「いつもそうだけどな」
ゼハハ、と笑う声はいつもより幾分か暗い声だった。