どうせつくなら白い嘘

どうせつくなら白い嘘



ふぅふぅと熱を出して魘されている子供を頬杖をついて眺める。明るい鳶色の瞳は最悪の父親の要素を引いているが、似た色でもこの子のものだと思えば見えないと寂しくなるものだ。


熱を出した撫子に付きっきりになる真子を寝かせるため、布団に叩き込んだ後で交代で様子を見ている。しかし、出来ることは少ない。

精々がたまに温くなった手拭いを水に浸して額に置きなおしてやるくらいで、側にいたところでなんの助けにもなってやれないのだ。


これは撫子の産まれながらの体質の問題でもあるし、産まれる前からその身に宿してしまった虚のせいでもある。

そして他でもないこの子実の父親に存在を気取られないようにするための義骸が、その父親譲りの霊圧に耐えられず悲鳴を上げているのも理由の一つだ。


どれか一つだけであるのなら少しだけ体の弱い子供で済んだのかもしれない。せめて義骸に入っていなければ、寝込みはするものの体が爛れることはなかったはずだ。

もしもあの夜、あんなことが起きずにあの男の隣で真子が子供を産んでいたとしたなら……こんな風に苦しむことはなかったかもしれない。


それか幸福なのかは疑問でしかないが。


「……あたしが考えつくんやから、真子はもっと考えとるんやろな」


何を思ってあの男の子供を産んだのか……なんてことは思わない。腹の中の子供を見捨てられるような女であれば真子ではないのだ。

それでも産まれた子供が苦しんでいれば責任を感じたり過去を悔やんだりもするだろう。


ちょっと外の空気を吸わせてやろうと表に出したら熱を出されたひよ里ですら目に見えて落ち込んでいたのだから、製造元が気負うのも当然な気はする。

それでも気負いすぎて倒れられれば単純に負担は倍なので、寝ろと言われたら大人しく寝ろと言うものだ。


「ん……だれ?」

「リサや、まだ熱あるんやから寝とき」

「おかん?」


熱で朦朧とした撫子は目の前にいる大人の違いもよく分からないらしい。シルエットや色だけでも相当違うので、見えていないのかもしれない。

心細いのかと汗で湿った子供特有の細い髪を撫でてやると、少しだけ表情が和らいだ気がした。


「ええ子やから、よう寝て早よ治しや」

「おかん……おとん?」


聞き間違えかもしれない単語にギシリと心臓が嫌な軋みをあげた。一体その言葉をどこで覚えたのだろうか。

父親の話はしたことがない。あの男の風貌も、名前も、なにもかも撫子は知らないはずだ。


それでも、朦朧とする意識の中で暗い髪色で眼鏡をかけた相手にそれを言うのは、なんとも心臓に悪かった。


「……真子に聞かれんで良かったわ」


聞き間違えかもしれないが、色んな意味で面倒なことになりそうなので布団に叩き込んだ後で本当に良かった。

単純に種だけ出した男にキレ散らかすならそれでもいいが、父無し子にした責任を感じられても困る。勝手にいなくなったのはあっちやろ。


「………………あたしが孕ませたことにならんかな」


抱いた記憶はこれっぽっちもないけど、なんかこうまかり間違ってあたしが真子を抱いた結果産まれた子供ってことにならないだろうか。

おんなじ眼鏡で元副隊長だし、あんななりで真子に手を出していたんだからどうせドスケベだろう。あたしは興味津々なだけだが、共通点はあるのだから性別なんて誤差の範囲だ。


なにより血だけが繋がった男よりも、よっぽど大事に可愛がってやれる。夜だって一緒に寝たいと言われれば寝てあげられる。

それに今どんな風に見えていたのか知らないが、撫子が父親と呼んだのは尸魂界でふんぞり返っているだろうあの男でなくあたしなのだ。


「今からでも真子抱いとくか……」


あんな男忘れさせてやるみたいな話はよくあるし、あたしの女にしたら撫子の父親と名乗ってもなんら間違いではないのでは?

いやさすがに撫子の父親になりたいから抱きたいなんて言ったらしばかれるか。まだ立派なもんも生えてないしな。


母親を抱くことを検討しているやつが隣にいるとも知らないで、撫子は先程よりも少し穏やかに寝息を立てている。

このままよくなるか、それともまた悪化するかは分からない。そろそろ冬も終わるので、よくなってくれるといい。


「花見もええよ、お団子も食べよな」


もっと気軽に次の季節や大きくなったらの話が出来るようになって欲しいと、まだ熱い小さな体を撫でる。

無事に成長したらどんな姿になるのだろうか。とりあえず母親に似たとしたら乳はそれなりに育ちそうではある。


出来ることなら男を見る目はあったが故に駄目男に捕まった真子の様にはならないでほしいが、案外ちゃっかりしているので心配はいらないかもしれない。

元気に育ってくれれば、もしかしたらそんな男を相手にしたら自分で蹴っ飛ばすくらいのお転婆娘になるかもしれない。


なんにせよ今はこの熱が下がることを祈るのみだ。なんだかんだ乗り越えたこの子の生命力を信じてやりたい。

早くよくなれとふわふわとした癖毛の髪を撫でながら、あたしも癖毛やったら父親を名乗れたのになと往生際の悪いことを考えた。

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