どうせならこのぐらい綺麗事言ってくれる方が好きです
王国の重要な橋の1つであるグランドブリッジにて最強と名高いアレクサンドラ隊と魔族の戦闘が行われていた。
多勢を誇っていた魔族は瞬く間に排除され、今ではアドラメルク1人が残るのみであった。
「魔王の手先は許しておけん!降伏しようが泣いて詫びようが容赦せん!」
アレク達は魔族は冥力が届かない地域では力を発揮できないことを把握しており、彼女を逃がすつもりは毛頭なかった。
「そこまでバレてるならしょうがない……じゃあ来週ぐらいにまた来るから〜王様によろしく♪」
まるで友達にでも挨拶するような軽さで手を振るアドラメルクの態度に逆撫でされ、大明師と称されるちくわが攻撃を仕掛ける。
「待―」
「返すわけ無いだろ!」
アレクの静止を聞かずに攻撃を仕掛けるが、敵は一切動じずにその攻撃を待ち構える。
「なっ…」
「こっわ、こぅいぅの正当防衛って言うんだけど知ってる?」
ちくわの攻撃が消滅し、同時に強力な魔弾が彼を襲った。あまりにも速すぎる攻撃に対応できず直撃を受けてダウンする。
「弱体化してたら勝てると思った?それナメ過ぎだよ?」
「貴様ァ!!」
「アレク!落ち着くの!熱くなっちゃダメなの」
怒りで一瞬冷静さを失ったアレクをサンドラが引き止める。
(仲間思いの嬢ちゃんが落ち着いている…なにか考えがあるのか)
本来なら1番に食って掛かりそうな性格をしているサンドラの態度を見てムサシもアレクも頭を冷やす。
「シリウスエクスプロージョン!」
「っておい!やっぱりアンタが1番熱くなってんじゃねぇか!!」
ムサシのツッコミも虚しくら白い炎柱がアドラメルクを襲うが、またも消滅して同じような魔法がサンドラを襲う……が、サンドラの目の前でその炎はかき消された。
「防御魔法と攻撃魔法の同時使用…そんなの聞ぃたことなぃんだけどぉ…」
真逆の性質を持つ2つの魔法を同時使用する芸当は"魔導大元帥"と呼ばれるサンドラであるからこそ可能であった。
「やっぱりそうなの、魔法を反射してるだけでコイツ自身の力じゃないなの」
(嫌味なやつ!反射してるのは私の力だってーの!)
トリックが見破られてしまったアドラメルクは一気に窮地に立たされる。本当は"帰還の結晶"を使って撤退したいところだが、彼女の反射能力は文字通り全てを反射するため、併用ができないのである。
下手に使ってその隙に攻撃を受けたら魔王直下の『四魔天』といえども生還は望めないことは確実だった。
「であればやり方は色々あるが…ムサシ、俺の攻撃を切り払うことは出来るか?」
「あの程度の速さなら問題ねぇが…いくらか加減してくれよ?」
"剣聖"アレクと"戦極侍"ムサシのコンビネーション攻撃に流石のアドラメルクも警戒する。
(ここは……賭けるしかなぃ!)
アレクが剣から眩いばかりの魔弾を放つ。本来魔法は彼の専売ではないが、それでも先程のサンドラの魔法よりは威力が高い。
(さぁ…跳ね返してきやがれ!)
ムサシはその瞬間に備えて居合を構える……が。
「うがああぁぁあ」
アドラメルクの反射は完全なものにならず、明後日の方向に魔弾を弾くのが精一杯といった様子であった。
もちろんこれは彼女の罠であり"本気で攻撃したら勝てますよ"と見せかけてアレク隊が自分達でも迎撃できないほどの一撃を放つのを誘っているのだ。
「良し!意外と脆いぞアレク!」
「ああ!これなら俺のヴァンダライズとお前の奥義で……」
「バカ二人!落ち着くなの!!!」
アドラメルクの罠にまんまと掛かりかけた二人をまたもやサンドラが引き止めた。
「今のがアイツの本気である保障なんてどこにもないなの、お前達の本気の一撃なんて私達自身跳ね返されたらどうしようもないなの、慎重に動くべきなの」
(ちぃ…余計なことを……)
勝利を目前にしてそれを取り上げられたアドラメルクは苛つくものの、それでも"今もう必死です"という表情は崩さない。その演技の甲斐あって、アレク達は彼女の力を測り損ねていた。
「くっ…下手に攻撃しても弾かれるだけ…」
「かといって強力な攻撃はこっちにとってもリスクが高いとなると…」
「どうしたらいいなの……」
「アハハッ、アンタらが困ってる顔って最高なんだけどぉ〜」
この無限に続くと思われた膠着状態は、一人のイレギュラーによって壊された。
「あれは…!?」
「あっアイツ!」
「来るななの!ここは危険なの!」
それはマヌルであった。彼は明らかに危険なアドラメルクの少し離れた位置を素通りして何事もなかったかのようにアレク隊の傍に近づいて来たのだ。
「……この状況、僕に任せてくれませんか?」
「は?」「は?」「バカなの?」(はぁ?)
四人全員がその分不相応な発言に呆気にとられていると、おもむろにマヌルは針を取り出し、ステータスを開示する。
「これは呪われた伝説の武具、天獄の縫い針といいます能力は……固定ダメージ1」
「なんだと…!?」
「お前……不憫な……」
「っていうかそんなのでどうするなの!?」
「まぁ見ててくださいよ」
おもむろにマヌルは針をアドラメルクに投げつける、話し声が聞こえていなかった彼女は得体の知れない攻撃を反射させる――が、違和感に気づく。
(ありえなぃ……完璧に反射したはずなのにHPが減ってる…?)
そして跳ね返ってきた針をマヌルは左手で受け止める。
「ちょっ…」
豪快に手のひらに突き刺さり、あわや貫通というほどの傷を作るが……ステータスを表示するとHPは1しか減っていなかった。
「この通り……この針は防御しようが反射しようが直撃しようが"攻撃された"という状況が成立した時点でダメージを1与えます」
「そりゃ分かったけどよ……」
「そして僕の職業は薬師です……くっ」
マヌルは針を手のひらから抜くと、薬草を取り出してスキルを発動させた。
(アトムスフィア!!)
すると手のひらの傷は完治し、HPも1回復していた。
「なるほど!これならアイツを確実に倒せる!」
「外傷を負わせずにHPを削り切る…中々エグいこと考えるじゃねぇか小僧」
「お前のお陰で王国は助かるなの!」
(ここまで……か、)
アドラメルクは絶望してついに膝を折る。彼女は回復手段を持たない以上、どうあがいてもマヌルには勝てない……かといって帰還はアレク隊が確実に妨害される。走って逃げようにも"円"から出たら逃げ切るのは不可能だ。
彼女に取れる手段は経験値とならないように自害することぐらいであり……その頬を一筋の雫が伝っていた。
しかし、マヌルはアレク達の声援に応えずおもむろに歩き出してアドラメルクとアレク隊の丁度真ん中で止まった。
「ここまで話しておいて何ですが……彼女を見逃してあげられませんか?」
「!?」「!?」「!?」「!?」
衝撃の発言に四人が完全に固まる。
「君……今ならその発言は聞かなかったことにして――」
「ならもう一度言うよ、彼女を見逃してあげてほしいんだ」
繰り返す言葉にアレク隊は完全に冷ややかな目線をマヌルに向ける。
「小僧、下手な英雄思考なら辞めとけ、俺も家族を守らなきゃいけねぇんだ…あんまり聞き分けねぇとお前を切って俺が針を奪っちまうぞ」
ムサシが悍ましいまでの殺気でもってマヌルを威圧する、しかしマヌルも引かなかった。
「仲間を殺されてるのは魔族も同じ――」
「オメェは人間だろうが!!!」
マヌルの頬が薄く切られ、血が流れる。ムサシの最終警告に俯いてしまうが、それでもマヌルは引こうとしない。
「人間が人間の味方をしてくれるわけじゃ無いじゃないか!!」
感情が高ぶり、マヌルの忌む目が露わになる。それを見てまたもやアレク隊は呆気に取られた。彼が人間に無条件で組しない理由を察するのにこれ以上の説得力はない。
「この目のせいで差別され!酷い目に会ってきた!裏切られ……騙され……時には危険のない生物まで欲のために殺している!!」
実際にはマヌルにも否がある場合もあるものの、彼の実感としては理不尽を受けたことに違いはない。そして忌む目のせいで謂れなき差別を受けてきたのは紛うことなき事実であった。
「僕は魔族の味方をしたいわけじゃない…人の優しさをまだ信じたいんだ…!もう戦意を失った子を嬲り殺しにせず見逃す優しさがあってもいいはずだ!……それぐらい僕達にだってできるはずだ!」
アレク隊からしてみれば荒唐無稽な発言である。今そこで膝をついている女はただの魔族ではない、下手をすれば敵の幹部クラスである可能性すらある相手をむざむざ見逃せばまた被害が広がるに決まっている。
嬲り殺そうがなんだろうが人間のためには排除するしかない……はずなのだが。
「……1つ聞かせてくれ、なぜ君はそんな経験をした上でそこまで人を信じることができる」
単に魔族を守りたいだけなら戦闘を放棄するなり共闘するなり手段はあったはずだ。それこそアドラメルクの陰から固定ダメージの針を投げつけるだけで今のお互いの立場は逆転していただろう。
にも関わらずマヌルはアレク隊の、人の優しさを信じて説得するという手段を選んだ。
「……僕が憧れている人が……優しい人だからです」
自分が目指す女の子の背中を思い浮かべる。彼女であればきっと弱った相手に手を差し伸べると思ったのだ。
「……君にも、いい友人が居るようだね」
アレクは剣を収めた。
「おい!?」「はぁ!?」
二人はそれに続かないものの、最早アレクに戦闘継続の意思はなく腕組んでしまう始末だ。
「どの道彼の協力がなければヤツは倒せないんだ、ここは彼に免じて見逃そうと思った…それだけだ」
「チィ!だったら俺がアイツを切り捨てて……」
ムサシはそういうが実際には出来るはずもない…やるならとうに斬っていた。彼の刀と技は、人間を斬るためのものではない。
「バカ野郎が……」
「ほんっっとうにバカなの、もうこれで貸し借り無しなのっ!!」
サンドラも手を降ろす。いつぞやネネコポンを助けてくれたお礼のつもりだろう。
「ありがとうございます!」
そういってマヌルは……アドラメルクに駆け寄った。
「ちょっ!それは流石に危な……」
「待てサンドラ、……大丈夫だ」
絶望し、もはや上の空で会話を聞いていたアドラメルクはノコノコと近づいてきたマヌルを見て口角を上げる。"円"の中でも充分手が届く範囲だ。
(コイツバカなんだ!コイツを殺して、あの忌々しぃ針を回収すれば私の勝ちだし!)
マヌルが彼女を気遣った瞬間、魔族の腕が恐ろしい速度でその首に迫った。
「……」「……」「……」
「……ぃみわかんなぃしぃ……」
その手は寸でのところで止まっており、マヌルには傷一つ付いていなかった。そして、彼女の目には涙が溜まっていた。
「なんで……なんで私を庇ったんだよ!!」
マヌルは怒鳴られつつも笑顔を崩さない。
「だって、君は帰りたくても帰れなかったんでしょ?何度もその帰還の魔法が掛かった石に手をやってたし」
そう、隠れていた故に冷静に全員を俯瞰して見渡せるマヌルはアドラメルクが本当に戦闘を中断して帰還したがっていた所をしっかり目撃していたのだ。
「だとしても……なんで人間が……」
「さっきも言ったけど、僕は人間が正しいなんて思ってない……それにね、魔族と仲良くなれないって決まったわけでもない」
「はぁ!?」
「人間と魔族が敵同士で争ってるならいっそ友達になっちゃえば良いんだ、その方法でも戦争を終わらせることができるよね?」
アドラメルクは言葉を失った。初めて受けるタイプの優しさの温もりで溢れていた涙も引っ込んだ。
彼は自分の言っていることがどれだけ絵空事か理解しているのだろうか。確かに理論上そうなれば戦争も収まるだろうが、そうなっていないから戦争しているわけだ。
いや、仮に実現可能でも目の前の小さな子供にできることではない。
「なにを……アンタらも全員バカなんじゃなぃの!?なんで剣を収めてんの!?」
マヌルと話していても埒が開かないとアレク隊に八つ当たりのように言葉を投げかけるが……。
「そりゃこっちのセリフだぜ、お前さんも今からでもその小僧を殺して針を奪えば勝てるのにそうしないじゃねぇか」
ムサシが観念したように返答する。マヌルが口だけではなく実際に"人間への攻撃を中断する魔族"という奇跡を起こした以上、無様に戦闘を続行するのは彼の美学に反するのだ。
「なっなんだ…これぇ…なんでぇ…」
「さっさと帰れなの、最初の反射でちくわが死んでないから見逃してやるなの、アイツのタフさに感謝しろなの」
サンドラがちくわに肩を貸しながらアドラメルクの帰還を促す。
「……なんなんだよ……人間ってもっと汚くて、卑怯で、自分勝手に略奪して……」
「……返す言葉もないが、それはお互い様だろう、同時に優しさと甘さを兼ね備えているのもお互い様のようだがな」
アレクが自嘲気味に話す。アドラメルクの中で人間を無条件に憎む気持ちに亀裂が入っていく。その時、ふいに彼女の腹の音が鳴った。
「グッ……こんな時に……」
「……!お腹空いてたんだね!」
マヌルはカバンの中を漁り、自分のために用意していてたそれを差し出した。
「よかったら、パン食べる?」
………………
…………
……
…
その後、アドラメルクは素直にパンを受け取って何も言わずに魔王城へ帰還した。
アレク隊はちくわを担いで王城へ凱旋し、マヌルも含めて英雄として改めて称賛された。
その後、魔族が王国へ侵攻することはなくなり、いつか1人の少年と4人の英雄が魔族との停戦協定を締結させることになるが……それはまた別のお話……。